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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
111/114

二十五

 一方、その頃、各国は混乱の最中にあった。

 地震だけでなく東和は国全体が未曾有の大嵐に見舞われ、各地を豪雨と津波が襲った。


「早く高台へ! ご年配の方、病人、子供を優先的に運びなさい! 動けるものは動けない者へ手貸してください! ご安心なさい、この銀朱が必ずみなさまを守ります! だから落ち着いて行動してください!」

 数日前に八国・八雲により発令された避難勧告はすぐに銀朱たちの元へ届けられた。

 が、銀朱の国は海に生きるものが多い。沖合に出ている貿易船を呼び戻すのは容易ではないし、漁に出られなければその日、生きていけない者もいる。避難勧告を出しても従わない者は少なくなかった。

 だがそれも断続的に起こる地震に従わざるを得なかった。地震によって津波が起こることを、海の民である六国の民はよく知っていた。津波がどの程度のものかまでは銀朱はおろか、八雲でさえ予想がつかないという。

 銀朱はいつもの豪奢な唐衣を脱ぎ、雨に体をさらしながらも自ら先頭に立って声を張り上げた。

 いつもは金銀で飾られている総髪に飾り一つなく、結い上げられた部分からほつれ、その色が燃えるような炎髪でなければこの国の姫だとは思えないほどだ。銀朱は動けない者のための荷台をありったけ手配し、時には己で手綱を引いた。屋敷では国長も銀朱の母も避難誘導と炊き出しに駆り出されている。

 既に沿岸部の一部は浸水した。だが思っていたよりも浸水速度は遅い。これが八雲の言っていた「秘策」だろうか。

 そう考えた時、ずずっと地面が揺れた。今までのものよりずっと大きい。地面にしゃがみこんでしがみついていると、次第にそれは収まっていった。だがいつまた同じような揺れがくるともわからない。

「銀朱様! ここはもう危ないです、早く高台へ!」

「いいえ、まだ民の避難が完了していません。わたくしは最後で構いません」

「ですが……!」

「あの方が今も戦っているのです。わたくしだけ、後ろで震えているなんて嫌ですわ」

「……もう! 本当に言い出したら聞かないんですから!」

 新見は諦めたように肩を落とした。さすが生まれた時から一緒にいる侍女である。

 そんな彼女に赤毛の姫は満面の笑みを浮かべた。

 玉の飾りもなく、絹の衣もないのに、その笑みは輝くばかりに美しく、希望に満ち溢れていた。

「安心なさい。初菫様に事の顛末を聞くまで、そしてそれを物語に綴るまで、死んでも死にきれませんわ!」

 


 

 同時刻、七国でも避難は進められていた。八雲から届けられた書簡を受け取った葵依は父と兄を説得し、いち早く民の避難を提言した。

 元々、七国は信仰深い民が多い。そのせいで初夏の占い騒動や金魚姫のような新興宗教の温床となりやすいが、おかげで八雲の伝令は滞りなく民へ流布された。

 そんな中、七国の末姫、葵依は屋敷で民に炊き出しを民へ振る舞う役目を担っていた。炊き出しを受け取る民の顔はみな暗い。これから自分たちがどうなるのかと、不安が伝染しているのだ。

「あおいさま、わたしのおうち、どうなっちゃうの?」

 椀を受け取った少女が不安そうな顔で葵依に訊ねた。少女の声はここにいる皆の総意らしく、誰もがちらちらと葵依の方を見ている。

 不安なのは葵依も同じだった。七国は東ほどまだ比較的被害はないが、それもいつまで持つのか分からない。明日は我が身だ。

 けれど結い上げた髪に揺れる簪の玉が触れるたび、己を奮い立たせて微笑んだ。

「大丈夫です。まほろばの尊き方々が、今も民のために尽力してくださっていますから」

「でも、その偉いひとは、わたしたちとちがって何もこわくないんでしょ?」

「こ、こら! なんてことを言うのこの子は! 葵依様、申し訳ありません。なに分まだ子供で……」

 少女の親らしき女性が慌てて少女の口を塞いだ。その手をとって、葵依は首を振る。

「皆様が不安に思うのも無理からぬことです。ですが、あの方は……初菫妃殿下は必ず皆を守ってくださいます。どうかあの方を信じる、私を信じてください」

 葵依の笑顔と「大丈夫」と言う言葉に、民の表情は僅かに和らぐ。葵依もほっと胸を撫で下ろして、炊き出しを配る。

(あの子も無事に避難できたでしょうか)

 ふと、葵依は簪を届けてくれた商隊の男の子を思った。八束と名乗った彼が「殿下からご注文の品をお届けに参りました」と葵依の屋敷の門を叩いた時は大層驚いたが、それは葵依に大きな希望をもたらした。

(────あの時、初菫様に出逢えていなかったら)

 葵依は今も失意のまま、真尋想って毎日泣いていたかもしれない。未来に何の希望もなく、やりたいこともやるべきことも見失ったままだった。

 今だって自暴自棄になって、いっそみんな滅んでしまえなどと思っていたかもしれない。

 彼女は気付いていないだろう。自分がどれだけの人を救ってきたのか。

 その真っ直ぐな心根がどれほど、かけがえのないものなのか。

 ずっと気づかなかっただけで、葵依は多くの人々に支えられていた。

 それを気づかせてくれた友人を、今度は葵依が支える番だ。

「初菫様……」

 帝都がある方角を葵依は見つめる。空には重い雲が垂れ込めており、そろそろ夜明けのはずなのにその兆しは少しも見えない。

 まるで太陽が夜に食べられてしまったかのような錯覚に陥りそうになって、葵依はぎゅっと自分の手を握った。

「……どうか、ご無事で」




 葵依が空を見上げた頃、四宮・璃桜の指が弦を弾く。ろんろん、と軽やかな音色が響き、民は外の大嵐から耳を塞ぐように、その音に静かに耳を傾けている。

 璃桜は高台に集められた避難民のために和琴を奏でていた。外は風に雨にの大合唱で、璃桜が蟄居していた屋敷は沿岸部ではなかったが、金剛領に流れる大河のすぐそばにあり、その街の者と共に五国の国境付近まで避難を余儀なくされた。

 被害は何も海に面している地域だけではない。大嵐によって増水した大河もまた、人々に牙を剥いた。すでに下流の方は荒れた海の勢いにのまれ、いくつか浸水被害が出ている。

 それでも死者の報告が出ていないのは、八雲によって数日前から予言が届けられていたからだ。

 一介の国長であっても八雲は別格だった。

 八雲と先代皇后、暮星の予言は今まで外れたことがない。彼女は決して天を仰がず、王に頭を垂れる一族だ。これまでにも多くの予言で天災を当て、国に貢献してきた。

 その彼女が二千年前の大嵐と同様の災害が来ると予言すれば、例え帝であろうとも無視は出来ない。璃桜の父、四月朔日志摩はすぐに避難所の体制を整え、住民を避難させた。璃桜は本宅へ戻される予定だったが、彼女自身の希望でこの避難所のひとつへ身を寄せた。

 がたがたと揺れる戸にびくりと璃桜のそばにいた子供が震える。璃桜はその子の頭を撫でて、また弦を弾いた。

「そう不安がらずとも良いのですよ、きっと神様が守ってくださいます」

「かみさまって、りおーさまより、すごい?」

「ええ、私よりずっとすごいんですよ」

「えーすごい!」

「ねえ、りおうさま。かみさまって、どんなひと?」

「ううん、そうですね……じゃあ次は神様の歌を弾きましょうか」

 ろん、と軽やかな音が彼女の指から真珠のように弾き出される。璃桜が良く奏でる春の調べではなく、冷たい海の底から空を見上げるような音だ。

「射干玉の 海夜に沈む 双星ふたつぼし なみもに落ちゆく 君が為 いま一度(ひとたび) 逢ふこともがな」

 玉の音色に透明な声で紡がれるのは恋の歌だった。

 どんなに逢いたくてももう逢えない人へ、せめてあなたのいる海の底へこの涙が届くように、泣いている────そんな、もの悲しい歌だった。

「それのどこがかみさまの歌なの?」

「これはね、神様が死んでしまった人たちを想って読んだ歌なの。その神様はずっと、その死んだ人たちを想っているから、この東和には雨が降るのよ」 

「ひとたち? かみさまの好きな人、たくさんいるの?」

「そう。あなたにも大好きな人はたくさんいるでしょう?」

「うん、いる! おかーさんとおとーさんと、あと、こんど生まれてくるいもーと。みんな、だいすき!」

 素直な子供の声につい笑みがこぼれる。

「神様にもね、大好きな妹と恋しい人がいたの。でもその人は別の人が好きで、結局、神様はその人とは結ばれなかった。その人はその別の人に似た妹を妻に迎えて、二人とも死んでしまったの」

「……? ええ、と……」

「ふふふ、ごめんなさい。まだちょっと早かったわね」

 不思議そうに首を傾げる子供に、璃桜は目元を和ませながらもう一度弦に指をかけた。

 ────海に落ちていく二つの星になれなかった神様がたった一度だけ、死にゆく自分の恋心を悼んで零した涙。

 その愛は報われず、憎むことでしか捨てることが出来なかった恋。

 この歌は国長である四月朔日家に口伝で継がれていった歌だった。神様の名も、彼女がそこまで誰を愛したのかもわからない。

 けれど悲しい調べは人々の心にどこか深く沁み入った。

 戸を叩く雨が、まるで彼女の慟哭にも似ていたからだろうか。

 不意に少女の指が璃桜の袖を引く。

「好きなひと、死んじゃったの? かみさま、かわいそう……」

「そうね……悲しい時、あなたのように全てをかなぐり捨てて泣けたら、神様も苦しむことはなかったかもしれないわね」

 ろんろんと深い玉響の音が雨の合間を縫って弾ける。

 子供のように泣く彼女を慰めようと、璃桜はただひたすら和琴を奏で続けた。

 

 


 生まれた時からずっと二人で一つの箱を抱えていた。


 父と母の最後の子どもたち。

 父と同じ水を持って生まれた二人は、どこへ行くのも何をするにも一緒だった。片方が悲しければ共に泣き、嬉しいことがあれば共に笑った。二連の星たちは同じものを好み、同じものを遠ざけた。

 だから恋しいと思う人も同じだったのは、至極当然のことだったように思う。

 けれどその人は最初、二人を選ばなかった。その人は星々が生まれる前から別の運命を追いかけていた。苦しい恋だった。それでも焦がれた。彼も、彼女も、自分も。

 叶わぬ恋だと知りながら。

 

「水早さま」

 幼い声に揺り起こされて、水早は水面に落ちた星を開いた。黄金の瞳に少女の不安げな顔が映り、何でもないよというふうに口角を上げて見せる。

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫。ありがとう凛音」

「いえ……」

 首を振って凛音は一瞬迷ったあと、水早の背をおずおずとさすった。まるで泣き噦る幼子にするような仕草に水早の目が丸くなる。凛音は驚く水早に気づかない程、真剣に彼女の背を撫でている。

「小さい頃、わたしが怖い夢を見ると、出雲様がしてくださったんです。大丈夫だよって言ってもらえるだけで何だか本当に大丈夫な気がしてくるんです。だから、水早様も……大丈夫、泣かないで、みんないるから」

 

 ────泣かないで、水早。

 

 遠い昔、そう言って死んでいった少女がいた。

 水早の半身、生まれたときから一緒だった、たったひとりの妹を思い出すだけで胸の奥にひどく昏いものが落ちていく。それはいつまでも水早の中で流転することなく留まり、滞り続けている良くないものだ。

(────揺れてはだめ)

 水早はぐっと唇を噛み締めた。

 怒りと憎しみを流さなければこの術は扱えない。この結界は守るものだから。

 水早から大事なものを奪った、彼らの末裔を、この国を。

(────本当にこれでいいの?)

 昏い声が聞こえた。耳を塞いでもずっと聞こえてくる。

 それはずっと背中から追いかけて、水早の足を掴んで、進めなくする。

 ぱきんと何かが割れる音がした。はっとして水早は目の前に置いていた水盆に手を浸す。さざめく波はどんどん大きくなり、焦燥だけが積み上がっていく。思考と呼吸が乱れる。肩が震え、掛けていた唐衣がずり落ちた。

 それをそっと掛けなおした少女は、ふっと憑き物が落ちたような表情で水早を見た。


「全く、だらしのない」


 少女の声ではあったが、それは全く違う響きを持って発せられた。

 水早の視線が水盆から少女へ移る。凛音は妖艶とも言える笑みを浮かべ、その場で胡座をかいて頬杖をついていた。こんなことが出来る女は、この世にもはや一人しかいない。

「……お久しぶりです。二千年振りでしょうか」

「相変わらず陰気な娘だな、お前は」

「姉様こそ、相も変わらず雑なやり口ですこと。この忙しい時に凛音を使って茶々入れないでくださいませんか。気が散ります」

「そうは言ってもなぁ。おい、四国の大河がえらいことになってるぞ。ちゃんとやっておるのか」

「やってます。だから今、忙しいと……」

「なんだ機嫌悪いな。まさかお前、まだ怒っているのか」

 無神経な言葉に、水早の胃から久方振りの感情が湧き上がってくる。

「……当たり前でしょう」

「ふうん。で、それは迦具土に対して? それとも自分を置いて抜け駆けした、あの子に対して? それとも、どちらもか」

「────ッ」

 感情が荒れ狂う龍のようだった。身の内に二千年燻っていた激情が水盆の水面を揺らす。いつも楚々として穏やかな水早にしては荒い口調だった。

 女は気にしたふうでもなく、ただじっと少女の姿をした神を見ている。

「水早、あの子は迦具土が好きだった。愛していたからその身を捧げたんだ」

「姉様に言われずともわかってます! あの子のことは、わたくしが、いちばん……!」

 

 ────だいすき、水早。わたしの水早。

 

 同じ顔、同じ声、瓜二つの星を持つわたくしたち。

 叶わぬ恋をしているのも、全く同じ。

 そしてそれは、あの人も同じだった。

 どうしてあんなことをしたのかわからないくらい、優しい人だった。

 親兄弟以外で唯一少女たちを見分けてくれる人。父を母が見つける前から母のそばにいて、周囲もいずれは一緒になるものと思っていた。

 けれどそれは、あの人だけだった。母は彼を弟分くらいにしか想っていなかったし、周囲の者たちもすぐに父を受け入れた。当然だ。なにしろ異国とはいえ神の子。自分たちに安寧を齎すものを、娘一人で享受出来るのなら安いものだ。

 母がその婚姻を嫌がっているのなら、まだ別に道はあったのかもしれない。けれど母はむしろ喜んでそれを受け入れた。母も父を愛していた。水早も両親の愛を受けて生まれ、それらに包まれて育った。

 母の運命はあの人じゃない。でも、あの人の運命は母だけだったのだろう。

 苦しかった。きっと、あの人もそうだった。


 だからあの時、二人を恨んだ。

 

 妹を連れていくあの人を。自分を差し置いて彼の妻になった妹にも。

 自分を置いて遠いところへ行ってしまった二人を、水早はずっと恨んでいる。


「あの子もあの人も絶対、ずっと許しません。だってそうでしょう、どうしてあの人はわたくしを選んでくださらなかったのですか。あの子と同じ顔、同じ声、同じ星の元に生まれたのに。それなのに、どうして」


 ────死んだってよかった。あの人のためなら惜しくはなかった。

 でもあの人が選んだのは彼女だった。母に似ているのは、水早だって同じだったのに。

 

「勝手に生きて、勝手に死んでしまった、どうして、最期くらいわたくしにくれたって、よかったではありませんか……!」


 鈴に言った言葉も決して嘘ではない。

 水早は妹を死に追い込んで、水早の心を踏みじったあの人を殺せなかったことが、この二千年、何度も夢に見るほど苦しかった。

 共に逝けないのなら、せめて。

 この手で蕾のまま眠っていた恋の息の根を止めてしまいたかった。

 それすら許されず、この痛みを一体いつまで抱えて生きていけばいいのだろう。

 

「わかってます、陽の呪いはきっとわたくしの願いでもあったのです。わたくしが母様とあの子を閉じ込めた。あの人と同じ場所に行ける二人が羨ましかった、だから」

 

 何代も何代も生まれてくる龍の子たち。

 あの人とあの子の子供たちを、気が狂いそうなほど長い時の中で。

 でも鈴と出会って、自分たちに押し付けないで欲しいと言われて、ようやく自分のしてきたことに気付いた。

 鈴はあの子ではない。母でもない。彼女の対の星も、あの人ではない。

 

 今を生きている人だった。

 

 必死にもがいて、しがみついて、この世界を生きようとしている。

 父と母が愛したこの国で。

 

「あいつがお前を選ばなかった本当の理由は、たぶん、あいつにもわかってなかったんだろう。でも、あいつに一度だけ尋ねたことがある。なんでお前じゃなくてあの子だったのかって。そうしたらね、あいつはこう言ったんだ」

 

 ────だって、水早はずっと僕を怨んでくれるだろう?

 

 僕は多くの罪を犯した。でもそれはいつか、風化されて、歴史の波間に消えゆくだろう。

 人の生涯は短い。でも水早なら、きっと覚えて、僕を許さないでいてくれる。

 僕が咎人であることを忘れないでくれる。

 それにね、あの子はきれいから。

 僕にとって運命はあの人だけだったけど、あの子は僕の神様なんだ。

 だから水早は連れて行かない。

 ずっとずっと、僕を怨んで、忘れないでほしい。

 

「そう言ってたよ。言われた時はいや何こいつ重いきもいやばいって思ったもんだが……人と暮らして、少し理解した」

 少女の姿を借りて、遠い地にいる姉は言う。

 人の心はとても複雑で、愛しいと憎らしいは簡単にひっくり返る。何も得られないのなら憎まれたい。忘れられるくらいなら傷付けて、ずっとずっとその傷と共に生きてほしい。

 憎しみと愛しいは共存するのだと。

「……誰より神様らしい姉様がそんなことを言うなんて、やきが回りましたね。わたくしも」

「バカ言え。あたしは結婚もしたし出産も経験したし、三人の子供を育て上げた母だぞ。初恋と妹への愛情を二千年拗らせてるお前よりよっぽど経験豊富だ」

 軽々と人の触れてほしくない部分を踏んでいくところは二千年経っても治っていないらしい。凛音の体でなければ八つ裂きにしてやったものを。

「まあ、あの子もな、似たようなことを言っておった。あの子はお前より生きるのが上手で、やっぱり下手だったからさ。お前たちはよく似ていたけど、でもやっぱり違うんだよ。あの子とあいつは似た者同士だった。似た者同士でしか分かり合えない傷もある」

「…………」

「水早、この国は罪から生まれた。迦具土はあたしたちの母を殺し、父は深い眠りについた。この二千年、この罪から生まれた呪いで、数え切れないほどの斎妃が死んでいった。そして今、ようやく誰も辿り着けなかった父の元へ鈴は足を踏み入れた」

 二千年、永遠に交わらぬことのなかった月と陽。夜と朝が混じる明けの空の星を持つ少女は、黄昏に染まる瞳を携えた少年の眠る場所へ辿り着いた。


 これを奇跡と呼ばず、何と呼ぼう。


「我らにはこの結末を見届ける義務がある。そうだろう?」

「……はい、姉様」

「なら、やるべきことはわかるな?」


 その声に、水早は返事をしなかった。けれど遠い地の彼女はちゃんと届いたらしく、それきり凛音が何かを発することはなかった。


 耳の奥で、誰かがの声が聞こえる。

 ────本当に許せるのか。

 ────いっそこのまま、海の底に沈んで滅んでしまえばいいのに。

 そんな声が耳を塞いでいても聞こえる。

 きっとそれは自分自身の声で、そのことを二千年も気付かないふりをしていた。

 

 

 生まれた時から二人で一つの箱を抱えていた。

 今じゃその箱を抱えているのは水早一人で、鍵はあの子が抱いて失くしてしまったのだと思っていた。

 でも、違った。鍵はいつもここにあった。

 

 ────ずっと後ろ手に隠していた箱は、最初から水早だけのものだった。


 この箱を開ける時が来たのだ。

 例え中に入っているものが、どれほど自分を傷付けるのだとしても。

 それはきっと、雨を降らすのに必要なものだから。

 

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