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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
五章 星を喰らうひと
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十七

「じゃあ、次は具体的な話をしようか」

「術者と術の系統、それから御方様の兄君の居場所ですね」

「ああ。とりあえず東側の国……一から五までは水早に任せていいだろう。あれならそのくらいの範囲、余裕で囲える」

 さらりと言っているが、一国から五国まで一体どれだけ距離があると思っているのか。人の血が入っているとはいえ、やはり神の直系は規格外だ。

「あたしは九、十と十一の半分までが限界だ。十一の残りと十二、それから八から六までが守れる術者が要る」

「なら、北は僕がやろう」

 手を挙げたのは三光だった。穂乃子もそれを初めから折り込み済みだったのか「そうだな」と特に言及することなく話を進める。

「あとは八から六国ね……」

「それに関しては一つ、当てがある」

「当て? 婆さまに?」

「あたしの弟子が八国にいる。子供の頃少しばかり預かっただけだが、お前の姉弟子のようなものだな。鈴も松葉も会ったことがあるだろ」

 そう言われて思い浮かぶのはあの、訛りのある口調でころころと笑うご婦人だった。つい先日、彼女のことは話題にのぼったばかりである。

「ま、まさか……」

「そのまさかです」

 突如降ってきた声に鈴を始め、誰もが弾かれたように顔を上げた。しかし思い描く老女の姿はどこにも見えず、かと思えば穂乃子の手元から小さな紙人形がふわりと宙に浮かんで紙人形はくるくると回り、彼女の肩の上で器用にお辞儀する。

「久し振りやなぁ初菫の。元気にしてはりました?」

「八雲様! はい、この通り元気です」

「それはようございました。そちらに顔を見せられんで、堪忍え」

「いえ、そんな……まさか八雲様が婆さまのお弟子さんだったなんて……」

「口止めされとってん。そこの意地の悪い婆……御師(おし)さんに」

「誰が意地の悪い婆だ。お前もとっくに婆だろうが」

「またまた。私なぞ御師さんの足元にも及びません。何しろ桁が千違いますわぁ」

 うふふ、ははは。朗らかな笑い声(朗らかななのは声だけだが)が飛び交う中、鈴はそっと腕を擦る。もう春を迎えるというのにやたら寒い。この寒さは山の中だからというわけでもないだろう。

「ま、そういうことで六から八まではこの八雲が承りました。我が主人のため、ついでに珍しい御師さんからの頼み事ですし、微力ながら力を尽くしますわ」

「ありがとうございます、八雲さま!」

「でもちょっと手が足りひんのよ。誰か天龍に縁のある術者、おらへん?」

「それならオレと、オレの妻と義兄が手伝おう。オレの妻は天龍山の山守の一族だ」

 部屋の外から守千賀が提案する。八雲は少し考えるように黙り込んだ後「そら、適任やね」と言った。

「術者の確保はこれで整った。あとは双玉か……」

「婆さまの弟さまは一体どちらに?」

「それはあたしじゃなくて、そこの色男の方がよっぽどご存知じゃないのかい?」

「僕ですか?」

 名指しされて三光は少し目を丸めた後、顎に指を引っ掛け「いや、でも、確かに……」と何やらぶつぶつ言っている。

「一つはかげとなり幽世かくれのみやに鎮みけり。りんを鍵にくらの宮、黑き守人はあぎとに消えゆ────」

「それ、十二国に伝わる神話の一節よね? それが何か……」

 そこまで言いかけてはっとする。頷いて、鈴の言葉を三光が引き継ぐ。

かげは月の双玉、つまり月は幽世に沈み、冥の宮にあるんだ。その宮の守人……黑き守人が、龍神の子なのでは? そして守人はあぎと……顎龍山にいる」

「顎龍山に……そうなの?」

「ああ、その通り。そして顎龍山へはここの祠から飛べるってわけだ」

「しかし十二国へ飛ぶのは危険すぎませんか?」

 青幡の疑念は最もだった。十二国の龍脈は元々出雲の手に落ちていた。そっくりそのまま真陽瑠の手にあると見ていいのではないか。飛んでみたら敵陣真っ只中なんてさすがに考えたくない。

 だが、穂乃子は笑みを崩さず「それに関しては問題ない」ときっぱりと言い切った。

「あの狡猾で執念深い男が易々と龍脈全てを手放すわけがない。いくつかは囮にくれてやるだろうが、顎龍山の龍脈は絶対に死守するだろ。どちらにせよ、術のためにそこの色男は顎龍山へ戻らねばならん。時間もない。結果は変わらんだろ」

「それはそうなんだけど……」

 不安が拭いきれない鈴をよそに、穂乃子はこれで話は終わりとばかりに立ち上がった。

「今夜はここに泊まっていくといい。少々狭いが、皆喜ぶだろ」

 

 その後、鈴はあちこちから引っ張りだこになって、友人たちと抱き合って再会を喜びあった。百合絵も玉藻も里の者は皆、まるで何も変わらない。ただ一人の鈴として接してくれることが、何より嬉しかった。

 夜になると広場には火が焚かれ、各家庭から料理を持ち込んで小さいながらも宴が催された。どこから持ってきたのか松葉や三光たちは男衆に混じって酒盛りまでしている。その宴を横目に、鈴は婆さまのいる社へ足を運んだ。

 広場から少し離れた所にぽつんと建っている社を覗く。しかし、部屋のどこにも婆さまの姿はなかった。

「婆さま? お料理いくつか持ってきたよ、どこいったの?」

「ここだよ」

「?」

 上の方から声がした。外に出て見上げてみると、屋根の上にいた。篝火に照らされて夜闇に浮かぶ雪の髪はまるで月明かりのように淡く輝き、彼女が指を振るとふわりと体が浮かび上がる。

「わ、わっ! ……もう、婆さま!」

「このくらいでビビってんじゃないよ。木から落ちたのはほんの五、六歳くらいだろ。まだ高いとこが苦手なのかい」

「べ、別に平気ですし!」

「はいはい」

「あっ」

 鈴が持っていた皿から干し杏を奪って口に放り込む。婆さまの手には白い酒瓶が握られており、干し杏を咀嚼したあと、彼女はその酒瓶にそのまま口をつけて飲み干した。「行儀が悪いわ」と鈴が窘めると「ここではあたしが掟だから」としれっと言う。

 呆れながら、鈴は婆さまの隣に腰を下ろした。

京都みやこはどうだった」

「たくさんの人がいたわ。それで、いろんなことを知った。世界は自分が思っていた以上に広くて、自分がどれだけちっぽけなのか、思い知った」

「そうかい」

 この一年、本当に────いろんなことがあった。鈴はぽつぽつと隣に座る婆さまにこの一年どんなことがあったか話した。

 後宮での暮らしは初めての連続だった。葵依や銀朱たちと出会い、本当の両親のこと、異父兄弟の存在も知った。

 この里にいたらきっと一生知らなかったもの、出会わなかった人たち。

 そして、ようやく見つけた自分の半身。

 茅羽夜の話をすると、婆さまはふっと笑って、どこからともなく新しい酒瓶を取り出した。一体何本目なのか。

「行きたくないって、最初はあれだけごねてたってのにねぇ」

「……うるさいなぁ」

「でもまあ、安心したよ。あたしの目に狂いはなかったってことだ」

「?」

 ふふっと紅も塗っていないのに艶のある唇に笑みを乗せる。

「お前の入内話を持って松葉が帰ってきた日にね、若宮があたしを訪ねてきたんだ。十年前のお礼と謝罪、それから娘を貰い受ける挨拶と、必ずお前を守り抜くことを誓いにね」

 本当は黙っててほしいって言われたんだけどねぇと、空を見上げながら言った。

(知らなかった……)

「一目でわかったよ。こいつが龍の神子だってね。そしてやはりこれが、お前の運命なんだと悟ったのさ。あたしは予知能力はからきしだけど、でもお前たちならどんな逆境でも立ち向かっていけるだろうって思ったんだ」

「婆さま……」

「鈴、お前は良くやってる。あたしの自慢の娘だ。子供っていうのは親をいつのまにか追い越して歩いていく。その背を見送りながら、あたしたちはお前たちが迷った時に、その背中を押せるようにちゃんとここにいるから」

 膝の間に顔を埋めると不意に頭を撫でる感触がした。そのせいで一気に目の奥が緩んでいく。

 足元からは広場での宴で小鞠が笛を吹いているのが聞こえてくる。ここまで響いてくる笑い声、篝火に照らされる楽しそうな影、嗅ぎ慣れた土と風の匂い、二度と見ることは叶わないと思っていた満天の星々。

 鈴の生まれ育った場所だ。この森が、人たちが、鈴を育てた。

 この人たちがいたから鈴は茅羽夜に会えた。最初は嫌いだった青幡も三光も、裏切られたと思っていた松葉も、ここにはいない銀朱や葵依たちも。

 皆がいるから、鈴は安心して彼を迎えに行ける。

 それがどれだけ────かけがえのない、尊いことか。

「ほんとに、お前はいつまでたっても泣き虫だねぇ」

 小さい子をあやすように背中を撫でられて、鈴は何も言えずただただ、静かに泣いた。

 


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