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雪かきと流行病

 スズラン八歳の冬。東北地方のココノ村は例年通り深い雪に──覆われなかった。


「今年からは魔法解禁!」


 夏の事件で魔女っ子だとバレたスズランが毎日張り切って除雪に励んでいるからである。除雪というか、魔法で熱を生み出し雪を蒸発させるそれは消雪作業と呼ぶべきだろう。

「いやあ、助かるのう」

「今年は楽ができそうじゃなあ」

「若者達や衛兵隊にも迷惑かけんで済むわい」

 積もった端から消されていく雪を見てほっこりくつろぐ老人達。少子高齢化が進み若者の足りなくなったこの村では毎年雑貨屋と宿屋の二家族、そして衛兵隊の手を借りて連日の除雪作業をどうにか乗り切ってきた。今年はその必要も無く、帰省するのは春になってからにしようと決めていた衛兵隊もやはり年末に帰ろうかと言い出したそうな。

「しかし、ちょっと張り切りすぎじゃないかの」

「なあに、子供はあのくらい元気に走り回っとった方がええ。体力もついて健康になる」

「そうかのう? かえって体を壊してしまわんか心配になるがのう」


 ──そんな一部の心配通り、数日後にスズランは風邪を引いた。


「けふっこふっ」

「まったくもう……だからほどほどにしときなさいって言ったでしょ」

「つ、つい、夢中になっちゃって……」

「まあ、今までずっと魔法使いだってことを隠してきたんだし自由に使えるようになって楽しいのかもしれないけど……」

「う、うん」

 実を言うと村の皆の役に立てていることの方が嬉しかったのだが、照れくさいので母の言葉は訂正しない。

「それにしても困ったわね。できればちゃんとお医者さんに診てもらいたいけど、今は街まで行かない方がいいらしいし……」

「何かあったの……?」

「さっき来たお客さんから聞いたの。トナリでも風邪に似た病気が流行ってるんですって。風邪より格段に症状が重くなる場合があって子供やお年寄りだと命にも関わるそうだから、しばらくは仕入れに行かない方が良さそうだわ」

「この村で広まったら、大変だもんね……」

「そういうこと。ホウキギ子爵様からも不要不急の遠出はやめるように通達が来たわ。ま、うちの村はいざとなったら自給自足でもなんとかなるでしょ。こういう時は農村って強いわね」

 たしかに、多少の不便に目を瞑れば食を自力で賄えるこの村は当面平気だと思う。

 とはいえ、

「こんな時こそ、師匠が来たらいいのに……」

「そうね、クルクマさんならなんとかしてくれそう」

「なんとかしましょう」

「うわあっ!?」

「げほっごほっ!?」

 狙っていたかのようなタイミングで寝室の入口に現れるクルクマ。カタバミとスズランは揃って驚愕した。スズランなど驚き過ぎて咳き込んでしまう。

「あわわ、ごめんスズちゃん。病気の子をびっくりさせちゃ駄目だよね」

「そ、それはいいんですけど、いつの間に?」

「普通に店の方でカズラさんに挨拶したら、スズちゃんが風邪引いたって聞いて」

「なるほど……」

「あの人ったら、ちゃんとここまで案内したらいいのに」

「いやいや、営業中にそこまでしていただかなくてもと私が断ったんです。何はさておき、早速診てみましょうか」

 そう言って椅子を動かしスズランの横に座る彼女。

「クルクマさん、お医者さんもやれるんですか?」

「多少心得があるくらいです。医術は薬師としても必須技能ですので」

「はあ〜、相変わらず凄い。本当に助かります」

「いえいえ、可愛い弟子の体ですしね」

「あ、それじゃあ少しお任せしてもいいですか? ちょっとウメさんのお世話をしに行かなくちゃならなくて」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。じゃあスズ、お母さん行ってくるわね」

「いってらっしゃい……」


 母が出かけてしまったので、クルクマの診察を受けつつ口調を切り替える。


「街で、危険な病気が流行ってますの……?」

「うん。ここらでも何人か死んでるみたいだね」

「そうですか……私、その病気じゃありませんよね……?」

「医者じゃないから断言はできないけど、ま、これは普通の風邪だと思うよ。あの病気は症状こそ似てるけど圧倒的に重症化しやすいからね。あと、この石をね、口に含んでみてくれるかな?」

「どうして石……?」

 訝りながらもクルクマが差し出した小石を口に含むスズラン。

 直後、顔をしかめて吐き出した。

「うえっ! げほっげほっ、な、なんですのそれ? すごく苦いし酸っぱい匂いが」

「こんなこともあろうかと拾っておいた苦虫石。あ、ちゃんと洗ったからね? 例の病気、味覚や嗅覚が麻痺する特異な症状が出るんだ。鼻が詰まっていても口に含めば匂いと味を同時に感じ取れるからね。検査に使えるわけ。で、その様子ならやっぱりただの風邪だね。安心して」

「そうですか」

 スズランはホッとして服を着直し、ベッドに横になった。

 その体に布団をかけ直してやってから、クルクマはもう一つ見慣れない物を取り出す。

「これ、着ける?」

「それは……?」

「マスクだよ。例の病気の拡散防止になるんで最近よく売れてるんだ。タキアでも広まり始めたって聞いたから大量に仕入れてきたとこ」

「流石ですわね……」


 この機敏さは商人の娘として見習いたい。


「では早速……」

「……」

「何か?」

 言われた通りマスクを付けたというのに、クルクマはどこか腑に落ちないような表情をしている。

「あ、いや、南の方ってさ、この時期でもまだ暖かい場所があるじゃない? この間そういうところに行ったら、やっぱり例の病気が流行ってたんだけど、一部の住民がマスクを付けることに反対しててさ」

「どうしてですの?」

「理由は色々だったよ。呼吸しにくいとか暑いからとか、そのへんはまだ理解できなくもないんだけどさ、マスクを付けるのは女々しいだの自由の侵害だの言ってる人達もいて」

「はあ?」

「意味わかんないよね。こんな布切れ一枚で奪われるような自由ってなんだよって。でも、そういえば昔のスズちゃんって“自由”にかなり拘ってたから、もしかしてなんて考えも脳裏をよぎっちゃってね」

 クルクマの言葉にスズランは嘆息する。

「馬鹿馬鹿しい」

 たしかに拘っていた。いや、過去形ではない。今だって常に自由でありたいと思う。

「だからこそ、私は着けますわ。もしもあなたの見立てが間違っていて、例の病気に感染していたなら、私から両親や村の皆に感染するかもしれません。それこそ後悔します」

「だよね。スズちゃんはそういう子だ」

「それに風邪だって馬鹿にはなりませんでしょ。このマスクは、ありがたく使わせていただきますわ」

「うん、早く良くなってね。風邪薬も調合して置いていくよ」

「……甘いのにしてくださいね」

「残念ながら苦い方が効くんだなあ」

「ううっ、いっそモモハルが……あら?」

 スズランがあることを願おうとした時、急に全身から気だるさが抜けた。

「これは……治った?」

「ええっ!?」

 驚き、再度診察したクルクマは渋々頷く。

「治っちゃってるね、チェッ」

「なんで残念そうですの。ともあれ、こんなことが出来るのは一人しかいません……」

「だね、そろそろ来るかな」

「スズ〜!」


 予想通りモモハルが駆け込んできた。


「スズ! 風邪治った!?」

「あ〜あ〜、治ったわよ。治っちゃったわ。きっとモモハルが祈ってくれたおかげね」

「わたしもお祈りしたよ!」

「あらノイチゴちゃんも? ありがとう」

「この対応の差よ……スズちゃん、モモくんにも感謝してあげなよ」

「わかってます」

 スズランはベッドから降り、モモハルとノイチゴをまとめて抱き締めた。

「二人とも、ありがとう」

「えへへ」

「む〜」

 兄とスズランが密着していることに唇を尖らすノイチゴ。けれど引き離そうとはしない。最近はあまり目くじら立てなくなった。自制心が身に着いたのである。

(二人とも大きくなりましたわね……特にモモハル。この子は、そろそろ知るべき時なのかもしれません……自分の秘密を)

 いや、本当にそうだろうか? まだ早いのでは……葛藤するスズランの背をクルクマが叩く。

「スズちゃん、まだ寝てなきゃ駄目だよ」

「え? でも」

「いいから、こんな急に治ったら怪しまれるでしょ。あと一日くらい寝てなって」

「それもそうですわね」

 頷いてベッドの上へ戻った。

「二人ともお見舞いありがとう。でも、まだ少し熱っぽいから明日までは大人しくしてるわね」

「ほんと? あしたにはなおる?」

「間違いないよ〜」

 問いかけたノイチゴに対し答えたのは、スズランでなく彼女の肩に手を置いたクルクマだった。

「任せて、お姉さんがすっごく苦いお薬を作るから」

「うえ〜、苦いのやだ」

「やだ〜」

「貴女……このために一日延長させましたわね?」

 頬をひくつかせるスズランに、クルクマは満面の笑みで返す。

「弟子の看病をするのも、師の務めだよね!」




 それから、また数日後──復活したスズランは前回の反省を踏まえ、新しい除雪方法を考え出した。

 いや、むしろ原点回帰と言うべきか。

「決局、一人でやろうとしたのが間違いだったのよね……というわけでツゲさんの協力を得て完成させたよ! 超振動スノーダンプとスコップ!」

「なかなか面白い仕事じゃった!」

「もうみんな持っとるぞ! しかし見た目は何の変哲も無いが?」

 モミジの枝の下に集まった村人達。彼等は真新しい除雪用具を手に首を傾げる。

「安全のため皆の服に仕込んだ護符と同じく魔力を通さないと機能しないようになってるから。というわけで、早速行くよ!」

「「「おう!」」」


 村人達の声に応え、魔力を放射するスズラン。それを受けた彼等の服が一斉に金色の光を纏った。さらに除雪用具からも獣の唸り声のような低い振動音が鳴り響く。


「ほっほう! これじゃこれじゃ! こうなっとる間は身体が軽くなってええわい!」

「三十歳は若返った気分じゃな!」

「これならなんぼでも雪かきできるのう!」

「このスコップもええぞお! 積もって固くなった雪に簡単に刺さりよる!」

「持ち上げる時も軽いわい!」

「ガッハッハッ!」

 好評を受けて鍛冶屋のツゲさんも上機嫌。魔道具の作成は初めてだったが、スズランと共に試作を重ねた甲斐はあったようだ。

「魔法の力で刃を細かく振動させとる! 苦労したぞ、その振動に耐えられるだけの強度と扱いやすい軽さを両立させるのはな!」

「流石じゃのうツゲさん!」

「よーし皆の衆! スズちゃんの魔力が空っぽにならんうちに片付けるぞ!」

「ご心配なく! 私の魔力は無尽蔵だから!」

『お疲れの方はここへ戻って来てください。温かいお茶を用意してお待ちしております』

 ティーポットを持ち上げアピールするモミジ。彼女の枝の下は常に降雪から保護されており、冬が始まってからも住民達の憩いの場となっていた。

「さあ、皆で力を合わせよう!」

 そう言ったスズランの口は、まだマスクで覆われている。他の村人達も同様にクルクマから配られたマスクを装着していた。

 まだ冬は始まったばかり。でも雪にも病気にも負けるものか。

 村は自分達が守る。スズランは額に汗をかきつつ、そう想って楽しそうに働き続けるのだった。それが自分の選んだ道。自由な意志で決めたこと。

 そして──


「こらあ! 今は遊ぶ時間じゃねえって言ってんだろうがモモ! ノイチゴ!」

「見てスズ! スズだるま作った!」

「そっくり!」

「私そんなに丸くないでしょ!? デザインの改善を要求します!」


 モモハルに彼の秘密を打ち明けるのは、やっぱり、もう少し先のことになりそうだ。

 昼飯食べながらワイドショーを見てたら思いついた時事ネタをちょっとだけ盛り込みました。雪かきに関しても毎年やらねばならん地域に住んでますが、ここ数年は暖冬続きで助かっています。良いことなのかどうかわかりませんが。

 それではまた次回の息抜きで。

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