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逃がし屋  作者: エマ
1/12

1歩目



 目隠しの向こうで爆音がひびく。

 でも拘束具のせいで身動きが取れない。


(これから……どうなるんだろう )


 私のおじいちゃんが生きてた時代から、この戦争は続いている。

 そしてそれを終わらせるために、私は拘束された。

 喉にある赤鉄の声帯……『義欠の体(ファルセダー)』のせいで。


(ご飯は美味しいといいなぁ…… )


 これがあれば、歌声で人の心を操れる。


 私が生きようと歌えば、誰だって顔を前にあげる。

 私が死ねと歌えば、誰だって首に縄をかける。

 もしこれが悪人の手に渡り、『すべてを差し出せ』と歌えば……


 戦争どころか、世界すらも簡単に終わる。


(寝床は綺麗で……話し相手もいるといいなぁ )


 なのに二日前、故郷は私を売った。

 限りある、たった数日の食料と安心のためだけに。


(……ハハッ、もう……嫌になるよ )


 目隠しの下から熱いものが垂れる。

 でも口が塞がれてうめき声しかでない。


 泣き叫びたい、帰りたい、こんな爆音なんて聞きたくない。

 そんな弱音を独り言で隠すのも、もう……げんか


(っ!? )


 突然、爆音が真下からひびいた。

 いつの間にか体が宙ずりに……


(装甲車が……ひっくり返ってる? )


 現状を遅れて理解すると、外から兵士たちの焦るような声が聞こえ始めた。


「地雷か!!? 」


「いや探知機に反応は無かった! 今、投げ込まれたんだ!! 」


 それは何かが駆ける音にかき消され、二つの鈍い音がひびいた。


「あごっめん、みぞおちに入ったんっすね。意識あります〜? うわ痛そ 」


「て……めぇ 」


「睨まないでくださいよォ! 怖いじゃないっすか!! あっ鍵ゲット〜、もう寝ててー 」


 また鈍い音がひびいた。


 なにが起こってるか分からない。

 恐怖で心臓がはち切れそう。

 今すぐ逃げ出したい。

 逃げれない。

 扉からガチャガチャと音が聞こえる。


「あれ開かない、衝撃で歪んだ? まぁいいや。中の人〜、ちょっと下がってて〜 」


(えっ、えっ!? )


 困惑をよそに何度も発砲音がひびくと、ガコンと何かが外れる音がした。


「えっ、拘束されてたの…………まぁ結果良ければすべてヨーシ!! 大丈夫ですか!!? あっ口塞がれてるわ 」


 たくさんの人が喋っているような声がする。

 なのにガシャガチャという足音は一つしかしない。


「外しますよっと!! 」


 口枷と目隠しをいっぺんに取られると、その男の顔がよく見えた。


 ツンツンと尖る赤い髪。

 ドロドロと濁る黒い瞳。

 にへっと笑う彼は子供のように見えるのに、ボロボロのマントを背負う姿には、たじろぐ程の圧があった。

 

「はいはい拘束具焼き切るんで動かないでくださいねぇ〜 」


 男は腰のベルトから、赤いナイフを取り出した。


「いやあの」


「うっわぁ、仕事雑だなァ……下手したら血栓できて死ぬ縛り方じゃん。あーほんと……ざけんなよ 」


「あの!! あなたは誰なんですか!!? 」


 突然現れ、わけも分からず私を助けようとする男。

 それに我慢できずに叫んでしまうと、男はバツが悪そうに髪をぐしゃぐしゃにし始めた。


「あー……まぁちょっとした依頼で来た『ロキ』ってものです。あなたを助けてくれってね。あっ、てか名前は『リューべ』で間違いないっすか!? 長い金髪に、空のような瞳、あと赤いブレスレットっていう特徴は一致してますけど!!! 」


「合ってますけど……誰からの依頼なんですか? 」


 色々と聞きたいことがあるのに、最初に出た質問はそれだった。


 だって私は故郷から売られ、この声を利用されようとしている。

 連れ去るならまだしも……誰が助けになんて頼むのか。

 それが分からなかった。


「契約内容なので秘密で〜す、というか手足の感覚は大丈夫ですか? 喉乾いてませんか? 走れますか? 」


「あーえっと……喉は乾いてますね。お腹も……でも、何も食べたくないです…… 」


「……まぁ良し!! それじゃあ援軍くる前に逃げましょね 」


 手を差し出される。

 でもそれは掴まず、フラフラの足で狭い装甲車から出る。


 そこは赤い土の世界。

 あたりの木々は枯れ、風は妙に生暖かい。


「あっ 」


 ふと……目が合った。

 銃を抱え、半身が吹き飛んでいる兵士の死体と。

 その赤黒い血はもう乾いて、暖かな腐臭とハエが漂ってる。


「死体……大丈夫なんですか? だいたいは取り乱してゲーゲー吐くもんですけど 」

 

「……人が好きでしたから、人の死を悲しみました。でも人に裏切られた今は……別になんとも思えないんです。これって薄情ですかね? 」

 

「さぁ? あなたのような感性は持ってませんのでねぇ。あっ、これ水ですよ 」


 ちゃぷりと鳴る水筒を渡された。

 軽く頭を下げ、それを一口。

 瞬間、ロキから突き飛ばされた。


「いっ 」


 おしりの痛み。

 色んな疑問が頭をかけめぐる中、私がいた場所に何かが落ちてきた。

 それは弾丸だった。

 

「やっば!! 」


「えっ? 」


 気がつけばロキに担がれ、突風とともに景色が動く。


「なに」


「狙撃っす!! あと喋ったら舌がっ!!!! 」


「っ!!? 」


 後ろから風を切る音がした。

 咄嗟に振り向けば、空から弾丸が落ちてくるのが見えた。

 瞬間、それは突然曲がり、私たちの方へと向きを変える。


「捕まって!! 」


 その声とともに肩をにぎる。

 するとロキは身を低くし、スライディングで後ろからの弾丸を避けた。

 が、弾丸はさらに起動を変えた。


(あぶ)


「よっ 」


 けれどロキは空中で回転すると、赤い足でそれを踏み潰した。


(……義足? )


 一瞬見えた足。

 それは赤く、機械のようなものだった。

 まるで……私の喉と同じような。


「とりあえずセーフ!! 」


 ロキは浅い掘りにすべり込むと、転がっている装甲車の残骸で蓋をした。


「とりま安全!! 生きてます!? 」


「えっ、はい。あの……口から血が 」


「大丈夫っす!! 舌噛んだだけなんで!!! 」


「えぇ…… 」


 ボタボタと血を吐くロキは笑ったかと思えば、私の顔の隣を蹴った。

 

「っ!!? 」


 困惑と同時に破裂音がひびく。

 するとポロリと、潰れた弾丸が落ちた。


「なんですかあれ!? ホーミング!? 」


「いんや〜、ただの曲射ですねぇ。命中率100%の 」


 またロキは足をズラすとそこから破裂音がする。

 そして弾が落ちた。


「……どうして、私を守るんですか? 」


「依頼だからですねぇ。あっ、でも依頼には続きがあるんですよ 」


「……続き? 」


「えぇ。あなたを助けてくれ、そして助けたなら彼女の依頼を聞いてくれってね 」


 意味がわからない。

 なのにロキはまた弾を受け止め、どんどん話を進めていく。


「自分は逃げるのには自信があるんです! だからあなたが逃げたい場所まで届けますよ!! 」


「……ありませんよ、逃げたい場所なんて。故郷の人たちは私を売りましたし、私も生きるのが辛いんです。大切だった家族から売られて、人を操るバケモノだと言われつづけて……こんな世界なんて、もうたくさんです 」


 ずっと昔、幸せだったころに母からもらった赤いブレスレット。

 それを眺めて遠い過去を見ていると、ずいっとロキが顔を近づけてきた。


「それは依頼ですか? 」


「……えっ? 」


「こんな世界が嫌だ、それが依頼なら逃がしますよ? こんな戦争なんてない、平和な世界に 」


 ロキは手を差し伸べた。

 ただ優しく、寄り添うような手を。


「あっ、早くしてくださいね〜。あと五発で……おっと、あと四発で足が壊れますんで 」


 ロキは弾丸を防ぎながらそう問いかけてくるけど、その手を握りたくない。


 また裏切られたら、また売られたら。

 そんな不安が胸に込み上げるから。


(でも…… )


 もしも、こんな戦争なんて無ければ。

 私は売られてなかったんじゃないか。

 今も歌って、拍手をもらって、家族と一緒に笑えてたんじゃないか。


 そう考えると、不安なんて気にならない熱いものがこみ上げ、その手を握ってしまった。


「……お願いします。私を……戦争があるこの世界から逃がしてください!!! 」


「……承りましたぁ〜!! ならちょっと大声出す準備しててください 」


「はい? 」


 突然なにを言い出すかと思えば、ロキは赤いナイフを取り出し、それを自分の左肩に突き刺した。


「なにして」


「静かに 」


 そう言いながらロキは傷口をえぐると、自ら飛んでくる弾丸にぶつかりに行った。

 それはロキの左肩を貫き、その体は塀の外まで吹き飛んだ。


「いや……なんで!!!! 」


「…………ナイス悲鳴!!!! これで助かりますよ〜 」


 叫び声とともに涙があふれたのに、ロキは余裕そうにムクリと起き上がった。


「えっ? どういう…… 」


「知らないんです? ライフル弾って肩に喰らっても腕や心臓が吹き飛ぶんで、あぁやって肉を抉っとくと軽傷で済むんです!! 」


「でも次の狙撃が」


「狙撃は来ませんよ〜、やべぇものなら飛んできますけど。ほらほら、はやくそこから出てください 」


 手招きに従い、塀から外に出る。

 するとゴォゴォと耳をえぐる轟音が空から聞こえた。

 あれは……


「ミサイル? 」


「そうですねぇ、ここら一帯を焼き尽くすやべぇミサイル。別勢力に利用されるならこの場で殺そうぜ的なノリでしょう 」


「いやノリって!! 」


「はいはい行きますよ〜 」


 いつの間にか担がれると、ロキは走りはじめた。


「えっ、走って逃げるつもりなんですか!? 」


「おっ、よく分かりましたね〜 」


「いやいやミサイルから走って逃げるなんて」


「不平をグダグダいうよりも!! 走って道を進みましょう!!! 」


 ロキは来た道を逆走すると、私が捕まっていた装甲車の扉を蹴り壊し、右腕から伸びる長いワイヤーをそれに絡めた。


「あのまさか!!!!! 」


「耳塞いで口開ける〜!!! そして衝撃に備えてくださぁぁい!!!! 」


 もしやと思った頃には、ロキは壊した扉に飛び乗った。

 その瞬間、頭が吹き飛ぶほどの爆音がひびく。


「──────えぇぇぇ!!!? 」


 目を開ければ空を飛んでいた。

 いや違う。

 ミサイルの爆風を利用して、ただ空を吹き飛んでいる。


「着地しますよぉぉ!!!! 振り下ろされないようにぃぃぃ!!!!! 」


「なんて言いましたァァ!? 」


 ロキはテントが群がる場所に着地すると、その勢いのまま地面を駆ける。


 現実離れしたスピードの中、黒い軍服の人が集まっているのが辛うじて見えた。

 けれど誰もが反応できず、景色はどんどんと移ろっていく。


「『機刀戦術(きとういくさじゅつ)』 」


 風とともに聞こえた女性の声。

 それと同時に、前方に刀を構える女性に気がついた。


凪人(なぎびと)!! 」


 その刀が振られた瞬間、斬撃のようなものが迫る。

 けれどロキはひるがえるように躱し、斬撃は私の長い髪を切り落とした。

 

「ちぃ!! このまま逃げたかったんですけどねぇ!!! 」


 ロキは地面に着地すると、そのまま勢いを殺して静止した。


『残弾数ゼロ、再装填を行います 』

 

 女性の青く光る刀からは不思議な声が聞こえ、カシューっと煙をあげて何かが装填された。


「紫色の髪、赤い目。まさか『人刈(ひとがり)』っすかぁぁ 」


 人刈(ひとがり)とよばれる女性は、なぜか赤い軍服を着ていた。

 そしてその両手は……ロキの足と同じような、赤い義手だった。

 

「なんであれを……躱せたの? 」


「えーだって遅いじゃないっすか。雑魚雑魚のザコですよあなたの一撃なんて 」


「おいおい挑発してやんな。そいつはうちの部下なんだよ 」


 後ろから声がした。

 そこには女性とおなじ赤い軍服をまとい、右手に巨大なライフルをもつ、青髪の男が立っていた。

 しかもその左目は、普通じゃありえない血のような色をしている。


「死んだと聞いてたけど、まさか生きてたとはな。嬉しいぜ『ロキ』、いや……『逃がし屋』!! 」


「こっちはあんたに一番会いたくなかったっすよ『ラク』……いや『空の瞳(スカイ・アイ)』 」


 ロキとライフルをもつ男は、親しそうに笑っている。

 けれど空気は異様によどみ、息を吸っているだけで肺が重い。


「というかさっきの悲鳴はお前の指示か? それを聞いた上が勝手にミサイル撃ち込んだんだよなぁ 」


「まぁ上としてはすぐに排除したいですからねぇ、それを逆手にとっただけですよ〜。それより、なんで自分だって分かったんです? 」


「ハッ。ライフル弾を踏み潰せて、ミサイルを逆手に取るなんて芸当、お前くらいにしかできねぇだろ 」


「……はぁ 」


 ロキは仕方なさそうにため息を吐くと、そのまま降伏するように両手をあげた。


「まぁあれです、同僚だったよしみで見逃してくれません?

二対一であなたと戦いたくないんですよぉ 」


「おう別にいいぞ 」


「隊長!? 」


「でもま、その背負ってる女は置いてけ。それが見逃す条件だ 」


「っ…… 」


 一瞬、売られたときの記憶が頭によぎった。

 けれどロキは力強く私の足を握りこんだ。


「断りますねぇ、今の依頼主は彼女なんで 」


「じゃあ交渉決裂だな 」


 その言葉と同時に、背後から斬撃が飛んでくる。

 それを倒れるようにロキは避けるが、その直後には重い銃撃音がひびいた。


 せまる弾丸すらもロキは跳ね上がって躱す。

 けれど瞬間、真上から降ってきたなにかがその左腕を貫いた。


「っ…… 」


「わりぃな、空に撃ってたんだよ 」


 グラりと体勢を崩すロキ。

 その体に容赦なく刀がせまり、後ろからはライフルの銃口が向けられた。


 グッとみぞおちが冷たくなる死の予感。

 それを感じた瞬間には、もう声が出ていた。


「『ダメ』!!! 」


「「「っ!!? 」」」


 ただの叫び声。

 それだけで二人やロキは武器を落とし、その目や耳からは血が垂れている。


「……あっ 」


「ヒュ〜、凄まじい声ですねぇ 」


「貴様ら動くな!!! 」


 声を使ったことに後悔する間もなく、そんな威圧的な声がひびいた。

 辺りを見れば黒い軍服の兵士たちに囲まれ、数百はある銃口がすべて私たちを捉えている。


「動けばこの場で射殺する!! 大人しく降伏しろ!!! 」


「……今撃たないのは、まだ奪還できると思ってるから〜ですかね? 」


「黙れ!! はや」


「そ〜んなんだから、逃げられるんっすよ 」


 ロキは右の指先で、何かを引き抜くジェスチャーをした。

 すると指先に巻きついている糸がピンッと張り、兵士たちのベルトにある手榴弾、そのピンが外れた。


「……ぁぁぁぁあ!!!!!! 」


「バ〜イ 」


 悲鳴のような叫び声は白い光と爆音によってかき消された。


「━━━━━ますか〜? 聞こえますか〜!? すみませんねぇ、至近距離で爆発させちゃって 」


 なにも聞こえなかった耳にロキの声が入ってきた。

 気がつけば、ロキは風が渦巻くほどのスピードで走っている。


「あっ……はい、平気です!! というかその腕」


「お気になさらず〜、筋肉と骨と神経がいっぺんにイカれただけですから!! 」


 爆発と光で、耳と目の奥がズキズキと痛む。

 でもそんな私よりロキの方が、特に左腕がひどかった。


「さぁ逃げましょうか!! 戦争なんてない平和な世界に!!! 」


 なのに彼は……ケラケラと笑ってみせた。

 

 

 


 

 



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[良い点] 拝読しました 台詞が多いのが印象的でしたが、単純にどういう描写なのかが読み取りづらいので、何が起こっているのかが理解しづらい感じでした。 物語で何が起こっているのかがを一度詳しく書いてみ…
[一言] 映画みたいなかんじの出だしで良い >ライフル弾って肩に喰らっても腕や心臓が吹き飛ぶんで、あぁやって肉を抉っとくと軽傷で済む この無茶苦茶な理論好き
[良い点] ジェットコースターに乗っているかのような疾走感! 流れるようなリズムのいい文章でロキ君に運んでもらっているような感覚で情景を見ていました。 キャラも能力もぶっ飛んでいていいですね!ロキ君好…
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