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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
三章 金の星が瞬く朝に
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 鈴に呼ばれて菫青殿を訪れた銀朱と葵依は 真ん中にちょこんと置かれた小箱を前に呆れたような顔をした。

 正確に言うと呆れた顔をしているのは銀朱だけで、葵依は少し心配そうな表情を浮かべているだけだ。

「初菫様って、本当に変なことを押し付けられるお人ですわね」

「銀朱様がそれを言います?」

 人を勝手に性別変換して小説に登場させた銀朱が言えた台詞ではない。というのを言外に匂わせて言うと、銀朱はこほんとひとつ咳払いすると、小箱を手に取って見る。

「流石に、わたくしもこれがどなたの物であるかまではわかりませんわよ」

「そこまでは期待していませんが……こう、特徴とか、どういった場所で作られたものだとかはわかりますか?」

「そうですわね……ですが見た感じ、九宮様に関係のある方のものでは?」

「えっ?」

「ではまずお聞きしますけれど、漆塗(うるしぬ)りと蒔絵(まきえ)の発祥の地をご存知?」

 知らないと鈴は首を振った。返ってきたのは銀朱お得意な「そんなことも知らないんですか?」という表情だ。

「九国が発祥なんですよ、蒔絵も漆塗りも」

 葵依が答えると銀朱は満足げに頷く。

「その通りですわ。特にこの夜光貝(やこうがい)を紋様に切り透かしたものを埋め込んだりする螺鈿(らでん)は九国由来の技法なのです。勿論六国にも腕のいい職人はおりますけれど、これほど見事な螺鈿が使われているものは、九国の職人が手懸けたものでしょう」

「そういうことまでわかるんですか?」

「当然です。わたくしを誰だと思ってらっしゃるの?此処をご覧なさい」

 丁寧に磨かれた桜貝の指先を見ると、小箱の表面に金の薄板を定着させた花が品よく描かれている。大輪の菊と、桔梗、それから紋様に紛れて小さな菫があった。

「菊と桔梗は九国の国花ですのでわかりますが、その中に春の花である菫があるのが重要なのです」

「……あっ()()殿()だから?」

「ええ、その通りですわ」

 九宮、菫青殿。九国で採れる菫青石から取られたこの宮の名前だった。鈴の星石でもある菫青石はその名の通りにやや青みがかった菫色をしているが、角度によって色を変える。それ故に研磨と切り出しの難しい石だった。

 秋の花である菊や桔梗が彫られていても、別段おかしくはないけれどそこに菫が加わるとなると、別の意味が浮かんでくる。

「一目見ても、これが緻密で繊細な技法で作られたものだとわかります。そこらへんにいる下男下女のものではないでしょうね、それなりに身分ある方のものかと思います」

「中の御手玉も見せて頂きましたが、使われている縮緬(ちりめん)も染物も高級品だと思います。良い色出てますね、どこの布かしら」

 流石染物大国である七国の姫だ。鈴には染物の善し悪しはさっぱりわからないが、葵依が言うくらいだからそうなのだろう。

「それに、触った感じ中に入っているのは小豆ではなく水晶ではないでしょうか」

「水晶⁉︎」

「はい。開けてないので確かなことは言えませんけれど……」

「そういえばどこかの地域では子供の魔除に、御手玉に水晶を入れる風習もあったわね。どこだったかしら、忘れてしまいましたわ」

 途端にぽんぽん投げていた昨日を思い出す。あれから御手玉をしたことがないという茅羽夜のために、いろんな技を披露してみせたのだ。中身がわかっていたらもっと丁寧に扱ったというのに。

 いや、これから持ち主へ渡さなければならないものなので、そこまで粗末に使ったわけではないのだが。

「そっちの御弾きや硝子玉も、ひょっとして良いものだったりします?」

「そうですわねぇ。こちらは普通の硝子玉だと思いますけれど」

「あ、でもこっちのは蜻蛉玉ですよ。とても綺麗ですね、根付にしたらきっと素敵でしょう」

「あら本当。それにこれにも菫が描かれているわ」

 葵依から手渡された蜻蛉玉を透かして見ると、確かに表面に菫が描かれている。この箱の持ち主は相当菫が好きなようだ。

 初菫という名を持つ、ちょうど菫が咲く頃に生まれたらしい鈴としては何だか親近感を覚えた。

 生まれたらしいというのは、鈴が置き去りにされた時の大きさや髪の生え具合から推定されたものなので、確かなものではない。でも何となく、自分は菫が咲き出す春先に生まれたのだろうと漠然と思っていた。だから花の中で、鈴は菫が一等好きだった。

「ではやはり、九宮に関係のある方でしょうか?」

「九国の方がどなたかに贈った箱という線もありますし断定は出来ませんけど」

「でもここまで九国に関連する花々や技法を駆使した小箱ですと、無関係とは言いにくいですよね」

 佐草は渡す相手は鈴が直接手渡せる相手であると言っていた。なら、上は精々先帝の代くらいだろう。それより遡ると生きているかどうか怪しい。

 これは先代から今代にかけて、九国に縁のある者に片っ端から話を聞いていくしかないのだろうか。

「そういえば、先代には九国から嫁いだ妃が居られましたよね?」

 たしか、縁寿がそう言っていた筈だ。九条家の姫が先代に輿入れしていた、と。彼女が咎を犯し、その責任を取って先代の九条家当主は国長を罷免させられたのだとも。

 そう訊ねるも、銀朱たちの表情はあまり思わしくなかった。ふたりは眉根を寄せて、声を潜めて言った。

「先代の九宮様については、どうも禁句になっているようなのです」

「……それはやっぱり、罪を犯したからですか?」

「ええ。わたくしも詳しい事までは知らないのですが……彼女についての箝口令は当時からかなり厳しくされていたらしいです。とくに白桂の御方が、名を口にした下女にその場で暇を出したという話もありますわ」

「真陽瑠の御方が?」

 あの無邪気で人当たりのいい真陽瑠がそこまでする程とは、想像も出来ない。相当重い罪咎を犯したのだろうか。けれど、彼女は処刑ではなく病死だと聞いたが。

「その辺はわたくしにもわからないのです。病死だと言う者もいれば、いや首を刎ねられたという者もいて……」

「前からいた玉椿様や真陽瑠の御方様なら、何かご存知かもしれませんが」

「宮様にお話をお聞きになるのは、得策とは言えませんね」

 先程の話を聞く限り、真陽瑠に訊ねることはまず無理だろう。機嫌を損ねてしまう可能性の方が高い。となると、候補はひとつしかない。

「お義父様に聞くしかありませんわね」

「ですが今、中務卿はお忙しいのではなくて?先月、科挙(かきょ)があったばかりですもの」

 文官の昇給と登用試験だ。科挙は三月と九月に行われるのが通例である。文官の人事については式部省が担当しているが、それに伴い中務省の人員も異動があったり増員があったりするので長官である空鷹は大忙しだろう。

 更に言えば、今は神在月で国長が一堂に宮中へ集まっている。彼は国長と兼任しているので、そちらの会議にも出ねばならない。ちゃんと寝ているだろうか。夏頃に忙しいすぎて酷い顔をしていた茅羽夜を思い浮かべて、義父の体調が心配になってくる。彼の場合は元々寝が浅い上に、龍の血のせいでもあったのだが。

「あまり負担にはなりたくないけれど……一応、文を出しておくわ。他に頼れる人もいないし」

「それがよろしいわね」

「御二方とも今日は有難う御座いました。助かりました」

「いいのよ、気にしないで下さいな」

「そうよ。初菫様には荷が重くとも、わたくしにはどうってことありませんもの」

「あら銀朱様、あそこに何か走り書きの紙が落ちて……」

「ど、どどどこに⁉︎」

「まあ。すみません、わたくしの見間違いでしたわ」

 ほほほと笑うと銀朱にじろりと睨め付けられたが、鈴は浮き沈みの激しい情緒不安定な執筆中の銀朱を新見と共に励ましてきたのだ。今更怖くも何ともない。

 しかし葵依は銀朱が今をときめく作家、葉牡丹であることを知らないので、きょとんとした顔で二人を見ていた。




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