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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
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 六反田家が九国へ行くのに協力してくれるのは大変に心強いが、既に国境には中央の衛兵が関所に詰めており、年頃の娘は国を越えるどころか街から出ることも容易ではないのが現状です、と讃良に言われるとやはり気持ちが削がれてしまう。勿論、諦める気にはなれないけれど。

「……やはり九国へ行くのは無謀でしょうか」

「いいえ、可能ですわ。ここをどこだとお思い?」

 項垂れる鈴に銀朱はおもむろに立ち上がるとぱんぱんと手を叩いた。すると戸の向こうに数人新見と同じ侍女の装いの女性たちが現れ、にっこりと鈴に微笑んだ。

「我が六国は東和における最も大きな商国ですわよ。ありとあらゆるものを運ぶのが、我が国の売りですもの」

 娘の言葉に、讃良もその通りですと頷く。

「そうご心配召されるな。簡単なことです、商隊に紛れ込めば良いのです」

「あっ……!」

 商人たちは山賊や物盗りから荷を守るため、ある程度の人数で固まって街道を行き来する。用心棒を雇う者も少なくない。なるほど、それならば人に紛れて……。

「……でもその中に年頃の女がいたら怪しまれませんか?」

「そこはわたくしの腕の見せ所です!」

「へ?」

 がしっと腕を掴まれ、鈴は引き攣った笑みを浮かべる。脱稿した時の妙な高揚感を引きずった銀朱を思い出して、だらだらと冷や汗が背中を伝っていく。ちょうどその時、新見が銀朱のそばにやってきてにこりと微笑む。あ、嫌な予感。

「銀朱さま、ご準備出来ました」

「ご苦労さま。さ、参りますわよ」

「ど、どこへ……?」

「わたくしの部屋です」

 普段引き篭もりのくせにどこにそんな腕力がと聞きたくなるほどの力強さで銀朱は鈴を引きずっていく。奥まった一室に通されて、部屋の中に広げられた布の洪水に既視感と眩暈がした。中で待っていた新見を始めとした侍女たちが、連れ込まれた獲物に舌舐めずりをしているようにさえ見えた。

「さ、着物をお脱ぎください」

 にっこり。そんな効果音が聞こえそうな笑顔とわきわきと伸びてくる手に、鈴の声にならない悲鳴が部屋にこだましたのだった。

 


 ようは年頃の娘でなければいいのです。

 そう言って着物を全てひん剥かれた鈴に与えられたのは少年用の着物と袴だった。

 銀朱や新見は商人にしては生地が良すぎるだなんだかんだ、この柄にこれは合わないだとか、こっちの色の方が再現度が高いだとかわーきゃー言いながら延々と鈴を着せ替えた。いや再現度ってなんですか、とツッこむのも憚られるほどの熱量に当てられて、彼女たちが納得する頃には鈴は川を全力で泳ぎ切ったようにぐったりとしていた。

 結局、彼女たちがお昼から夕暮れ時まで熟考を重ねた末に選ばれたのは、唐草模様の鼠色の着物と紫紺の袴、墨染の外套だ。肩幅を布で嵩増しさせ、さらに髪も少し揃えられ、菫色の髪紐でひとつに結い上げられる。

「素晴らしいですわ……!」

 銀朱と新見は抱き合って頰を紅潮させてうっとりと息をついた。侍女のひとりが持ってきてくれた鏡を覗くと、確かに十四、五くらいの少年にしか見えない。元々女子にしては背が高い方であったのも今となっては良かった点だろう。

「……さらし、必要ありませんでしたわねぇ」

「す、少しくらいはありますもん!」

 まじまじと、そして憐むような銀朱の視線に異議を唱えるも、何も巻かれていないのに少年にしか見えない自分の胸元を見下ろして溜息をついた。昔から痩せっぽちでお世辞にも発育がいいとは言えなかったが、半年の宮暮らしで少しは肉付きも良くなってきたと思ったのに、この二月であっという間に衰えてしまった。今はしっかり食べて動いて体力を戻さねば。

 不意にじっと真剣な顔つきで鈴を見つめている銀朱に気付いて首を傾げると。

「……殿下と並んでほしいですわね」

 あ、これはやばい。本能がやばいと告げている。

「ちょっと誰か紙と筆と硯を!わたくしの執筆道具をここに!」

「銀朱さま」

「やはりわたくしの目に狂いはなかったわ!そう、これが明るくて真っ直ぐな純朴そうな少年主人公顔!ああ!なんということでしょう、彼はまさに世界を敵に回してでも囚われの愛しい人を迎えにいくために己の足で茨の道を進もうとしている……!よくってよ、よくってよ!」

「こっちの世界に帰ってきて下さい銀朱さま!そしてなんか微妙に現状が当てはまっているのが怖い!」 

 滾ってきましたわあ!と筆と紙を持って妖怪じみた動きで奥に消えていった銀朱と書いた端からその場に投げられていく紙を拾いつつ付いていく新見を見送り、鈴は侍女のひとりに案内され、夕餉を頂くことになった。あの執筆中の銀朱に動じず淡々と己の役割をこなすあたり、さすが六反田家の侍女である。鈴だったらびびって腰抜かす。

「わあ。姫宮、その格好似合うね。どこからどう見てもまだ変声期迎えてないくらいの少年じゃないか」

「それ褒めてないよね?」

「しっくりき過ぎて逆に今までが女装だったのでは?って感じだな!」

「ちょっと三光と守千賀さまそこに並びなさいよ、同じ苦しみを味合わせてやるわ」

「えー?僕の女装見たい?普通に似合っちゃう上にたぶん姫宮より美人になっちゃうけどいいかな?」

「ああああ止めないで兄さん!こいつに一発世間の厳しさを教えてやらないと!」

「あっはっはっは。美しいって罪だよね〜」

「お前らは飯も静かに食べれないのか!」

「きゃー青幡が怒ったー」

 額に青筋を浮かべている青幡をからからと笑いながら、三光は白米を口に運ぶ。鈴も膳の前に座り直す。

 しかし確かに彼は女装させても溜息が出るくらい美しく仕上がってしまうことは容易に想像出来た。本家本元の女である鈴が霞む程の美女が頭の中で微笑んでいる。

「……ん?僕の顔に何かついてる?」

「いや……つくづく顔がいいなと思って……」

「やだ……姫宮ったら旦那がいないところで浮気……?いけません奥さん……!いくら僕の顔が国宝級に美しいからって旦那さまを裏切るような真似は……!」

「市中どつき回すわよ」

 しれっと自分で国宝級とか言っちゃうあたり、顔の作りよりも神経の図太さの方がすごい。実際顔がいいから許されてる部分ある。

「浮気するような女だったら今こんなとこにいないわよ!」

「ウワ。人の惚気聞かされるのきっつ〜」

「急に冷めないでくれる⁉︎」

「惚気ならオレの話も聞いてけ?なあ聞いてけ?」

「出た妖怪惚気聞いてけ男……守千賀参戦だけは避けたい。てなわけで僕一抜け〜」

「あっ逃げた!」

 いつの間にか食事も綺麗に平らげていた三光は徳利を一本掴んで手を振りながら部屋を出て行った。出会った時から飄々として掴みどころがない人だ。

(……でもあの人が、葵依さまの仇……なんだよね)

 ふと後宮での夏を思い浮かべる。八年前、海真教が撒いた種を刈るため、奈月彦と共に十二国へ向かった第二皇子である真尋殿下。鎮圧の際に命を落としたと聞くけれど、実際どのような最期だったのだろうか。

(……青幡とか、聞いたら教えてくれるかな……いや、だめだ気不味いし、ものすごく聞きづらい)

 今思えば、彼らにもそれなりの事情があった。けれどそれとこれとは話が別だ。鈴が彼らのことを強く憎めないのは、薄情な言い方ではあるが、八年前の件で何も失ったものがないからだろう。

(葵依さま……お元気でいらっしゃるかしら……)

 聞けば銀朱と同じく葵依も璃桜も実家にて蟄居中らしい。宮城に残っている妃は玉椿だけだそうだ。

 葵依は今も、彼に復讐したいだろうか。いや、当然そうに決まっている。彼女の真尋への思いは鈴だってよく知っている。

 なら、彼らと共にいることは、彼女への裏切りになるだろうか。

 でも今、もしも目の前で三光が誰かに害されたとして、きっと自分は黙って見ていることなんて出来ないだろう。

(……誰も傷付かない道なんて、きっとないのよね)

 割り切らねば。そう思っても結局答えは出ないまま、鈴は夕食と一緒にその気持ちを飲み込んだ。

 

 

 


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