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逃がし屋  作者: エマ
2/12

2歩目



「…………はぁ 」


 夜の水辺に写る、自分の顔と赤い喉。

 それにボチャリと小石を投げると、変なため息が出てしまう。


「やぁやぁどうしましたか!? ため息を吐くと寿命が逃げますよ!! あぁそれとスープですどうぞ!! さっきのどさくさで食料品とかは色々盗んだんでおかわりし放題!! 食べ放題ですよ!!! 」


 そんな思いとは裏腹に、うるさいロキは湯気の出るスープを差し出してくる。


「あ、ありがとうございます 」


 小綺麗なおわんを受け取るけど、食欲はないから膝の上にそれを置く。

 すると焚き火のパチパチとはじける音だけが聞こえ始めた。


「あの、さっきのライフルをもってたラクって人……知り合いなんですか? 」


 この空気に耐えきれずにそう尋ねると、ロキは赤いナイフで傷を焼きながら、ケラケラと笑った。


「えぇ! 知り合いというかおなじ軍隊所属の同期ですね!! 」


「でも今は敵対してるんですよね……どうしてですか? 」


「自分は危険地帯から権力者を逃がす任務をしてましてね、『逃がし屋』なんて言われてたんですよ。でも、気に入らない上官ぶっ殺して逃げました!! だから軍からすっげぇ狙われてます!!! 」


「あっ……そ、そうなんですね 」


 最初から変だとは思っていたけど、その予想を超えるレベルでロキはヤバい人だった。

 でも……そんな人がどうして私を助けてくれるのか。

 それが分からない。

 分からなさ過ぎて怖い。


「あぁ、でもあなたの依頼は死んでも完遂しますよぉ。前の依頼主からはたんまりと報酬をもらいましたしね〜 」


「……やっぱり前の依頼主って」


「守秘義務で〜す 」


「あぁ……じゃあ、戦争がない世界に逃げるって具体的どうするんです? 」


「まぁ簡単に言えば、この戦争を止めるってことです 」


 ロキは左腕を池に突っ込み、傷を冷やしながら話を進める。


「戦争が始まった理由はご存知で? 」


「いえ、誰も話したがらなかったので 」


「まぁ端的に言いますと、そっちの国にある鉱石が欲しくて、難癖つけてこっちの国が侵攻してる感じですね。ちなみにその鉱石で作れるのが、ラクたちが持ってたライフルやら刀、あと『義欠の体(ファルセダー)』っていうこの義足やあなたの声帯ですね 」


「えっ? それだけの理由でこんなに戦争が長引くものなんですか? 」


「まぁそっちは火山地帯に囲まれた国ですから、しょ〜じきこっちから進行するのってルートが絞られるんですよ。しかも土地勘の差やら独自の兵器やらでボロクソ!! でも、その鉱石を独占できれば何でもできますからねぇ〜 」


 ロキは左腕を水から引き抜き、びちゃびちゃに濡れた指先で赤い足をなで始めた。


「人離れした腕力の義手、風よりもはやく走れる義足、世界を見下ろせる義眼、そして他者の心を操れる赤い声帯。それを量産できればもう無敵ですから、上は何がなんでもその鉱石を手に入れたいだけです 」


「……だから家畜とかを、毒殺したりするんですね 」


「えぇ、そっちの国って食物を育てられる環境じゃないですからねぇ。まぁ周りの補給線を絶てば内側から崩れて行きますし、ぶっちゃけ辺境あたりはもうヤバい感じでしょ? 」


「……はい、私も辺境に住んでましたからね。だから食料の代わりにさっさと売られましたよ 」


「…………ま〜とりあえず、これって上が強制してる戦争なんですよ。だからあなたの声で上を殺すなり説得するなりすれば戦争は終わります。簡単でしょ? 」


「じゃあ今は」


「えぇ、うちの国『破壊の国(ポルボラ)』に向かってます。防衛ラインとか色々ありますけど、まぁ自分なら余裕っすよハハハッ!! 」


 分からないことが分かって安心した反面、こんどは強い不安のせいでグッと胸を抑えてしまう。


「どうかしました? 」


「いえ……もし戦争が終わったら、どうしたらいいのかなって。この喉の機械があるかぎり、私って狙われ続けますよね? でも……これがないと喋れないんです、私には生まれつき声帯がありませんから 」


「なるほど〜、狙われたくはないけどそれを手離したくないってことっすね 」


「……はい、ワガママですけどね 」


「じゃあ自分が逃がしましょうか!! 」


「……えっ? 」


 突然の提案に驚く中、ロキはずいっと体を近づけてきた。


「あなたが望むなら、何度だって逃がしますよ。辛いところから、暗いところから、なんなら孤独からも。自分は逃がし屋なんでね〜 」


「どうして……そんなに私を気にかけるんです? 」


「ん〜、前の依頼主の願いと……あとはまぁ、あなたに個人的なシンパシーを感じてるからですね〜 」


 具体的な答えにはなっていないけど、ロキのケラケラと笑う姿を見ていると何だか胸が軽くなってくる。


 この人のことはよく知らない。

 でもあの時も体を張って私を助けてくれたし、売ればいいだけだったのに私を売らなかった。

 だから……


「はい、この戦争が終わったらまたお願いしますね 」


 今はできる限りの笑みを返し、ぬるいスープを一気に飲み干す。

 イモのポタージュを水で割ったような味。

 けれど今はこの薄さがちょうどいい。


「……すぅ 」


 肺や胃に息を通し、赤い義声(ぎせい)を起動させる。


 絶望、孤独、裏切り、寄り添い、混沌、優しさ、温もり。

 たったこの二日で感じた思い、それを歌にして夜を飾る。


 優しく、激しく、か細く、悲しみを込めて、喜びを込めて、ただ声を張り、小さな一言とともに歌を終える。

 するとロキは静かに拍手を送ってくれた。


「お上手ですねぇ〜、歌は好きなんですか? 」


「はい……暇があれば歌うくらいに好きですね 」


「なるほど〜。でも自分たちは追われてる身なので、急に歌うのはやめてくださいねぇ 」


「あ…………す、すみません 」


 鋭い正論をぶつけられ、冷や汗をかきながら謝ってしまう。


「別にいいですよ〜。あっ、それと落ち着いたら寝てくださいねぇ、これから忙しくなりますから!! 」


「……あなたは大丈夫なんですか? 」


「はい!! あいつらから盗った軍用コーヒーがありますから!!! ほーんとうちの国、コーヒーだけは美味いですからねぇ 」


「……ありがとうございますね 」


 ロキは毛布と枕を私の膝元に置くと、私が飲んでいたカップにコーヒーを入れ始めた。

 自分だけ寝るのはかなり申し訳ないけど、移動中に眠くなるほうが迷惑になってしまう。


 柔らかい布団にくるまり、床にある枕に頭をおく。

 外で寝るなんて生まれて初めてなのに、体の疲れがズッと意識を引っ張った。


(今日……いろんなことがあったしね )


 二日まえに裏切られて、捕まって、助けられて、空を飛んで、守られた。

 夢よりも現実感のないできごとを思い出すと、心の中でフフっと笑ってしまった。


「おやすみなさ〜い 」


 ロキの声が遠くの方で聞こえる。

 そして目が完全に閉じる寸前、自分の左腕にナイフを突き刺す、ロキの姿が見えた。




※※※※



 早朝。

 盛り上がった土や十字架にかけられたネームプレートに手を合わせていると、後ろから赤い義手をもつ女、まゆがやってきた。


「ん、もう大丈夫かまゆ…………『人刈(ひとがり)』 」


「はい隊長、耳もしっかり聞こえるようになりました。というか拠地でなら本名で呼びあっていいと思いますけど 」


「念の為にだ、だから俺をちゃんと『空の瞳(スカイ・アイ)』って呼んでくれよ? というか収集は」


「副隊長の二人はもう集まってます、あとはあなた待ちですよ 」


「了解、すぐ行く 」


 左目に義眼をねじ込み、仲間たちの墓を後にする。


「そういえば、赤い義足の男は誰なんですか? 知り合いっぽかったですけど 」


 歩いてる途中、急にそんなことを聞かれた。


「ロキっていう元同期、そして俺は今でも親友だと思ってる。よく二人でチェスやら訓練をしてたんだよ 」


「それでボコボコにしてたんですか? 」


「おう、チェスも訓練も俺の全勝。でも戦争に関しては……あいつはいつも一番だった 」


 手のひらを眺め、アイツとの思い出を頭にうかべる。


「戦果も救出者もアイツが上。特に敵の裏をかくことがめちゃくちゃ上手かった。そしていっつも『戦争が終わったら何をするか』って楽しそうに語っててよ、あの笑顔に俺も周りも救われてた。だから………… 」


「どうかしました? 」


「いや、なんでもない 」


 アレは仕方なかった。

 そう言おうとしたが、アイツの心が変わってる可能性もあるし、何より部下に迷いを持たせたくない。


 適当に話の腰をおり、二人を待たせてる会議用テントの中にはいる。


「待たせたな〜、というか『A』は大丈夫か? 」


 テントに入ってすぐ目に入った黒髪の若い隊長。

 手榴弾を暴発させられてたのに、その体は無傷だった。

 そいつの腰を触ってみるがしっかり繋がっている。


「うっす。なんかあれ……閃光手榴弾に差し替えられてたみたいっす。だから火傷程度で済みましたよ 」


「……やっぱりか 」


「やっぱりとは? というかあの男は何者ですか? 」


 今度は黒い帽子を被る『B』がそう聞いてきた。


「それを教えるために収集をかけたんだよ。あいつは『逃がし屋』って言われてたヤツだ……まぁお前らからしたら先輩って感じだな 」


「待ってください、コードネームがついてるってことは」


「あぁ、アイツも俺たちとおなじ『義欠の体(フォルセダー)』を装備してる 」


 義眼を触りながらそう言うと、あからさまにテントの中はザワついた。


「じゃあ空を飛んでたのも納得しますね…… 」


「いや? あの義足は足がはやくなるだけの能力だ。それ以外は全部、素の技量だな 」


「っ……!! 」


「話を戻す。まぁコードネーム通り、誰かを逃がすことに長けてるヤツだ。上の何人かも激戦区から救ってる超エリート、だったんだが……アイツは上官を皆殺しにし、『義欠の体(フォルセダー)』をもって軍から逃げた 」


「えっ。でも『逃がし屋』なんてコードネーム、初めて聞きましたけど 」


「上としては表沙汰にしたくないんだろうな、だから隊長くらいじゃないと知らないのも無理はねぇ 」


 一通り話し終え、壁に貼り付けた地図を指さす。


「まぁアイツ自体も問題なんだが、それよりもヤバいのが一緒に逃げてるヤツ。コードネーム、『灰の歌姫(シンデレラ)』の方だ 」


 壁に女の写真を貼り付け、手早く説明をつづける。


「ヤツの声は人の心を操れる、まぁさっき俺たちが喰らったから分かるな。んでもし……『逃がし屋』が『灰の歌姫(シンデレラ)』を国のど真ん中に運んだら…… 」


「戦争が止まるどころか、国が終わりますね 」


「いやでも、それは最悪の場合ですよね 」


 人刈の意見に、Bが素早く否定する。


「あぁ、でもアイツはわざわざ俺たちの国の方に向かってる。逃げたきゃ別のルートは大量にあるのにな。根拠はなにもないが、正直そうする確率はいちばん高い 」


「なら俺たちは……前線を放棄して、すぐさま『逃がし屋』を追うってことですか? 」


「いやそれはダメだ 」


「ダメ……とは? 」


「アイツは対複数のスペシャリストなんだよ。二年前、戦争のどさくさに紛れて攻めてきた軍があったんだが……アイツが一人で無力化しちまったんだよ 」


 部屋の隅から引っ張り出したアイツの資料。

 それを眺めると、嫌でもあの時の姿を思い出してしまう。


 血まみれで傷だらけで、右手の指なんかぜんぶ吹き飛んでたのに、ケラケラ笑ってるロキの顔を。


「使用武器はワイヤーと閃光手榴弾、対爆繊維のマントと敵の武器ですか……これだけで無力化できるものなんです? 」


「あの足があるから機動力がずば抜けてるんだよ。闇夜に潜めば視認はほぼ出来ねぇし、撃っても躱される。しかも気がついたら腰に手榴弾がくっ付いてんだぞ? 」


 資料を読む『人刈』は納得したように頷く。


「ずっと本人を見てきたから言うが、アイツは敵の数が多いほど本領を発揮する。5人くらいでもかなり厳しいぞ 」


「では……単体で向かうという事ですか? 」


「そうしたい……が、あの義足をもってる以上、生身じゃ無理ゲーすぎる。だから俺が」


「私が行きます 」


 アイツを殺す。

 そう言いたかったのに、急に『人刈』から割り込まれた。


「危険な任務だぞ? アイツは近接戦闘もバリバリつえぇ 」


「危険なのは日常茶飯事です。しかもあなたが前線を離れれば、銃撃戦が不利になりますから 」


「いやでも」


「会議中に失礼します!! 本国より緊急速報が来ました!!! 」


 突如テントに入ってきた若い女の兵士。

 そいつはへたり込みながらも、手書きの報告書を差し出してきた。


「正体不明の襲撃者により、第一防衛ラインが突破されました!! 目撃情報から昨日の赤足の男で間違いありません!!! 」


「……時間もあまり無いようですね。私に任せてください 」


 『人刈』は刀を背負い、そのままテントから出て行こうとするが、その手を掴んで引き止める。


「なんです? 止めても行きますけど 」


「はぁぁ……無茶しすぎるなよ 」


「それはこっちのセリフです 」


「アダっ!!? 」


 人刈の赤い指先から鼻をはじかれた。

 ただのデコピンなのに、義手のせいで鼻がもげそうなほど痛い。


「A、B……いや、カイリとルイス。それとリゲル、隊長を頼んだよ 」


「おう任せろ!! 無茶しようとしたら首輪つけてでも止めるからな!!! 」


「いやそれじゃ止まんねぇから、わんさかクスリ打ち込むぞ。二度と無茶出来ないようにしてやれ 」


「えぇ……俺一応隊長なんだが 」


「隊長は無理しすぎなんです!! この前だって私を守ろうとスナイパーなのに前線に出てきて、ハンドガンで戦ってたじゃないですか!!! 」


 カイリもクリスも、床にへたりこんでたリゲルすらも、俺をぐだぐだと説教しはじめた。

 そんな光景を見たのか、堅物の人刈……まゆでさえも、優しく笑って見せた。


「大丈夫ですよ隊長、誰もあなたを置いては逝きません 」


 その言葉と眼差しのせいか、ジーンとした感覚が目元に集まり、とっさに目を隠してしまう。


「……ハハッ、こんな部下を持てて幸せものだな 」


 そう呟いた瞬間、テント内の耳障りなブザーが鳴り響いた。

 ……敵襲だ。


「各自配置につけ。『人刈』、テント裏にある装甲車は好きにしていいぞ 」


 頭のスイッチを切り替え、すぐさま指示を出してライフルを背負う。


「お前ら!! 今日の命令も一つだ……死ぬな 」


「「「了解!!! 」」」


 その言葉とともに、部下たちはいっせいにテントの外に出て行った。

 それに遅れて外に出ようとした寸前、アイツの報告書が目に入った。


「……はぁ、お前には死んでて欲しかったよ 」


 親友だから今でもそう思う。

 お前は生粋の善人だから、なんでも背負って逃げるから……もう楽になってて欲しかった。






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[良い点] うわぁチームみんないいひと。やりとりにほっこりです。やばいこれ絶対泣くやつ!全員死亡フラグしか見えない!死なないでぇ!!
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