二十三
断続的な地揺れに松葉は顔を上げた。まるで何かが足元を這い回り、巨体を震わせているような揺れ方だ。思わず白耀殿の方を見ると前の方から「心配か?」と声がかけられる。ああは言ったものの、やはり付いていくべきだったかと少しばかり後悔した。
「……そりゃあ、まあ」
「大丈夫だよ、姫宮なら何とかするさ」
「しょうがねぇだろ、俺はあいつの兄貴なんだから」
松葉の中で鈴は自分の後ろにいつもくっついて、てちてちと歩いているような娘だった。例え血が繋がっていようがなかろうが、いつまでも可愛い妹なのだ。
「でも、もし、あいつの母親があいつを置いていかなかったら、この役目はお前のもんだったんだろうな」
「そうだったかもな。でも、俺があの子の兄だったら今の姫宮は生まれなかった」
「? そうか?」
「気付いてないの? 君たち、中身そっくりだよ。底抜けに明るくて、お人好しで、他人のためにばっかり一生懸命になって。きっと、あんたが手を引いてきたから姫宮は今、多くの人に助けられているんだ」
「それはあいつが、自分の力で掴んだものだ」
いつも、転んだ妹を起き上がらせるのは松葉の役目だった。それに縁寿が薬を塗ってやり、母が呆れながらも泣く鈴をあやす。それが松葉たちの家族の形だった。
自分も養い子であった事実は松葉を痛めつけたりしなかった。
だって、三人がいたから。三人とも大事な家族だったから、寂しくも辛くもなかった。
その中で鈴は初めて松葉が「守る」側にいた女の子だった。
近所の木に登って落ちるわ、山に一人で入っていくわ、男子と取っ組み合いの喧嘩はするわで少しも目が離せない子供だった。
国が荒れ、その余波に煽られた時、自分を人買いに差し出そうとしたこともあった。
まだ六歳やそこらの娘が、必死に自分を売ってくれ、そうしたら冬は越せるだろうからと懇願する姿に、松葉も母も烈火のごとく怒った。それをきっかけに松葉が半ば家出のように士官した時も、鈴はひどく落ち込んで、乾涸びてしまうのではと思うくらいに泣いた。
親に置いて行かれた鈴は、たぶん、無意識のうちに置いていかれることに恐怖を感じていたのだろう。
そしてそれは、たぶん、松葉も同じだった。
母と兄を見ていると、どこか自分が仲間外れになっているような気持ちになることがあった。今思えば血の繋がりだとか、そういうものだったのかもしれない。
だから鈴が来た時は嬉しかった。自分だけじゃないと思えた。
一人が二人になって、ようやく、四人になれた気がした。
四人を守りたかった。家族を守りたかった。松葉にとって世界は家族だった。
────でも、他の三人は違う。
鈴も縁寿も、守りたいものは別にあった。
松葉だけが固執しているみたいで、それが、少し、寂しい。
「そういうわけではないんじゃないの」
松葉の心境を見透かしたのように青幡が言った。
「彼女が自力で掴んだのは間違っちゃいないよ。でも俺があの子の兄だったら、姫宮は島の中で完結して、若宮くんと出会わずに生涯を終えただろう。俺が育ててたら木登りなんてさせなかったし、何ならもうちょっと賢かっただろうし」
「おい」
「でもあの子は他でもない松葉の背中を見て育って来たから、今いろんな人に愛されて、たった一人のために走っていけるんじゃないの」
────まつにいちゃん。
こちらに伸ばされた小さな手が眼裏に浮かぶ。
自分の後ろを付いて回っていた幼子。
共に駆けた菜の花畑。抱き上げて見た夏の夕暮れ。空を泳ぐ赤蜻蛉。手を真っ赤にして作った雪兎。
あんなに小さかったのに、今では松葉の手を離れて己の半身を救うために駆けていく。
それが寂しくて切なくて、やっぱり、誇らしい。
「……娘を嫁に出す父親ってこういう気持ちなんかな」
「知らないけど。でも、そうかもね」
「ははは。なら、その娘のためにもうちょっと頑張りますか」
ぐっと得物を握って、松葉は笑う。そして足早に先程さっくり捕まえた近衛兵に吐かせた奈月彦が閉じ込められているという地下牢へ向かう。
この道の先に、あの子の笑顔があるはずだから。




