幸せをかけたバトルロワイヤル〜自称深窓の令嬢は第二王子を逃がさない〜
バトル開始前までで終わります。もともと続きを書くつもりで書いたお話ですので、人によっては中途半端だと感じられるかもしれません。ご注意ください。
私の名前はカメリア・ディライトン。ディライトン伯爵家長女であり愛の溢れる両親に蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢である。その証拠に荒れの知らない白い肌に艶々とした真っ直ぐな銀髪、冬の湖のように透き通った水色の瞳、頭のてっぺんから爪の先まで完璧に整えられた容姿はまさに美しい穢れを知らない貴族のお嬢様である。
そんな私にも好きな人がいる。アストリアル魔術学園で同学年のヒースクリフ第二王子殿下だ。ヒースクリフ様との出会いは私がまだ7歳になったばかりの頃。お父様につれられて私は初めて王宮のお茶会に行った。右も左も分からずあげくにお父様ともはぐれてしまい王宮の庭園で迷子になっていた時のこと。
不安でたまらなかった私は涙目になりながら懸命に庭園の迷路から抜け出そうとしていた。そこに現れたのがヒースクリフ様なのだ。輝くような金髪は陽の光を浴びてさらに神々しく光っており、意志の強そうな燃えるような赤い目が一層彼の雰囲気を神秘的なものにしていた。初めは天使が降りてきたのかと思ったほどだ。
そして慈悲深い天使は私をお父様のところまで送って行ってくれたのだ。安心して泣きじゃくる私に天使はこう言った。
「ほら、いつまでも泣いていないで、君はもっと強くなりなさい。強かな女性になるんだよ」
その時の私にとって命の恩人と言っても過言ではなかったヒースクリフ様の言葉に素直に頷いた私を見てヒースクリフ様は満足げな顔をした後、固い握手をしてくれた。
なんだかその場にいた大人たちが微妙な顔をしていたが、かくして私とヒースクリフ様は運命的な出会いを果たしたのだった。
そしてこの日を境に私の恋の物語も動き出すのである。
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「……って聞いていらっしゃいまして?ジーナさん?」
「はい聞いてます聞いてます。それで池の蛙がどうしたんでしたっけ?」
「聞いていらっしゃらなかったのね、ええ、よく分かりました」
せっかく人が美しき思い出を語っているというのに。私の目の前で興味がなさそうに紅茶を啜っているジーナさんは魔術学園第325期生で唯一平民からの特待生枠で入学した才女だ。私の一番気のおけない友人でもある。亜麻色の豊かな髪に吸い込まれそうな新緑の瞳、おまけに小柄なのに出るところは出ているナイスバディの持ち主。何を食べたらそこまで育つのか。彼女の実家はパン屋さんらしいので小麦の力なのか。
「まぁとにかく頭の弱かったカメリア様は第二王子殿下のお言葉をそのまんまの意味で受けとめてしまって今の規格外な脳筋令嬢が出来上がってしまったと」
「まぁひどい、私はディライトン家が誇る箱入り純粋お嬢様なのです。それに、令嬢にだって多少の武芸の心得は必要ですわ」
カメリアが胸を張ってそう応えれば、ジーナはとても胡散臭そうな顔をして紅茶のカップをソーサーにもどした。
「素手で熊型魔獣5匹を同時に相手して圧勝していても?」
「私が強かったのではございません、魔獣達が弱かったのです。きっとまだ赤子だったのでしょう」
「いやしっかり3メートルはありましたけど」
「見間違いでは?」
「じゃあ、考え事しててうっかり垂れ流した魔力で山一つ消しても??」
「たまたまです。きっと大気中の魔素と反応してしまって大きな力が生まれたのでしょう」
「そのあと平然と体内魔力でもとに戻してたじゃありませんか」
「見間違いでは?」
まったく証拠も何もない見当違いな言い掛かりをつけられて困ったものだ。私は深窓の令嬢。高貴な第二王子殿下にふさわしい淑女なのだ。決して暴れ大猪をひと殴りで落としたり領地の干ばつ対策の為に魔術で三日三晩雨を降らせたりなどしていない。あれらはたまたま偶然色んな要素が絡み合って起こったことなのだ。
「はぁ…それで、どうして私はこんなところに呼び出されているんですか??貴族専用の個室サロンなんて居心地が悪くて仕方ないんですけど」
「よくぞ聞いていただけました!!ジーナさん、今週の水の日と木の日には何が行われるか存知ですか?」
「はぁ…」
「ご存知ですか?!」
「第327回魔術学園バトルロワイヤル、の日です」
「ご名答です!」
私は気持ちが昂って思わず立ち上がって応えていた。
そう、来週行われるバトルロワイヤルは私の3年間の学園生活において最大のイベント、この時を待ち続けていた。
魔術学園のバトルロワイヤルは今や世界的に有名で、各地から見物人が押し寄せるほどのお祭りとなっている。それほどアストリアル王国の魔法使いは生徒であっても実力が高く魔術の見栄えがいいのだ。
合計二日間かけて行われるバトルロワイヤルは、完全個人戦で丸2日経過するか、誰かが最後の1人になるまで終わらない。もちろん戦略として徒党を組むのもありであるが。
「今年のバトルロワイヤルは私にとって3度目。……そう、ここまで言えば意味は分かりますね?」
「3度目……はっまさか!」
「はい、バトルロワイヤルにおいて最終学年である3年のみに許された伝説のジンクス、『意中の人と最後の2人になったとき、その戦いの中で永遠の愛が手に入る』。これを私とヒースクリフ様で達成するのです!」
「うわぁ、あんなとってつけたようなジンクスを信じてるんですか?」
「おだまりになって、これは三百年以上続く伝統のジンクス。今までこのジンクスを達成できたカップルは3組だけとされています。そしてそのうち2組が死が2人を別かつまで寄り添い続けたそうです」
生徒の間で実しやかに囁かれてきたこのジンクスはなかなか達成できるものではなく、始まりは第二代アストリアル国王陛下アシュリーと王妃プリシラ、そして王国の歴史において誇り高き戦士であった英雄ユートリヒとその妻ナタリー、そしてなんと現国王ウォルトレイ陛下とエリカ王妃殿下。最後のお二人はヒースクリフ様のご両親であらせられる方々で私も大変お世話になっている。
「このジンクスをヒースクリフ様と成し遂げることによって、私たちは永遠の愛を手に入れるのですっ」
「はぁ、事例が少なくてお話になりませんが」
「そして今日ジーナさんをお呼びしたのはその作戦会議のためですわ。ジーナさんが貴族サロンが苦手なことは重々承知しておりましたが私のヒースクリフ愛の前には些細なことですので誰にも話が漏れないここにご招待したというわけです」
「わぁ、さすが高貴な伯爵令嬢様ですね。暴論が様になっています」
「お褒めいただき光栄ですわ」
「これだから頭の弱い脳筋令嬢は」
「何かおっしゃって?」
「いえ、なんでもありません」
私は貴族サロンのフカフカのビロードのソファに座り直し、優雅に紅茶を口に運んだ。深窓の令嬢たるものいついかなる場面でもお淑やかで美しくあらねばならない。
「さて、それではジーナさん、私とヒースクリフ様の輝かしい未来のためにそのお知恵を貸してくださいな」
「えぇ…カメリア様って作戦を考えたところで最終的には拳じゃないですか」
「何を言っているのかしら、戦いの下準備は重要事項よ。それに私は完璧な淑女ですのでいなかる作戦の完遂も可能よ」
「はあ」
「さぁジーナさん!もうすで戦いは始まっているのです!いかに自分が勝つ可能性を高めてから実践に移るかが大切ですよ」
目の前のジーナが大変に微妙そうな顔をしているが彼女はなんだかんだ優しいことを私は知っている。平民ながらに貴族社会に揉まれ大変捻くれてはいるがツンデレなだけあってデレも確かに存在するのだ。
「まずはバトルロワイヤルのルールを今一度把握しておくべきですわね、といっても死ぬこと以外は基本何でもありだと認識しておりますがどうなんでしょう?」
「バトルロワイヤルの主なルールは三つです。一つ、即死系の闇魔法の使用を禁ず、二つ、学園外からの身分や権力の干渉を禁ず、三つ、死ぬことを禁ず。これ以外は基本何でもありですね」
「そう、闇魔術は私には適性がないですし、権力はもともと使う気はない、死ぬつもりもないので全てクリアですね」
バトルロワイヤルはシンプルで大雑把だ。要は実践重視なので様々な状況を見越して生き残らなければならない。時に助け合い、時に裏切りにあう。そんなデッドオアアライブな祭典なのである。
「…基本的には個人戦なので、カメリア様ほどの強さでしたら向かってきた敵を片っ端から薙ぎ倒していく戦闘スタイルでいいんじゃないですか」
「確かに、徒党を組んでも最終的には敵となるものね。1人の方がシンプルでいいわ」
誰かと一緒に戦うと頭を使うので良くない。それは数が増えれば増えるほどそうである。私は大変思慮深い淑女ではあるが戦闘となると目の前の敵に集中してしまう癖がある。あまり考えすぎるのはあなたに向いていないと実家のばあやも言っていた。
「では、私が生き残るにあたって注意するべき人物だけれど…」
「まあサイモン様あたりじゃないですか」
「ええ、そうですわね、あの殿下にまとわりつくスライムのような鬼畜猫好き男は警戒しておくべきだわ」
要注意人物として真っ先にあがったのがカルハレム公爵家嫡男サイモン・カルハレム。ヒースクリフの側近候補で敬虔な信者でもある。とにかくヒースクリフへの愛が重く、カメリアとは犬猿の仲だ。隙あらばヒースクリフへにじり寄ろうとするカメリアと、ヒースクリフに近づくもの全てを切り捨てようとするサイモンでは仲良くできるはずもない。
普段の行いから今回のバトルロワイヤルにおいてまず間違いなくカメリアはサイモンの抹殺対象に入っているだろう。
「サイモン様は確か雷魔術に適性があるのよね、私は氷属性の適性を持っていますから比較的強いわ。氷は電気を通しにくいもの」
「ただ、サイモン様は精神干渉系の闇魔法の心得もありますね」
「それよねぇ厄介なのは。知らない間に操られるというのが一番危険だわ」
精神干渉系の魔術は様々な種類があるが、代表的なのが催眠だろう。一定の条件を満たすと対象を意のままに操れる力はとてもあの悪の大魔王にふさわしい能力であると思う。ちなみにサイモンの催眠発動条件は主に目が合うことだ。軽いものであれば不屈の精神力を持ってある程度カバーできるが、サイモンほどの魔術士ならば強力な技を使ってくるに違いない。
「前に催眠にかかった時はどうやって解いたんですか?」
「前というのはいつのことでしょう、心当たりが多くてどれのことか分かりません」
「え、そんなにかかってるんですか。ほんと仲悪いですね」
「まあ、否定はいたしません。最近はサイモン様にあった時は目を見る前に一旦魔力の流れを確認するようにしています」
これまでの学園生活においてもうすでに5回はかかっているが毎回気づいたら操られているし、彼の催眠に対してはまったく耐性がつかない。一回一回術式を微妙に変えてきているのである。本当に小賢しい。
「ほらあの半年前のカメリア様がまったくヒースクリフ殿下に寄り付かなくなってちょっとした騒ぎになったやつです」
「ああ、あれですか。もちろん愛の力ですわ。ヒースクリフ様のお姿を見た瞬間に雷に打たれたような衝撃が走って気がついたら駆け寄って好意を伝えていました」
半年前、自他共に認めるヒースクリフ様のひっつき虫だった私がパッタリと側に寄り付かなくなった時期があるのだ。すべてはサイモンの催眠のせいで、彼が私の思考と行動を操って私の意識から麗しのヒースクリフ様を排除しさらに顔を合わせないようにしていたのだが、うっかりヒースクリフ様と対面してしまった私はあっさりと催眠を解き元に戻ったのだ。あの時、ヒースクリフ様の自信に満ちた堂々とした佇まいに私は再び恋に落ちたような感覚になった。駆け寄っていった私はさぞデレデレした顔をしていたことであろう。
「まあその辺に対しては多少の考えがあります。次にいきましょう」
「また筋力でなんとかする気で…?」
「いいえ、私は魔術士ですので」
「まあいいです、次に注意するべきなのは…ゴルバットさんでしょうね。彼のフィジカルはカメリア様にも劣らぬものかと」
「そうね、彼は間違いなく2年の中で最強の男だわ」
次に警戒対象にあがったのはトルンネルン伯爵家次男にしてミスリアム第三王女殿下付き護衛のゴルバット・トルンネルンだ。学年は一つ下であるが、その強さで学園中に名を轟かせている。トルンネルン家は代々騎士の家系なので剣を使った戦闘スタイルだが本人は素手の方が戦いやすいと言っている。
「ゴルバットさんは剣や自身の身体を強化する光魔術を使うのよね」
「ええ、鍛え上げられた肉体にさらに強化をかけることでそれはもう怒れる竜の如き強さです」
「素敵ね、純粋な強さこそ人間の美しさが現れるわ」
圧倒的な力で向かいくる敵を次々と払い除けていくその姿はまさに竜騎士という異名をとるにふさわしい。それは彼の並々ならぬ努力が産んだ結果であり、カメリア自身ゴルバットが鬼のように鍛錬をしているのを学園内でもよく見かけていた。
「ただ、ゴルバット様は強いですけれど、ミスリアム王女殿下を守りながらの戦いになるので、そこをつけば勝機はあるかと」
「あら、正々堂々とした真っ直ぐな信念の持ち主にそんな卑怯なことはできないわ。もし戦うことになれば私も正面からお相手するつもりです」
「…そうですか。あと、ゴルバット様といえばトルンネルン家の家訓ですれど…カメリア様には関係ありませんでしたね」
「……ええ、そうね、とってもとっても不思議なことにね」
誇り高き騎士の家系であるトルンネルン家には代々伝わる家訓があり、それは『小さくて弱き者は守るべし』というものである。ゴルバットはその家訓を忠実に守っており、虫も殺さない心優しい青年に育ったのだった。女性は彼の中では小さくて弱い対象に入るようで、徹底したフェミニストとしても有名である。女性を尊重し、決して剣を向けたり拳を振おうとしないその姿勢は不意に女扱いをされてうっかりときめいてしまった女性初の騎士団長エルザをも骨抜きにする程である。
「この前はなんて言われてましたっけ?」
「『歴戦の猛者カメリア殿、お手合わせ願いたい、ああ、安心してくれ、俺は光魔術適性があるので治癒魔術は得意だ』」
「ぷっ」
「この深窓の箱入り清楚系お嬢様を捕まえて怪我が前提の戦闘を申し込むのだもの。氷漬けにしてさしあげたわ」
「あの後バトルが白熱しすぎてお互い満身創痍でしたよね。でもよかったじゃないですか、ヒースクリフ殿下が褒めてくださってたし」
「ええ、夢のような時間でした…」
ゴルバットとの手合わせの後、2人で動けなくなっているところに偶然通りかかったヒースクリフ様が私たち2人を医務室へ運んで手当までしてくださったのだ。ヒースクリフ様の指先が私の傷口に触れるだけで完治しそうであったが、その旨を伝えるとそれはそれは美しい笑顔で絆創膏を叩き貼られた。
「それではゴルバット様には腕力でなんとか対抗するとして、まあおそらくカメリア様が負けることはないでしょうが一応視野に入れておいた方がいいのはアレン様でしょうね」
「アレンですか」
アレンといえば父親に現筆頭宮廷魔術師、母親に魔術学研究員を持つまさにアストリアル魔術界のエリート。幼少期から魔力の才能を発現させ現在まですくすくと育っている。中等部半ばからすこし反抗期ぎみであるが明るい水色の髪にくりくりとした金色の目をした小動物のような見た目の彼を周りの大人は強く咎めるどころかゲロゲロに甘やかしている。
「カメリア様はアレン様と面識があるんですよね」
「ええ、私はアレンの父であるエンハンス公に魔術の師事を仰いでいますから。アレンは弟弟子なんです」
そんな可愛い弟弟子も私とヒースクリフ様の幸せのために倒さなければならないことに胸が痛む。幼い頃は姉様姉様とどこへ行くにも後をついてきたものだが、今ではすっかり生意気に成長してしまった。
「実際アレン様とカメリア様はどれくらい実力差があるんですか?」
「最近はあまり手合わせはしておりませんが…あの子は私の氷の弾丸すらも受け止められられないですから…まだまだですね」
「氷の…弾丸…それ当たったら死ぬやつじゃ」
「姉弟喧嘩はいつだって命懸けでしてよ」
ちなみに氷でできた銃から文字通り氷の弾丸を打ち出す攻撃は銃の構造をしっかり把握した上で明確にイメージしなければ造れない高度な氷の造形魔術だ。打ち出す際のエネルギーは炎の熱を使っているので、私が炎魔術の初歩を扱えるようにヒースクリフ様にもご協力いただいた。つまりこの技は私とヒースクリフ様の愛と努力の結晶であるのだ。しかしいくら私の曇りなき氷といえども炎を内在させると流石に溶けるので一つの銃で4発程度が限界であるが。
「それで、肝心のヒースクリフ殿下はどうするんですか?」
「そうですね、私はヒースクリフ様と最後の2人になることが目的なので、そういう意味では勝っても負けてもどちらでもよいのですが」
「またまた、そんなこと言って」
「うふふ、さすがジーナさんは私のことをよく分かっていらっしゃいますね」
「まあ…分かりやすいですから」
「「どうせ戦うなら勝つのみ」」
「明快でとても良いでしょう」
「そうですねー」
カメリアの思考を相変わらずよく理解しているジーナはやはり良き友人である。どうせ戦うのなら勝つのみというとてもシンプルなこの考えを私は気に入っているのだ。
「となると、2日目の最後まで殿下とエンカウントしないようにしないといけませんよね、出会ってしまえば強制的にバトルが始まりますし」
「まあそうですね、ですがそれについてはあまり心配はしていません」
「何故ですか」
「去年も、一昨年も、戦いの舞台は同じ場所で地形も変わっていませんでした。そして毎年殿下の行動範囲は同じ」
「ああ、そういえばいつも西の森にいましたよね」
「はい、あの森の奥には開けた草原があるのですけれど、その付近にいつもいらっしゃいましたわ」
戦いの会場は学園が所有している広大な土地である。毎年戦いの中で地形を変えるレベルの大技が繰り出されているが学園の選りすぐられた教師たちの魔術で次の年には平然と元に戻っている。
その中でもヒースクリフのお気に入りは西の森と呼ばれる森林地帯の中にある草原だ。見晴らしがよく、敵の居場所を確認しやすいのがポイントである。
去年はヒースクリフの炎魔術によって火の海になっていたがおそらく今年もその場所は存在するであろう。
「では殿下の炎魔術はどうするつもりなんですか。カメリア様の氷魔術では相性が悪いですよね」
「そうですね、正直に言うと炎の超級魔術を乱発されると私でも防ぎ切れるかどうか…」
「ならどうするんですか」
「大丈夫です、策はあります」
「あるんですか」
「ええ、だって、殿下にこそ、アレが効きますもの」
「アレ?」
「ええ、アレです」
「アレ、とは?」
「アレとは…」
目の前でジーナがごくりと唾を飲んだ。初めは興味がないと言っていてもなんだかんだ優しい彼女はきちんと話を聞いてくれるのだ。いいでしょう、聞かせてさしあげましょう。
「ええ、アレとは、力押しですわ」
「……へ?」
間の抜けたジーナの声がサロンに響いた。
いけませんジーナさん。淑女たるものいついかなる時でも美しい発声を保たなければ。ジーナさんもまだまだですわね。
「力押しって、カメリア様のその脳筋パワーで上から押さえ込むってことですか?」
「脳筋パワーとは何のことが存じ上げませんが、私の魔力とフィジカルを用いて力で押すということですわね」
「だからそれが脳筋パワーなんですよ。どうしてそんな策を?」
「ヒースクリフ様は頭が特別よろしくていらっしゃいますが、純粋な魔力量や戦闘力は私に分があります」
そう、ヒースクリフは頭がいい。18歳の学生にしてその聡明さを国王陛下に認められ、公共政策から軍部の総指揮まで様々なお仕事を与えられ完璧にこなしてきたお方である。ただし神が完璧であるヒースクリフに与えた唯一の人並みである点が、運動神経である。ある程度は身体強化でカバーが効くのだが、武を専門にしている猛者たちの方が個々の戦闘力という点で優っている。
ちなみに魔力量はカメリアが規格外に多いだけでヒースクリフは多い方だ。そしてカメリアも武を専門にしている訳ではないが軍部の人間と手合わせするといつも運良く勝利している。
「でもそれって殿下が罠を仕掛けたり作戦を練って、魔力切れを狙われたら終わりですよね」
「ええ、そうですね、おそらく私を攻略するために200はゆうに超える策をヒースクリフ様はお持ちでしょう。それらを乗り越えるのは並外れた精神力が必要です」
「体力的には乗り越えられるんですね。まあカメリア様の魔力量では魔力切れを狙う方が先に魔力が切れますしね」
ジーナの言う通り私の魔力切れを狙うには相手の魔力も犠牲にしなければならない。魔力が切れてしまえば肉弾戦になるので明らかに私に勝機が傾く。あの聡明なヒースクリフ様がそのような効率の悪い作戦を取るとは考えにくい。
「しかし、すべては私のヒースクリフ様への愛の前では些細なこと。なぜなら私のメンタルはヒースクリフ様のご尊顔を拝見するだけでも回復します」
「ええ、気持ち悪っ」
「何かおっしゃって?」
「カメリア様、気持ち悪いです」
「淑女の口から出てくる言葉ではありませんわね。訂正なさって」
「はい、訂正します。カメリア様は本日も大変麗しくいらっしゃいますこと誠にお慶び申し上げます」
「ええ、結構よ」
ヒースクリフ様のあの炎が生で見られると言うだけで今からワクワクする。魔術を使う際に少し鋭くなる目、上手く決まれば嬉しそうにほんの少しだけ上がる口角、術を発動するために構える美しい指先。もう大会が待ちきれない。
「うふふ、そうと決まれば早速鍛錬を行わなくてはね。それでは私はこれで失礼しますね、ジーナさん、お付き合い、そして貴重なご意見お聞かせいただきありがとうございました」
「はぁ、頑張ってください」
「ええ、それでは大会でお会いしましょう。ご機嫌よう」
そうして私は先にサロンを出て鍛錬を行うため、学園内の練習室へ向かって歩き出した。
「……カメリア様、結局作戦らしい作戦は…?まさか本当に全て力押しでいくつもりなの?……私は……」
そうサロンに残されたジーナが困惑したように呟いたのはまた別のお話。
こうしてそれぞれの想いをかけた、第327回魔術学園バトルロワイヤルが始まろうとしていたのだった________。