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鍛冶屋と遺跡

 ココノ村には鍛冶屋がいる。

 ツゲという名で背丈は低いけれど筋骨隆々な老人。ついでに言うとヒゲもじゃでもあり、笑う時にはガハハと笑う。


「ツゲさんって絵本に出てくるドワーフみたい」

「ガハハ! よく言われるわい!」


 一年前の“悪だくみ”以来、スズランとツゲさんの交流は続いていた。それまでは同じ村に住んでいながらあまり接点が無かったのである。なにせこの人、鉄を打つ以外のことに興味が薄い。だから老人ばかりの農村なのに店内は趣味で作った武具でいっぱい。腕は確かだそうで、たまにこれらを目当てに訪れる客もいる。

「うんにゃ〜ほんにゃ〜」

 とりあえず、いつものように鉄を溶かす炉の前で珍妙な呪文を唱え、猫を思わせる謎の動きで踊り出すスズラン。正式な作法など知らないけれど、一応、鉄を加工しやすくする儀式である。

「毎度違うやり方に見えるが、スズちゃんのそれは本で調べてんのかい?」

「ううん? なんとなくこうしたらいいかなって、その場のノリで」

「即興なのか!?」

「ようは精霊に伝わればいいの。彼等は人間の言葉で話してるわけじゃないでしょ。いい感じに気持ちが高まればあっちで勝手に汲み取ってくれるわ」

「まあ、たしかに効果は出てるけどよ」

 今回も炉から取り出した鉄を打ってみたところ驚くほど素直に応えてくれて思い通りに加工が進んだ。やり方はともかく、これだからスズランに頼むのはやめられない。

「ガハハハ! こりゃ良い鍋になるぞ!」

「おじさんも喜ぶね」

 楽しそうに槌打つツゲさんの様子をぼんやり眺めるスズラン。だが、ふと愛らしい顔の上に疑問符を浮かべた。

「そういえば、このへんに鉱山なんて無いよね? この鉄や他の金属ってどこから持って来てるの……?」

「なんでい、まだ知らなかったのか」

 作業の手は止めずに会話するツゲさん。汗でヒゲがぐっしょりだ。暑そうだなあと自分だけ冷却魔法で涼むスズラン。彼のことも冷やしてやればいいだろうと言われるかもしれないが、前にそれをやったら「作業中はやめろ! 鍛冶は温度感覚が大事なんだ! 鉄も冷えっちまう!」と怒られてしまったので仕方ない。

「なら後で採掘に行ってみるか?」

「近くなの?」

「おうよ、すぐ近くだ」

「ふうん、じゃあ行ってみよっかな」

 ついでだからモモハルも連れて行こう。男の子は洞窟とか探検とか大好きなはずだから。スズランは早速彼を探しに出かけた。




 しばらく後、村の近くの森の中──ツゲさんが地面にぽっかり開いた穴の前でピタリと足を止める。

「ここが入口だ!」

「ここって……遺跡?」

「ええ〜、ここ暗いよスズ」

 スズランと誘われてホイホイついてきたモモハルの前には地下へ続く階段があった。奥は彼の言う通り真っ暗。中からカビた空気の匂いが風に乗って流れてくる。

「安心しろ、入口はぶっ壊れてるけど、中に入ると明るくなる」

「え?」


 どういうことかと訝るうちに、ツゲさんはさっさと一人で降りていってしまう。


「スズ、ここ怖いよ」

「あ〜、そうか、見えてるのねあなた」

 スズランの目は遺跡の中を彷徨う無数の幽霊の姿をすでに捉えていた。神子のモモハルも同様だろう。もしかするとこの場所は……。

「まあ大丈夫。私といれば安全だから、ついて来なさい」

「うん……」

 スズランの差し出した手を握り、ぴったりくっついてくるモモハル。この少年にしては珍しく怯えていた。

(まあ、精霊ならともかく、亡霊は村の中ではあまり見かけませんものね……見つけたら片っ端から浄化してますし)

 スズランの母は大の幽霊恐怖症で、彼女はその母が大好きなのである。当然、見回りと予防は怠っていない。

 ここも折角だから浄化してしまおうか。そう思ってモモハルと一緒にツゲさんの背中を追いかけて行くと、彼が階段を下り切ったタイミングで予想外のことが起きた。


 ビーッ! ビーッ!

『警告! 警告! 侵入者! いつものドワーフ! 撃退せよ! 撃退せよ!』


「ガハハハハ! いつ来てもここは賑やかだな!」

「……」

 壁に文字──大半は神代文字──が表示され、けたたましい警報が鳴り響き、通路全体が赤い光で照らされた。そこら中を漂っていた幽霊達も音に驚いて逃げ出してしまう。

「う、うるさい」

「頑張れモモハル! 良い鉄を採るにゃ毎回これを我慢しなきゃなんねえ! 心配すんな、慣れたら聞き流せるようになる!」

「いや、あの、ツゲさん……」

「ん? なんだスズちゃん?」


『防衛兵器残存ゼロ! 無念! 無念! 無念!』


「これ読める?」

「んあ? もしかしてそりゃ文字だったのか? オレぁてっきり壁の模様だと思ってたぜ、ガハハハハ!」

「まあ、そうだよね……」

 神代文字、つまり漢字は現代では読める人間がほとんどいない。だから警告文の意味もわからないし、警報やこの赤い光も豪快なツゲさんにとって“賑やか”で“明るくなっていい”くらいの認識にしかならないのだろう。

 説明するのは難しそうだ。スズランは嘆息して壁に手を当てる。

 途端──


『対象の解析終了。ご帰還をお喜びいたします、ウィンゲイト様』


「ありゃ?」

「あれ?」

「……」

 警報が止まり、赤い光は白く柔らかい光に切り替えられてしまった。

「なんじゃ? そこにウィンゲイト様って書かれとらんか?」

「書いてない! 書いてないよ!」

 スズランは慌ててモモハルとツゲさんの背中を押し、遺跡の奥へ向かう。

「早く見たいなあ! 採掘見てみたいなあ! たくさん採ってねツゲさん! いくらでもいいよ!」

「お、おう、そうか? それじゃあ行くか二人とも。しっかし、長年通っとるのにこんなこと初めてじゃわい」

「明るくて歩きやすくなったね、スズ。ありがとう!」

「そ、そうね。じゃなくて、なんのことかしらモモハル? 私は何もしてないわ」

「あれ?」


 そうして彼女と彼等が去った後、壁にはこう表示された。


『情報を更新。主神の権限により対象のドワーフに対する自由採掘許可が発行されました。以後は歓迎いたします』




「ツゲさん、ここってもしかして、うちのお母さんが幽霊嫌いになった原因の遺跡?」

「その通り、と言いたいが半分正解で半分間違いじゃな」

 遺跡の奥、壁に空いた大穴に向かってツルハシを振るいつつツゲさんは回答する。この崩落した部分が偶然にも良質な鉱脈と繋がっているらしい。

「半分?」

「このへんの地下は遺跡だらけでな、どうやら全部が繋がっとるらしい。あの“やりすぎ肝試し”はこことは別の場所じゃが、やっぱりどっかで合流しとるはずじゃ」

「なるほど」

 だから幽霊だらけだったのだろう。昔リンドウという魔女が肝試しのために集めた霊がまだ残っていて、こっちまで流れてきたのだ。

「んっしょ、よいしょ」

 モモハルはツゲさんが掘り出した鉄鉱石を運んで籠に放り込む手伝いをしている。

「ふう」

「助かるぞモモハル。お前さん、まだちっこい割に力があるな」

「いつもししょーにきたえられてる!」

 ドヤッと胸を張る彼。たしかに衛兵隊長のノコンに弟子入りしてから一年経つ。成長期でもあるし、逞しくなるのは当然か。スズランも少しだけ口許を綻ばす。

「それにしても、こんなところで採掘してたなんて」

「爺さんの代から続けとる。昔はよくわからん獣に襲われたりして大変だったらしい」

「ああ……」

 多分さっき表示された防衛兵器だろう。それを全部倒したのか。流石はツゲさんの先祖というほかない。

「よし、こんなもんかの。よっ……うぐっ!?」

 必要な分を採掘したツゲさん、籠を背負って立ち上がろうとした途端、表情が変わった。苦しげで脂汗が浮いてくる。

「どうしたの!?」

「モ、モモハル……腰をやっちまった……オメェ、これ運べるか……?」

「えっ? う、うう〜ん……! む、無理」

「そうか、流石に無理か。しかたねえ、しばらく待ってくれ。少し待てばきっと腰も元に戻る……」

「そんなすぐに治らないよ。私が運ぶから安静にしてて」

「なんじゃと?」

 いくらなんでも女の子には無理だろう──そう言おうとした途端、彼の体と鉱石満載の籠が両方ともふわりと宙に浮いた。

「な、なんじゃあ!?」

 何も見えない。見えないが、たしかに何か柔らかいものに持ち上げられている。

「あのね、スズの背中から糸がいっぱい出てきてね」

「去年、しばらく村から離れてたでしょ? あの時に覚えた魔法」

「なるほど、こりゃたまげた」

 まったく、この娘にはいつも驚かされっぱなしだ。驚きすぎて最近では慣れるのも早くなっている。今回も彼は早々に順応した。

「それじゃあまあ、村まで頼む」

「任せて」

 そうしてモモハルと共に歩き出すスズラン。道も来た時の一回だけで覚えたのか、全く迷う様子が無い。おかげで何もすることが無く、彼はベッドに横たわっている心地で次第に微睡んでいった。




 目を覚ますと自分の家のベッドで寝ていた。腰に違和感を感じて触ってみると、いつの間にやら湿布が貼られてある。

「スズちゃんか」

 さらに良い香りを嗅ぎとって起き上がってみると、テーブルの上に食事まで用意されていた。

「まったく、よくできた娘っこじゃの」

 今度髪飾りでも作ってお礼をしよう。いや待て、あの子が髪飾りを付けているのは見たことが無い。ブローチの方がいいかもしれない。

「ふむ、手伝ってくれたしモモハルにも何かやらんとな。武器は……レンゲが怒るか」

 子供に贈る物を考えるのは存外楽しいことに気付く。鍛冶にのめり込みすぎてこの歳になっても独り身。しかし子や孫がいたらこんな日が当たり前に繰り返されていたのかもと思い、少しばかり自分の生き方を悔いた。

 だがまあ、それはそれとして。

「腰が治ったらまた新作を作るかのう! ガハハハ!」

 妻子や孫はおらずとも作品数なら村の誰にも負けていない。少しでも皆の生活が便利に、そして時には面白くなるように、これからも“鍛冶屋のツゲさん”は仕事に励む。老いて死ぬ、その時が来るまで。




 ──余談だが、その後しばらくして再び遺跡へ行くと、何故か赤い光ではなく白い光が点くようになり、警報は鳴らなくなってしまったという。


「なんだか張り合いがないのう?」


 彼は首を傾げたが、その後もずっと同じことが続いたそうだ。

 というわけで今回は一作目からちょいちょい出てる鍛冶屋のツゲさんと村の周りの地下遺跡の話でした。この遺跡は大昔の“魔王”との戦争時に作られた砦という設定があるにはありますが、今後活かされるかは不明。ツゲさんの一族はドワーフの末裔ですが本人も周りもそのことを知りません。

 それではまた次回。ロウバイ編になるか再び息抜きを書くのかは未定です。

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