桃太郎〜鬼ヶ島対戦後期〜
桃太郎を基にした創作です
桃太郎〜鬼ヶ島対戦後記〜
これは、鬼ヶ島対戦以降の物語。使命を失った桃太郎と、鬼達の変化の話だ。
日本一のツワモノ桃太郎は、犬猿雉をお供に迎え、旅をしていると聞く。彼等は鬼ヶ島を追われ、各地に分散し人間に溶け込もうしてる悪しき鬼達の退治を使命とし、北へ東へ、或いは南へ西へ徒歩を進めている。一方鬼達は破壊衝動に左右される鬼の性質をうとましく思い、理性により自身の猛々しさを抑え、人間として、鬼としての二重生活ができる存在を目標としていると聞く。
日本一のツワモノ桃太郎は、威厳と風格を備えたまさに日本一にふさわしき人物らしい。桃から生まれたという彼は、多くを切り捨て、多くに恨まれ、そして鬼を退治し人を救うという使命を見出したという。
そしてお供の3人は、その能力の高さからそれぞれに、犬、雉、猿と揶揄されるらしい。彼等もまた影を抱え、闇を抱く大将に絶対の忠誠を誓ってると聞く。
その日、霧が立ち込める川の中を、彼等はゆっくりと進んでいた。桃太郎を大将に旅を続ける雉、猿、犬の四人の一行は具合の悪さを感じていた。原因は船酔いだ。この船は、村のはずれに住む男に紹介されたものだ。
勿論、具合の悪さを感じてるのは大将の桃太郎以外だ。
おかっぱ頭の雉は、長い睫毛の知的な瞳を臥せ、口を覆っている。元々細身の彼は今回の不調により余計に病的に見え、女性がこれを見れば世話をしたくなる気を起こしそうだ。最も、彼は女性に何かしてもらおうとは間違っても考えないが。
猿は、坊主頭を抱えていた。そして先程から呻いている。酷い船酔いにもうすぐ吐く寸前だ。普段は陽気な表情が今回ばかりは暗い。得意の宙返りも今やってみれば、絶対に全て戻る。
「おい涼風…てめえに吐いていいか?」
「なんだとクソ猿」
じろりと睨みを効かせた揶揄されるは涼風、その名は涼風という男は必死で普段の様子を保っていた。汗を全身にかいているが、老若男女獣人問わず寄せ付けぬ鋭い目つきは相変わらずだ。しかし、それは苦し紛れのもので、普段ならある程度持てる余裕も今は皆無。猿からの発言に口答えするのが精一杯で、彼も猿同じく今にでも食ったものを全て出しそうだった。
ちなみに、犬猿雉と揶揄される彼等は名前を持つ。雉と呼ばれるやや青色に近い黒髪の、おかっぱ頭の彼は、「薬」という名を持ってる。
ちなみに、彼は確かに「彼」だし、一行の中で最も女性に取り囲まれやすい。彼はこれまで女性を丁重に扱い、多くの女性に慕われまた泣かせてもきた。
しかし、敢えて言うならば、彼は他の3人と同じ風呂には入らないし、彼等の前で服を脱ぐこともまずない。
猿呼ばれる坊主頭の男は、「染」と言う名前を持つ。陽気な性格で猿と呼ばれるだけあり、木登りが得意だ。飛び跳ねる、走り去る、物を盗み出す、賢く場を切り抜ける。言動は軽いが実に賢く、一行の雰囲気が暗くなろうと彼がいれば大概は問題ない。だが、唯一の問題点は、いびきがうるさい。
そして犬、人付き合いは下手で、相手の気持ちを考えた発言など絶対しない。嫌いと思えば嫌いという。悪人では無い。唯一剣だけは彼と気が合った。ぶどうの腕をひたすら磨き続け、最も腕が立つが、最も気が不安定なのが彼だ。皮肉なことに、彼の名前は「涼風」。涼風というより冷風だと、染が言ったのは仕方あるまい。
3人は既に、昼の食事の食あたりにより船の上で生死をさまよっている。そして唯一この船に乗るものの中で、船頭以外に健康なものが居た。
それが大将、桃太郎だ。
「ふん」
桃太郎は鼻で三人を笑う。彼は煙管を手にして、煙草をふかしていた。この日本一のツワモノ桃太郎、一見すると女性のようだ。いや、言われなければ彼がどういう存在かは誰も規定できない。白い肌に、真っ黒の髪を1つにゆるりと束ねる。品位を讃える顔立ちからは、汚い言葉など絶対出てこないだろうと予想される。
しかし、静かに微笑む彼は、こう言った。
「この役立たずの獣どもが」
「…ひ、ひっでえ大将」
顔に似合わず、とはこの事だ。 いや、ある意味似合うかもしれぬ。桃太郎の目は何の感情もないように冷たく、その微笑みはべったりと顔に張り付いて取れないままの呪いのようだ。まあ、これは猿が食あたりで具合の悪い状況だからこその、誇張表現かもしれないが。
だが、桃太郎が酷いのは事実だ。大体今回の食あたりの原因はこの大将にある。
「元はと言えば貴方のせいでは…?桃太郎様」
あくまで冷静な様子で、雉が告げる。相手を大将として尊敬する態度は崩して居ないが、元気になれば今にでも鳥に変幻して空を飛ぶ準備はできてるようだ。犬猿雉の揶揄は彼等の能力の表明でもあり、彼等が体得した変幻述の変化対象の示しでもある。故に雉も猿も犬も、動物になれるが、今の状況では誰もへんげなど出来ない。
「黙れ雉。賢いお前が騙されるとはな?笑っちまうぜ」
「貴方が狡猾すぎるだけ…です」
「後で女と遊ぶ金を渡してやる、今は存分に苦しんどけ、てめえも知ってんだろ、極楽ってのは地獄と繋がってんだよ」
雉は呆れたように溜息を吐き、そんなものなくてもとぼそりといったがそれ以上の発言を辞めた。無言なのは犬だけだ。桃太郎は犬を見る。視線に気づいた犬は桃太郎の方を見た。
「気分はどうだ?馬鹿犬が」
「悪いに決まってんだろ」
吐き捨てるように答えた犬は、その後光り輝く液体を口から川に注ぎ込んでしまって居た。
「俺を罵っときながら、てめえが一番最初だったな…涼風…ぅ、うぉえええええ」
「はぁ⁈貴方…何僕の服に吐いて…ぅ、うぉえ」
「全滅か…使えねえ手下どもが」
桃太郎の言葉を受け取るものは、そこには1人もいなかった。三人のお供もとい、手下達は大将を恨んだ。
近頃、毒殺事件が多い。専門の毒味役を使うのも手だと、雉は提案した。猿と犬は賛成して居た。
毒味の専門家は、学び舎で訓練を受けている。幼い少女から仙人のような老人まで様々なものがおり、最も優秀だと言われる少女に頼もうという話になって居た。
しかし、大将は唯一、毒味なんてしなくても毒くらい体内で殺せると言い放った。犬猿雉の3人はぞっとした。大将は果実生まれ。生きるための栄養を桃からのみ受け取って生命を獲得した謎の力の持ち主ではあるが、一応犬猿雉の3人は、元々普通の人間だ。しかし、3人とも他の人間を凌ぐ戦闘能力を持て余して居た頃に大将に出会い、変幻の術も獲得した。厳しい修行の末に鬼ヶ島に押し入り、前の鬼の大将も破るという偉業だって成し遂げた。
「てめえらにできねえ事なんざ、弱くなることだけだろうがよ」という、大将のお言葉に3人鍛え上げられてここまできた。
毒程度耐えられるのでは?…無理では?と、3人が考えてるうちに、大将は毒対策をすると決めてしまった。
そして、今だ。本来、修行とは何が毒で何が毒でないかを見極めるためにある。専門の毒味役に毒について学んだ方が良いのだ。しかし彼等が大将は、毒殺しを選んだ。
嬉しいやら悲しいやら、彼等はやはり、嘔吐はしたが毒は体内で殺した。
「間抜けどもが」
と、弟子を罵りつつも妙に満足げな大将、桃太郎は先程の食どころからくすねてきた酒を口に含む。それに毒が入ってることを彼は知ってるが、だからと言ってそれは何の問題でもなかった。
ゆっくりと、舟は進み続ける。
「美しい川なのに、汚してしまった。船頭さん、すみません。」
しばし時が経ってから、雉が船頭に告げた。その頬は健康的な色を取り戻しつつある。
「いや、構いませんよ。桃太郎御一行様を乗せられるなんて…夢にも思っておりませんでした。」
「そんな、大層な輩じゃねえって…今の大将が言ってた言葉聞いただろーー⁈」猿も元気を取り戻している。
「いや、この川はそれに…」
「何かあるんだろ、ここ」
冷えた声が聞こえ、一度船頭は声の方を確認する。同じく平常の様子に戻った犬が、冷静な目をしていた。失礼だが先程話してる途中に吐いたとは思えない冷静さだ。しかしお前は、吐いていた。誰よりも具合悪そうに吐いていた。
「本当吐いてたお前はまじでめっちゃ吐いてただからそんなキメ顔したってお前が吐いた事実は変わらねえぞわんこちゃんよ」
「うるせえよ猿。別に隠してねえ」
その発言に船頭は肩を震わせる。大将は相変わらず酒を飲んでるが、酔ってはいない。飲みきった容器を逆さにして、舌打ちをしてる。この話に関わる気はあるらしく、一瞬船頭の方をちらりと見る。
「ええ……はい。この川はいわくつきでして」
「いわくつきなんてのは、この世そのものだろうが。そうだろう、舟漕ぎのお兄さんよ」
犬は言いながら、視線を船頭に向ける。彼は、船頭の漕ぐ向きが変わったのを見逃さなかった。
「あんたも同じか?」
船頭は首を振る。ここでやっと桃太郎が口を開いた。
「この川で鬼が死んだのはいつだ?」
「一月前です」
「やっぱり、鬼は良いねぇ。一途で、未練がましくて」
そう言い、桃太郎は煙管を深く吸った。吹き出した煙は宙を漂い、空へと登る。この大将桃太郎には不可思議な力がある。桃太郎は産まれながらの妖術の使い手だ。桃に宿されたのも彼の強すぎる妖術能力によるものだが、人でも獣でもない、凶暴な性質を抱え殺戮以外の行動に至れない鬼の気持ちを理解できるというのも、彼の特性である。
今回もまた、彼は鬼の気持ちを感じ取った。彼等の旅は気の向くままではない。この大将桃太郎の感受性が、導くままに向かう。つまりは彼は鬼に惹かれ、鬼は彼を呼んでいるのだ。
「鬼の何が良い。殺すだけだ」そう冷淡に言い放つ涼風を、どこか懐かしいものを見るような目で、桃太郎が一瞥する。しかし何も言わずに、桃太郎はその目を船頭の背中に向けた。
「兄さんよ、その鬼は、人間になにか情を持ったようじゃねえか。俺は日本一の強者、桃太郎だ。何を話されようが問題はねえぞ。教えてくれ」
「…あなた方は鬼を倒すのですか?それとも、鬼に向き合うのでしょうか…?」
半信半疑な様子で話す船頭に対し、涼風が声を荒げる。
「向き合うだと?ふざけんな!鬼なんて俺は嫌いだ!大体、俺の大将は……」
刺すような視線を与えたのは大将ではなく雉だった。涼風は口を閉ざす。
「俺は鬼を殺したくて殺してるし、向き合いたくて向き合ってる。それが事実だ。人に見えんのは、事実だけさ。まぁ、早く話してくれ、酒がなくてイラついてるんだ」
船頭は一瞬疑うような目を桃太郎に向けた。それは桃太郎を疑ったが故の目ではなかった。その線の細い容姿と、強すぎる酒を飲みきった事実があまりに噛み合わないが故だった。だが、若い船頭は自分の抱える問題を打ち明けることを優先した。彼は自らの視線を船が向かう先へと戻す。
「その、もう一年も前のことです。私の家に……大きな男が訪ねてきました」
霧はさらに深まり、船頭は彼等をさらなる不穏へと誘うかのようだ。しかし彼等にとってそれは、日常に過ぎなかった。少なくとも彼等がこれまで見てきたものに比べれば、目の前で人間が突如倒れこんでも、日常に過ぎなかったのだった。
一年前の夜に私の家に訪ねてきた男は、こう言った。「どうか俺に仕事をください」と。男は体は大きかったが、顔は今にも謝りそうな頼りげのない様子だった。人当たりが悪そうには見えないが、急に仕事を欲しがる男を私は疑った。
「急になんなんだ?」妹と2人で暮らす私は、きっと相手を睨みつけた。男は尻込みしたように、見せると、再度こう言った。
「仕事が、欲しいんです。家族が殺されてしまって….逃げてきたんだ……。頼む、どうか」
「事情があるのはわかるが、あんたが誰かもわからない」
もう夜で、妹は寝ていたはずだが騒ぎを聞きつけ出てきた。私が男と言い争ってるのを見ると、気の毒そうな顔をして、私にこう言った。
「兄さん困ってる人を助けないなんて、とうさまとかあさまが怒るわよ。」
「さゆ…しかし」
「貴方…名前はなんていうの?」
妹からの優しい問いかけに、男はさらに困った顔をした。私も段々と気の毒な思いがした。
「お、俺は…小助と言います。言われたことはなんでもする、どうか、」
「小助か…」不器用そうだが、真面目そうな男に、私は一応頷いた。そして、私は次の日から船頭の仕事をする上での手伝いを小助に命じた。安い金しかやれなかったが、その日食えるものさえなんとか手に入ればと、小助は喜んだ。小助が寝る場所もないというので、私は働くところに近い場所は昔は船用の木材があって今は何にも使われてない小屋くらいしか紹介できないと言った。
小助はそれに喜び、なんども頭を下げ、次の日からそこで寝起きして仕事を始める事になった。
小助は体はでかいが態度は非常に小さく、いや、ある意味とても大きく寛容的で、どんなことにも一生懸命に応じてくれた。
最初のうちは新米で、素性もしれぬ小助を悪くいう者もおり、小助も少々悩んでるようだった。励ましたり手伝ったりするうちに、私も小助を気に入り一月もする頃には絆も生まれた。
小助も船頭として客を乗せてこの川を行き来するようになってから、小助をよくいう客も増えてきた。
「なあ小助」とある日、私は小助に声をかけた。
「へぇ、なんですかい」始めよりもだいぶ堂々として、小助は以前よりもずっと男前になった。そのせいか、最近妹のさなは小助を気にしている。
仲良くなってからは小助を我が家に呼んで酒など飲むこともあったが、小助とさなは良い雰囲気で話していた。
私は2人が惹かれあってることを知っていたが、2人とも私に気を使って何も起きてないことも知っていた。
「お前は私の妹のさなを気にしているか?」
「ええ?いやいや、まさか…あにさんの妹さんですって…」
「いや、違う。さなもお前を多分すいてる。私を気にしなくていい。さなを好きなら、もらってやってくれてもいいんだぞ。あの子は、ずっと私と2人きりで…寂しい思いをしていた。」
小助は顔を赤くして、その時持っていた木材を落としてしまった。私は笑い、本当なのではないか、と小助を小突いてやった。
「でも、俺は…」
「なんだよ小助、お前はいいやつだ。確かにまあ、不器用だけどな、お前よりいい男は俺は知らないよ。」
「あにさん、それは嬉しいです…けど、俺は」
「まあ、一旦さなの顔を見てみろよ、きっと気が変わるさ」
その日私は小助を家に呼び、いつものように酒を少しのみ、話たが、途中で仕事場に大変な忘れ物をしたと言った。すぐに戻るがもしかしたら戻らぬかもしれぬなどと言い、さっさとその場を後にして、半刻酷経ってから戻った。
戻るとすぐにさなが私を叱りつけた。
「小助さんに言おうとしていたことを、兄さんは先に言ってしまっていたのね」と、顔を赤くしているさなに、私は誤った。奥で小助が困ったように笑っていた。
その時から私は小助とさなは家族になった。血の繋がりは無かったが、私達はお互いを信頼できていた。さなは小助と出会えたことを喜び、あんな寒い小屋に一人で寝てないで一緒に住んで欲しいと告げた。しかし、小助はそれにはどうしても頷かなかった。さなとは共に出歩いたりしていたが、婚姻を済ませるのは責任のために自分がもう一歳年をとってからにして欲しいと言った。
さなは、その時を待ちわびていた。
ちょうどその頃、村では病が流行りだした。
「ーーー流行病?」
一度言葉をつぐんだ船頭に、雉が静かに告げた。
「…ええ…」
船頭は口を覆う。
「今は…もう、病は流行っておらず…」
真剣な顔で話を聞いていた猿が、心からの言葉を口にする。
「あんたは妹思いだ。」
「…病は、今は流行ってないし、あんたも妹も健康…小助は?」桃太郎が冷静な声で言う。
「あいつは、姿を消してしまって…」
そこまで告げ、船頭は黙る。
「そうかい、小助をどう思ってる?」
船頭は少しの間の後こう言った。
「…残念だと」
そして、沈黙の後に、彼は再び口を開いた。先ほどよりもずっと重々しい口調で語られるその物語を一行は静かに聞いている。
その病で村は重苦しい雰囲気に包まれた。私はさなを心配していた。絶対に無理はするなといい、体の安全によく気を使うように言った。私は小助にも同じことを告げた。
馬鹿でも病はかかる、お前は絶対に体を壊すな、倒れられちゃ困る、と言うと、小助はいつもの調子でそれはないですよと言った。しかし、小助のその目がどこか悲しそうなのを私は不思議に思った。私は日々を過ごしていたが、ある日さなが病に伏した。
「私を心配しないで」
「さな」
「大丈夫だから、心配しないで」
そう言いつつもさなは苦しそうだった。さなを心配する俺に対して小助が言った。
「兄さん仕事は休んでくれて結構です。俺がなんとかします。あにさんの分も働きます。」
私は大分迷ったが、小助の好意を嬉しく思った。
小助には私の代わりに働いてもらい、私はさなの看病をした。おかげで、さなの病状は悪化しなかった。それどころか小助はさなに薬を買ってきてくれた。私は小助にひどく感謝したが1つだけ疑問に思った。俺の分も働いてるのに、小助は全く疲れを見せないのだ。私は小助が妙な薬でも飲んでしまってるのではと心配になった。船頭として様々な客を乗せる中、聞いた話だが、世の中には人の頭をおかしくさせる薬もあると聞く。
そんな事があってはならないと思い、私は小助に尋ねた。
「お前は何か私に隠しているのか?どうしてお前は疲れないんだ」
「あにさんそれは…ずっと働いて体力がついたからですよ」
「それだけじゃ無いだろう。何も無いんならいいが」
「あにさんに嘘はつきません」小助はまっすぐな目で俺を見て、そう告げた。俺は小助を信じていた。看病のおかげで、さなの病は回復に向かっていった。なにもかも全て小助のおかげだった。
私は酷く小助に感謝した。
しかし、私は小助に感謝を告げられてない。なぜなら小助は消えてしまったからだ。小助が姿を消したのはさなの病が治って、一度小助がさなに会いにきてくれた後のことだ。
さなは、小助にあなたに出会えて本当に嬉しい、早くあなたが年をとって、あなたと一緒に暮らしていきたい、と言った。小助はその時微笑んだ。彼はなにも言わなかったが、その笑みはとても幸せそうだった。
しかし、それを最後に小助は消えてしまった。
3日ほど経って、鬼の死体が川で見つかった。それは実に恐ろしい赤鬼で、牙と鋭いツノを持ち、それを発見したものは恐れおののいた。しかし、その死に顔はとても悲しそうだったと言う。静かに目を閉じる鬼のその顔は、まるで誰かを失ったかのようだった。
鬼の死体は燃やされることも、川に投げ捨てることも憚れ、村人たちは悩んだが、気づいたら鬼の死体は無くなっていた。村人たちは鬼の死体は消えてしまったのか、それとも今も鬼が生きているのか、不思議に思った。そしてそれと同時期に小助も消えてしまったため、あの小助は鬼だったのでは無いかと噂された。人間のふりをして人間を助けた鬼は、どこかに姿を消してしまった。それ以来その川では不思議な事が起こるようになった。
船頭の話は終わった。
「ーーーひとつだけ、聞かせてくれ、あんたは嬉しかったか?」それを聴き終えた桃太郎は静かに告げた。
「嬉しかったか?とは」
「…鬼が、人間と共に生活したんだ」
「そんなの、とても恐ろしかったですよ。鬼なんかが…人と生活なんて」
桃太郎は腕を組む。人形のような顔立ちは感情が読めない。犬は鋭い瞳で船頭を指すように見つめている。
雉は目を閉じ、猿は真っ直ぐにその船頭の背中を見つめている。
「そりゃあそうだよな、そうしたくてしたんだ。犠牲や、恐ろしい事になると知りつつもな」
「恐ろしい事?」
「...自分の存在のせいで病が流行る事や、人間の身体を維持する為にどうしてもしなきゃらならないことが起きるとか、さ。」
「自分、とは?」
「......自分だよ、小助、そうだろ。」
「…違う、わたしは…何を言ってるんです?小助は…」船頭の声はだんだんと低くなっていく。
「…これだから…」犬は呆れた声を出す。
「大体は本当だろ、お前は知ってた。流行病は自分のせいで、信頼してくれるあにさんとさなに、危害を加えたくなかった」
「ちがう、小助はわたしの妹と私をすくってくれテ」
船頭の声は嗄れていく。その肩は震え、盛り上がっていく。少しずつ、肌の色さえも変わっていった。雉が目を開ける。猿は口笛を吹いた。
「不謹慎ですよ」雉が猿を窘めつつ、船頭が体型ごと変化していくのをじっと見つめる。雉は集中力を高め、きたるその暴動に備えた。
「あの彼の変化は、彼の内情を知る一歩につながります。」
「そんなこと言って単に人間のふりした鬼が鬼に戻るってだけだろー?」
「それが、私達の仕事ですからお話を聞いて、相手の本来の姿を引き出す、よくある心理療法ですね。」
今や船頭の体も肌も人間のそれではなかった。そう、その姿はまさに鬼だった。低くうめき声をあげ、船頭だったはずのそれは、頭を抱える。勢いよく振り向くと、猿の方へと飛びかかって来ようとした。
「残念」そう言い、猿は飛び上がる。
鬼は的を外した。
「っ…貴様!!!」
「…悪いな、俺たちはこうやって、てめえら鬼に向き合ってるんだよ」
つまり、これが彼らの仕事だ。小助の様な鬼は多い。人間になりたいと願い、人間の姿になり人里に紛れる。しかし、自身の存在が災いを呼び、その村では疫病や事故が多発する。それに悲しみを覚え死のうとするが、鬼は簡単には死ねない。
大概の鬼がやることは決まっている。自分がよく知る人間を使って、人の世界に馴染もうとする。
つまり、今回の場合は、小助と名乗る人間に扮した鬼が人間の世界に馴染もうとして1人の船頭とその妹の生活に入り込んだ。
一年間疑われなければ鬼は人間としての生活を苦なくこなせる。抑制力もつくので災いを呼ぶこともなくなる。
「あと少しだったのに…あいつは俺がおかしいと知り始めた…!!!」
船頭に扮した鬼、小助は声を荒げた。小助は勢いよく手を振り上げ、船を壊した。猿と犬は動物へと変化した。雉が羽だけを生やし2人を抱えて、中へと飛び上がる。沈む船をもろともせず、ゆっくりと、桃太郎は立ち上がる。そして桃太郎と鬼は対峙したが、2人とも水上に立っていた。
雉が口笛を吹く。
「それは不謹慎だってさっき…」小さな可愛らしい猿へと変貌した染がいう。
「いいじゃないですか、自分の大将を褒めても。それと涼風、どうして尻尾を振ってるんです?」
賢そうな犬へと変わった涼風があえて人語を返さずに唸った。
そして、対峙する鬼と桃太郎、2人は静かに向き合っていたが、桃太郎の方が語り出した。
「 それで殺したのか?」
「… 殺すわけない…」
鬼は低い声を出した。
「桃太郎、鬼ヶ島を破壊したお前にはわからない…俺たち鬼は望んでもないのに鬼に生まれる…人間を守ることもできるのに…。誰も殺してない、あにさんのことだって、今も信頼してる…」
「…向こうは、どうだかな。」
桃太郎は腰に巻いている鞘に手をあてがい、そして刀を引き抜いた。
「…戦う気なんかない」
「俺には殺す気がある。」
「殺したきゃ殺せ。だが俺は誰かを殺すために人里に降りたんじゃない。だれも傷つけずにいきたかっただけだ。」
そういうと、鬼は両手を挙げた。そして膝をつき、こうべを垂れると。
「褒美に首でも持って帰れ、殺戮者め」
「つまらん事を言いやがって」
そう言い桃太郎が鬼の首を切り落とそうとした時だ。
「やめろ!!!」と、声がする。桃太郎が手を止めると、涼風が犬の姿のままこちらをきっと睨みつけていた。涼風は何も言わずにいるので、涼風は目を閉じ意識を集中させた。
そして、勢いよく水面下へと向かった。そしてなんとか、水の上に着地をした。
「この姿ならまだ…立ってられる」
「あー…だいぶダサいな、」
「この鬼はもう、人間になれたんだろう。だれも殺してないなら、殺す必要なんかない。」
「…疫病で人は死んだが」
「...それは、こいつのせいじゃない、鬼の性質のせいだ」
桃太郎は黙る。鬼はじっとして犬の方を見つめる。
「……犬ってのは…人には懐くから困る」桃太郎は刀を鞘に戻した。鬼は桃太郎を見つめた。
「…良いのか?」
「あぁ、手下に免じてな、ただ今の話だ。鬼ヶ島以降、人間のふりをしたり各地で蔓延ってる鬼を殺すのが仕事だ。」
「俺は人間のふりを…」
「俺よりは、人間なんだろうさ」桃太郎は姿を消した。鬼は目を丸くしたが、涼風は消えたわけじゃない、と、静かに告げた。いつの間にやら、雉の首元には桃の形の首飾りが付いていた。
「ちょうどいい、このまま次の村に行きましょう。意地悪な大将が今は物言わぬ桃だ。さあ、わんちゃん帰りますよ。」
「だ、だれがわんちゃんだ…」
「まあまあ」
雉は言いながら犬を拾い上げ、そしてそのついでに鬼に、こう言った。
「貴方は鬼だ」
「……」
「でも貴方は、信頼していた人とその妹を救った。」
鬼は静かな声で言った。
「そして、あんたの大将はそんな奴を殺そうとした」
雉は笑みを見せる。雉は感情の無い笑みを、鬼は静かな目で見つめる。桃太郎一行、それは矢張り鬼達にとって永遠に変わらぬ存在、殺戮者だ。生きるか死ぬか、それは桃太郎の一味が決めることでは無い。先祖の代が成した破壊行為を桃太郎等に背負わされ、鬼ヶ島を壊滅させられた。鬼達は皆知っている。真の鬼は桃太郎だ。しかし、相手などしない。自分達が生きる為に、人を殺さずに生きる方法を人間として生きる方法を探すだけだ。
「その桃が腐り果てる迄俺たち鬼はお前等に対抗する」
「どうぞご勝手に、なんにせよ今日は面白い話を聞きました。もしも人間になれたらその時は…一緒に化け物の悪口でも言いましょうね。ステキな…ひと、さん。」
嫌味を言い、雉は空へと飛び立った。彼が去り、あたりが静寂に包まれてから鬼、小助はじっとした。辺り一面霧に包まれている。あにさんに謝ろう。許されなくても。人間として生きることは出来る。いや、人間を傷つけずに生きる事ができる。別の村へ行き、静かに暮らすのだ。小助はそう感じた。
彼はかつて信頼した人間を幽閉した奥地へと、進んだ。かつて彼に会った時の姿で、彼はその地へと向かって進んでいった。
ここから離れた場所、先ほどの村の奥地。1人の男が1人の男と、女に向き合いそして泣いていた。
「すまなかった…本当に済まなかった…あなた達を騙し…災いを呼んでしまった」
「…災い、とは」小助からの謝罪の言葉を、船頭は受け止める。突然戻ってきた小助に驚くだけでなく、これから兄さんに会いに行くと言われここまで連れてこられたさなも今はなんとか状況を理解してる。そして、兄と同じ疑問を持っていた。
「病だ…俺は鬼だ…病を呼んだのは俺なんだ…」
「小助…流行病は…人の力じゃどうにもならんものだ。お前は…私とさなを助けてくれた。一度も危害なんて加えなかった。」
「あんたは、桃太郎を俺のもとによこしたろう」
「私はあの桃太郎が嫌いでな」
船頭はさなを見、そして腕を組んだ。船頭の本心は、変わらない。小助は自分の家族だ。しかし、鬼を受け入れてしまった事実は恐ろしかった。だが、小助は鬼ではない。まさしく人間だ。
「お前は鬼である前に、お前だ。小助これから別の地に向かうなら、俺はお前を応援したい。」
さなを見、想いは伝わったようだ。驚いた顔の小助に、さなは微笑む。
「もう、1つ歳をとったのよね」
「…それは、ありえない…ですよ、あにさん」
「私に逆らうなんて良い度胸だな。こんな美人をもらえないのか?」
「俺は、これから1人で静かに暮らすんです。」
「だったらその近くに私とさなも新しい住まいを設けるよ。でも、流石にそろそろ私も嫁が欲しいからな…さなはそのうちお前の家に行くかもな」
「…」
「私達は家族だ。」
小助は泣いた。
「泣き虫だな。」
くすくすと、さなが笑う。昔からよく泣いてしまう。殺されてしまった鬼の家族達にも揶揄された癖を、今人間の家族に窘められてる。小助は幸せだった。自分には家族がいる。過去の鬼ヶ島対戦で失った傷が言えていくのを感じた。彼は歩んでいく。血の繋がりのない家族とともに、新たなる目的を目指して。
またも、一行は暗い顔色をしていた。次の場所へと歩みを進める。桃の首飾りに引きこもりをやめた大将だが機嫌はとても悪い。殺戮本能に抗うのはこの大将にとって難解なのだ。
「クソ犬め、なんで止めた」
「罪のない人間を殺すのは道理に反する」
涼風は言いながら、大将の状態を案じていた。
「正確には罪のない元人間ですが、理にはかなってます。それに、僕もそうすべきだと思ってましたよ。ずっとね。」
知った様にいう雉に、猿が唇を尖らせる。
「なんだよお前…知ったように言いやがって…ノリノリで応戦してたくせに」
「場には合わせますよ。でも、最初から船頭さんは小助が生きることを望んでいたでは無いですか。」
「はぁ…?なんでそんなの分かるんだよ。会ったこともねえのに。」
「あぁ、余計な事は言うべきじゃない。らしくないぞ、薬。」
周りは雉を否定するが、桃太郎は無言だ。これは機嫌のせいではない、何と無くバツの悪そうな様子に疑いの目を大将に向ける。
「大将…何に感づいて…」
「俺は殺して欲しくて俺たちに船を紹介したんだと思ったんだが」
「え?つまり?」猿が目を丸くする。
「あはは。いや、日本一の強者又の名を日本一残虐な戦士桃太郎様に、知らせたかったのでは?鬼は変わりつつある、私の弟は違うのだ、と、そろそろ私達も、変わるべきかもしれませんね。鬼ヶ島対戦はもう何年も前に終わりましたし。」と、雉が言い、なんだかとてつもなく楽しそうに微笑む。
「あ、ところでお風呂入りたくありませんか?あなた方男性と違って、相手する女性も多い僕には清潔感が大事なもので…」
「さっきの川で十分だったろうがクソ女」
「僕の素材を貶すのはかまいませんが女を貶すのは許しませんよ」
「いや言葉の綾だ…」と、猿は言いつつ、大将の肩にぽんと手を置く。
「そろそろ、俺たちの敵は鬼以外かも知んねーぞ、大将」
「…俺は別に、俺に殺されねえほど強そうなやつはなんでもいいんだ。けどまさか…そう言う意味とは…つくづくわからねえな、人間は…」
「あぁ」と、妙に納得したように涼風は言う。桃太郎は悪人ではない。鬼達と同じだ。衝動に悩み捌け口を探し放浪する。我らきびだんご同盟、「お供」の使命は従うことではない。桃太郎に指し示すことだ。他の生き方を。しかし、未だ世は迷いに満ちている。小助のような鬼は今のところは珍しい。人間を利用する鬼の方が多い現状、桃太郎の衝動は未だ世に必要なのだ。
今はまだこれで良いのだと涼風は思う。それは他の2人も同じことだ。
彼等は同じ場所を目指していた。その先に繋がるものはたしかに同じだった。そして、その歩みは先ほどの山奥の家族となんら変わらない。
性質が違えど、本質が同じものどもは、互いの理由を持って月に照らされ今はただ歩み続ける。
彼等の歩みは良か悪か、いや双方か。そして彼等を見下すは仏か閻魔か、単に月だけか。
それは永遠にわからず、そしてわからずとも構わず、彼等の歩みは今も尚続いている。
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