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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
一章・東の龍と西の娘
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十二

「そう言えば聞きたかったのだけれど、若宮様というのはどういう方なの?」

 夕餉を食べ終わり、これからの進路を確認する為地図を広げた縁寿に訊ねると、彼は「どうとは?」と質問で返してきた。茅羽夜はいつの間に姿を消していたが、気まずかったので少しだけほっとしていた。

「里には若宮様の噂なんて殆ど聞こえてこないもの。そう言えばお年頃も知らなかったなって思って。これからお仕えする方だし。兄さん、帝都にいたんでしょう?」

「居ましたけど……そうですね、お歳は鈴と同じ、今年で十六になります。鈴はもう誕生日を迎えているので、数月鈴の方がお姉さんですね。今上帝陛下と斎王様の異母弟君ですが、公の式典等にも殆どお顔を出されない方なので、私もどういう方なのかは詳しく存じ上げません」

「東宮なのに?」

 確か、今上帝には異母の姉君である斎王、真陽瑠の御方と現在の東宮である若宮しかご兄弟がおられない。正確に言えば、他のご兄弟は皆死別しているのだ。ちょうど十年前、先代が崩御された時にいざこざがあり、既に他家へ降嫁していた何番目かの皇女を除いて皆亡くなっている。今上帝には未だ御子がおられないので、皇弟である若宮が東宮の地位にあった。

 それなのに、皇家として式典に出られないというのはどういう事だろう。

「何でも、その覇権争いの際に顔に酷い傷を負ったらしいのです。それで、人前に出る事を忌諱されているのだとか。相当酷い怪我だったようですよ。どうしても出席なさる時も、覆面布をかけていらっしゃるそうですし、姿絵を残されるのも御嫌いなようで」

「そこまで……」

 徹底している。そこまで酷い怪我だったのだろうか。だが火傷だったりしたら十年経っても残っているかもしれない。人を顔の美醜で優劣つけるつもりはないが、皇族ともなればそうも言ってられないのだろう。

「まあ、噂だけなら色々聞こえて来ますけどね。幼い頃から冷徹、無愛想、無慈悲、人嫌いで人を側に置きたがらない、女人嫌いだ、とか」

「女嫌い……?」

 それはこれから曲がりなりにも嫁ぐ身としてはうまくやっていけるか不安になる噂だ。本当に大丈夫だろうか。里長と百合絵達や、里の夫婦のような関係とは違うだろうというのは何となく思っていたけれど、そこに恋情はなくとも、出来るなら仲良くやっていきたいと思っていたのだが。

「……というか鈴、もしかして本当に、何も知らないんですか?」

「そう言ってるじゃない」

「貴女がこれからどの家の養女になるとかは?」

「え?」

 養女という言葉に鈴は目を見張った。元々、鈴は婆さまの家に置き去りにされた養女であるのだが、そういう話ではないだろう。縁寿は目元を押さえながら「松葉だけに行かせたのは間違いでした」と呻いた。

「鈴、いくら斎王様の占とはいえ、一介の村娘を東宮妃に召し上げることは出来ません。然るべき家の養女にしてから、嫁がせるのです」

「は、初耳なんだけど」

「……あの愚弟には後から私が言っておきます。仕方ありません、私からお伝えしましょう」

 縁寿は荷物の中から荒和紙を取り出し、さらさらと文字を書いていく。何だか懐かしいなと思った。

 野山を駆け回り、食べられるものとそうでないものと、食べられるがあまり美味しくないものの区別は松葉から学んだが、和歌や文字はこうやって縁寿から手解きを受けたのだった。彼は都にいたので、帰省した時のたまにしか教えて貰えなかったが手紙のやり取りで添削してくれたり、本を送ってくれたりもした。

 しかし鈴は松葉が講師を勤めた分野とは打って変わって、こちらは決して優秀な生徒とは言えなかった。物覚えが悪い方ではないのだが、如何せんじっとしておけない性分だったので、すぐに筆を放り出して遊びに行きたがった。それでも縁寿は根気よく鈴に文字を教えこみ、本を読ませた。わからない事があっても、彼は鈴にも分かりやすく例え話を使い、噛み砕いて教える事を苦だと思わない我慢強い性分だった。医師も勿論だが教師にも向いているのではと、実際手習いを受けた鈴自身は思っている。

「まず、この東和国は神祖である龍神の血を引く皇家を除いて十二の国で成り立っています。それぞれ皇家の傘下で、一国(ひとくに)から一守(ひともり)家の柘榴領(ざくろりょう)二渡(にわたり)家の紫領(しりょう)三廻部(みくるべ)家の珊瑚領(さんごりょう)四月朔日(つぼみ)家の金剛領(こんごうりょう)五香屋(ごこうや)家の翠領(すいりょう)六反田(むたんだ)家の真珠領(しんじゅりょう)七星(ななほし)家の紅領(くれないりょう)八雲(やくも)家の橄欖領(かんらんりょう)九条(くじょう)家の青領(せいりょう)十鳥目(ととりめ)家の鳴領(めいりょう)十市原(といちばら)家の黄領(おうりょう)十二村(とにむら)家の瑠璃領(るりりょう)といった国長がそれぞれ国を治めているのは知ってますね。知らなくても頑張って覚えて下さい。私達が育った里は九国、九条家が治めています。この九条家は穏健派かつ、若宮派の筆頭なのです」

「若宮派?」

「簡単に言えば、若宮様を帝に擁立したい一派です」

「えっ」

 今さらりととんでもない事を言われた様な。今上帝が立って今年で六年になるが、治世は晩年に悪政を敷いていた先帝の時代と覇権争いの混乱時代を経て、ようやく穏やかな安定を築き始めていた。そこに新たな火種を投げるつもりなのだろうか。さすがに鈴もその火種のひとつにはなりたくない。

「十年前は若宮もまだ幼かったですしね。それに彼の母君は身分も低かったので、継承権などあってないようなものでした。とはいえ、御本人は帝位を望まれていないようですから、どちらかというと若宮の味方である、というだけです。表立って陛下と争うつもりは九条家にもありません」

 表立って、という一言に鈴の頰が引き攣る。段々と、鈴にも縁寿が何を言いたいのかわかって来たのだ。

「もしかして陛下と若宮様は、仲が悪いの?」

「立場上はそうですね。個人の感情的にどうかまでは知りませんが、擁立している家同士は仲が良いとは言えません。まあこれは若宮と陛下が対立している、というより元々反りの合わない家同士の対立にお二人が巻き込まれたようなものです」

「じゃあもしかして、今回の襲撃って……」

 潜めた声に、縁寿はちらりと頷く。

「可能性はあります。表立って対立してはいませんが、あっちからしたらいつ若宮様が仕掛けてくるのか戦々恐々でしょうし、これ以上九条と若宮様が繋がるのをよく思わない勢力は多いのです」

 そう言いながら縁寿は和紙に書かれた十二の家に丸と四角を書いていく。三廻部、五香屋、九条には丸、一守、六反田、七星、十鳥目には四角が付けられた。

「丸が若宮派、四角が陛下派?」

「その通りです。無印は中立ですね。八雲家は祭祀を司る家なので、中立と言うより斎王の派閥でしょう。元々神祇の殆どを任されてますので、政にはあまり関わってこないのです。陛下派筆頭は最も古い一守家です。一守家の当主殿の父にあたる巌澄(いわすみ)殿は元々陛下の指南役として彼が幼い時からお仕えしていますし、彼の孫娘は陛下へ輿入れしています。後宮内の相関図も追々覚えて貰わねばですねぇ」

「今からげんなりしてくる……」

「まあすぐに嫌でも覚えますよ。それから当然と言えば当然ですが、鈴は九条家の養女として若宮様へ輿入れします。それで、私が迎えに来たんですが」

「ん?どういうこと?」

「おや、言いませんでしたか?私は九条家の御当主の妹御、珠響(しゅら)に婿入りしているんです」

「そうなの!?」

 縁寿が既婚者であることは勿論知っていた。会ったことはないものの、鈴とあまり歳の違わない息子──つまり鈴からしたら甥だが──がふたりいる事も知っている。だがそれが国長の家の姫君だとは知らなかったのだ。

 鈴が養女になる九条家当主の妹婿という事は、つまり鈴から戸籍上で見れば叔母の婿、つまり義理の叔父で、甥二人は従兄弟になるのだった。ややこしい事になってきたと鈴はこめかみあたりを指で揉みほぐす。とりあえず、要は身内であるという認識で良いのだろうか。

 ちなみに松葉は未婚である。彼が結婚という事になれば幼馴染みの彼女が何日寝込む事になるか、あまり考えたくない。しかし松葉も今年で二十五といい歳なので、何が起こってもおかしくないのだが。身内の欲目を抜いても、恐らく父親似であろう松葉の顔の造詣は整っている方だと思うのに、そういえば彼の浮いた話を殆ど聞かない。縁寿のように切れ長の目をした美形とまでは言えないものの、彼は昔から面倒見がよく、愛嬌があった。とにかく人に好かれる人種なのだ。

 しかし鈴は若宮へ嫁ぐだけでなく、新しい養父母とも対面せねばならないと思うと、一気に気鬱が酷くなってくる。こちとら数日前まで、野山を自由に駆け回る村娘だったのだ。そんな一気に高貴な方々に触れては胸焼けしてしまう。

 そんな鈴の心情を汲んだのか、縁寿は目元を和ませて鈴の頭を撫でた。

空鷹(からたか)様は厳しい方ですが、鈴のことを悪いようにはしませんよ。それに有能な方です。一度衰退した九条家が持ち直したのはあの御方の手腕ですから」

「衰退したって……」

「十六年前、九国の国長が失権したのは鈴も覚えがあるでしょう。先帝の代にも、九条は娘を入内させていのです。帝の妃は先代とは違う家から出すのが仕来りですからね。ですが、その姫は咎を犯し、後に病死しています。その咎で九条家先代は左遷させられ、一家で路頭に迷う程だったそうですが、今は中務省の長官として中央への参勤も、国長としても復権していますから」

 鈴にはそれがどれ程すごいのか、よくわからないが一度失った信頼を取り戻す事は難しい。政であれば尚更だろう。国が呼び戻す程に、優秀な人材である証だ。

 しかしそれ程の人ならば、何故、鈴のような娘を妃として擁立したのか不思議でならなかった。いずれ帝にと推している若宮の妃にするならば、もっと幼い頃から教育され、上手く立ち回れる娘のほうが良いに決まってる。こんな初歩的な事をこの歳で教わっている鈴など、何の役にも立たないだろうに。

 そう問うと、縁寿は困った笑いを浮かべた。

「松葉は本当に何も説明してないんですね、次会ったら物覚えの良くなる薬湯でも飲ませましょうか」

「そんなのあるの?」

「いえ、ただの苦い薬湯です」

 普通に嫌がらせだった。縁寿の嫌がらせは大抵健康にはいいのだが、苦いのだ。そんなものがあるなら鈴だってあやかりたいと思ったが、骨の髄まで苦味が染み入りそうな薬湯の味を思い出して身震いした。

「妃に鈴が選ばれた理由は聞かなかったのですね」

「斎王様の占いに出たって聞いたけど?」

「それも勿論大きいですが、妃候補は他にもおられたのです。東宮の地位について以来、どのような姫君との縁談も突っぱねておいでだったので、見兼ねた斎王である姉姫様が占い、若宮様御本人がこの娘なら迎えてもよいと選ばれたのですよ」

 女人嫌いの噂はそういった一件から流れた噂らしい。

 鈴の一体何が良かったのか、それとも散々見合いの話を持ちかけられてうんざりしていた時に煩い親類のいなさそうな鈴を選んだのかは定かではない。東宮ともなれば妃を娶る事は責務だ。陛下に子が生まれない以上、陛下に何かあれば次代は若宮である。女嫌いが真実だとしたら哀れな事だが、宮家に属する以上は仕方のない事だ。

 結局、若宮を取り巻く環境はわかっても、若宮自身のことは会ってみない事には何とも言えないのだった。

 縁寿と別れて部屋へ戻ってすぐに寝衣へ着替えて床へ入り、瞼を閉じる。隣の部屋に茅羽夜が戻ってきた気配はない。

 ちらりと、指先程の大きさの黄水晶の花と菫色の鈴が並んでいるところが浮かぶ。

 東和国の歴史は、そのまま玉の歴史だ。国の領の名前が全て鉱物の字から成っているのはそのせいで、東和には古くからその地域でも瞳の色の鉱石を星石といって占いに使ったり厄除けとして持ち歩いたりする風習があった。鈴は生みの親が唯一残した首飾りを使って、里の女の子達から恋焦がれた相手の星石を使った相性占いを頼まれる事が多々あった。

 そして自分の星石を異性へ渡すことは、特別な意味があるのだ。勿論贈り物の形にもよるが。

 頭から布団を被って、鈴は目をきつく閉じる。茅羽夜に多分他意はない。考えるだけ損だ。考えてもどうにもならないし、そこに何かあったとしても、鈴にはどうにも出来ないのだから。


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