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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
二章 まどいの星々
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 翌日、鈴は朝食を食べ終わった後に小鞠を伴って菫青殿を出た。皐月の朝に吹く風は気持ちがよく、清々しい気持ちにさせてくれるが、この清涼感を感じる理由は別にあると鈴は気が付いていた。

「……姫様、本気ですか?」

「当然よ。昨日も話したでしょ。御方様の命なのよ、これは」

 腰に手を当てて胸を逸らして見せる鈴は、東宮妃の装いではなく白の単に袴、藍色の帯に菫青殿の証である菫色の組紐を下げただけの下級女官の装いだった。髪も紐で一つに括っただけで、簪も何も挿していない。いつも寝る時以外は馬鹿みたいに着込んでいただけに、体が軽くて仕方がなく飛び跳ねたい衝動を何とか抑えていた。

 おまけに真陽瑠の命という言葉を盾に刻葉から暫く座学を休学する旨を伝え、こうして小鞠を伴って出てきわけである。二重に枷が取れて、人目がなければ全身全霊で喜びを表現したいくらいだ。自由って素晴らしい。

「刻葉様の顔、凄かったですね」

「……やめて思い出さないようにしてたのに」

 小鞠の侍女衣装を借りた際、ちょうど出会した刻葉の顔が正直頭から離れない。恐らく今晩の夢に出る。寝る時にあの根付を握って寝ようと心に誓った鈴だった。

「でもどうしてそのお姿で?葵依の方様とは先日お会いしたばかりですし、見舞いにと言う口実でお訪ねすれば良かったのでは」

「わたしの顔を知ってるのはまだ七宮様とお付の方のお二人だけだもの。他の方々にも顔がバレる前に聞かなきゃ裏話とか教えて貰えないでしょう、色々と。こういうのはまず、侍女から情報を集めるのがいろはのいだって書いてあったし!」

「姫様、もしかして最近流行りの謎解き小説でも読まれました?さてはわたくしの蔵書を漁りましたね?」

 自由に浮かれ過ぎて要らぬ事まで喋ってしまった。口笛を吹きながら明後日の方を見る。意外でもなんでもないが、小鞠の好む小説は王道の恋愛小説が多く、主人公のお相手は大抵人懐っこい、ちょっと野性味のある男性ばかりだった。何てわかりやすい嗜好だ。

 七宮は鈴の住んでいる菫青殿から見て北奥にある。造りは殆ど菫青殿と変わらないが、紅玉殿の名に相応しく、柱の飾りや立て掛けられた唐衣にも紅色が散りばめられていた。宮の周りを背の高い紫陽花で囲っており、もう少しすれば美しい花浅葱や赤紫の色で一帯を埋め尽くして、それは見事だろうなと思った。

 鈴たちが下女が出入りする端の建物の出入り口の方へ向かうと、ちょうど一人、藍の袴を履いた同い年くらいの少女が桶を片手に歩いてくる所だった。

 少女はこちらに気が付くと「あら」と目を丸めた。

「小鞠じゃない。どうしたの?そっちの子は?」

「こんにちは青梅(おうめ)。こっちは鈴っていって、同じ菫青殿の子なの。この子が聞きたいことがあるらしくて、今時間いい?」

「ちょっとくらいならいいけど……」

 ちらりと鈴を見て、青梅は頷いた。一瞬ばれたかと冷や冷やしたが、青梅は鈴が「星鴉について聞きたくて」と切り出すと口の端を上げて見せた。

「ああ、あれね。あなたみたいな子、最近多いのよね。うちの子が市井から持ち込んだものだから」

「具体的に、どうやって占うものなの?」

「これよ」

 青梅は帯に下げていた根付を手に取って、鈴たちの前に翳して見せる。なんの変哲もない瑠璃色の雫型をした石だが、石の表面には小さな星屑みたいな粒が混じっており、光に当てるときらきらと輝いた。

「寝る前にこれに血を垂らして、握って聞きたい事を思い浮かべるのよ。それでそのまま寝ると、夢の中で星鴉様が答えてくれるの」

「血!?」

 若干引いた声で言う小鞠に、青梅はからからと笑う。小鞠はやり方までは知らないらしかった。

 しかし血を使うとなるともしかして、鈴の術に近いのだろうか。

「血っていってもそんな大量じゃないよ、針でちょこっとひとさしってくらいでいいんだから」

 笑う青梅に小鞠はまだ引きつった顔をしていたが、それくらいなら、まあ……と頷いた。彼女は血がとにかく苦手なのだ。毎月死にそうな顔をしている。

「星鴉は本当に何でも答えてくれるの?」

「そうよ、星鴉っていうか、渡り部さんが」

「わたりべさん?」

 鸚鵡返しに聞くと隣にいた小鞠が「街で流行りの占い師よ」と答えてくれた。流石の情報通。その辺は抜かりないらしい。

 どうやらその占い師が、この星鴉の夢占いを広めている張本人であり、噂の「すごい美青年」なのだろう。七宮が懸想している(かもしれない)相手だ。その渡り部さんが、先程の石を配っているらしい。

「でも渡り部さんが現れることもあれば、星鴉のまま答えてくれたって言う子もいるし、恋しい人の事を聞いた子は、その恋しい人の姿になるとかっていう噂もあるよ」

「人それぞれ現れる姿が違うってこと?」

「さあ。わたしの時は、渡り部さんだったけど」

「どんな人だった?」

「やっぱり気になるのはそこよね」

 フフフと意味ありげに笑みをもらして、青梅は鈴の方へ顔を近付ける。

「すっっごい美形だったよ。目元に黒子があって、瑠璃色の瞳も綺麗で。睫毛も長くて、儚げで、すごく神秘的な感じなの。龍神様の御使いっていう噂もあるくらい。なに?あなたも渡り部さん目当て?」

「違うわよ、この子、ちゃんと相手がいるもの」

「小鞠!」

 慌てる鈴をよそに、青梅はにやりと目を細めた。年頃の少女というものは他人の恋の話に敏感だ。それもこうも囲われた場所では、手軽で身近な刺激のある話なのだろう。

 宮勤めの少女達の中には一生をここで終える者と、数年お勤めをして礼儀作法を学んだ後、家に戻って嫁ぐ者とわかれる。

 前者は貧しいながらも器量を買われて売られてきた娘や商家の娘で、後者の多くは良家の令嬢達である。どうやら青梅は前者だったらしい。

「へえそうなの?なら、お勤めが終わったら結婚するんだ。いいなあ。わたしは一生宮勤めだもん」

 もうしてます。なんて口が裂けても言えない鈴と小鞠は曖昧に笑ってやり過ごした。

「ねえ、そういえば、七宮様のお身体はどう?先日うちの姫様が六宮様の所の茶会に同席なさってたのだけれど、具合が悪くて中座されたじゃない?」

 小鞠が然りげ無く、そう切り出したのを聞いて鈴は見えない所で親指を立てた。あとで何か甘味を分けてあげよう。鈴は身を乗り出して追撃にかかった。

「そうそう、それでわたし達、それとなく様子を見てきてって頼まれて、星鴉はそのついで……った訳でもないんだけど。うちの姫様がお見舞いに行っても、まだ悪そうであればご遠慮した方がいいかしらって」

「そうなの?九宮様って、あの東宮様に輿入れした九条の姫様よね。入内を終えてもずっと宮に引きこもってるって聞いてたけど。わたしはまだお目に掛かったことがないから、どういう方なのか全然わからないのよね。小鞠もあまり教えてくれないし」

「……」

「……」

 こういう方です。言えないけど。

 鈴と小鞠は互いに視線を交わして、そっと余計なことは言わないようにしようと頷き合った。

 しかし茅羽夜もだが、どうやら鈴の方も引きこもりの妃として名が通っているらしい。実際はまともな作法を身に付けるまで刻葉から出して貰えなかっただけなのだが、すっかり周囲からは引きこもりの東宮夫婦という事になっていた。不本意だ。

「でも、そうね……ちょっと暫くお見舞いは控えて下さると嬉しいって伝えてくれるかしら。心苦しいのだけれど」

「そんなに悪いの?」

「ううん……悪いっていうか……」

 きょろきょろと周囲を見回して、青梅はそばに誰もいない事を確認してから紫陽花の影に鈴達を連れて行った。背の高い紫陽花の木々に身を寄せると、向こうからでは三人の姿は見えなくなる。

 青梅はぐっと鈴達に顔を近付けて、潜めた声で話す。

「七宮様、この所ずっと様子がおかしいのよ。ずっと誰もいない所を見ながらぶつぶつ話しかけてるし、一日の半分近くを寝て過ごしてらっしゃるの。でも、それだけ寝てるのに疲れた顔してるし……ずっと寝てるから、ご飯もあまり食べられないし」

 先日の茶会は、奇跡的に彼女が起きていた時間帯らしい。気分転換にと侍女のひとりに連れ出されたも結果があれだ。そしてその直後からどうもまたころりと寝てしまったらしい。

 今朝は起きているらしいが、いつもならそろそろまた眠りにつく頃合いなのだと青梅は言った。勿論、内薬司にも相談したのだが、特別悪い所は見当たらなかったそうだ。

(誰もいない所を見ながら、話しかけてる……?)

 ふと浮かんだのは、人ならざる直衣姿の男だ。

「ねえ、本当に、これは不躾な事だと承知して聞くけれど……七宮様には、亡くなった恋しい相手がいたりした?」

 そう問い掛けると青梅は然程驚いた様子もなく「ああ」と頷いた。あまりにもあっさり言うので、鈴も小鞠もびっくりしてしまった。

「そんなに驚く事?七宮様が、今の陛下でなく、別の皇子様の許嫁だったことは割と有名だったと思ったけれど」

「そうなの!?」

 はっと口を押さえる。幸い、宮の端にある裏庭には誰もおらず、鈴達を咎める者はなかった。

 聞けば初め七宮の許嫁となっていたのは、先代と側室との皇子で、今上帝からしたら異母弟になる皇子の一人だったらしい。

先代は子が多く、それ故に崩御した際の権力争いが悪化したのだが、七星家が擁立した皇子は今上帝が即位する二年前に亡くなったそうだ。今上帝の御代が今年で六年だから、今から八年前の事だ。実際、病なのか暗殺なのかは鈴達の預かり知る所ではない。

 亡くなったのは彼が十八の時で、葵依は十になったばかりだったという。ちょうど、皇子が亡くなった年に、葵依もなったということか。

「元々、政略結婚だったけど……皇子様と姫様は幼馴染で、まるで御兄妹のようにお育ちになったと聞いた事があるわ。そう思うと、今上帝への入内は酷い話よね……」

 確かに、例え二人に愛はなくとも、彼の死因が病であったとしても兄妹のように育った許嫁の政敵であった今上帝に嫁ぐのは、あまり心から喜べる状況ではなさそうだ。

 しかし、それならばやはり、あの男はそのかつての許嫁である皇子様ではないだろうか。

 直衣というのは皇家の男子が身に纏う事を許される衣だ。模様までは見えなかったので思い出せないが、帝、東宮、それ以下の親王では柄が違ってくる。年頃も、言われてみれば十代後半ごろに見えた。

(彼は、恨んでいるのかしら……)

 政敵に嫁いだ許嫁を。だからこそ、ああやって彼女に憑いているのだろうか。彼女も、皇子の姿が見えているのか。

(彼女の不調が彼によるものなのかしら……それとも、もしかして、例の星鴉を媒体に?)

 血と石を使った占い。渡り部。星鴉。七宮に憑いている皇子。

 まだそれらは星のように散らばっていて、うまく繋げられない。

 鈴は青梅にお礼を言って、昨日真陽瑠に貰った金平糖を分けてやるととても喜んで、代わりにさっきの雫型の石を譲ってくれた。

「わたしはもう聞きたい事を聞いたから、あなたに譲ってあげる」

 そう言って、仕事に戻って行った。鈴は石をしまって、顔見知りに見つからないようにさっさと七宮の敷地を出たのだった。しかし七宮の紫陽花の生垣を出てすぐの所で「あら」という聞き覚えのある声が鈴を呼び止めた。

 まずい、と思った時には既に遅く。

「まあ初菫の方、一体そちらで何をしてらっしゃるの?」

「……六宮様……」

 六宮、銀朱の方が侍女を引き連れて歩いてくる所だった。銀朱は鈴の格好を上から下まで眺めて、ふ、と鼻で笑う。

「どうも、九宮は変わった遊びが流行ってらっしゃるようで」

「高貴な生まれである我々にはとても考えの及ばない遊びですわねぇ」

「あら本当に」

「斬新でいらっしゃる」

 くすくすと笑いが伝染していくのを鈴は俯いて噛み付きそうになるのを堪えた。今ここで騒ぎを起こすのは得策ではなかった。鈴が言い訳をすれば真陽瑠の名前に届いてしまうかもしれないし、そうなっては鈴が動いている意味がない。

 暫く鈴を笑っていた銀朱達だったが、鈴が黙っているのを見て興が醒めたのかあっさりと身を翻して通り過ぎていった。

 彼女が前を過ぎた際、ふわりと香ったそれに鈴は視線をあげる。先日訪れた銀朱の部屋は深みのある伽羅を主とした香を焚いており、自分で調合したものだと得意げに語っていた。彼女は伽羅や沈香を好むと言っていったのに、しかし今通りすがりに彼女から香ったのは、全然違うものだ。それも彼女が好みそうな華やかなものでもない。

「それにあっちって……」

 銀朱が進んで行った方向は、七宮しかない。六つあるうちの北端で、その向こうにも彼女が用がありそうな建物はなかった。

「どうかしましたか?」

「ああ、ううん。何でもない」

「それならよう御座いました。しかし、何ですか、あの姫君達は!先日も思いましたけど、高慢ちきで押し付けがましくて!隣里にいた浜木綿を思い出しますわ、あの女には散々嫌がらせされましたもの」

「あー……」

 浜木綿は隣の里にいた小鞠の天敵だった。彼女も大概恋多き女で、そして何故か大抵、小鞠と好いた男が被るのだ。故にいつも二人が会えば喧嘩が絶えず、互いに歪みあっていたのだった。小鞠が可憐な花なら浜木綿は蝶のような女である。

 嫌な事を思い出したと憤然する小鞠を宥めながら、鈴達は足早に菫青殿へ滑り込んだ。そのやり取りがまるで里にいた頃のようで、調子がいいとは思いつつ、里にいた頃のような小鞠が見れて、ちょっとくらい六宮に感謝したくなった鈴なのだった。

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