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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
三章 金の星が瞬く朝に
52/114

 さざなみの音が近い。磯の匂いが混じった風を受けながら、青年は朱塗りの扉を潜った。ひとたび扉を閉めると一切の音が遮断され、静謐に守られた空間に陶器で出来た鐘鈴だけがしゃらしゃらと鳴っている。嗅ぎなれた木と、花の香りがふわりと鼻腔を擽る。

 廻廊を進んで奥の部屋の中に入ると、既に幾つかの人影があった。そのうちの一つが身動ぎして、青年をみとめる。

「来たか」

「お呼びでしょうか、長」

 長と呼ばれた男はゆっくりと深い皺の刻まれた顔を上げ、青年は部屋の奥に目を向けた。毛氈の敷かれた部屋の奥には薄絹と織物が天井から下げられていて、その中に一人の少女がいたのに気付いて、珍しいなと思った。

 その隣には幾つとも知れぬ様子など微塵も感じさせぬ老爺が鎮座しており、反対にはひどく美しい男が足を崩した状態で、ひらひらとこちらへ手を振っている。それを無視して、青年は少女の前にあった座布団へ腰を下ろした。

「そなたを呼んだのは他でもない、皇の御子についてだ」

 そうだろうな、と頷く。この場に、この少女がいる理由がそれ以外に思い付かない。

「何かわかりましたか」

「ああ。かの御子は、普通の星の定めに生まれた御子ではないかもしれん」

「どういうことですか?」

「どうも血が濃過ぎるみたいなんだよね」

 少女の向かって右隣にいた瑠璃色の瞳を持つ青年が言った。彼は少女の前でも、誰に対しても別段畏った言葉も態度も取らない。

「血の濃さなら、先代も相当なものでしたが」

「ああ、焔帝えんていね」

 先代のおくりなだ。全てを焼き尽くす荒れ狂う焔のように、悪政を敷いたことが由来だろう。

 焔帝も血の濃さは歴代の帝の中ではかなり濃く、強かった。()()()()()()()()()

 しかし、その為先代の息子である彼の血が濃いのは、突筆するようなことでもないと思うが。そう問うと、長は月日を感じさせる厚みのある声でいいや、と言う。

「皇の血は随分薄まっていた。それなのに、生まれた末御の血が濃過ぎる」

「それが……」

「────星の定めが歪められている」

 一体なんだと、と青年が口にする前に、ふと澄んだ声が響いた。薄絹の向こうにいた少女は長い睫毛に縁取られた瞳をゆっくりと起こし、夢心地に呟く。

「かの星は厚い雲に覆われて、何度やっても、辿り着けない……嵐の中心に彼はいる。生まれた時から、ずっと。この雲を払わぬ限り、我々の悲願が果たされることはない」

「どういう意味ですか、巫女様」

 名も知らぬ花の縫い込まれた白い襦裙じゅくんを身に纏った少女は、そのままうっそりとした視線を青年に投げる。二輪に結われた()()の髪には珊瑚の飾りと、木香薔薇の花簪が飾ってあった。歳は十二、三やそこらだが、部屋に響く声音は幼子のようにも老成しきったようにも聞こえた。

 その眼に宿る星の色は、輝く明星。

「まほろばには、我らの知らぬ闇がある」

「正直言ってキナ臭いよねえ。まほろばなんて良く言ったものだよ」

 重苦しい空気に似合わない明るい声に長がじろりと睨むが彼は一向に気にした様子もなく、翳をゆらゆらと揺らしている。珊瑚色のそれは色合いからして、恐らく巫女のものだろうが、彼女は彼の好きにさせていた。そうやって巫女が甘やかすからこの男が調子に乗るのでは、というのは既に長から散々言われているだろう。

「そなたには、かの御子について調べて貰いたい。彼だけが何故、ああも神祖に近いのか。まほろばの陰にあるものを」

「承知致しました」

「僕も行けたら良かったんだけどねえ」

「お前は既に、顔が知られておる。迂闊に動くでない」

「って言われちゃったもんで。いやあ、姫宮にちょっかいかけるんじゃなかったな。鴉にも突かれるし、謹慎は喰らっちゃうし、散々だよ」

 姫宮という言葉に、青年の視線が鋭くなる。

「うわ、顔怖!」

「口は禍の元という諺を知らないのか、三光さんこう

「その禍から生まれてきてるもので」

「ほんに口の減らん餓鬼だな、お前は。すまないが、頼めるか、青幡」

 長に言われ、青年────青幡は頷く。

「はい───神祖の御心のままに」

 海の静寂しじまに眠る瞳が、頭を垂れる彼を見ていた。


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