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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
四章 見果てぬ空へ
71/114

 三日後、鈴はいつもの東宮妃としての唐衣と緋袴ではなく、歩きやすい壺装束を身に纏って、小鞠と松葉と共に東春殿を出た。松葉に案内されて初めて訪れた厩舎に、見覚えのある雪馬を見つけて、鈴はぱあっと顔を輝かせる。

「雪燈!ああ、久しぶりね、わたしのこと覚えてる?」

 真っ白な美しい馬の鼻に手を出すと、雪燈はふんふんと嗅いだ後、鼻先を掌に擦り付けた。覚えていてくれたらしい。

「昔から鈴は動物と仲良くなるのが早いよな」

「山の獣たちもみんな鈴に懐いていましたものね」

 一頻り鈴の匂いを嗅いでいた雪燈に鞍を付けて、鈴は松葉に手伝って貰いながら背に跨った。久し振りの馬上だ。久々過ぎて落ちやしないかどきどきしたが、雪燈は自分に任せろと言わんばかりに丁寧に進んでいく。おかげで鈴はすぐに、あの時の勘を取り戻した。

 城下へ下りる門まで行くと、遠目に別の黒い馬に乗った青年の姿が見えた。

 茅羽夜、と声を掛けようとして、すぐ側の黒馬の綱を引く少年の存在に気が付く。なんとそれは、黒の外套を着込んだ従者の格好をした茅羽夜だった。

(……あ、この人風早さんか!)

 一瞬混乱した鈴だったが、近寄って見ればなんて事はない。馬上にいたのは風早だった。成る程、茅羽夜の顔を知らなければ、確かに気付かなかったかもしれない。

「出立して大丈夫ですか?」

「はい」

 今回の旅は一応公式に、東宮と東宮妃として向かうものだ。しかし茅羽夜の要望で、見送りなどはなく、東宮夫婦の出立としては控えめな旅立ちだった。

 人数も茅羽夜と鈴、護衛として風早と松葉、茅羽夜と鈴の身の回りの世話をする小鞠と縁寿、それから中務省から派遣されてきた露草つゆくさという青年の七人である。刻葉は今回、宮で留守番となった。

 東宮夫婦の護衛と従者としては少な過ぎると思える程だが、茅羽夜も松葉も風早も腕の立つ武人だ。その点については、鈴も然程心配していなかった。

 問題は、いかにも文官といった出立ちの彼、露草だ。

「はじめまして〜中務省少輔、露草と言います」

 鈴に向かって一揖した露草は、ぼんやりとした口調で名乗った。空鷹が長を務める中務省の少輔は、確か奈月彦が科挙を導入した年に十五で首席となり、最年少で少輔にまで登り詰めた天才児だったと記憶しているが。

「……彼が本当に?」

「そう、だと思いますけれど……」

 こっそりと小鞠に訊ねるも、彼女からも煮えきらない返答しか返ってこない。彼は初めの挨拶の後、すぐにぼやっと空を眺めている。本当に大丈夫だろうか。

 しかし露草は農民の出身なため、民の暮らし振りにも理解が深いだろうということで、空鷹が推薦したらしい。

 茅羽夜も九国では武官として仕官しており、鈴や松葉、縁寿や小鞠は言わずもがな、市井の暮らしには慣れている。選ばれた面子の顔を見れば、成る程なと納得するものも多かった。

「では出立致しましょう」

 風早の掛け声に、鈴は驚いた。本当に茅羽夜の声にそっくりだった。実は茅羽夜が腹話術か何かで喋っているのではと思える程だ。

 鈴がびっくりしているのを見て、松葉が「な?」と目配せしてくる。こくこくと頷いて見せると、彼は満足そうに笑った。

 こうして、鈴達は最北端の国、十二国の瑠璃領へ出発したのだった。


 

 東和国の最北端にある十二国、瑠璃領。

 十一国と一国に挟まれたこの国は、一年の半分近くを雪と共に生きる豪雪地帯だ。霜月ともなれば既に雪片が舞い、聳え立つ顎龍山がくりゅうざんは白い冠を戴く。

 顎龍山はその字の如く、神祖のあぎとに当たる部分に出来たとされる霊峰だ。九頭龍山や天龍山、白龍山よりも標高は低く東和三大霊山には数えられていないものの、神祖の牙が山の芯となったと伝えられて、今でも信仰の対象となっている。

 行けるところまでは馬に乗っていた鈴達だが、雪が深くなってくると、徒歩に切り替えざるを得なかった。だが幸運にも、今年の積雪は例年より浅く、十二国の国都である淋代さびしろ近くまでは馬で行けた為、然程苦労することはなかった。

「わあー……!」

 国都のがっしりとした黒門を潜って、鈴は感嘆の声を上げた。淋代の都は以前立ち寄った龍田や帝都程ではないものの、流石に国の中心ともあり活気があった。人の往来もそこそこあり、旅装束の鈴達が紛れてもそこまで注目を集めることは────あった。

(まあそりゃこんだけ顔のいい人間が集まってたらねえ)

 帝都を出てから風早も東宮の装いから従者の格好に着替えており、覆面も外していた。

 野暮ったい丸眼鏡がやや玉に瑕であるが、切れ長の目と知的な雰囲気のある縁寿や、がっしりとした恵まれた体格と愛嬌のある松葉、物静かで自己主張は控えめながらも凛とした印象を受ける風早。愛らしい琥珀の星石を持ち、小柄で可憐な小手鞠の花を思い起こさせる小鞠。茅羽夜が覆面をしていなければ、一体どうなっていたか、考えるのも恐ろしい。

 これだけの美形が質の良い着物と外套を着込んで、毛並みのいい馬を連れて並べば嫌でも目立つというものだ。街の娘たちのきゃあきゃあという声があちこちで上がる。

「いやあ、すごいですね〜道が勝手に開きますよ。歩きやすいですね」

「ほんとにねぇ……」

 鈴は露草と並んで自分たちを取り巻く華やかな一団に息を吐く。そう言う露草も名前の通り夏の空のような丸みを帯びた星石と、少し幼い印象を受ける顔立ちで、決して見た目が悪いわけではないが、彼らに並ぶとややぼんやりとした印象になってしまう。

「でも、意外と人が歩いてるわね」

「今年は雪が少なかったからでしょうね〜」

「これだけの量で少ないになるの……」

 既に鈴の足首くらいまで雪の積もっている街並みを見て、鈴は改めてここが東和の最北端である事実を噛み締める。

 建ち並ぶ建物の大きな三角の屋根は角度が九国で見るものよりもずっと急で、これは雪の重みで家が潰れないよう、落としやすくする為らしい。宿場街の建物は皆高く、三階四階建てが当たり前だった。

「どうしてこんなに建物が高いのかしら」

「雪が一階や二階部分まで積もって、出られなくなることもあるからですよ〜」

「へえー!」

 馬から降りた鈴は露草に目に見えるもの全てを説明して貰う。露草は鈴の「あれは?」「これはなに?」にひとつひとつ丁寧に答えてくれるので、この短い旅路でしっかりと鈴の心を掴んでいた。十九と年齢が近いことも、青年にしては小柄な上に、おっとりとした性格で親しみ易い雰囲気があったのも懐いたひとつだ。

 鈴の困った「知りたがり」にいつも対応しているのは縁寿だが、彼の知識を上回る程に、露草は博識だった。

「どうして露草はそんなのに物知りなの?」

 鈴が素直に感心すると、露草は眠そうな顔で「あ〜」と間延びした声を出す。この青年は褒めても、食べている時も、歩いている時も常に眠そうな顔をしていた。

「僕の叔父が教師だったんです。まあ、貧しかったので学校へは通えなかったんですけど、本だけはたくさんあったのでひたすら覚えて、頭に入れたら売っていってたので、それでですかね」

「じゃあ読んだ本の内容を全部覚えているの?すごい!」

「いや〜覚えざるをえなかっただけなんですけどね、まあそのおかげで、科挙でも取り立てて貰えたので無駄ではなかったとは思いますけど」

「無駄だなんて。わたしと三つしか違わないのに少輔になれたのも、露草がたくさん勉強して、頑張った結果なのね。尊敬するわ」

 露草はきょとんと目を瞬かせて、やがてふっと微笑んだ。

「……ありがとうございます、姫様は褒め上手ですね」

「言っておくけどお世辞じゃないわよ」

「ええ、はい。わかってます〜」

「鈴」

 突然呼び掛けられて、鈴は前を見る。美しい黒い毛並みをした馬、黒桐くろきりを連れた茅羽夜が僅かに覆面を持ち上げて立っていた。寒いからなのか覆面と外套の隙間から覗く鼻の頭は微かに赤く、顔はいつもより顰められていた。

「もうすぐ国長の屋敷に着くから」

「あ、はい!」

 

 十二国の国長の一族、十二村家は事実上、途絶えている。しかし国長の屋敷は残っており、今は一国から派遣された者が管理しているのだ。

 視察の間、鈴たちはその屋敷に滞在することになる。

「ようこそいらっしゃいました」

 一行を出迎えたのは灰色がかった髪を後ろに撫で付けた六十代頃の男性だった。後ろには何人かこの屋敷を取り仕切っているのであろう女中たちの姿もある。

「瑠璃領を任されております、国司代理の高梁たかはしと申します。東宮殿下、並びに東宮妃殿下におかれましては慣れない長旅にさぞお疲れでございましょう。ささやかではございますが、温泉と宴の用意が御座います。まずはごゆるりと、疲れを癒して下さいませ」

「お気遣い、痛み入る」

「さあ、どうぞこちらへ」

 後ろに控えていた女性たちがささっと荷物を預かり、屋敷の敷地内へ足を踏み入れる。

 国長の屋敷はやはり四階建てになっており、白壁と瑠璃色の柱との色合いが陶器の花器のように美しかった。

 どうして柱が青いのだろうと首を捻っていると露草が「瑠璃を砕いて染料にしているんです」とこっそり教えてくれる。さすが瑠璃の名産地だ。

「殿下と妃殿下のお部屋は、四階のお部屋になります」

 当然のように同じ部屋に通されて、荷物が運び込まれる。御簾ではなく、襖で区切られた畳の部屋の真ん中には漆塗りの卓が置かれていて、足元がぽっかりとくり抜かれている。中には火鉢があり、ここに足を下ろして暖を取るようになっているらしい。襖の向こうが、寝室になっていた。

 今は寒いので締め切られているが、障子の向こうにある硝子戸を開けると、柵に囲まれた廂に出ることが出来た。

「すごいお部屋だわ……御簾も几帳もないし、板の間じゃないのね」

「板の間は冷えるからな」

 覆面を取った茅羽夜は疲れの滲む顔で椅子に腰掛ける。鈴が向かいに座ると、小鞠がすかさず、お茶を二人分用意してくれた。

「まずは湯浴みに致しましょう。淋代は温泉地としても有名ですから、薬湯くすりゆなんかもあるそうですよ、さあさあ」

「縁兄さん嬉しそうね」

「薬湯の成分が気になりますので!」

「うん知ってた」

 薬のことになるといつもの冷静さはどこへやら、うきうきと弾ませた顔で小鞠と一緒に着替えを用意してくれる。

 花嫁行列の時にも温泉街には立ち寄ったが、それよりももっと広々とした湯殿に、鈴はびっくりしてついはしゃいでしまい、小鞠に叱られる羽目になった。刻葉がいたら目を三角に吊り上げて延々と小言を述べていたに違いない。

 柚子湯や薬湯を堪能した後、鈴が部屋に戻ると茅羽夜はもうとっくに出ていたらしい。面倒臭がりの権化である彼は、鴉もびっくりするくらいに湯浴みが短い。

「御二方、夕餉の用意が出来て御座います」

「はい、参ります」

 鈴が上がったのを見計らったように、年嵩の女中が呼びに来た。彼女は名を空木うつぎといって、女中頭を務めている古参の女性らしい。

 広間に先に来ていた高梁は、ふたりが入ってくると破顔して立ち上がり、上座へ二人を招いた。

「殿下、妃殿下!ささ、どうぞこちらへ。湯加減は如何でしたかな」

「……ああ」

 それに対しての、茅羽夜の一言。気まずい沈黙が鈴に刺さる。

「あ、あの!湯加減、ちょうど良かったです。柚子湯もいい香りで、癒されました」

「そうでしたか、それは良かったです。さ、夕餉をどうぞ。何分、痩せた土地ですのであまり豪勢なお持てなしも出来ないのですが……」

「いいえ、そんな。このお魚の活け造りなんて、すごく美味しそうです。ねぇ、殿下」

「そうだな」

(は、弾まない〜〜〜!)

 強張る茅羽夜の顔は明かに見知らぬ人への警戒心と緊張があった。つまり、人見知りしているのだ。ここは鈴が何とかするしかない、と意気込んでいたところに、襖がからりと開いた。

「失礼します」

「おお、縁寿殿も戻られましたかな。良ければこちらへ」

「ご相伴に与らせて頂いても宜しいでしょうか」

「ええ勿論。九条家の方とは、浅からぬ縁も御座いますゆえ」

「それでは失礼して、どうぞ一献」

 にこやかに高梁の隣に座り、酒器を手に取る縁寿の手際に鈴は目を剥いた。流石、接待慣れている……!

 今更ながらに、縁寿がこの旅路に同行する理由のひとつを理解した気がした。

「今年は積雪が緩やかとお聞きしましたが、民の暮らしぶりはどうですか?」

「いやはや、毎年のことながら厳しいですな。瑠璃の採掘と銀細工、あとは漁で何とかやっていますが、何しろ育つものがありませんで」

「ですが十二国の瑠璃は質も良く、十二国の瑠璃を使った簪を贈られるか否かで妓女の価値が跳ね上がるという話も聞きます」

「ええ、まあ、有難い話でございます」

「そう言えば最近、一国や三国から天候が安定しないと報告を受けていますがこちらはどうでしょうか」

「そのことですがね」

 茶碗を置いて、茅羽夜も縁寿と高梁の話に耳を傾ける。耳を向けながらも、鈴が蟹の甲羅に苦戦していると、傍に控えていた小鞠が丁寧に剥いてくれた。小声でお礼を言う。

「うちは一国と同じく、今年は空梅雨でして。おまけに初雪の観測も随分例年より遅かったんですわ」

「そうなると越冬野菜は雪の下に埋められず、土が凍るばかりですね」

「そうなんですわ!それに雪が降らんと、来年の水田の水不足も心配で。とくに今年が空梅雨だったもので、いくつか泉も枯れてしまって……」

「それは……今年は何とかなっても、来年が厳しくなっていきますね」

 うんうんと頷く高梁の器に酒を注ぎながら、縁寿は相槌を打って、話を進めている。素直にすごいと思う。縁寿は昔から頭が良かったけれど、医学や薬学ばかり特化していたので農業にも明るいとは知らなかった。越冬野菜って何だろう。後で露草に聞こう。

 高梁は縁寿が話せる相手だと理解したらしく、酒が進んでいたのもあって随分気前よく話してくれた。時折鈴も特産の瑠璃の加工品などの話に混ざりながら、和やかに宴が進んでいく。

「ところで、高梁殿は白浬教という宗教をご存じですか」

 縁寿がそう切り出したのは、もう食事も殆ど終えた頃だ。随分と出来上がっていた高梁は赤く潤んだ目で「白浬教……ですか」と首を傾げる。

「ああ、一国の国境あたりで流行ってると聞くあれですか?大海神を祀っているという」

「それです。占いがよく当たるという噂を聞いた妻が興味があるようでして」

「それなら、女中の中にも確か信者さんがおったはずですので、話を聞いてみると良いでしょう。ええっと、誰だったかね、あれは」

「膳司の和水なごみだったかと」

 側で給仕をしていた空木が答える。この女性はどこか刻葉に似た雰囲気があり、どこか身構えてしまう。

「今お呼び致しましょうか」

「いえ、それには及びません。またこちらからお訪ね致しますので。それに殿下も妃殿下もお疲れのようなので、今晩はこれくらいでご容赦頂けたら……」

「おお、もうそんな時間か」

 顔を赤くした高梁は茅羽夜と鈴の座る方を見る。酔っ払いの顔をした彼はやや薄くなった額をぺちぺちと叩いて笑う。陽気な人だ。

「長旅でお疲れのところ、長々と引き留めてしまって」

「いいえ、とても勉強になりましたわ。また是非、ご教授下さいませ。では」

 扇で口元を隠しながらにっこりと微笑んで、鈴は茅羽夜と連れ立って席を立った。小鞠と縁寿がそれに続き、部屋に帰ったところでどっと疲れが出て座り込む。

「お疲れでございました」

「ううん、わたしは何もしてないし……縁兄さんに任せっぱなしでごめんね」

「いえいえ、この為に付いてきてますから」

 やっぱりそうらしい。対人になると、茅羽夜は途端に使い物にならなくなることを、よく知っているようだ。

 当の本人、茅羽夜は殆ど宴では話していなかったのに、ぐったりと椅子の背にもたれ掛かっている。宴の間一度も外すことのなかった覆面を取って、ようやく落ち着いたらしい。

「もう寝よっか?」

「ああ……」

「寝間着はこちらに用意してございます。手伝いますか?」

「わたしは自分でやるわ。茅羽夜も手伝いがいるならわたしやるけど」

「いやいい。自分でやる」

「そういうわけだから、小鞠も縁兄さんも、もう休んで。そういえば、松兄さんと風早さんたちは?」

「あの二人は交代で寝ずの番です。ではお言葉に甘えて今日は下がりますが明日は里の方へ視察に行きますので、そのおつもりで」

「はあい」

 おやすみなさいませ、とふたりが襖をぱたんと閉める。板の間でなく、畳の敷かれた部屋の奥に置かれた唐櫃から寝衣を探す。鈴の分と、それから茅羽夜の分だ。

 隣の部屋には既に布団が敷かれており、まあ、当然であるが、布団は一組だけだった。

「鈴はそっちで着替えるといい。俺は後でいいから」

「えっと、じゃあお先に」

 寝室の方で手早く寝間着に着替える。燭台の橙の火がゆらゆらと揺れているのを見ると、何だかほっとする。

「茅羽夜〜着替え終わったよ……って」

 着替え交代の為に戻ってくると、茅羽夜は椅子で腕を組んだまま、うつらうつらと船を漕いでいた。慣れない雪道と寒さで、相当疲れていたのだろう。

 いつもならそのまま寝かせてあげるところだが、こんな所で寝てしまっては確実に風邪を引く。

 せめて布団に引っ張り込めたらいいのだが、彼は細身に見えて意外としっかり筋肉が付いており、背丈もあるのでかなり重いのだ。

「茅羽夜、起きて〜風邪引くよ〜」

「んん……」

「うーん……松兄さんか風早さん呼んでくるべきかな」

 体格からして縁寿と露草は無理だろう。いや、しかしわざわざ呼び立てるのも申し訳ないし、やはりここは何とか起きてもらって、着替えて貰うしかない。

「起きて、ちーはーやー!起きてってば、もう!いや本当に起きないわね、この人ったら……」

 寝が浅いくせにと唇を尖らせるが、そう言えば最近、彼は夢に魘されることがなくなってきたように思う。大体鈴と寝ているからだろうか。少しでも役に立っているのなら良いのだけれど。

 抓ったりぺちぺちと叩いてみても起きやしない茅羽夜に疲れて、鈴は隣に座る。夜着をこちらに引き摺って来た方がいいのでは?とすら思い始めた。何しろ鈴も疲労が溜まっていたのだ。

 茅羽夜の肩に頭を乗せると、柔らかい髪が頰に触れる。疲労と安堵が合わさってしまうと、ダメだと思いながらも、襲い掛かるそれに抗えなかった。

 ぱち、という小さな炭が爆ぜる音を遠くに聞きながら、鈴は眠りに落ちた。


 


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