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 朝から調子の良かったゼインはその勢いで仕事をどんどんこなしていき、終いには定時よりも30分早い時間で切り上げエレベーターに乗り込んで行った。


 「ねえハンス、何か聞いてる?」

 「何も。けど、あの様子なら俺もなかなかいい仕事をしたかもな」

 

 何のことかとマリーは聞いたが、週明けにでもゼインから話を聞いた方が絶対に面白いからとハンスが口を割ることはなかった。

 同僚二人がそんな噂話をしているなど露知らず、ゼインは身なりを軽く整えつつエレベーターが地上に到着するのを待った。

 一階に到着するや否や、ロビーのソファでスマートフォンをいじる祥雲の後ろ姿を見つけた。黒髪のアジア人がこの会社にも多くいるが、ゼインの気を引くような艶髪は彼しかいなかった。見間違うはずもなくゼインは祥雲に声をかける。


 「待たせてしまったか」

 「わ、びっくりした。随分早いね?」

 「キリが良かったからな。ショウよりも早くここで待っていようと思ったんだが、負けてしまったね」

 「全然待ってないよ。カフェで待ってても良かったけど、ヒトミさんたちがここで待ってろって。早く会えたし正解だったかも」


 小首をかしげながら大きな瞳をキラキラさせて微笑む姿にゼインは慄いた。ここでなぜヒトミの名前が出るのか不思議にも思ったが、祥雲の服装が今朝と違うことに気がついた。


 「今朝と服装が違うようだが、もしかしてそれもヒトミが?」

 「そう。編集部にいってゼインとご飯行く話をしたら、『そんな格好で行くなんて許さない』なんて怒られちゃって。パーカー楽でいいんだけどね」

 「いや、ジャケット姿も新鮮でよく似合っている。嬉しいよわざわざ着替えてきてくれたんだな」

 「なんか恥ずかしいなあ。早くご飯行こう」


 恥ずかしいなんて言葉を口にしてはいるものの、その様子はゼインに褒められてーー口説かれてーー恥じらっているわけではないのだと、ゼインはもう気づいていた。祥雲は自分が努力したことや気を使ったことに気づかれ照れていたのだ。けれど切り替えが早いのか祥雲はソファを立ち上がると機嫌良く歩き出した。


 「どこの店に行くの?」

 「ここからキャブで20分のところにある行きつけの店だ。シーフードもチキンもある」

 「シーフード!いいね、お腹空いた」


 確かに行きつけの店ではある。しかしこの店を選んだのに下心がないといえば嘘になる。職場であるウォールストリートはダウンタウンにあるため、アッパーサイドに行った方が店は多いが、それでもビルの近くに店がないことはない。それでもなるべくビルから離れようと思ったのは今日が金曜日だったからだ。仕事終わりに同僚とともに近場で飲み出る人が多いため、なるべく2人きりの時間を邪魔されない場所を選んだのだ。


 「ここからだと賑わっているのがよく見えていいね」


 案内された予約席はメゾネット2階のテラス部分に用意されたスクエアテーブルだった。ゼインが通い始めた当初は一階の窓ガラスにほど近い席によく座っていたが、道を歩く人々にじろじろと見られながら食事をする気になれず、その旨をウェイターに伝えて以降、この席がゼインの席となったのだ。


 「ああ。この時期外のテラス席も店内といえど窓側の席も風が冷たく感じるからな」


 ディナーはコース料理だが、メイン1つとっても選べる料理の品数が多いので好き嫌いがあっても満足のいく食事を堪能することができる。祥雲はそう長くは迷わずバスの香味焼きとアサリのペンネを選んだ。


 「ここのリブステーキもなかなか美味いんだ。肉が嫌いじゃなかったら少しわけようか」

 「うん食べてみたい」


 ウェイターにそれぞれ選択した食事をシェアできるよう注文をつけてから食前酒のシャンパンで乾杯した。


 「ずっと埋め合わせしようと思ってたんだけどスケジュールがコロコロ変わるから全然誘えなかったんだ」

 「俺はてっきり2人で食事に行くのが嫌なのかと思っていた」

 「そんなことないよ。本当に誘ってもらう日に限って時間が取れなかったんだ」


 申し訳なさそうにしながらグラスから手を離す祥雲をみてゼインは心底安堵した。アプローチかける前から負け試合かと思っていたが、これなら大丈夫かもしれない。


 「どれも美味しい」と、どんどん料理を口に運ぶ祥雲の様子はゼインを喜ばせた。

 祥雲の旅や仕事の話を中心に会話は盛り上がり、食事とともにワインが進む。ゼインは祥雲と話せば話すほど、常にニコニコと笑顔が絶えない表情を見るほど、目の前にいる男へのめり込んでいくようだった。ゼインのその完璧な容姿、金融勤めに加えて自身が投資家というステータスに男女とも常日頃から好意や羨望の眼差しを持った態度で接してくるのに対し、祥雲という自分の容姿はおろか他人の外見にもこれといって興味がないようでゼインにはそれがとても新鮮で好意を抱くのに十分であった。が、それだけが彼の魅力ではない。祥雲は22歳という若さで既に自立した精神を確立している。世界中を放浪していると聞けばまるで自分探しに酔っているいわゆる若者だが、好きなことを仕事にするための計画性とその努力は話のそこかしこから伝わってくる。

 楽しそうに、けれど決して聞き手を置いていくような話し方はしない心遣いのできる青年。彼を手に入れよう、ゼインは自分が手に入れられないものはないと疑うことなく、そう思ったのだった。


 「ショウの話は本当に楽しい。明日予定がなければ、別の店で飲み直さないか?」

 「いいね、もちろん。今度はゼインの話も聞かせてよ」


 シャンパンと白ワインを2杯、赤ワインを1杯グラスで飲んでいる祥雲の顔は、薄暗い店内でキラキラと光るオレンジのランプと相まって赤く火照っているように見えた。

 相手が男であるから全く警戒心がないのか、下心が見えすいたゼインの言葉に快く答える彼に焦れる感覚を持ちながらゼインは会計を済ませ席を立った。


 再び車を拾い8分ほど揺られながらついたのは、セントラルターミナルの二階にある隠れ家的バー。隠れ家といっても店内は二階造りで一回はバーカウンターにスタンディング席、二階はソファ席がいくつか設置されたゆとりのある空間だ。それでもメトロのターミナル駅真上に位置する店だからか週末は二階席に座ることは困難で、一階席は窮屈にならない程度に人で溢れている。

 ドアを開け祥雲を先に中へ入れ、そのままバーカウンターの一番奥の席を目指す。人の間を縫っていく途中に顔なじみのバーテンに席を開けておくよう目配せしておけば、目的の場所にたどり着く頃にはレザーブドのタグが置かれている。

 ゼインはジャケットを脱ぎながらメニューを祥雲に渡してやり希望をきく。日本では20歳から酒が飲めるからか祥雲は見た目によらずよく飲むようだった。さっぱりしたものが飲みたいと言うから祥雲にはジンフィズを、ゼインはロブロイを注文する。


 「夜になると流石に寒いね」

 「そうだな、ここなら人も多いからすぐに温まる」


 ドリンクを出され、乾杯をする。

 ゼインはそれに乗じ祥雲の肩にそっと体を寄せた。

 すでに楽しい気分で程よく酔っている祥雲は肩が触れ合っていることをなにも指摘せず、楽しそうにゼインに話をねだる。

ーーー酔って気づいてないのか、人混みで押されたと思っているのか...。


 意識されている素振りがないことに、再び些かの困惑と不安を滲ませながらゼインは祥雲の手に自分のそれを重ねた。


 「ショウは指が長くて綺麗だ。カメラを使う仕事をしているからだろうか。ずっと触れていたくなる」 

 「...そうかな。ゼインの方が大きくて太くて男らしい、羨ましいな」


ーーーこれは脈ありだろう。


 体が温まったのか目元まで赤く染まった祥雲の顔は、ゼインの情欲を掻き立てる。今すぐにでも押し倒してしまいたい衝動を抑えつつ慎重に提案する。


 「このままうちでもう一杯どう?」

 「うーん、まだ飲みたいけど、それだとホテル帰れなくなるからなあ」

 「泊まっていけばいい。無駄に広くて部屋が余ってるんだ。ダウンタウンまで戻るのも大変だろう」

 「そうだね。じゃあお言葉に甘えてお邪魔しようかな」


 祥雲がレストルームに行くというので、その間にゼインは会計を済ませキャブを呼んだ。

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