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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
一章・東の龍と西の娘
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十四

 すぐに支度をして、朝餉を握りにして包んでもらい、鈴達は馬を一頭買って、花巻が乗って来た馬と二頭で花嫁行列が泊まったという宿場町まで走った。早朝から走り続けて昼前にようやく辿り着いたのは、龍田より規模は小さいものの、それなりに大きな街だった。大きい街というのは、人の行き来が多い分、怪しい者が出入りしていても、あまり目に止まらないのだと鈴は初めて気が付いた。

 小鞠達が泊まっていたという宿屋のそばまで行くと、焼け焦げた匂いがひどく鼻を付くので、袖で鼻を覆って思いっきり顔を顰めた。

 元は立派な建物だったのだろう、しかし今は真っ黒に焼けた柱とぼろぼろになった土塊が転がっているだけでその姿は見る影もなかった。その側には館の主人らしき男が、役人相手に何やら話している。縁寿が隙を見て話しかけると、彼は随分憔悴しているような顔を更に申し訳なさそうに下げた。

「武官の方がすぐに皆を起こして下すって、なんとか火も隣へ移る前に消せましたが……」

 傘持ちの彼と同じく蒼白い顔で、宿屋の主人は目を伏せる。襲撃の際に護衛の者が数人と、火事で逃げ遅れた者がいたらしい。遣る瀬なさが、苦く鈴の胸の内に広がる。

 負傷者を手当てしている宿へ向かうと、先日の痛々しい気持ちが舞い戻って来たように鈴を苛んだ。白い包帯を巻かれ、呻きながら寝かされている人たちをみて、どうしてこんな惨いことが平気で出来るのだろうと、腹が立って仕方ない。

 また何も出来ない自分にも、不甲斐なさが募った。

 襲撃があったのは、皆が寝入った昨夜の事だったと傘持ちの青年───花巻は言った。花巻自身も与えられた部屋で眠っており、松葉の怒号で目を覚ました時には既に火の手がすぐそばまで迫っていた。そこから這う這うの体で逃げ出した先で小鞠が攫われていくのを見たのだという。

 花巻は松葉の命で鈴達が順調にここまでやってきているのを祈りながら、一晩馬を走らせて知らせに来たのだ。そのために此処にいない、松葉や他の者たちの行方はわからないと申し訳なさそうに頭を下げた。

「賊の行き先はわかりますか?この辺りに根城に出来そうな建物があるとか」

「いいえ……わかりません」

「そうですよね……松兄さんから何も便りがないのは弱りましたね」

「しかし帝都まではもうすぐです。空鷹様には既に遣いを出してありますし、次期に宮から来る援軍を待って、鈴は先に宮入りなさい」

 信じられない言葉が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。それではまるで、小鞠を見殺しにするようなものだ。

「賊の狙いは貴女です。いずれ遅かれ早かれ偽物である事に気付かれます」

「だったら尚更じゃない!偽物だとバレたら、始末されるに決まってる。こうしている間にも小鞠がどんな目にあっているか……!」

「聞き分けなさい鈴。これは貴女だけの問題ではないのです、九条家と宮家、それに携わる者達の全員の首が掛かっているのですよ」

「小鞠の命はそこに含まれないと言うの!?」

「鈴」

 窘められるように名を呼ばれた事が、余計に鈴の神経を逆撫でした。これではまるで鈴が駄々を捏ねている子供のようではないか。縁寿とて、小鞠は見知らぬ他人ではない。顔も知らぬ誰かであれば良いというわけでもないが、幼き頃から見知った同郷の者の命を天秤に掛けるような真似をしたという事実が爪で肌を掻き毟った様に痛む。

「落ち着きなさい、何も彼女を見捨てよう等とは申し上げておりません。相手の数も居場所もわからない以上こちらとしては打てる手がないのが現状なのです。怪我人も多く、戦える者はごく僅か。仮に居場所が分かって乗り込んだとしても、それこそ無駄に散らす命を増やすだけでしょう。違いますか」

 縁寿の言うことは、紛れもなく正論だった。けれど正しい事と、感情は別だ。鈴はぐっと奥歯を噛み締めて涙が溢れないようにするのに精一杯だった。

(自分の身代わりになったせいだ。こんな事なら里へ追い返しておくんだった、彼女に何かあったら、百合絵さまと玉藻に何とお詫びすればいいのだろう)

「貴女は若宮様へ輿入れする九条家の姫なのです。どうか御身を第一にお考えください」

「……若宮様がなによ」

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。どうにもならないと頭の片隅ではわかっているのに、縁寿の言う事は最もで、正しい事だと言うのは理解しているのに、荒れ狂う嵐のように制御が出来ない。

 一番腹立たしいのは賊に対してだが、宮にいる若宮自身にもだ。

 鈴が嫁ぐだけなら、鈴だけの問題で済む。けれどこの旅には既に、鈴以外の命が払われている。

 誰一人、簡単に奪われていいものではないのに。

「どうしてここまでして、輿入れしなくてはならないの?こんなに、沢山の人を傷付けて、悲しませて、それなのに当の御本人は宮の安全な所にいて。若宮様はご自分でわたしをお選びになったというけれど、だったら宮に引きこもっていないでご自分で迎えに来ればいいわ!」

 堪らなくなって縁寿が呼び止めるのも振り切って、鈴はその場から逃げ出した。ぐちゃぐちゃの感情のまま、もっと酷い罵詈雑言を吐いてしまう前に、とにかく今は頭を冷やしたかった。

 いつも言い捨てて逃げ出す自分が、ほとほと嫌になる。

「姫様!」

 追ってきた花巻を見ると、さっきの怒りはそのまま自分の不甲斐なさと申し訳なさに萎んでいくのがわかった。川辺に腰を落とすと、花巻は竹筒をそっと差し出してくれる。温かい花の香りのするお茶で喉を潤すと、ようやく自分の言葉がどれ程身がないかを実感して落ち込んだ。子供が駄々を捏ねているような、ではなく実際子供が駄々を捏ねているのだ。

「ごめんなさい、酷い目にあったのはわたしじゃないのに……」

「ひめさま……」

「わかってるのよ。縁兄さんに言ってる事が正しいって、ちゃんとわかってるの。でも小鞠は、小鞠とはずっと一緒に育って来た大切な幼馴染なのよ……」

 鈴にとって彼女の存在がどれほど得難いものだったか、縁寿にも茅羽夜にも分かるはずもない。子供は輪から外れたものに敏感だ。そういう枠組みをぶち壊して、引き入れてくれたのは他ならぬ小鞠だった。小鞠だって、逆の立場ならきっと怒ったに違いないのだと思って、鈴はすぐに首を振った。

 彼女は鈴よりずっと全体を見ることに長けていた。

 里長の子供は小鞠の他に兄が二人、妹の玉藻が一人の四人兄弟だったが、彼らの中でいちばん母親似なのは小鞠だった。可憐なようで抜け目がなく、自分の立ち位置を瞬時に理解して立ち回る。鈴のように、駄々をこねて縁寿を困らせるだけのような幼稚な真似はしないだろう。

「姫様は、本当にお優しい方ですね」

「いいの花巻さん、わかっているから。これが甘えというのことくらい」

「若さの特権でしょう。それに姫様は自分の悪い所をきちんと理解していらっしゃる。自分の悪点を見つめる事は、大の大人でも難しい事です。若宮の妃に取り立てられてもなお、貴女は真っ直ぐで、清流の心を持っておられる……本当に、どうして、貴女だったのでしょうね」

「花巻?……はな、」

 花巻は眉を八の字にして笑った。泣いてるみたいに笑った。急に周囲の温度が下がった気がして、鈴は思わず後退ったが、もう手遅れだった。

「────御免なさい」

 それは誰に対しての謝罪だったのだろう。問い掛けたくとも、言葉は喉を落ちて消えていく。

 そうして眠るように意識が落ちていく鈴には、彼が泣いているのか笑っているのかも、もうわからなかった。

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