3歩目
「えっ、ほんとにやるんですか『人刈』さん!!? 」
「うん、はやくして 」
嫌がるリゲルを捕まえ、戦車を無理やり操縦させている中、さっきもぎ取った装甲を四枚重ね、主砲に括り付ける。
「いや無茶ですって!! 主砲の衝撃で飛ぶとか無理でしょ!!? 」
「『逃がし屋』はミサイルの衝撃で飛んでたから私も行ける……たぶん 」
「いや戦車の射程って3キロ程度ですよ!? ここからじゃ防衛ラインまで届きませんって!! 」
「それは有効射程距離の話。飛ばすのは砲弾じゃなくて人だし、たぶん行ける 」
「着地は!? 」
「刀の逆噴射と義手でなんとかする。たぶん大丈夫 」
「さっきから多分ばっかですねぇ!! 」
うるさいリゲルを無視して主砲の先端に乗る。
するとガコンと戦車は動きはじめた。
「お願いですから、私を味方殺しにさせないでくださいよ!!? 」
「そう言うのいいから、はやくやって 」
「ほんとあなたは言い始めたら聞きませんね!! じゃあもう発射します!!! 3……2……1……発射!!!! 」
頭が砕けたかと思うほどの爆音。
ふと気がつくと、空を飛んでいた。
(…………あっ、気絶してた )
空を飛ぶのは気持ちいいものだと思ってたけど、普通に目が乾いて気持ち悪い。
あと髪も乱れるし、口開けたら凄いことになるし、想像よりくつろげない。
(あれが防衛ライン? )
下を見れば、もう人と兵器の群れを見つけた。
その兵器たちは黒い煙をあげ、怪我人らしきものも少しだけ見える。
ほんとうに防衛ラインは突破されてるようだ。
(なら時間と距離的に……あれかな? )
『義欠の体の接続を確認、起動します 』
機刀を握りこみ、空飛ぶ装甲から飛び降りる。
足がバタバタと揺れる中、刀の斬撃を空へ飛ばし、勢いを緩和する。
さらに体を回転させて刀を地面に突き刺し、その上に乗って無理やり勢いを殺す。
「……意外に簡単だね 」
あれだけの衝撃で壊れない義手と刀。
そのおかげで、無傷で巨大な崖下に着地できた。
「ねぇ、出てこないなら崖ごと刻むよ? 」
機刀を崖に向けてそう訪ねてみる。
すると崖の壁が剥がれ落ち、その小さな洞窟から赤足の男が出てきた。
「おやおや〜? なんでここに居るって分かったんです? 」
「資料で『逃がし屋』は人を殺さないってあった。その方が仲間の治療に時間をさけるから。だからそう遠くじゃなく、人員を割けない場所を探しただけ 」
「いやいや、普通は遠くに逃げるでしょ 」
「そっちが背負ってるのはなんの訓練も受けてない一般人、逃がし屋はメンタルケアもするらしいから、激戦のあとは近場で休憩させると思った。そして基地で盗まれたものの中に、岩山用の迷彩テントがある。それで確定 」
「……じゃあなぜここが? 崖は広いじゃないですか 」
「勘 」
「…………はぁぁぁぁ、理責めより勘でゴリ押される方がめんどいんっすよぉぉぉ 」
逃がし屋は……ロキは心底嫌そうにため息を吐いた。
けれど急に気持ち悪い笑みを浮かべると、おちゃらけたような雰囲気を醸しだした。
「で? 殺さないんです? 」
「……聞きたいことがあるの。なんで命懸けで救った上官を全員殺したの? 」
「……アイツらが死ぬべきだと思ったからですよ 」
「死ぬべき? 」
突拍子もなく出てきた言葉。
それに首を傾げると、ロキは空を見上げ、物悲しそうな目をした。
「例えばあなた、人を草刈りのように殺すから『人刈』というコードネームが着きましたよね? 」
「……だから? 」
「もし仮に、命懸けで守った仲間が間違いで、今まで殺してきた人たちが正しかったら……どう思います? 」
その言葉を聞いた瞬間、ぶわっと視界が開けたような感覚が広がった。
考えなかった。
考えたくもなかった言葉。
それが頭にはびこり、胸にズキリとした痛みが走る。
「なーんてね。若いですね〜、こんな嘘っぱちな話に動揺するなんて 」
「……はっ? 」
「単純に気に入らないから殺しただけですよ〜 」
さっきまでの感情が裏返っていく。
動揺は怒りに、同情は殺意に。
「気に入らないから? ……ただそれだけの理由で、辺境でも虐殺を起こしたの? 」
「えぇ、そうですけど? 」
ブチリと、頭の中で何かがちぎれた。
すぐさま突っ込むが、奴はニタリと歯を見せて笑った。
「逃げる判断を常に持て。そうラクから教わりませんでした? 」
ロキは左腕を引くと、ピンッと何かが外れる音がした。
瞬間、崖上から爆音がひびき、瓦礫が空から降ってくる。
(爆弾!? )
「じゃあ失礼しますね〜 」
「っ!! 待て!!! 」
洞窟の奥へ逃げるロキ。
それを追おうと踏み込むと、ロキは振り返り、瓦礫を蹴り飛ばしてきた。
「ふっ!! 」
左腕でそれを殴り壊すが、割れた岩の裏から人の気配がした。
とっさに振り向き、飛んでくる義足の蹴りを刀で受け止める。
「……逃げるんじゃなかったの? 」
「気が変わりましてね〜、あなたはここで無力化します 」
「私も気が変わった、お前はここで殺す 」
腕力でロキを吹き飛ばし、降りそそぐ瓦礫を躱す。
すると瓦礫の影から何かが放り投げられた。
(っ……手榴弾!? )
爆発する前に斬撃でそれを斬る。
だがその一瞬で、赤い義足が横腹をえぐった。
「っ゛!! 」
怯んだ一瞬の隙に、辺りには黒いワイヤーが張り巡らされる。
『モード変更 【乱雨】 』
柄のボタンで切り替え、不規則な斬撃を前にとばす。
それはワイヤーや瓦礫をすべて切り落としたが、ロキはそれをすらも当たり前のように躱し、左腕で糸を引いた。
「ボンッ 」
「っ!? 」
突如として落ちた瓦礫が爆発し、その破片がこちらに飛んでくる。
(瓦礫に隠れた隙に……爆弾を!! )
「っ゛う!!! 」
両腕で体を守った隙に、さらなる蹴りが腹に入った。
さっきと同じ、左の脇腹に。
「しぶと〜!! 普通なら内蔵逝かれてるんですけどねぇ!!! 」
「ゲホッ、鍛えてるからね 」
互いに距離を取って睨み合う。
この射程なら私が有利なはずなのに、状況は圧倒的にロキの方が有利。
(あの足がここまで厄介だとはね…… )
足がはやい。
そう聞いてイメージしたのは、弾丸を躱せたり逃亡しやすいだけかと思っていた。
けれど一瞬でも隙ができれば一撃を叩き込んでくるし、その隙にさらなるトラップを仕掛けてくる。
一対一だからいいものの、大軍だったら何が起こったか分からずに殺されている。
「で、勝てる見込みはありますか? ないなら自殺することをオススメしますよ〜 」
「……正直舐めてた、それは謝る 」
『リミッター解除を確認、98秒後にオーバーヒートします 』
義手のサポート音声が流れると、青い光がヒビのように走り、腕周りに陽炎がゆれ始めた。
「だからお前は……全力で殺す 」
義手のリミッターを外せば一週間はろくに動かなくなる。
その間は前線には出れないけど、コイツを殺すにはこのくらいが丁度いい。
「……ズルいですねぇ、自分だけ全力を出すなんて 」
無音だけがひびく静かで緊迫した空気。
ただその中で、ロキは引きつった笑みを浮かべた。
「という訳で、逃げます!!! 」
そして森の中へと走り去っていった。
だが
(機刀戦術……人凪!! )
「ちょ!? 」
横への一閃。
それによって生まれた斬撃は、森を根こそぎ切り倒した。
「あぶね〜なっ!!? 」
刀の推進力でかがみ込むロキへと接近する。
振り下ろしの一撃は横に飛んで躱され、その手からは無数の手榴弾がばら撒かれる。
(月輪 )
リミッターを外した義手を加速させ、細かな斬撃で爆発前にすべての手榴弾を壊す。
「っ!? 」
飛んでいった斬撃はすべて曲がり、ロキの背をおそう。
その攻撃さえも紙一重で躱されるが、その動きは読みやすい。
(月喰!! )
「うおっ!!? 」
刀の推進力に、全身の力を乗せた一撃。
それをロキは左足で受けたが、その機械の足はピシリと悲鳴をあげた。
ボールのように吹き飛ぶロキ。
その体をさらに追いかけるが、その左手からはキラキラと光る細かいものが撒かれた。
(なにアレ……づ!!? )
それが左目に入った瞬間、足が止まるほどの激痛がはしる。
咄嗟に目を閉じて後ろに引くが、死角となった左側から何かが踏み込む音がした。
(……来た )
戦って分かったことがある。
ロキは私の隙を突くようにしか攻撃してこない。
腕力じゃ絶対に勝てないから。
けれど逆をいえば……隙ができた時には、接近してくるということ。
『モード変更 【星風】 』
「べっ!? 」
接近のタイミングに合わせて刀を加速させると、その刃はロキの左腕を肩から切り落とした。
体の一部分がないから、私たちは常人よりはやく失血死する。
後は時間を稼ぐだけで
「このまま行けば勝てる……とでも思ってますか? 」
「っ!? 」
ロキはニタリと笑うと、左肩を大きく引いた。
すると宙を舞う左腕が爆発し、その骨片が体に突き刺さった。
(腕の中に……手榴弾を!? )
「いや〜、動かなくなった物は使い捨てるに限りますねぇ 」
腕を犠牲に作りだした確実な隙。
即座に次の一撃を警戒する……が、ロキは尻もちをついたまま動かない。
「っ!? っ!!?! 」
ロキはニタリと笑う。
するとこちらに人差し指を伸ばした。
「若いですね〜、焦りすぎ 」
瞬間、その指先が爆ぜ、空を斬る弾丸が右腕の義手を砕いた。
(指を改造して!? というかただの弾丸がなんで!? )
困惑の最中、昨日ロキから盗まれたものを思い出した。
(まさかこれ……隊長のライフル弾!!? )
「これで自分の勝」
義手とともに、あの刀すらも地面に落ちた。
それでも前に踏み込み、残る左腕でロキの顔面を殴りつける。
「っぶ…… 」
(このまま殴り殺)
『義欠の体の接続を確認、起動します 』
もう一撃を打ち込もうとした瞬間、足元から刀のサポート音声が聞こえた。
そこには私の刀と……それをつかむ、赤い義足があった。
「しまっ」
気がついた時には一瞬遅く、足で振られた刀は義手の接続部位を絶った。
「ダメじゃないですか〜、強い武器を敵が使えるようにしてちゃあ 」
「ッグ!!!! 」
鈍い一撃がみぞおちに入り、濃ゆい胃酸が喉奥からこみ上げる。
両腕の義手が壊れた。
刀は奪われた。
もう戦えない。
それでもロキを睨みつける。
「……最初から、これが狙い? 」
「えぇ。こっちは足を壊すわけにはいきませんし、無力化するならこれが一番です 」
「っ……なんでお前は人を殺す!!! それだけの強さが!! 頭脳があれば!! 多くの味方を助けられるだろう!!! 」
我慢できない怒りをぶちまける。
するとどうしてか、ロキは悲しそうに自分の足を撫でた。
「……はぁ。人を助けても戦争は終わりませんよ? 」
「……? 」
「自分もですね……誰かを救いたかった、助けたかった。だからあなたと同じように、自らの足を切り落とした。でもですねぇ、何人救ったところで平和になりませんよ。だって救えた人より死ぬ人数の方が多いんですもん 」
「だから大虐殺を起こすのか!? そんなのふざげ」
顔を蹴りあげられた。
濃ゆい鉄の味が口にあふれ、頭がグラグラと揺れている。
倒れて動けない中、ロキから馬乗りにされ、左胸に銃口を突きつけられた。
瞬間、死の冷たさが胸の奥に突き刺さった。
(……隊長、約束を守れなくてすみません )
そんな小さな後悔は、発砲音にかき消された。
ーーーーー
「あの! 大丈夫ですか!!? 」
「えぇ! ぜんぜん大丈夫ですよ!! そちらは大丈夫ですか、リューべ? 」
森の中から帰ってきたロキ。
それに慌てて駆け寄ると、ロキの左腕と右の人差し指がないことに気がついた。
「腕が……指も!! 」
「お気になさらず〜! ラクからの一撃でろくに動きませんでしたから!! いや〜むしろ腕一本、指一本で『人刈』を無力化できたのはラッキーですよ 」
ケラケラと笑うロキは一歩こちらに近づいてきた。
それに肩が震え、一歩後ろに下がってしまう。
「……どうかしましたか? ボロボロで傷だらけは生理的に無理とかです? 」
「いえ……その……私って耳がいいんです 」
「……? 」
「だからその……聞こえてしまって……辺境での虐殺ってなんですか? 」
そう聞いているのに、ロキはずっと笑っている。
「辺境ってたくさんあるじゃないですか〜。そんなに気にしなくていいですよぉ 」
「そうなんですけど……あの…… 」
生暖かい風に背を舐められるような、鼓膜に心臓が貼りつくような、そんな嫌な予感。
それがずっと続いている。
「…………こんなこと、言いたくないですけど。私の故郷は滅びたんですか? それで、えっと……あの村の人たちは死ん」
「あの村の連中、全員自分が殺しましたよ 」
その言葉とともにハッと顔をあげる。
するといつものような、ロキのケラケラとした笑みが見えた。