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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
四章 見果てぬ空へ
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 陸を里まで送ってから淋代へ戻ると、既にあたりは真っ暗になっていた。街の提灯には火が灯り、軒下に橙の灯りが連なっていて幻想的で美しい光景だった。絵に描いて、菫青殿に飾りたいくらいだ。

 夜でも人々の往来は意外と多いが、鈴達を見ると皆さっと道を開けてくれるので通行に支障はなかった。鈴としては申し訳ない限りなのだが、宝生からしたらこれは当然のことらしい。

「ただいま戻りました」

 屋敷へ戻ると奥から小鞠が慌てて出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、姫様」

「ただいま。茅羽夜は?」

「あー……お戻りになっては、いるのですが……」

 小鞠にしてはやや歯切れの悪い言い方に、鈴は首を傾げる。もしかして怪我をしたり体調を崩したり、何か悪いことでもあったのだろうか。

「取り敢えず、姫様は湯浴みに致しませんか?外から帰って来てて、冷えているでしょう?ね?」

「え、ええ……でもなら、荷物を置きに部屋に戻らないと」

「わたくしが!わたくしがお持ちしますので姫様は先に湯殿へ!」

「は、え、ちょっとなに?小鞠どうしたの?」

 どう考えても様子がおかしい。鈴はじっとりとした目で小鞠を見るが、彼女は愛らしい笑顔でにこにことしているだけである。

 こうなったら。

「先手必勝!」

「アッ!姫様、廊下を走らないで下さいまし!」

 小鞠の叱責を背中で聞きながら駆け足で部屋まで行くと、中から話し声が聞こえた。縁寿か風早だろうと思ってそのまま扉を開ける。

「茅羽夜、ただい……」

 ま、と全てを言い切る前に、目に飛び込んできた光景に言葉を失ってしまう。卓には覆面を付けたままの茅羽夜と、見知らぬ女が一人いた。彼女は茅羽夜の隣に座りお茶を淹れており、鈴に気付くとにっこりと微笑んだ。

「お初にお目に掛かります、初菫様。わたくし、この度殿下の身の回りのお世話をさせて頂くようになりました、和水と申します」

「あ、ええっと、初めまして」

「妃殿下のお話は、皆さまからもよく聞き及んでおります。民に寄り添って下さる、素晴らしい御方だとか」

「いえ……そんな、大層なことでは」

「慣れない土地で妃殿下も御苦労は多いでしょう、わたくしで宜しければ何でもお申し付け下さい」

 いい人だ。鈴がありがとうとお礼を言うと、彼女は春に咲く花のような笑みを浮かべた。その笑顔のあまりの眩しさに鈴はヴッと目を瞑った。眩しい!

「では、わたくしは膳の用意をして参ります」

「ああ、助かる」

 茅羽夜の言葉に、鈴は更に目を向いた。今思えば茅羽夜が小鞠や刻葉以外の女性と言葉を交わしているところを、鈴は初めて見た。茅羽夜ってちゃんと他人と受け答え出来るんだ……などと失礼な感動を覚える。

(い、いやいや茅羽夜を何だと思ってるのわたし……そりゃ、身の周りの世話してくれる人には声くらいかけるでしょ普通)

 以前逢引に誘われてた時の対応や女性が周りにいなかったのもあって、勝手に女の人を苦手としていると思い込んでいたのだが、言われてみればあれは縁寿からの入れ知恵という名の噂で、彼が自分からそう言ったわけではなかった。

 そもそも鈴とだって初めから普通に会話しているし、人が苦手というだけであって、別段女性が苦手というわけではないのかもしれない。いや、同じことでは? やはり珍しい光景だったのでは。

 困惑している鈴をよそに、彼女が退出して速攻で覆面を外した茅羽夜は中々入ってこない鈴を不思議そうに見つめている。そして暫くして遅れてやってきた小鞠が「遅かった……!」と呻く。その後ろには何事かとついて来た松葉と、彼に襟首を掴まれて引き摺られてきた露草もいた。

「和水さんなら、さっき膳の用意に戻ったわよ」

「やはり出会ってしまわれたのですね……」

「何で出会ったらだめなの?良い人そうだけど。美人だし」

「姫様そうやってすぐ美人に絆される!いけません、ああいう女は油断ならないんですよ!浜木綿が良い例でしょう!」

「浜木綿のこと引きずるわね」

 小鞠の天敵である蝶のような麗しの浜木綿を小鞠はひたすらに毛嫌いしているが、彼女は鈴に対しては割と優しかった。まあ眼中になかっただけとも言える。

「というか、縁兄さんは何処へ行ったのよ。茅羽夜の身の周りの世話って、兄さんの役目だったでしょ」

「縁寿は役場視察の際に近くの診療所に連れてかれて、生薬庫に案内して貰ってから行方がわからない」

「いや行方はわかってるよねそれね」

 北国の珍しい生薬に目が眩んで居座ったのだろう兄の姿が手に取るようにわかる。いいのかそれは。

「まあ、別行動になったのは確かだ。別件もあって、しばらくあちらに寝泊りするらしい」

「ちゃんとお仕事してるわよね……?」

「それは勿論」

「ならいいけど……」

 いやよくはない。和水にも仕事があるだろうに、迷惑を掛けてしまって申し訳ない気持ちで一杯だった。茅羽夜だって自分の身の周りくらい自分で出来るだろうにと思うが、立場上そうもいかない。鈴だって侍女が小鞠一人というのは本来、有り得ない話なのだ。

(でも顔、大丈夫なのかしら……)

 茅羽夜は今も部屋以外では基本的に覆面だ。露草はもう茅羽夜の顔を知っているけれど、そもそも彼が覆面をしているのは先の覇権争いで顔に傷を負っているという設定なのだ。(この設定は鈴もたまに忘れかける)

 実際は左目の鱗状になっている肌を隠す為なので、和水を側に置くことを茅羽夜が了承しているのが意外と言えば意外だった。

(まあ別に、茅羽夜が良いなら良いんだけど)

 そう思いながら鈴は須河で発見したことを報告する。白浬教は清廉潔白な団体ではない可能性があることを伝えると、茅羽夜は眉根を寄せて頷く。

「こちらも十二村家のことを調べてみたが処刑された前当主は元々、海真教の名があがる前から大海神と月神である月黄泉様を祀っていたらしい。これは代々国長の家の者に伝わっているらしいから、当主が突然新興宗教にはまった、というより元々原型はあったのだろう」

 鈴は他の宗教のことを知らないから、どういったものなのかはわからない。教義を共に受けることもあるだろうし、潔斎や修行をする者もあるだろう。

 けれど鈴にとって信仰とは意識に根付くものだと思っている。毎日を生きる上で、心の寄る辺となるもの。それが信仰であるべきだと思う。

 だから先代の十二村の長がどのような心で在ったのか、それを真っ向から否定するのはしたくなかった。けれど。

(今は真実を知る為に集中しなくちゃ)

 茅羽夜の話に意識を戻す。

「奥方は八年前の暴動の際に死亡、彼には二人ほど息子がいたのだが彼らの行方は知れずとなっている」

「息子?」

「ああ。戸籍上ではあるが」

「養子ってこと?」

「そうだ。彼は孤児院の運営を支援していたらしく、その内の二人を自分の息子に育てていたそうだ。十二村夫妻はどうも、子には恵まれなかったようだな」

 当時の海真教の信者であれば海音のことを知っている者もいるかもしれないが、海真教は解散させられ、名乗ることは禁じられた。今となっては闇の中だ。

「その息子さんは生きてる……のかしら。名前とかわからないの?」

「十二村家当主が処刑された際に、戸籍から削られていた。処刑されたのは当主のみと伝えられているが暴動で亡くなった可能性は否定出来ないな」

「そうよね……」

 鈴の溜息はその場にいる全員の総意だった。

 白浬教と海真教。このふたつを繋ぐ確かな証拠が見つかれば、彼らの目的や意思が見えるかもしれない。けれど八年前の抗争が彼らに暗い影を落としているのもまた事実だ。

(陸も大人たちは言いたがらないと言ってたものね)

 でももし、本当にふたつが繋がっているのなら。

(繰り返してはいけない────絶対に)

 葵依のように悲しむ人をもう絶対に、出してはいけない。その為に出来ることをやらなくては。

「明日また、別の里を回ってみるわ。彼らは多分、いくつか龍脈を押さえていると思うの。水源があるところに里というものは出来るものだし、里を巡っていけば何か話を聞けるかもしれない」

「そうだな、それがいいと思う……すまないな、鈴にばかり外回りをさせて」

「気にしないで、どっちかっていうと部屋に篭って調べ物をするよりそっちの方が性に合ってるもの」

 そして茅羽夜は人を訊ねて周るより、そちらの方が性に合っているに違いない。寒がりで人見知りだし。適材適所と言うやつだ。

 そうして今日の報告が一段落する頃、外から声が掛かった。風早が応対している間に、茅羽夜はいつの間にか覆面を装着していた。流石、手慣れている。

「食事の用意が出来たそうです」

「ああ、わかった」

「なら俺たちは戻りますね、明日また迎えに来ます」

「殿下、妃殿下、おやすみなさいませ」

 松葉と露草が下がっていくのと入れ違いに、先程の女性、和水が膳を持って入室する。彼女は美しい所作で膳を置き、目が合うとにこりと微笑まれる。幼少から過ごしてきた小鞠や松葉、縁寿はともかく、この辺りでは鈴と目を合わせてくれる人は少ないので、鈴は嬉しくなって微笑み返す。

「今日は美味しい鱈が手に入ったとかで、庖丁人が張り切っておられましたよ。殿下と妃殿下のお口に合えば良いのですが」

「本当?楽しみだわ」

「妃殿下はいつも綺麗に食べて下さると喜んでおられました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」

「ありがとう、和水さん」

「まあそんな……気安く和水とお呼び下さい。妃殿下」

(なーんだ、良い人じゃない)

 後ろで膳を用意しながら小鞠がそわそわと和水を見ているが、鈴は全くの杞憂に思えた。横目で茅羽夜を見れば、彼は目を閉じたまま微動だにしない。

 露草もだが、こうして人と目を合わせて会話が出来るというのはやはり鈴としては嬉しいものだ。だから和水のことを、鈴はすぐに気に入った。

 

 そして、実際和水はとても働き者であった。

 鈴達が里へ訪問している間、彼女は部屋や寝具を常に清潔に保ち、湯浴みや膳、着替えの準備なども怠らなかった。本当に、いつ寝ているのかわからないほど、彼女はよく働いていた。

 彼女が誰かに仕事を押し付けているのではと疑った小鞠は彼女を一日観察していたそうだが、本当にちゃんと自分の仕事をきちんとこなしていたと後々報告してくれた。本当に素直なのが彼女の長所であり欠点だなとつくづく思った鈴だった。しかし小説の読み過ぎでは?と思わなくもない。

「彼女が働き者なのは認めますが、それでも姫様はあの和水とかいう女に気を許し過ぎです!」

「ええー……そうかなあ?」

「そうです!」

 小鞠は風呂敷を胸に抱えて、ふんと鼻を鳴らす。今日は既に里への訪問を終えて、時間が余ったので、淋代の表通りを小鞠とふたりで散策に出掛けていた。露草も誘ったのだが、読みたい本があるといって断られてしまったのだ。

 街行く人たちは皆、鈴を見るなりさっと道を開けていく。本来なら、鈴はこうして自由に外を出歩ける身分ではないのだが、茅羽夜が特に咎めないので甘えていた。宝生がそれにますます機嫌が悪くなるのは承知の上だ。

「彼女、絶対殿下を狙ってますよ」

「いやいや……そんなまさか」

「いーえ!殿下も姫様もお互いしか見ていないのは側から見ても丸わかりですけど、だからこそ気を付けて頂きたいのです!それに、そろそろそういう恋の好敵手的なのが現れる頃だと前々から思っていたのです」

「小説の読み過ぎでは?」

 小説と言えば、銀朱の本はこの十二国でもたびたび目にしていた。雪国は家に篭ることが多いので、本はよく売れるのだそうだ。

 鈴は大福を人数分包んで貰い、屋敷へ戻る。そろそろ茅羽夜達も帰ってくるだろう。

 与えられている部屋の扉口に立つと、中からは話し声がしていた。茅羽夜は帰宅しているらしい。

「茅羽夜ただい、ま……」

「ああ、お帰り」

「お帰りなさいませ、妃殿下」

 中にいたのは茅羽夜と和水だった。先日も同じような光景を見たな、とぼんやり思う。

「ちょうど良かったです。御饅頭が蒸し上がった所でして、殿下に是非食べて頂きたいと思いお持ち致しましたの。妃殿下も、是非食べて下さいな」

「和水が作ったの?」

「はい。趣味みたいなものでして」

 はにかみながら差し出された皿に盛られた御饅頭は艶々として見るからに美味しそうだった。手に取って食べて見ると、ふっくらとした皮とほくほくとした餡に、思わずほうっと溜息をついた。とても美味しい。働き者で、お菓子も作れて、その上この美貌。非の打ち所がないとはまさにこの事では?と鈴はにこにことしている和水を見た。一家に一人欲しい。鈴なんて未だに、火加減が下手で味噌汁ひとつ作れないのに。

(艶のある濡羽色の髪に、黄色がかった橙の星石、手も白魚のようで……働き者で、気立てもよくて……本当に────)

 はっと考えていたことを振り払って、鈴は美味しいわと笑った。和水は嬉しそうに、お茶を淹れてくれる。鈴は買ってきた大福の包みをそっと後ろに隠した。

(……大福はあとで小鞠と露草と一緒に食べよう……さすがにこの後に大福は食べられないもの)

 飲み込んだ御饅頭は、本当にとても甘くて美味しかったけれど、何故か喉の奥がちくちくと痛かった。

 


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