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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
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二十六

 温もりにふと目を開けると、真っ白な光の中だった。

 その場所に、鈴は覚えがあった。あの時と違うのは茅羽夜も一緒にいることだろう。

 茅羽夜はここがどこだかわからないらしく、鈴を腕に抱えたままきょろきょろと周囲を見回している。

「りん」

 ふと呼ばれて、鈴は茅羽夜の腕の中で顔を動かした。

 数歩離れたところに、牡丹一華の花簪を髪にさした少女が前と同じように立っていた。

「また会えたわね、鈴」

「……はい、陽奈美様」

 不思議と涙が一筋頰に流れた。

 それは鈴だけでなく、驚いたことに茅羽夜も同様だった。人は感極まると泣いてしまうものなんだと、ぼんやりと思った。

 ああ、今ならわかる。この少女が誰に似ているのか。

「わたし、あなたを迎えに来たんです。ずっと一人で、寂しかったでしょう?」

「そんなことないわ。みんな、一緒にいてくれたから」

 くるりと少女が回るとしゃらしゃらと簪の玉が触れ合って響き合う。そのたびに、彼女はいろんな顔になった。

 優しさも慈しみも、恨みも憎しみも、寂しさも。

 そのどれもが彼女だった。

 鈴は首から、生まれた時からずっと持っていたそれを取り外し、彼女の方へ差し出した。

「お返しします。これは本来あなたが持っていくべきもので、そしてあの方から託されたあの方の心だから」

 少女の手の中に、それはすっぽりと収まった。

 その瞬間、玻璃は暖かな海色の光に包まれて膨らみ、やがて人の形となった。

 現れた長身の青年は白雪の髪に稲穂の眼を持っていた。額には髪の色と同じ二本の枝角。長い睫毛に縁取られた星が少女を映し、少女もまた、陽だまりのような満面の笑みを浮かべて青年の方へ駆け出した。

 青年は少女を抱き上げ、瞼に口づけを落とす。牡丹一華がはらはらと花弁を落として、二人の足元に夜明けを作った。


 陽と月の混じる一瞬。

 星が霞み、新しい一日が始まる時間帯。

 それはまさに、二人の門出への祝福だった。

 

「────ありがとう」

 

 少女が微笑む。隣の青年も黄金の瞳を細めた。そしてつい、と後ろを指差す。

 二人が振り向くとそこには憔悴しきった真陽瑠の姿があった。咄嗟に身構えるも、彼女は振り乱した髪の隙間から惚けたように鈴たちを見、立ち尽くしていた。少女がすっと手を向ける。

「こっちへおいで、可愛いあたしたちの娘。一緒に行きましょう」

 真陽瑠はぼんやりとした目を少女へ向ける。

 まるで迷い子が母を見つけた時のように、ゆっくりと彼女へ寄っていく。

「────母上」

 真陽瑠が通り過ぎた時、茅羽夜が言った。ぴくりと真陽瑠の肩が跳ね、恐る恐るといったようにこちらを振り向いた。その表情は信じられないものを見た、というふうに固まり、茅羽夜の言葉を待っている。

「俺はあなたを許すことは出来ません。母と思うのも呼ぶのも、これが最後でしょう」

 ですが、と一度言葉を切り、茅羽夜は鈴の手を握る。その指はかすかに震えていた。

「あなたが俺を産んでくれなければ鈴と出逢うことはなかった」

 例えばそれが、世界からどれほど非難されることだったとしても。

 どれほどの命の上に成り立っているものだとしても。

「だから、ありがとうございます。俺は、あなたが思っているよりも、ずっと幸せでした。今までも、これからも」

「…………」

 長い長い沈黙の後、真陽瑠は少しだけ目を細めて「そうか」と言った。

 

 ────最初からそれだけで、充分だったのだ。

 

 やがて二人は真陽瑠を抱きしめたまま、三人の姿が白く溶けていく。

 青年の姿は一匹の大きな龍となり、妻と娘を連れて空へぐんぐんと昇って行った。

 その時、薄い玻璃がはらはらと流星のように零れ落ちていく。その一枚を手に取ってみると、鈴がずっと身につけていたそれとよく似ていた。

 

 ────始まりの神と、その神に嫁いだ少女は、二千年の時を経てようやく、長い長い黄泉下りを終えたのだ。

 

「……行ってしまったわね」

「うん、でも……これで良かったんだと思う」

 誰がとは言わず、茅羽夜は夢を見るような声音で言った。そして、ぎゅっとその手を握り、鈴は隣の少年を見上げる。

 彼の瞳は片方だけ、晴れた日の海と同じ色をしていた。

 自分では見えないけれど鈴の片目も、今は稲穂の色をしているのだろう。

 

 それはずっとあなただけを見つめているという、約束の形。


「さあ、帰ろう、茅羽夜」

 

 一人で歩いてきた道を、今度は二人で歩いて帰る。

 そうして帰ってきた夜明けに、雨音はもう聞こえていなかった。

 


次が最終話です。

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