1歩目
目隠しの向こうで爆音がひびく。
でも拘束具のせいで身動きが取れない。
(これから……どうなるんだろう )
私のおじいちゃんが生きてた時代から、この戦争は続いている。
そしてそれを終わらせるために、私は拘束された。
喉にある赤鉄の声帯……『義欠の体』のせいで。
(ご飯は美味しいといいなぁ…… )
これがあれば、歌声で人の心を操れる。
私が生きようと歌えば、誰だって顔を前にあげる。
私が死ねと歌えば、誰だって首に縄をかける。
もしこれが悪人の手に渡り、『すべてを差し出せ』と歌えば……
戦争どころか、世界すらも簡単に終わる。
(寝床は綺麗で……話し相手もいるといいなぁ )
なのに二日前、故郷は私を売った。
限りある、たった数日の食料と安心のためだけに。
(……ハハッ、もう……嫌になるよ )
目隠しの下から熱いものが垂れる。
でも口が塞がれてうめき声しかでない。
泣き叫びたい、帰りたい、こんな爆音なんて聞きたくない。
そんな弱音を独り言で隠すのも、もう……げんか
(っ!? )
突然、爆音が真下からひびいた。
いつの間にか体が宙ずりに……
(装甲車が……ひっくり返ってる? )
現状を遅れて理解すると、外から兵士たちの焦るような声が聞こえ始めた。
「地雷か!!? 」
「いや探知機に反応は無かった! 今、投げ込まれたんだ!! 」
それは何かが駆ける音にかき消され、二つの鈍い音がひびいた。
「あごっめん、みぞおちに入ったんっすね。意識あります〜? うわ痛そ 」
「て……めぇ 」
「睨まないでくださいよォ! 怖いじゃないっすか!! あっ鍵ゲット〜、もう寝ててー 」
また鈍い音がひびいた。
なにが起こってるか分からない。
恐怖で心臓がはち切れそう。
今すぐ逃げ出したい。
逃げれない。
扉からガチャガチャと音が聞こえる。
「あれ開かない、衝撃で歪んだ? まぁいいや。中の人〜、ちょっと下がってて〜 」
(えっ、えっ!? )
困惑をよそに何度も発砲音がひびくと、ガコンと何かが外れる音がした。
「えっ、拘束されてたの…………まぁ結果良ければすべてヨーシ!! 大丈夫ですか!!? あっ口塞がれてるわ 」
たくさんの人が喋っているような声がする。
なのにガシャガチャという足音は一つしかしない。
「外しますよっと!! 」
口枷と目隠しをいっぺんに取られると、その男の顔がよく見えた。
ツンツンと尖る赤い髪。
ドロドロと濁る黒い瞳。
にへっと笑う彼は子供のように見えるのに、ボロボロのマントを背負う姿には、たじろぐ程の圧があった。
「はいはい拘束具焼き切るんで動かないでくださいねぇ〜 」
男は腰のベルトから、赤いナイフを取り出した。
「いやあの」
「うっわぁ、仕事雑だなァ……下手したら血栓できて死ぬ縛り方じゃん。あーほんと……ざけんなよ 」
「あの!! あなたは誰なんですか!!? 」
突然現れ、わけも分からず私を助けようとする男。
それに我慢できずに叫んでしまうと、男はバツが悪そうに髪をぐしゃぐしゃにし始めた。
「あー……まぁちょっとした依頼で来た『ロキ』ってものです。あなたを助けてくれってね。あっ、てか名前は『リューべ』で間違いないっすか!? 長い金髪に、空のような瞳、あと赤いブレスレットっていう特徴は一致してますけど!!! 」
「合ってますけど……誰からの依頼なんですか? 」
色々と聞きたいことがあるのに、最初に出た質問はそれだった。
だって私は故郷から売られ、この声を利用されようとしている。
連れ去るならまだしも……誰が助けになんて頼むのか。
それが分からなかった。
「契約内容なので秘密で〜す、というか手足の感覚は大丈夫ですか? 喉乾いてませんか? 走れますか? 」
「あーえっと……喉は乾いてますね。お腹も……でも、何も食べたくないです…… 」
「……まぁ良し!! それじゃあ援軍くる前に逃げましょね 」
手を差し出される。
でもそれは掴まず、フラフラの足で狭い装甲車から出る。
そこは赤い土の世界。
あたりの木々は枯れ、風は妙に生暖かい。
「あっ 」
ふと……目が合った。
銃を抱え、半身が吹き飛んでいる兵士の死体と。
その赤黒い血はもう乾いて、暖かな腐臭とハエが漂ってる。
「死体……大丈夫なんですか? だいたいは取り乱してゲーゲー吐くもんですけど 」
「……人が好きでしたから、人の死を悲しみました。でも人に裏切られた今は……別になんとも思えないんです。これって薄情ですかね? 」
「さぁ? あなたのような感性は持ってませんのでねぇ。あっ、これ水ですよ 」
ちゃぷりと鳴る水筒を渡された。
軽く頭を下げ、それを一口。
瞬間、ロキから突き飛ばされた。
「いっ 」
おしりの痛み。
色んな疑問が頭をかけめぐる中、私がいた場所に何かが落ちてきた。
それは弾丸だった。
「やっば!! 」
「えっ? 」
気がつけばロキに担がれ、突風とともに景色が動く。
「なに」
「狙撃っす!! あと喋ったら舌がっ!!!! 」
「っ!!? 」
後ろから風を切る音がした。
咄嗟に振り向けば、空から弾丸が落ちてくるのが見えた。
瞬間、それは突然曲がり、私たちの方へと向きを変える。
「捕まって!! 」
その声とともに肩をにぎる。
するとロキは身を低くし、スライディングで後ろからの弾丸を避けた。
が、弾丸はさらに起動を変えた。
(あぶ)
「よっ 」
けれどロキは空中で回転すると、赤い足でそれを踏み潰した。
(……義足? )
一瞬見えた足。
それは赤く、機械のようなものだった。
まるで……私の喉と同じような。
「とりあえずセーフ!! 」
ロキは浅い掘りにすべり込むと、転がっている装甲車の残骸で蓋をした。
「とりま安全!! 生きてます!? 」
「えっ、はい。あの……口から血が 」
「大丈夫っす!! 舌噛んだだけなんで!!! 」
「えぇ…… 」
ボタボタと血を吐くロキは笑ったかと思えば、私の顔の隣を蹴った。
「っ!!? 」
困惑と同時に破裂音がひびく。
するとポロリと、潰れた弾丸が落ちた。
「なんですかあれ!? ホーミング!? 」
「いんや〜、ただの曲射ですねぇ。命中率100%の 」
またロキは足をズラすとそこから破裂音がする。
そして弾が落ちた。
「……どうして、私を守るんですか? 」
「依頼だからですねぇ。あっ、でも依頼には続きがあるんですよ 」
「……続き? 」
「えぇ。あなたを助けてくれ、そして助けたなら彼女の依頼を聞いてくれってね 」
意味がわからない。
なのにロキはまた弾を受け止め、どんどん話を進めていく。
「自分は逃げるのには自信があるんです! だからあなたが逃げたい場所まで届けますよ!! 」
「……ありませんよ、逃げたい場所なんて。故郷の人たちは私を売りましたし、私も生きるのが辛いんです。大切だった家族から売られて、人を操るバケモノだと言われつづけて……こんな世界なんて、もうたくさんです 」
ずっと昔、幸せだったころに母からもらった赤いブレスレット。
それを眺めて遠い過去を見ていると、ずいっとロキが顔を近づけてきた。
「それは依頼ですか? 」
「……えっ? 」
「こんな世界が嫌だ、それが依頼なら逃がしますよ? こんな戦争なんてない、平和な世界に 」
ロキは手を差し伸べた。
ただ優しく、寄り添うような手を。
「あっ、早くしてくださいね〜。あと五発で……おっと、あと四発で足が壊れますんで 」
ロキは弾丸を防ぎながらそう問いかけてくるけど、その手を握りたくない。
また裏切られたら、また売られたら。
そんな不安が胸に込み上げるから。
(でも…… )
もしも、こんな戦争なんて無ければ。
私は売られてなかったんじゃないか。
今も歌って、拍手をもらって、家族と一緒に笑えてたんじゃないか。
そう考えると、不安なんて気にならない熱いものがこみ上げ、その手を握ってしまった。
「……お願いします。私を……戦争があるこの世界から逃がしてください!!! 」
「……承りましたぁ〜!! ならちょっと大声出す準備しててください 」
「はい? 」
突然なにを言い出すかと思えば、ロキは赤いナイフを取り出し、それを自分の左肩に突き刺した。
「なにして」
「静かに 」
そう言いながらロキは傷口をえぐると、自ら飛んでくる弾丸にぶつかりに行った。
それはロキの左肩を貫き、その体は塀の外まで吹き飛んだ。
「いや……なんで!!!! 」
「…………ナイス悲鳴!!!! これで助かりますよ〜 」
叫び声とともに涙があふれたのに、ロキは余裕そうにムクリと起き上がった。
「えっ? どういう…… 」
「知らないんです? ライフル弾って肩に喰らっても腕や心臓が吹き飛ぶんで、あぁやって肉を抉っとくと軽傷で済むんです!! 」
「でも次の狙撃が」
「狙撃は来ませんよ〜、やべぇものなら飛んできますけど。ほらほら、はやくそこから出てください 」
手招きに従い、塀から外に出る。
するとゴォゴォと耳をえぐる轟音が空から聞こえた。
あれは……
「ミサイル? 」
「そうですねぇ、ここら一帯を焼き尽くすやべぇミサイル。別勢力に利用されるならこの場で殺そうぜ的なノリでしょう 」
「いやノリって!! 」
「はいはい行きますよ〜 」
いつの間にか担がれると、ロキは走りはじめた。
「えっ、走って逃げるつもりなんですか!? 」
「おっ、よく分かりましたね〜 」
「いやいやミサイルから走って逃げるなんて」
「不平をグダグダいうよりも!! 走って道を進みましょう!!! 」
ロキは来た道を逆走すると、私が捕まっていた装甲車の扉を蹴り壊し、右腕から伸びる長いワイヤーをそれに絡めた。
「あのまさか!!!!! 」
「耳塞いで口開ける〜!!! そして衝撃に備えてくださぁぁい!!!! 」
もしやと思った頃には、ロキは壊した扉に飛び乗った。
その瞬間、頭が吹き飛ぶほどの爆音がひびく。
「──────えぇぇぇ!!!? 」
目を開ければ空を飛んでいた。
いや違う。
ミサイルの爆風を利用して、ただ空を吹き飛んでいる。
「着地しますよぉぉ!!!! 振り下ろされないようにぃぃぃ!!!!! 」
「なんて言いましたァァ!? 」
ロキはテントが群がる場所に着地すると、その勢いのまま地面を駆ける。
現実離れしたスピードの中、黒い軍服の人が集まっているのが辛うじて見えた。
けれど誰もが反応できず、景色はどんどんと移ろっていく。
「『機刀戦術』 」
風とともに聞こえた女性の声。
それと同時に、前方に刀を構える女性に気がついた。
「凪人!! 」
その刀が振られた瞬間、斬撃のようなものが迫る。
けれどロキはひるがえるように躱し、斬撃は私の長い髪を切り落とした。
「ちぃ!! このまま逃げたかったんですけどねぇ!!! 」
ロキは地面に着地すると、そのまま勢いを殺して静止した。
『残弾数ゼロ、再装填を行います 』
女性の青く光る刀からは不思議な声が聞こえ、カシューっと煙をあげて何かが装填された。
「紫色の髪、赤い目。まさか『人刈』っすかぁぁ 」
人刈とよばれる女性は、なぜか赤い軍服を着ていた。
そしてその両手は……ロキの足と同じような、赤い義手だった。
「なんであれを……躱せたの? 」
「えーだって遅いじゃないっすか。雑魚雑魚のザコですよあなたの一撃なんて 」
「おいおい挑発してやんな。そいつはうちの部下なんだよ 」
後ろから声がした。
そこには女性とおなじ赤い軍服をまとい、右手に巨大なライフルをもつ、青髪の男が立っていた。
しかもその左目は、普通じゃありえない血のような色をしている。
「死んだと聞いてたけど、まさか生きてたとはな。嬉しいぜ『ロキ』、いや……『逃がし屋』!! 」
「こっちはあんたに一番会いたくなかったっすよ『ラク』……いや『空の瞳』 」
ロキとライフルをもつ男は、親しそうに笑っている。
けれど空気は異様によどみ、息を吸っているだけで肺が重い。
「というかさっきの悲鳴はお前の指示か? それを聞いた上が勝手にミサイル撃ち込んだんだよなぁ 」
「まぁ上としてはすぐに排除したいですからねぇ、それを逆手にとっただけですよ〜。それより、なんで自分だって分かったんです? 」
「ハッ。ライフル弾を踏み潰せて、ミサイルを逆手に取るなんて芸当、お前くらいにしかできねぇだろ 」
「……はぁ 」
ロキは仕方なさそうにため息を吐くと、そのまま降伏するように両手をあげた。
「まぁあれです、同僚だったよしみで見逃してくれません?
二対一であなたと戦いたくないんですよぉ 」
「おう別にいいぞ 」
「隊長!? 」
「でもま、その背負ってる女は置いてけ。それが見逃す条件だ 」
「っ…… 」
一瞬、売られたときの記憶が頭によぎった。
けれどロキは力強く私の足を握りこんだ。
「断りますねぇ、今の依頼主は彼女なんで 」
「じゃあ交渉決裂だな 」
その言葉と同時に、背後から斬撃が飛んでくる。
それを倒れるようにロキは避けるが、その直後には重い銃撃音がひびいた。
せまる弾丸すらもロキは跳ね上がって躱す。
けれど瞬間、真上から降ってきたなにかがその左腕を貫いた。
「っ…… 」
「わりぃな、空に撃ってたんだよ 」
グラりと体勢を崩すロキ。
その体に容赦なく刀がせまり、後ろからはライフルの銃口が向けられた。
グッとみぞおちが冷たくなる死の予感。
それを感じた瞬間には、もう声が出ていた。
「『ダメ』!!! 」
「「「っ!!? 」」」
ただの叫び声。
それだけで二人やロキは武器を落とし、その目や耳からは血が垂れている。
「……あっ 」
「ヒュ〜、凄まじい声ですねぇ 」
「貴様ら動くな!!! 」
声を使ったことに後悔する間もなく、そんな威圧的な声がひびいた。
辺りを見れば黒い軍服の兵士たちに囲まれ、数百はある銃口がすべて私たちを捉えている。
「動けばこの場で射殺する!! 大人しく降伏しろ!!! 」
「……今撃たないのは、まだ奪還できると思ってるから〜ですかね? 」
「黙れ!! はや」
「そ〜んなんだから、逃げられるんっすよ 」
ロキは右の指先で、何かを引き抜くジェスチャーをした。
すると指先に巻きついている糸がピンッと張り、兵士たちのベルトにある手榴弾、そのピンが外れた。
「……ぁぁぁぁあ!!!!!! 」
「バ〜イ 」
悲鳴のような叫び声は白い光と爆音によってかき消された。
「━━━━━ますか〜? 聞こえますか〜!? すみませんねぇ、至近距離で爆発させちゃって 」
なにも聞こえなかった耳にロキの声が入ってきた。
気がつけば、ロキは風が渦巻くほどのスピードで走っている。
「あっ……はい、平気です!! というかその腕」
「お気になさらず〜、筋肉と骨と神経がいっぺんにイカれただけですから!! 」
爆発と光で、耳と目の奥がズキズキと痛む。
でもそんな私よりロキの方が、特に左腕がひどかった。
「さぁ逃げましょうか!! 戦争なんてない平和な世界に!!! 」
なのに彼は……ケラケラと笑ってみせた。