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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
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 ガラガラと車輪の音が聞こえたのは、ちょうど鈴が土岐からの謝罪を受け取った時だ。不思議に思って戸口のところの松葉を見ると、彼は隣の青幡を手で制したままの体勢で外を見ていた。その後ろから、土岐がひょっこりと顔を覗かせる。

「あ、来たきた」

「土岐の知り合いか?」

「さっき手紙出した人。大丈夫、信用できる人だから」

 車輪の音はすぐそばで止まった。松葉の影からそっと覗くと、ほろを被せた荷台を後ろにくっつけた馬の手綱を引いているのは布を被っている女性だった。何か土岐と話し、そしてこちらを見る。

「初菫さま……?」

「……新見⁉︎」

「あ、もしかして知り合い?」

 そこには銀朱の侍女、新見が目をまん丸にして立っていた。思わず駆け寄ると新見も手を伸ばして鈴の手を握ってくれる。

「新見!ああよかった!あなた無事だったのね」

「それはこちらの台詞です!姫様がどれ程心配なさっていたか……ああ、本当に初菫さまですか?」

「そうよ。ねえ銀朱さまは?無事でいらっしゃるの?」

「勿論です。姫様はご実家でお過ごしでいらっしゃいまして……ええ、それはもう、本当に元気で……そろそろあれの続編が一冊書きあがりそうです……」

「あれの……」

 まさかの続編が出るとは思いもよらなかったが、あの銀朱が蟄居中じっとしているわけなかった。むしろこれ幸いとばかりに執筆に勤しんでいたに違いない。いやしかし、元気そうでなによりと言うべきだろうか。

「それで、土岐様が呼んだのは新見なの?」

「ええ。御方様を国長のお屋敷へ……いえ、本宅ではなく別宅になるのですが、お招きする為にまいりました。粗末な荷台で申し訳ないのですが……」

「構わないわ、今は東宮妃じゃなくてただの鈴だもの。だから新見もそんな畏った話し方をしないで」

「ですが……」

「それに荷台も十分立派だわ!わたしが小さい頃松兄と隣の畑仕事手伝った時にとうもろこし運んだやつより大きいわよ、ね!」

 隣の松葉に同意を求めると、うんうんと頷いている。

「だよな、あん時はとうもろこしと一緒に乗り込んだ鈴が身を乗り出して転げ落ちてあわや大惨事に」

「え、既に落下まで体験済み……?」

「姫宮、見た目通りお転婆だね」

「どう言う意味かしら。これでも宮ではちゃんとお妃様してた……して……してたわ」

「姫さん、嘘つくならもうちょい頑張れよ」

 嘘じゃない。ちょっと失せ物探しで長袴で走ったり帝の宮に潜入したりしたくらいであとは概ね大人しくしていた。はずだ。たぶん。

「土岐様はいかがなさいますか?」

「僕はいいよ。あまり人数が増えても大変だろうし、ここでやることもあるし」

「あの、土岐様、いろいろとありがとうございます」

 深々と頭を下げると、土岐はくすりと小さく笑った。

「こちらこそ、会えてよかった。頑張ってください。あなたの旅路にいと高き月陽の恩寵がありますように」

「はい」

 荷台に乗り込み、新見が持ってきてくれた外套を頭からかぶる。小さくなっていく土岐に見送られながら、鈴たちは山道を下っていく。道中、新見は馬を走らせながら現在の六国の情勢を細かく話してくれた。

「元々六国は銀朱様のこともあり、斎王一派に与しておりません。一応、現在は中立という立場です」

「それなのに、わたしたちに手を貸していいの?」

「当然です。九国では存じ上げませんが、山守の一族と長一族とは縁が深うございますので」

「聞いたわ、商家に風は欠かせないと」

「その通りです。ですが、土岐様のお客人でなくともはつ……鈴様であれば、きっと姫様はお助け下さるように仰ったでしょう。ああ、門が見えました」

 街に入る門の前には衛兵らしき男がふたりほど立っている。鈴はどきどきしながら荷台の上で息を潜めていたが、新見が一言二言交わしただけで門はあっさりと荷台を通してくれた。

 それから少し行ったところの屋敷で、荷馬車は足を止めた。

「お疲れさまでした」

「ありがとう、もう降りて大丈夫?」

「はい。鈴様とあとお一人、護衛としてお通しするように仰せつかっておりますが、どなたが行かれますか?」

「では俺が」

 手をあげたのは守千賀だった。新見は頷いて、他のものを別室にてもてなすように言いつけると鈴と守千賀を奥の間へ案内する。

 後宮で銀朱の側仕えをしていた新見(しかも記憶の大半は原稿を親の仇のように見ている姿である)しか知らないが、一族の姫に仕える為に幼い頃より研鑽を積んできていることが窺えた。

「長、お連れ致しました」

「入れ」

「失礼致します」

 そっと入室すると、中にいたのはがっしりとした体格の男だった。肩幅も腕も着物の上からわかる程鍛え抜かれており、きりりと吊り上がった目元からも豪商人というよりは武人といった風体だ。円座に胡座をかいた彼は閉じた扇でひとつ膝を叩くと、夏の空のように晴れ晴れと笑った。

六反田むたんだ讃良(ささら)と言う。本来ならばこちらから出向かねばならぬところを呼びつけて申し訳ない。ここではあなたさまを我が娘の客という形で接したい。よろしいか」

「勿論です!改めまして、お招き感謝致します。わたしのことはどうぞ鈴とお呼びください。それであの、銀朱さまは……」

 どうしてらっしゃいますかと問い掛けた声はものすごい音にかき消えた。何事かと目を丸める鈴に讃良は腕を組んで笑っているが、廊下の向こうでは足音と何やら女性の悲鳴にも似た声が響いている。騒音は段々とこちらに近付いており、鈴も次第にそれが誰のものか気付いた。

「お父様!初菫様が……!」

「銀朱さま!」

 立ち上がって思わずその薔薇色の髪を持つ少女へ抱き付く。一瞬目を瞬かせた銀朱は、しかしすぐにそれが鈴と気が付いたのかぶわりと涙を浮かべる。

「ぎ、銀朱さま!泣かないでください!」

「ない、てなんて、いませんわ!あなた、あなたったら本当に!わたくしが、一体どんな気持ちだったと!」

「心配お掛けしてごめんなさい、この通り元気です」

「まあ、初菫さまはどこでも生きていけると思っておりましたけれど!」

 ぷんっとそっぽを向く銀朱の目はまだ僅かに潤んでいるというのに、素直じゃない。銀朱の肩越しに新見と目があって、くすりと笑い合った。離れた銀朱は拗ねた子供みたいな顔をして、ごしごしと目元を拭う。

「……本当に、心配しましたのよ」

「ありがとうございます。本当に、この通り元気なので」

「そんなこと言って、あなた痩せたわ。ちゃんとご飯食べているの? 今までどこにいたのよ、殿下は……」

「銀朱、それは座ってから話す。入りなさい」

 讃良に言われ、銀朱は鈴の手を握ったまま新見の用意した円座に腰を下ろした。手を離したら鈴がまたどこかへ行くと思っているのか、手を離そうとするとギッと睨まれる。

「鈴殿、こちらの情勢は知っているね」

「はい。ここにいる守千賀から聞いております」

「では話は早い。我が領は銀朱のこともあり、現在中立の立場にいる。あなた方への支援も、出来ることはあまり多くない」

「はい」

 別宅とはいえ屋敷に招き入れた時点でバレればお咎めを受けるだろう。それでも一二もなしに招き入れてくれたことに、感謝しかない。

「あなたは、これからどうするおつもりか」

「わたしは殿下を……茅羽夜を迎えに行くつもりです。彼は今、恐らく斎王様によって隔離されている状況だと思われます」

「隔離?」

 詳しく話していいものか、一瞬詰まる。けれど鈴は彼らに東和の成り立ちを、包み隠さず話した。十二国での真実と陛下の無実。茅羽夜の身に何が起きているか。

 銀朱は驚いていたが、讃良は腕を組んだままじっと鈴の話に耳を傾けるだけだった。

「……茅羽夜を助けるために、わたしは九国まで行きたいのです。何か知恵をお貸し頂けないでしょうか」

「ひとつ、確認させて頂きたい」

 讃良の声に鈴は頷く。

「あなたは殿下が玉座につくべきとお思いか」

 銀朱が息を詰めたのが隣から伝わる。茅羽夜を助けるということが、どういう意味を持つか、いくら政に疎い鈴にもわかっていた。

 鈴は息を吸って、背筋を伸ばし。

「いいえ。茅羽夜には無理です」

 きっぱりとそう言い切った。

「……理由を聞いても?」

「あの方が今陥っている状況を見たら、わかるでしょう? あの方は小娘ひとりのために命を賭けることを、何の躊躇いもなく出来る人ですよ」

 例えば国を左右する決断を迫られた時、鈴に何かあれば、彼はそれを放り出して鈴の元へ駆けつけるだろう。

 ただの人ならば、それは美談として語られるかもしれない。でもそれが誰かの上に立つ者ならば、決して許されるものではない。

「あの人を帝にしたら、絶対臣下や民は苦労します。あまりというか、絶対おすすめしません」

「……ご自分の夫ですわよね?」

「ええ、妻だから言うんです。あの人、本当に政に向いていないんですよ。頭は悪くないですし、体力もあるのでやらせたらそれなりに出来ると思いますけど、根本的に彼は多くのものを持てない人ですから。国を背負ったらすぐにだめになってしまうわ」

「貴女がいてもですか?」

「わたしがいるからです」

 だって鈴自身、そんな茅羽夜が本当に腹立たしいほどに、好きなのだ。

 痛いくらい真っ直ぐに鈴を愛してくれる彼をどうしても嫌いになれないし、突き放すことも、窘めることも出来ない。

 結局のところ、鈴も妃に向いていないのだろう。国の為に目の前の人を見捨てることが出来ないのだから。

「なので斎王様には申し訳ないのですが、あの方はわたしが責任もって引き取らせて頂こうと思います。その方が世のため人のため、ひいては民のためです」

「……な、面白い姫さんだろ?」

 にいっとそれまでずっと黙っていた守千賀が讃良に向かって言うと、忍び笑いをもらしていた讃良は口元にやった掌をどけて「いやはや」と困ったように笑って見せた。

「本当に、参りました。普通、自分の夫が天下に手が伸ばせるとわかったら飛びつきそうなものだがな」

「あら。ここに既に、地位も名声も何もかもを捨てて、たったひとりを選んだ者がいるのに?」

 そう言って守千賀を見れば、彼は讃良と顔を見合わせて吹き出した。


「こりゃ姫さんに一本取られたな」


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