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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
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二十四


 飛び込んだ先は一寸先も見えぬ暗闇だった。上も下もない。ただただ水底に落ちていく感覚に鈴はぎゅっと胸元のそれを握る。

 首元に巻きついていた計都がするりと離れたかと思うと、次の瞬間には彼の腕の中にいた。計都は見えない階段を降りるようにゆっくりと鈴を誘う。その奥底に何かいると言うのは感じられても、どれだけ目を凝らしても底が見えない恐ろしさ。

「前に来た時はこんなに深くなかったわ」

「ここはすでに狭間です。……まずいですね。急がないと手遅れになるかもしれません」

「……!」

 はっはっと短く息を吸う。逸る気持ちをなんとか抑え、鈴は計都の肩にしがみついた。

 どれくらい降りたのか、それとも登っているのかだんだんと平衡感覚も失いかけてきた時、ようやく計都が足を止めた。そっと降ろされ、自分の足で立つ。

「……茅羽夜」

 塗り込められた漆黒の闇の中で、自分の声がオオンと風が鳴き声のように反響する。

「茅羽夜、どこなの? 返事して!」

 ふと、すぐそばで何か聞こえた、気がした。

 顔を上げると、暗闇に二つ、金色の星が瞬いていた。

「────」

 計都と対峙した時より、もっと大きな恐怖が鈴の頭から足のつま先まで貫いた。

 鈴の顔よりも大きなそれは真冬の風よりもっと冷たく、そして全てを焼き焦がさんばかりに爛々と輝いていた。霧が晴れるようにして薄まってく闇にその全貌が露わになる。

 それはこの世の全てを統べるに相応しい姿だった。

 新雪を固めたような白銀の肢体、遍く全てを見通す黄金の双星。額から天を衝く大樹のように伸びる二本の角。(たてがみ)は雄々しく、そよぐ尾は自由で、降り注ぐ視線はまるで剣のように研ぎ澄まされている。

 その姿を前にして、鈴はたたらを踏む。否が応でもわかってしまう。


 ────目の前のこれが、茅羽夜であると。


(わたしは、間に合わなかったの?)

 絶望と後悔が心の内を覆っていく。

 何もかも、もう手遅れなのか。

 あの時もっと早くに気が付いていれば。鈴がしっかりしていれば。

 迷いが生じた刹那、咆哮が天を裂いた。

 鞭のように尾を振るい、打ちつけてくる。ずしんっと重く低い音が周囲を抉る。計都が鈴を抱えて寸前でかわしたが、一度でも喰らえば怪我どころではないだろう。

「鈴、しっかりなさい。あなたが挫けてどうします」

「……で、すが、」

「あの子はまだ完全じゃない。この姿は彼の中の呪いを抑え込もうとしている防衛本能の一部でしょう。龍の血が負けた時があの子の死です」

「!」

 まだ間に合う。それが鈴の心を奮わせた。

 ぐっと顎を持ち上げ、鈴は唇を結ぶ。

「計都、相手があれだけど、一緒に戦ってくれる?」

「構いませんよ。元よりそのつもりでした」

 微笑んで計都が頷いた。鈴も頷き返す。

「私があの子の動きを止めます。その隙に鈴は彼のそばに」

「わかりました。頼みます」

「いいえ、構いませんよ。本当に、いつまでも手のかかる弟子なんですから」

「へ?」

 きょとんとする鈴に、計都は悪戯っぽく片目を閉じて見せる。

 鈴の脳裏にいつだったか聞いた、生活能力が皆無だったという彼の師匠の話が浮かんだ。

 ────まさかあのお茶って、あれ⁉︎

 しかし、それ以上話している時間はなかった。茅羽夜は子供が嫌々と駄々をこねるように頭を揺らし、体の内側にいる何かを追い出さんと見えない壁に体を打ちつける。そのたびにぱらぱらと鱗が剥がれた。硝子の雨はその下にいた鈴たちに容赦なく降り注ぐ。

 それを水で振り払って、あちこちに跳ねる尾を軽やかに受け流しながら計都は間合いを計っている。不意に計都が茅羽夜の頭上に高く飛んだかと思うと、彼はそのまま思いっきり茅羽夜の眉間に拳を叩き込んだ。

(え、ええ〜〜〜〜〜⁉︎)

 まさかの素手である。目を回した茅羽夜はくるくると頭を揺らし、すぐに目の前の獲物に口を開けて飛びついた。が。

「はい甘い」

 残念ながら計都の姿はすでにそこになく、彼は茅羽夜の角を掴むとそのまま急速に落下していった。大きな龍の頭がまるで大人に組みついた子供のように簡単に投げ飛ばされる。もはや唖然とするしかなかった。

 起き上がった茅羽夜は角に計都の体を引っ掛けるようにして突っ込むと、そのまま彼を投げ飛ばした。受け身を取る隙を与えず、茅羽夜の口から炎が撒かれる。

「────‼︎」

 鈴が柏手を打ち鳴らし、シャーンと軽やかな音が響いたのと同時に、どこからともなく水が生まれ、炎を踏みつけていく。月の双玉を持っているからか、いつもより力が押し上げられている気がする。

それでわたしに勝てると思わないことね、茅羽夜!」

 見る見るうちにそれは限界まで膨張して頭上に丸い水風船が浮かぶ。

 思っていたより大きくなってしまったが、まあ、大丈夫だろう。たぶん。

「これで、ちょっとは、頭を、冷やしなさいッッ!」

 横っ面を引っ叩かれたようなバチンという音と共に風船が弾けて、膨大な水が真上から降り注ぐ。

 ざあざあと土砂降りの雨は鈴の頰も茅羽夜の中で暴れていた怒りも洗い、冷やしていく。

 

 ────そうだ、あの時も雨が降っていた。

 

 いつだったか見た遠い夢の中。

 誰かの心を反映するかのように世界を覆っていく。

 陽が月を想い、月が陽を悼み、届かぬ声の代わりに流す涙が痛みを伴って地上に降り注ぐ雨になる。

 

「……茅羽夜」

 

 (けぶ)る視界の中に、その姿があった。

 幽鬼のような真っ白な顔はいかにも沈鬱(ちんうつ)で、足元まで伸びた髪が影を作っている。

「何で来たの」

 責めるような、咎めるような声だった。それにむっとする。

「俺が一体何のために、どんな思いで身を引いたとおもってるの。なんでだよ、どうして君は、俺の言うことを一つも聞いてくれないんだ」

「あら、あなたは自分の言うことに素直に従ってくれるような娘を妻にしたかったの? だったらわたしじゃなくて、他の人を妃に迎えるべきだったわ。和水のような子をね」

「……なんでそこで十市原の娘が出て来るの?」

「知らない。自分の胸に聞いてみれば」

「鈴、子供みたいなこと言わないでよ。そんなことはいいから、」

「そんなこととは何よ!」

 鈴の剣幕に茅羽夜が怯んだ。子供の癇癪のようだと自分でも思うが、そうだ、自分はずっと目の前の男に怒っていたのだと思い出した。

「大体いつもそうやって言うけど、あなたはどうなの? 茅羽夜だってわたしの意見なんて聞いてもくれずに、勝手に決めちゃうじゃない。何でもそう! 勝手に入内しない方がいいだとか言い出すし、新婚早々何も言わずに七国に行っちゃうし、挙げ句の果てにこれ⁉︎ ふざけんじゃないわよ、あんな別れ方でわたしが納得すると思った⁉︎」

 一度箍が外れてしまえばあとは激流のようだった。茅羽夜は鈴の勢いに押されて一歩下がったものの、そのまま何も言う気はないと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。

 それがさらに鈴の感情を逆撫でする。

 茅羽夜はそうやっていつも自分の意見を飲み込んで、自己完結してしまう。

「いつか話してくれるって言ったじゃない、あれは嘘だったの? どうして自分一人で何とかしようとするのよ、茅羽夜にとってわたしって何なの」

 育ってきた環境が違いすぎることは理解していた。でも一番大切な人に守られてばかりで頼ってもらえないことはやっぱり歯痒かったし、悔しかった。

 誰かに全てを背負わせて、鈴がこれからも生きていけると思われたことが悲しかった。

 

「君は、俺にとって、何に替えてもいいたったひとりだった」

 

 ぽつりとこぼれた言葉が胸を鋭く刺した。

 その傷口から透明な「たすけて」が溢れて、落ちていく。

 

「君の命で購う百年なんて、君のために焼かれる百年よりずっと辛い」


(ああ、なんて、) 

 痛みだけが彼を育てた。

 傷だらけで、剥き出しの裸足で走ることしか教わらなかった少年が、唯一大事に手の中で育ててきた感情は少女の姿をしていた。

(この人はわたしがいないとだめで)

 でもそれは、鈴にとっても同じだった。

 相手に自分がいないとダメだと思うのと同じだけ、自分にとっても相手がいなくては生きていけない。それをきっと、人は愛という綺麗な衣着せた依存だというのだろう。

 鈴は一歩踏み出す。茅羽夜との距離はもう幾ばくもない。

 腕を伸ばすと、その細くて柔らかな髪に触れた。

 冷たい白雪の下に、凍えた月の瞳が淋しそうに揺れているのを見て、鈴は全てをかなぐり捨てて泣きたかったけれど、ぐっと堪えて微笑んだ。

 

「わたしは、あなたのいない世界で百年生きるより、あなたとたった一日を生きたいわ」

 

 喜びをすべて与えてくれなくていい。

 痛みも苦しみも分け合って、そうして、二人で生きていけるのなら。

 そんな風に、共に歩みたいと思える相手に出会えたことが奇跡のようなものなのだから。

 

「だから、あなたを迎えに来たの」

 

 頰に添えた指に温かい感情が伝っていく。

 嗚咽に混じって聞こえた自分の名前が、こんなに愛おしいものなのだと、鈴は生まれて初めて知った。茅羽夜の胸に自分の頰を寄せると少しだけ早い鼓動が聞こえることが今は何より嬉しい。

 どれくらいそうしていたのか、ふと、茅羽夜が鈴の体を押した。離れていく温もりに少し寂しかったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 鈴が顔をあげて、茅羽夜を見上げると、彼は鈴の後ろを強い眼差しで見ていた。

 そこに一人の女が立っていた。

 長い髪を振り乱し、ぎょろりと血走った目でこちらを凝視している姿は先程の茅羽夜とはまた別の幽鬼のようだ。鈴の肩を抱く茅羽夜の手に力がこもる。 

「御方様?」

「ふ、ふふふ、ふ」

 ゆらりと真陽瑠を作る輪郭がぶれる。ずる、ずる、と何かを引きずりながら真陽瑠はこちらへ緩慢な動きで近づいて来る。彼女が引きずっているものの姿が露わになって、鈴は息を呑んだ。

「────三光、風早さんッ!」

 ぐったりとしている二人は鈴の声にぴくりともしない。つんと鉄臭い匂いが生温かい風に乗って届き、最悪の予想に、鈴はぎゅっと茅羽夜の衣を握る。

「安心しろ、まだ息はある。大事な贄じゃからのう」

「御方様……ッ! もうおやめください、茅羽夜ならわたしが救いますから!」

「じゃが、そなたは贄になる気はないのだろう?」

 その問いかけに、鈴は凛とした声で答えた。

「ありません。茅羽夜が惜しんでくれた命を、蔑ろにしたくありません。でも、方法があるんです、そのためにわたしは海の底まで行ってきたんですから……」

 

「────ならぬ」


 鈴が全てを言い切る前にカッと真陽瑠の目が開かれた。その顔にかつての無邪気さはなく、執念と妄執に凝り固まった瞳から赤い涙が溢れて足元を濡らす。

 

「許さぬ、ゆるさぬ、その子は妾のものぞ、わらわが、わらわだけの愛しい子、やらぬ、おぬしだけにはぜったいにやらぬ返せ返せ返せ返せ返せ────妾の子を返せッッ‼︎」 

 

 真陽瑠の叫び声に呼応するように、どこからともなく無数の白い女の手がこちらに伸びる。茅羽夜が鈴の体を抱きかかえ、地を蹴って間一髪避けるが、女の手はどこまでも追ってくる。

「計都!」

「あ、もう出ていってよろしいです?」

「空気読んでくれてありがとう! でも終わり終わり!」

「かしこまりまして。ああ、茅羽夜、久しぶり。大きくなったね」

「先生こそ、相変わらずなようで何よりです」

「今は感動の再会してる場合じゃないですけどー⁉︎」

 二人が飛び上がったのと逆に計都がひらりと真陽瑠に向かって疾る。けれど白刃は真陽瑠の衣を引き裂くだけだった。腕は切り落とした跡から接木のように生え、鈴の首を捕らえて引きずり下ろす。

「鈴ッ!」

 ギリギリと宙に締め上げられる中で悲鳴のような茅羽夜の声が聞こえた。視界の端見えた茅羽夜と計都の体に同じような腕が絡みつくのが見える。

 鈴の喉に細い手がぎりぎりと食い込んだ。必死に抵抗するけれどだんだんと指先の力が抜け、意識が朦朧としていく。

(せっかくここまで来たのに!)

 ────その時だった。

 シャン! と折り重なったような音色が鈴の周りを囲った。途端に喉を掴んでいた腕がどろりと溶けた蝋燭のようになって、一気に呼吸が楽になる。真っ逆さまに落ちていくのを誰かに抱きとめられた。せき止められていた気道に酸素が流れ込み、鈴は咳き込みながらその誰かを見上げる。

「……なん、で」

 それは茅羽夜でも、計都でもない、予想にもしなかった人物だった。

「へ、陛下……が、どうして」

「ああ良かった、どうやら間に合ったようですね」

 奈月彦の後ろから降りてきたのはこれまた予想だにしない人だった。

 縁寿は全速力で階段をかけ上ったかのように汗を拭い、疲れきった表情を浮かべている。

「え、え、な、なんで二人が一緒にいるの? 縁兄さんは陛下を裏切って御方様についたはずじゃ……」

「ええ、そうですよ。この人と義父の命令でね」

 そう言って、縁寿はやれやれと言ったように肩をすくめた。

 この人と視線を投げられた奈月彦はそれに何も返さず、そろりと鈴を地面に下ろす。

 尚も伸びてくる白い腕に向かって奈月彦が何かを呟き、指で空を切る。計都がすかさず太刀でそれを薙ぎ払い、茅羽夜もなんとか脱出した。

「斎王が茅羽夜様を帝にしようと画策していたのは分かってましたが、中々尻尾を掴ませて下さらなかったので、一芝居打たせていただきました。そのため、露草と宝生殿に二人を見張らせていたんです。鈴たちが乗り込んでくるだろうと言うのは予想済でしたので、それに乗じて陛下を脱出させる手筈だったんです」

 あ、松葉にはさっき会って伝えておきましたので。などとけろりとしていう兄に鈴はおろか、駆け寄ってきた茅羽夜も唖然とした。露草はまだしも、あの宝生が奈月彦や縁寿の手の者だったとは気付きもしなかった。というより、すっかり忘れていた。

「なん、な、なんで教えてくれなかったの!」

「鈴も松葉もすぐ顔に出るでしょう」

「ぐ……」

 正解だった。さすが兄、弟妹の性格をよくわかっている。

「……でもそんな危ない橋、慎重派の縁兄さんがよく渡ろうと思ったね」

「陛下が良しとなさったので、そう悪い方へはいくことはないと分かってましたから」

 奈月彦の方を見ると相変わらずの無表情である。だがその紫の瞳にはどこかほっとしているような、こうなって欲しくなかったというような、複雑な色を浮かべている。

「……私もお前と同じ母から生まれた。そういうことだ」

「あ……」

 鈴には予言の力は受け継がれなかった。だから、そういう事なのだろう。

「とりあえず、今は悠長に話している暇はないんじゃないのか」

「え、あっ」

 真陽瑠の存在をすっかり忘れていたとは言わないが完全に蚊帳の外にあった。はっとしてそちらを見れば、真陽瑠の歪にゆがんだ唇から炎が吐き出され、大きく燃え上がるところだった。鈴は慌てて結界を張った。もはや先程の真陽瑠とは全く違う、速さも威力も人外のそれだ。

「て言うかまって火吐いたけど⁉︎ なんで⁉︎ 絶対あれ御方様じゃないよね⁉︎」

「いや、あの人なら火くらい吐きそうだけど……」

「そうだな。姉上なら有り得る」

「守千賀様もだけど、皇子様たちの中の御方様って一体どうなってるの……」

 揃いも揃って自分の肉親を何だと思っているのか。

 いや、確かに鈴も何度か妖怪っぽいなとは思ったことがあるけども。

「ですが確かに、あれはもはや人でありません」

「え」

「あれこそが皇家の血に刻まれた陽の呪い。恐らく茅羽夜の中にあった呪いを、あの方が飲み干してしまった。あれは既に茅羽夜と鈴を殺すまで止まらないでしょう。もはやあなたの知る真陽瑠はいません」

「そんな……」

「そうか、わかった」

 絶句する鈴とは対照的に、再びこちらへ伸びてくる腕を叩き切りながら茅羽夜は何でもないような口調で言った。

「茅羽夜、待って、何するつもり?」

「何って、あの人を殺す以外に方法はないでしょ」

「簡単に言わないでよ!」

「あの人が選んだことだ。あの人は俺を、父上の愛を求めるがあまり目が見えなくなってしまわれた。自らを焼くだけでなく、周囲もすべて巻き込んで」

「それでもあの方はあなたのお母上なんだよ!」

 彼女の愛情がどれだけ歪であったとしても、例えばそれが自らも全て焼き尽くすような業火であったとしても彼女が子を愛そうとしていたのは事実だ。身を、世界を焦がすほどの痛いくらいの愛情。

(────もしかしたら、迦具土もそうだったのかな)

 彼の愛情は手を添えた相手を焼き、自らも燃やし尽くしてしまった。それが呪いとなって血筋に継がれ、二千年もの時を経て、鈴たちの前に立っている。

 彼らの愛情は炎そのものだ。凍えた指を温め、奮い立たせてくれるけれど、掴めば火傷をして傷付く。風に煽られ、誰かを傷付けることしか与える術を持たない。

 憐れだとは思わない。けれど、悲しいことだと思う。

 首飾りを握り、鈴はぐっと顔を上げた。

 あれが陽の呪いだというのなら、鈴にも出来ることがある。

「彼女のことは、わたしがなんとかします。だから、陛下と計都は御方様の力を出来るだけ削いで頂けませんか。縁兄さんは三光と風早さんを安全な場所に」

「私は異論ありませんよ。今上陛下はどうなさいます?」

「……いいだろう」

 奈月彦は腰の太刀を抜き、地面に突き立てた。そこからぶわりと、青い炎が狐の尾のように立ち上る。風に射干玉の髪が揺蕩う。計都は瑠璃の耳飾りを噛み砕き、その炎風に吹きかけた。きらきらと瞬く星のような刃が真陽瑠を襲う。

「ああああああああああああ‼︎」

 獣の咆哮がそれらを弾き、真陽瑠の体から白い手が再び邪魔者を始末しようと伸びてくる。それはまっすぐ、術を組む鈴を捉えていた。

「!」

 バチっと紫電が疾る。立ちはだかっていたのは、奈月彦だった。

「虫けらごときが、わらわの、邪魔を、するなあああああああああ!」

 結界が罅割れ、硝子の繭が割れる。真陽瑠が跳躍すると、奈月彦は小さく笑った。

「……そうか。もう、私すらわからぬか」

 いつもの淡々とした声音のなかに、寂しさが垣間見えた。

 けれど次の瞬間、奈月彦が大きく踏み込み、真陽瑠の腕を断つ。その太刀筋に迷いはなかった。ぐらりと小柄な影が傾く。鞠のように跳ねた真陽瑠の体を計都の術が縫いとめる。

「今です!」

 鈴は頷いた。茅羽夜の方を見ると、彼もまた小さく頷いて鈴の手を取った。

 それだけで何でも出来る気がした。

 

「掛けまくもかしこ月陽大御神つきひのおおみかみ、諸々《もろもろ》禍事(まがつこと)罪穢(つみけがれ)有良(あら)むをば、祓給はらいたま浄給きよめたまえともうす事、八百万やおよろず神等共かみたちともきこしめせと畏み畏みもうす」

 

 透き通るような声に応えるかのごとく、光が胸の真ん中から溢れた。

「あ、ああ、あ……ああ……ッ!」

 光を恐れるように真陽瑠が腕で顔を隠し、後ずさる。鈴の首に掛けられていた首飾りから真珠のような光がばらばらと弾けて飛び散った。

 その粒を指先でなぞり、織るように束ねていくと海色の星が手に現れた。

 ちかちかと強く瞬くそれを鈴は茅羽夜へ捧げる。


 少女の瞳に映るのは彼女だけの東の龍。

 この地に生まれ落ちた、最期の神様へ。少女はただ、希う。

 

「茅羽夜」


 ────わたしの星を食べて。


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