髪と掌
ヒメツル、もといスズランとの再会を果たしてからしばし後、クルクマは一つの不思議に気が付いた。
今は両親が仕入れのためトナリの街まで出向いており、その間、娘を見ていてくれないかと頼まれ一緒に店番をしている。客の姿は無い。以前の彼女にまつわる話なので訊ねるならこのタイミングだろう。
「スズちゃんさ、髪型とか全然いじらなくなったよね?」
「え? ええ、まあ」
何故か恥ずかしそうに顔をそむける彼女。これは可愛い理由の気配がする。そう思ったクルクマはさらに突っ込む。
「リボンとかヘアピンとかさ、そういうのも付けてるの見たことないよ? 前はこまめに髪型も髪飾りも変えてたじゃん?」
「……」
その話題は避けたいと無言で意思表示するスズラン。
しかしクルクマは追求を止めない。
「教えてよスズちゃん。どうして?」
彼女はあの頃、ヒメツルが様々な服に着替え、それに合わせ髪型や装飾品も変えるのを見るのが好きだった。自分のような地味な女と違い、親友はどんな豪華なドレスにも宝石にも負けなかった。むしろあらゆるものが彼女の魅力を引き立てた。
久しぶりにああいう姿が見たい。たしかに村娘の格好だってその魅力には一片の翳りも無い。だが、だからこそ出会った頃より幼い“スズラン”が着飾ったところも見てみたいのである。
「別に、大した理由はありません」
あっ、駄目だ。唇を尖らせた彼女は本に視線を落としてしまう。これは本気で言いたくないことがある時の態度。
結局、理由はわからずじまいか。仕方ない、ここは諦めてご機嫌を取ろう。クルクマは苦笑する。今日は彼女の両親が戻ったらこちらも早々に帰らないといけない。こんな気まずい雰囲気のまま友達と別れるのは嫌だ。
「ごめんねスズちゃん、ちょっと意地が悪かった。もう訊かないよ」
「こ、子供扱いはやめてくださいな」
頭を撫でたら、その手を慌てて払いのけられる。
「あっ」
「あっ」
お互いにハッと目を見開いた。ああ、そういうことか。わかってしまった。
「へえ〜、なるほど……そっかあ」
「勝手に納得しないで! 何がなるほどなんですの!?」
「ふふ、スズちゃんは可愛いなってことさ」
「だからなんでですの!」
怒らせてしまった。いや、これは照れているだけか。顔を真っ赤にした親友にポカポカと足を叩かれ、クルクマは上機嫌で笑う。
「どうしたのスズ?」
そこへちょうど両親が戻って来た。
「えっ、いや、そのっ──」
「ちょっとしたなぞなぞを出したんです。その答えに納得いかなかったみたいで」
「そうなのかい? 駄目だよ、答えがわからなかったからって人を叩いちゃ」
「あ、あうう……」
「スズ、クルクマさんにごめんなさいは?」
「ご……ごめんなさい」
両親に叱られ肩を落としてしまう彼女。
すかさずクルクマはその肩を掴み、親友を親御さん達の前に押し出した。
「まあまあ、そう言わず褒めてあげて下さい。ちゃんと店番をしていて偉かったんですよ、スズちゃん」
「あら、そうなの? 誰かお客さんが来た?」
「クロマツさんとムクゲさんが……」
「丁寧に接客していましたし、お会計でもミスはありませんでした。いやはや、この歳であんなにできるなんて将来有望なお子さんですね」
クルクマが若干わざとらしく称えると、カタバミとカズラはパッと明るい笑顔を浮かべ娘の前に屈み込む。
「そうか、よく頑張ったねスズ」
「えらいわ、さすがうちの子よ」
二人に頭を撫でられるうち、スズランの機嫌も見る間に直っていった。嬉しそうに目を細め両親の称賛を受け入れている。
「それじゃあ、私はそろそろ行きますね」
「あっ、ありがとうございました」
「これ、よろしかったらどうぞ。またいつでも来てください。この子もクルクマさんには懐いてるようですし」
「これはこれは、どうもありがとうございます」
タキア名物のキンマンというお菓子を頂いてしまう。甘い物好きだと覚えていてくれたのだろう。本当に良い人達だ。
だから安心して任せられる。
「それじゃあまたね、スズちゃん」
「はい、また」
わざわざ店の外まで出て見送ってくれる一家。小さく手を振るスズランの頭を、また父カズラの手の平が撫でる。
あれが答えだ。
(下手に凝った髪型にしたり髪飾りを付けたりすると、遠慮して撫でてくれなくなるかもしれないもんね)
予想通り可愛い理由だった。その答えに満足したクルクマはホウキに跨り、ココノ村を後にするのだった。
今までで最短のお話でしょうかね。この息抜きを始めるにあたり、とある方の作品を読んで「やはり年頃の女の子は髪型一つで一喜一憂するものなのだな」と感銘を受け、一番最初に思いついた話だったんですが、書くのを忘れたまま結構な時間が経ってしまっていました。思い出したので早速サクッと。
そんなわけでスズランは基本的に髪型をほとんどいじらないし、リボンなどの髪飾りも使わないという設定です。最近では代わりに隣の家の兄妹に自分のデザインした服を着せるなどして着せ替え欲求を満たしています。3の終章で神子として壮麗な衣装を着せられた時は内心結構喜んでいました。
両親と同じくらいに背が伸びたら、また着飾るようになるのかもしれません。
そういえば、うちの姪っ子達も会うたびに違う髪型だなあ……僕はお洒落に興味無いおっさんなので常に同じですが、子供達は僕の髪をいじって遊ぶのが面白いようで、たまに三つ編みにされたりします。女の子は他人の髪をいじるのも好きなんですかね。近寄って来てくれて嬉しいのでおっさんなのにずっとロンゲです。
でも引っ張り回すのだけは勘弁な?