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父と息子

 それはスズランが八歳の年の秋。修行を終えてオサカから戻った翌月の出来事。ココノ村に一軒しかない宿の厨房で怒声が響いた。

「違う違う、そうじゃねえ!」

「ううう」

 サザンカがモモハルに対し厳しく指導を行っている。ゆくゆくは息子にこの宿を継がせたいらしい。そのため去年から本格的に料理人としての修行を始めさせた。

「よく見ろ! まだちゃんと揚がってねえ! 泡だ、泡を見ろ! それと香りで判断しろ! 色も大事だぞ、お客さんに出すんだからな。絶対焦がしたりすんな!」

「わかってるよう」

 唇を尖らせつつ、父の言う通り油の中のパンをクルッと裏返すモモハル。なかなかどうして、料理を始めたばかりの子にしては手つきが良い。ちゃんと才能は受け継がれていると見える。


(頼むぞモモハル君。オレの老後の楽しみは君にかかってるんだ)


 食堂のカウンター席から修行を静かに見守る彼は衛兵のトピー。若干ぽっちゃり体型の若者である。若者といってもすでに二十七だが、少子高齢化の進むこの村では十分に若い部類だと言えよう。

 彼は自他共に認める熱狂的なカウレパンのファンだ。この店の先代店主が考案した伝説の料理カウレ。そのカウレにアレンジを加え、どこでも好きな時に食べられるようにしたカウレパン。どちらも素晴らしい。だが、どちらかと言えば彼は後者の方をより熱狂的に愛している。なにせ持ち運べるのが良い。衛兵の仕事の半分は周辺の警戒や村内の巡視だ。その最中、懐に忍ばせておいたカウレパンを取り出せば、いつでもカウレの豊潤な香りと玄妙な味わいを楽しむことが出来る。こんなに素晴らしい発明品が他にあろうか? いや、無い!

 けれども、この素晴らしい発明には一つだけ不安な点が存在する。元となったカウレと同じでレシピが公開されていないことだ。どちらもまだ、この村のこの店でしか食べられないのである。

 仕方のない話だ。そうでもしなければ、こんな田舎に客など来ない。絶品料理がここでしか食べられないという希少価値。そのおかげで経営が成り立っている以上、おいそれと秘密を明かすことはできまい。

 もちろん模倣した品はすでに各地に存在する。しかし駄目だ、駄目なのだ……万が一の可能性を考え、噂を聞く度に休暇を取って食べに行ってみているものの、どれもこの店のカウレには届かない。やはり本物はここでなければ味わえない。

 だから彼はここにいる。姉の旦那に面倒を全て押し付け、最愛の姉から恨まれることになったとしても、このカウレパンにかける情熱だけは裏切れない!

「もういい?」

「自分で判断しねえか! オレに聞いたら修行になんねえだろ!」

「ううん……たぶん、もうちょっと……」

「なら待て。焦んなよ」


 うむ、素晴らしい判断だモモハル君。トピーは小さく頷いた。年がら年中カウレパンを食べ続けている彼にも、まだほんのわずかに加熱が足りないと感じられた。やはりこの子は父親からセンスを受け継いでいる。料理人になるべくして生まれて来たような子。剣の道に進むなんてとんでもない。後でまた隊長に抗議しよう。


(この村は人数が少ない割に将来有望な子ばかりだぜ。なんとしてもオレ達衛兵が守ってやらないと)

 そんな使命感を持つこともカウレパンを楽しむには重要である。人はきっちり真面目に働いたと思うと、よりいっそう食事を美味しく感じられるものだ。

 さて、そんなことを考えるうち芳しいカウレの香りにわずかな変化が生じた。瞬間、彼は眼光鋭くモモハルの挙動に注目する。

(これだ! この香りだモモハル君!)


 ──祈りが通じたのか、はたまた単に直感で感じ取っただけか、モモハルはハシを鍋に突っ込みカウレパンを持ち上げた。


「できた!」

「おう、上出来じゃねえか。でも揚げ物はもっとゆっくり引き上げな。そうした方が油のキレが良い」

 そうなのか、流石サザンカさん。トピーはまだ知らない妙技があったことを知り素直に感心する。料理の道も奥が深い。

「さて、というわけでうちの息子の初めてのカウレパンだ。早速試食を頼んますよ」

「ありがたく!」

 木皿に載せられ目の前に差し出された熱々のカウレパン。早速かぶりつきたいが、制服の一部でもある白い手袋を油で汚すとまた隊長にどやされるだろう。もどかしく思いつつ外して横へ置く。

 そしてようやく手に取ろうとして、あまりの熱さに慌てて手を引いた。

「熱っ!?」

「そりゃ揚げたては熱いもんだよ」

「ううむ、こんなにだとは……少し冷めるまで手には持てませんね」

「まあ、そんなに焦るこたあねえでしょ」

「いや、休憩時間が……それに、でれきばこの熱々の状態も一度味わってみたい……」

「ならフォークとナイフでも使いますか」

「おお、是非」

 トピーが頷くと、早速サザンカは銀製の食器を渡してくれた。

 久々に手に取ってみて彼は複雑な表情を浮かべる。

「ふむ……」

「どうしましたい?」

「いや、これを持つと実家を思い出して……」

「もしかして、それでいつもハシか手掴みで食えるものばっか注文してんのかい?」

 いやいや、そんなまさか。別に自分はそこまで実家を嫌っているわけではない……とは言い難い。

 まあ、これについて深く考えるのはやめよう。せっかくの食事が不味くなる。

「では今度こそ、いただきます」

 手を合わせた後、とりあえず左右に切り分けてみた。

「おお……」

 カウレパンの中のカウレは通常のものと違って水分が少ない。しかし揚げ立てのそれはいつもよりトロッとしていた。そして香りが強烈。やはり冷めたものよりスパイスの芳香を強く感じられる。

 さらにそれを一口大になるまで切り分け、こぼれたカウレも無駄にはすまいとパンの部分を擦り付けて掬い取ってからフォークで口の中へ運ぶ。

「ほふっほふっ」

 熱い。思わず口と鼻から勢い良く息を吹く。実家にいたらこんな無作法、絶対に許されないだろう。

 しかし美味い。この熱さが良い。いつもとは違う出来立てのカウレパンの新鮮な感覚に、彼はまたこの料理の新たな魅力を見つけ出した。


 ひとしきりその感動を楽しんでから、改めて出来栄えに評価を下す。


「うん……これは中身のカウレもモモハル君が?」

「ああ、材料を選んだのは俺だが、そっから先は口を出しただけで全部コイツの仕事さ」

 嬉しそうに笑い、息子の頭に手を置くサザンカ。そうだろうそうだろう、これは見事なものだ。父親として鼻が高かろう。

 もちろん満点とは言えない。

「サザンカさんに比べると具の切り方一つ取っても粗削り……少しばかり大きさが不揃いだし、炒めた玉ねぎの滑らかな触感も普段に比べると物足りない。他にも粗は多い。とはいえ、初めて作ってこれなら賞賛に値する。すごいぞモモハル君」

「すごいの?」

「馬鹿オメエ褒められてんだよ。小難しい言い回しが多かったからわかんねえだろうけどよ」

「うぐ、すいません。美味い物を食うとついつい口が余計に回って……」

「いやいや、アンタのそれが聞きたくて呼んだんだ。ようは小難しいこと言ってる時ほど満足してるってことだろ? 良かったなモモハル、世界一カウレパンを食ってる人に認められたぞ」

「えへへ」

 モモハルは照れながら父親の顔を見上げた。よし、嫌そうじゃない! このまま順調に育てばきっと店を継いでくれる! 本当に心の底からそうなる未来を期待しつつトピーは立ち上がった。

「ありゃ、時間ですかい?」

「そろそろ戻らないと隊長がうるさくて。まったく融通が利かないんだから、あの人は」




 ──数日後、村内を定期巡回中のこと、中央にそびえ立つ巨大なカエデの木の下を通りがかると見知った顔が三つあった。

「親父」

「おう、息子よ。お前も座って食うがいい」

 日陰に設置されたベンチでトピーの父親がスズラン、ノイチゴと一緒に菓子を頬張っている。今回は王都名物の饅頭。この親父は村に来る度、必ず何かしら土産を持って来る。

「こんにちはトピーさん」

「こんにちは~」

「うん、こんにちは」

 少女達に挨拶しつつ父親とは反対側の位置へ子供達を挟んで座った。正直、父との関係は良くない。主に自分のせいではあるのだが。

「ほれ」

「ん」

 差し出された箱から饅頭を一つ手に取りかぶりつく。懐かしい味だ。実家にいた頃には母や姉と一緒に良く食べたものだ。

 それからしばらく気まずい沈黙が漂う。ノイチゴはいつも通りだが、表情からみてスズランは自分達親子の関係をそれとなく察しているらしい。心配そうな眼差しにフッと肩の力を抜き、トピーの方から沈黙を破る。

「姉さんは?」

「お前のことを心配しとるわい。ダンナの方もな。たまには実家に顔を出さんか」

「うん、まあ、そろそろ行くよ。もうすぐ冬だから春になったらの話だけどな」

「冬の間じゃいかんのか?」

「知ってるだろ、ここは毎年雪が多い。年寄りばっかの今の状態でオレらが里帰りなんかしてみろ、みんな困っちまう。だから帰省するにしても雪解けが始まった後にしようって、隊の皆で話し合って決めたんだ」

「そうか。そりゃまあ……ええことじゃ」

 遠い目をして父が頷き、また沈黙。

「あの……」

 いたたまれない空気にスズランが何かを言いかけた、その時だった──


「お~い、スズ、ノイチゴ。遊びに来たぞ~」

「やっほー」「僕達も」「来てみましたー」


 空からホウキに乗ったナスベリと三つ子が降りて来た。スズランは驚きながらも大きく手を振る。

「いらっしゃいませ。今回はムラサさんとサキさんとシキブさんも一緒なんですね」

「ああ、留守番させると悪さばっかするからなこいつら。それで仕方なくだ」

「いや、ぼく達が支社長を連れて来たんですよ」

「まだホウキの改良が終わってないから一人じゃ飛んでこられなかったでしょ」

「最近冷えてきましたし、一人じゃ自殺行為ですもんね」

「う、うるせえな」

「あの……マドカさんは?」

「大丈夫、眠らせて柱に縛り付けてある」

「安心しました。あ、こちらは──」

 と、同席している親子を紹介しようとしたスズランは、しかしトピーと父親の姿を見て言葉を止めた。

 二人とも思いっきり顔を背けている。あからさまに。

「あの……?」

「ちょちょちょちょっと待って! もう少し! もう少しだから!」

「はぁ?」

「ワ、ワシはのう……持病の癪が……」

「大丈夫ですか? うちに薬がありますよ」

「平気、ワシも薬もっとるから、放っておいてくれれば治るから」

「……わかりました」

 言葉とは裏腹に納得いかない表情で眉をひそめるスズラン。

 同時に三つ子が首を傾げた。

「変わった人達だね」

「ココノ村の人かな?」

「でも、なんだかそっちのおじいさんには見覚えがあるような気も……」

「ゲエッホン! ゲホン、ゴホン! あ、ワシ、そろそろ帰らんと」

 トピーの父はそそくさとその場から立ち去ろうとする。

 ところが、それをナスベリが引き留めた。

「なんだよ爺さん水くせぇな! 覚えてるぞ、アンタたしかホッキーさんだろ?」

「ひぃっ!?」

 立ち上がって逃げようとした父親・ホッキーは彼女に捕まってしまった。たわわな胸に顔が半分埋まっている。

「親父、てめえ……ッ」

「お知り合いですか支社長?」

「ああ、昔からよくカウレを食いに来るおっちゃんだ。毎回菓子を持って来てくれるんで、アタイらにとっちゃサンタさんみたいなもんだったぜ。今でも通ってたんだな」

 スズランとノイチゴの手の饅頭を見て笑うナスベリ。その言葉にトピーもまた思い出す。父についてこの村へ来る度、自分は彼女達と──

「ホッキーさんとお知り合いということは、もしかしてトピーさんとも?」

「んっ? トピー?」

「こちらの方です、ホッキーさんの御子息。前にも会ってますよ、ほら八月の土地買収の一件で。その後、私を引っかけた芝居でも顔を合わせてるんじゃないですか?」

「実は根に持ってるなスズランくん」

「ちょっとした小芝居だったのに」

「あわわ、あわわ……」

「ああっ!!」

 ポンと手を打つナスベリ。どうやら、ついに思い出してくれたらしい。

(ナイスアシストありがとう!)

 トピーはスズランに恩返しすると決めた。

 そんな彼にナスベリは詰め寄る。

「ちょ、おまっ、ふとっちょトピーか!? なんで言わねえんだよ、今まで気付かなかったじゃねえか!!」

「あ、あはは……なかなか言い出せなくて。ごめんナス姉」

 こう呼ぶのも久しぶり。自分で言っといてくすぐったくなる。あの頃の甘酸っぱい記憶も色々と蘇って来た。

「なんでえなんでえ、カタバミ達だけかと思ったらお前もいたのかよ。ったく、内気だなオメーはよ。その格好からして衛兵になったのか? ちゃんとやれてんのかオイ? 背はでっかくなったなあ」

「ナ、なしゅねえもね……」

 父とは反対側の手で抱き寄せられ、恍惚の表情を浮かべるトピー。それを見たスズランとノイチゴと三つ子は同時に頭上へ“!”を浮かべる。

 早速三つ子が絡んで行った。

「支社長~」

「その人って」

「どうやって知り合ったんですか?」

「あん? コイツか? しょっちゅうホッキーさんについて来てたんだよ、ガキん時にな。んで、ホッキーさんが食堂でサザンカの親父さんと話してる間、いっつも暇そうにしてたから遊びに誘ってやってよ」

「へえ……」

「それはそれは……」

「なるほど……」

 三つ子の目は新しいオモチャを見つけた子供のそれに変わる。

 スズランとノイチゴもひそひそ小声で話し合った。

「……というわけで……を……して……」

「ばっちりだよ、スズねえ……おかーさんとおばちゃんにも……」

「うん、ウメさんたちにも教えておかないと……」

 ギラリと目を光らせる子供達。どうやらもう自分の正体を詮索される心配は無さそうだ。ホッキーは胸を撫で下ろし、息子にこっそり囁きかける。

「おい愚息、お前、これから大変なことになりそうだぞ」

「え? なに? でへへ」

「……アホタレが。やっぱりお前に継がせなくて良かったかもしれん」




 翌日の夕方、ようやくホッキーは我が家に戻った。あの後、積もる話があるなどと言われてナスベリの手で食堂へ連れ込まれ、先にそこにいた村の老人達まで巻き込んで延々と酒盛りする羽目になったのである。おかげで道中の馬車の揺れが辛かった。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ」

「うむ、うむ」


 使用人の一人一人に頷き返しつつ屋敷の奥へと進み、そこで服を着替える。

 農作業用のツナギに。

「ワシのおらん間も、ちゃんと手入れしておったろうな?」

「もちろんです旦那様」

 同じくツナギ姿の執事が頷く。

「よし」

 そうして屋敷の裏手にある畑まで移動した彼は、自らの手でクワを振るい始めた。この畑にはつい先日他国と交渉して手に入れた滅法美味いカボチャの種を撒く予定。念入りに耕しておかなければ。

 村にいる時とここにいる時とで、彼の容姿には大きな変化がある。

 まずヒゲがないことだ。さらにカツラも外してあるし、腹に仕込んでおいた袋も部屋に置いて来た。おかげで全体的に村にいる時より小柄に見える。

 昔、よく小狡そうな顔などと陰口を叩かれた悪人面。それが彼の素顔。

 そしてこの地を治める領主、それが彼の正体。

 ホッキーとは仮の名。彼はココノ村を含む辺り一帯の土地を治める貴族・ホウキギ子爵その人なのだ。

「今回はどうでしたか?」

 同じくクワをふるう執事の問いに、ホウキギは手ぬぐいで汗を拭き取りながら答える。

「うむ、変わらず美味であった。息子にも会って来たわい」

「おお、坊ちゃまもお元気でしたか?」

「元気も元気。あやつめ、女の尻を追いかけまわしておった」

「なんと!?」

 驚きすぎて執事の手からクワがすっぽ抜ける。護衛の兵士が「あぶねっ」と避けた。

「あ、あの、あらゆる縁談を即断即決で断り続けていた坊ちゃまがですか!? どんな美人を前にしても、ため息ばかりだった坊ちゃまに、とうとう春が……!?」

 とうとうというか、昨夜聞いた話によると長年焦がれ続けて来た初恋の相手にようやく再会できたところだそうな。

「まあ、春には違いないな。季節は秋じゃが」

「お、お相手はどのような!?」

「ん、うーん……」

 それを説明するのは、いささか難しい。

 八月のココノ村土地接収騒動の際、初めて顔を合わせたビーナスベリー工房の理知的で淑やかな副社長。

 そして、かつてココノ村でよく顔を合わせていた男勝りな小娘。

 あまりに性格が違い過ぎて最初は顔だけそっくりな別人だと思った。まさか辛い過去を忘れるため自分の記憶を封印した結果、第二の人格を作り出していたとは。

 今は記憶が回復しているものの、二つの人格がぶつかり合わないよう彼女の上司“森妃(しんぴ)の魔女”が暗示をかけ、メガネの着脱により人格を切り替えられるようにしてあるらしい。

 副社長としてのナスベリなら理想の嫁である。家柄は不明だが、能力・人格共に申し分ない。あの三つ子を見るに部下達からも慕われているようだ。村の者達からの評判も上々。

 しかし、どうやら息子が惚れた相手は男勝りな方のナスベリらしい。かつて村の悪童共の頂点に立ち“氷兇(ひきょう)の魔女”とまで呼ばれていた、あのガキ大将のナスベリだ。

「人の心と言うのは、わからんものだなエビネ」

「はあ……?」

「まあ、これでビーナスベリー工房の我が国への進出を阻む理由は完全に無くなった。妙な毒でも垂れ流されて周辺の環境に影響が出ないか心配だったんじゃが、あの娘なら信頼してもよかろう」


 かつてタキアは貧しい国だった。その貧しい国の中でもホウキギ領はさらに貧しい領地だった。

 だが、その領地を治める家にちょっと変わった子供が生まれた。何が変わっているかというと、食欲が人並外れて強かったのだ。

 もっと食べたい。もっと美味いものを食べたい。もっともっともっと。

 彼はその食欲に忠実に従った。美味い物を食いたいが金は無い。安上がりに美味い物を食うにはどうしたらいい?


 自分で作ればいい。


 彼は研究を始めた。より効率の良い農業。より安全な漁業。農民や漁民が努力して生み出してくれた糧を安く買い叩かせず、適正価格で買い取らせるにはどうしたらいいか?  商人と話し合った。料理人とも話し合った。弁護士とも話してみた。国王にも相談してみた。ありとあらゆる人々と対話して少しずつ改善の糸口を見つけた。

 全ては美味い物を食うため。ただそれだけのために最終的には国を丸ごと変えた。結果、現在のタキアは豊食の国と呼ばれるに至り、貧しさから抜け出し、八つ目の大国となる日も近いと言われている。いかなるものであれ、強い欲は人を動かし困難に立ち向かわせる力となる。

 息子は自分と同じ食いしん坊。だから後継者としてこれ以上無い適任だと思っていたのだが、親がどう思おうと子は己の意志で進むべき道を見出してしまう。これもやはり欲の為せる業かもしれない。困ったものだ。

 あの宿屋の息子だって店を継いでくれるかはわからない。もしあの宿が潰れたら自分達親子にとっては大損失だ。でも、だからといって口を出すつもりはない。

 領民は皆、彼の宝。たとえ食に関わらぬ仕事に就いているとしても関係無い。弁護士に大工に物書き。どんな仕事でも全ては人々の明日の糧へと繋がっている。

 だから領主は彼等を守り、尊重する。それが、いつでも美味い飯を食うための秘訣。

 衛兵などという職を選んだあいつも、その点ではきっと同じことを考えているのだろう。視点が大きいか小さいか、距離が近いか遠いかの違いがあるだけ。


「まあ、せいぜい頑張れ。お前にはもう領主になることなぞ期待しとらん。だが、せめて可愛い嫁さんを捕まえて孫の顔くらいは見せてくれよ、我が息子」


 ひょっとしたら、その孫がまた偉業を成すのかもしれない。

 そんな未来を想像すると、思わず口許が緩むのだった。

 こんにちは。最近文章での感想を初めて見つけて機嫌が良い秋谷イルです。ちょっと息抜きしすぎな気がする息抜きの魔女四回目。肝心の本編の続編「3」は全体の六分の一くらいの進捗率じゃないかなと。大幅に書き直したりしなければですが。サブタイトルは「剣士と竜の心臓」に決めました。また変わり者の新キャラが出てきます。いつものように考えておいた設定から外れて勝手に動き出したところです。もう一人の新キャラを見習って。こっちは悪役だけれど素直に動いてくれます。可愛い。

 2と違って単品で完結する作品なので、多分文字数は1と同じくらいになるんじゃないかと。読んでくださる皆さんに忘れられないよう出来る限り早く書き上げたいと思います。

 あ、今回の話のことを何も書いてない……これ、元々は2のスズラン編を書いてる途中で思いついた話でこの息抜きシリーズの最初の話になる予定だったんですが、上手くまとめられず後回しになっていました。やっと書けたのでスッキリです。2でも書きましたが、スズラン達の食生活が豊かすぎる理由はだいたいこの人のおかげです。あとこの世界にはクリスマスが“赤い服の老人が良い子にプレゼントを配る日”という由来も定かでないイベントとして伝わっています。これはいつものウィンゲイトの仕業です。地球の文化が登場したら全部ウィンゲイトのせいだと思って下さい。

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