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暖かい日差しとコーヒーの香りで目を覚ました祥雲の目の前には、眩しいくらいに美しい顔があった。
「おはようショウ。からだどこか痛むところはあるか?」
「おはよ...うん大丈夫」
祥雲が寝入ってから、体液で塗れた体を清めて清潔なサービスルームのベッドへと運んだ。ゼインは汚れた自分のベッドシーツを洗濯機に放り込み軽くシャワーを浴びてから祥雲のいるベッドへ潜り込んだので、どこかスッキリとした様子だ。
「体は拭いてあるが、気になるようならシャワーを浴びるか?」
煎れたてのコーヒーが入った大きな白いマグを受けとった祥雲は「ありがとう」と言ってから頷いた。
「もう入るか?」
「うん。今何時?」
「午後1時を回ったところだ」
「通りでお腹が空いてるわけだ」
「一応家に食べるものもあるが、歩けそうならここの一階に併設されているカフェに行こう。美味いパスタにサンドイッチもある」
「いいね、行こう」
祥雲からマグを受けとりサイドテーブルに置き、そのまま彼の腕を引き上げてベッドから立たせる。ふらつく祥雲の腰に手を添えてゼインはゆっくりとバスルームまで連れて行った。ゼインは世話を焼くき満々といった様子で羽織っていたシャツとパンツを脱ぎ、祥雲と一緒にシャワールームへ入る。
「わ、ゼイン。自分でできるよ」
「俺がしたいんだ。甘やかしてくれ」
「うーん、まあいいけど」
「ありがとう」
礼を言いながら繋いでいた手の甲にキスを落とし、祥雲を隅まできれいに洗い流した。
祥雲に大きめのバスタオルをかけたまま、ゼインは先ほどで来ていた服を着直し自分のベッドルームへ連れていく。
「昨日着ていた服はクリーニングに出すから今日は俺の服を着てくれ」
このアパートメントのサービスとしてクリーニングが備わっていて、それを使えば1日ほどで服は返ってくる。服が返却されるのを待つ間、祥雲と一緒に過ごす口実ができると思い、ゼインは勝手に祥雲の服を取り上げていた。
「安い服だからいいのに。…やっぱりちょっと大きいね」
「寒くないか?」
「うん、陽が出てるからちょうどいいかも」
「そうか、寒くなったら言ってくれ」
ゼインは薄いクリーム色をした半袖のリネンシャツにブルーのカーディガンとジーンズを合わせた春先らしいカジュアルな服装で、祥雲には白い半袖のシャツと紐で腰元を調節できるブランドロゴの入ったトレーナーパンツを着せた。
「僕この肉のパスタのミールセットにする。あと野菜のキッシュ」
「そんなにお腹が空いてたか。俺はフレンチトーストにしよう」
起き抜けにそんなに食べれるのかとゼインは笑いながら食事を注文する。
祥雲の前にはセットのスープにサラダ、パスタにキッシュが置かれほくほくと嬉しそうに食べ始める。ひたすら無言で食べ進めるのでゼインは笑いながら声をかける。
「美味しいか?」
「っすっごい美味しい!」
「気に入ったみたいでよかった」
「ゼインも一口いる?」という声に首をふり、今度はゼインが自分のフレンチトーストを小さく切り、ベリーをのせてフォークを祥雲の口元に運んでやる。
「いるか?」
「いる!」
パスタを食べきりキッシュに手をつけていた祥雲はその手を止めて、目の前のフォークにかぶりついた。
「甘いのも美味しいね」
「だろう。ここのフレンチトーストは程よい甘さで気に入ってるんだ」
「うん、ゼインが好きそうだね」
昨日の長い会話からそう察したのだろうが、祥雲のゼインをよく知るような言葉は男を浮かれさせた。
「ごちそうさま。昨日からずっと奢ってもらってるけどいいの?」
「ああ、俺が好きでやってるんだ。それより今日も予定はないんだろう?昨日話していた映画うちにあるんだが、見ていくか?」
「見たいみたい。マーケットに行ってポップコーンとソーダ買いたい」
「はは。本格的だな。じゃあ5分くらい歩いたところにあるマーケットに行こう」
昨日に続き、今日も服のクリーニングが戻ってくるまでは一緒にいられることがわかり、さらには部屋で二人きりの状態でいられることにゼインは上機嫌で歩みを進めた。このまま今日もう1日泊まってくれればもう両思いと思っていいだろう、とゼインは一人考える。
「っくしゅ」
「!風が冷たいか。これを羽織っておけ」
「ありがとう。川に近いからかなあ」
祥雲がカーディガンを着たのを見て、肩に腕を回し体を寄せた。ゼインの行動に彼はまた何も言わず、スーパーマーケットに着くまでされるがままでいた。
家に帰りまだ服のクリーニングが終わっていないことをコンシェルジュから聞くと、祥雲は少し悩んでから、週明け受けとりに来ていいかとゼインに聞いた。
「明日の朝には仕上がるなら、もう一泊していけばいい」
「ゼインに悪いし、明日はマリーとハンスとヒトミさんでランチに行く予定なんだ。服を着替えに一度帰らないと」
「…着ていく服ならまた貸すが」
「あ、ほんと?じゃあお願いしようかな」
ゼインはどうすれば今夜も一緒にいられるか、そもそも何故そのメンバーとこのタイミングで仲良くランチに行くのかと、その賢い頭を無駄に悩ませながら考えていたが、男の簡単な提案にすんなり肯定した祥雲には少し拍子抜けした。
その後は予定通り家でシアターショーを開催し、夜にはデリを注文してワインとともにつまみつつゆったりとした時間を過ごした。最後の映画にラブロマンスを選び、恋人たちの甘い雰囲気に流され、ゼインは祥雲の唇を柔く噛みリップ音をさせながら軽いキスを顔中に落とす。しばらくすると祥雲はうとうととし始め、ゼインは映画を止めて青年を抱き上げ、しっかりと首に回された腕に頬を緩めながらゼインのベッドルームへと運んだ。
翌朝、クリーニングの済んだ服が入ったバッグを受け取り、昨日とは違うゼインの服を着た祥雲はゼインの車に乗せられて目的の店まで向かった。
「色々ありがとう。服は週明け返すね」
「ああ。楽しんでおいで」
「うん、またね」
「愛してる」
ランチを楽しみに今にでも小走りで店に入ろうとする祥雲を引き留め、ゼインは甘い言葉を呟いて彼の唇にキスをする。
祥雲は少し驚いたような顔をしてから、「うん」と爽やかに微笑みながら再び「またね」と手を振って店に入って行った。