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東龍の花嫁  作者: 朝生紬
一章・東の龍と西の娘
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 翌朝、ぱちりと目が覚めた鈴は久し振りに爽快感に体を伸ばした。気怠さや頭痛はさっぱり消え失せ、障子の下に嵌め込まれた雪見硝子から射し込む陽に目を細める。うんと体を伸ばすと手足の節々がぱきぱきと鳴り、随分固まってしまっていたのでこれは暫く馬の鞍がしんどいかもしれないなと思った。

「お早う、鈴」

「縁兄さん!おはよう」

「ああ、もうすっかりいつもの鈴だね」

「うん!」

 身体を起こした頃、盆に朝餉と薬湯を乗せた縁寿が部屋に入ってきた。しかし元気になった途端、兄の煎じる苦味と辛味の絶妙に混ざり合った薬湯の味を思い出して顔を歪める。食べた粥の味を全て吹き飛ばし、口内に嵐を巻き起こすその煎じ薬の匂いを嗅ぐだけで再び床につきそうだ。良薬は口に苦しというが、そんな生優しいものではない。一周まわって毒なんじゃないかとも思う。身体的には薬でも精神的には猛毒だ。

「……もう元気なんだけど……」

「ならこれを飲んだらもっと元気になれますね」

「鬼……!」

「可愛い妹の為なら私は鬼にも蛇にもなりましょう」

「うう……」

 むしろ床へ逆戻りしそうだが、効果の高さは身をもって知っていたので鼻を摘みながら飲み干した。口に広がるえぐみのある苦味の後に喉を焼くような辛味、いや最早刺激に二、三度噎せ込む。一体何を入れたらこんな味になるのか。この味が嫌で、鈴も松葉も風邪一つ引かない健康優良児になれたのかもしれない。

 お茶で口を落ち着かせながら、ふといつもなら支度を手伝ってくれる小鞠がいない事に気が付く。

「小鞠は?」

「もう出発しましたよ」

「……?待って、どういうこと?」

「松葉と小鞠殿は此処から別行動になります」

 宿の者が持ってきたのは、若草色の単衣と朱色の小袖といった壺装束だった。その上に市女笠と虫の垂れ衣が乗っている。公家の女性が徒歩で外出する時の装いだ。

 お腹のあたりを素手で掴まれたような感覚が、じわじわと上ってくる。小鞠と最後に会ったのは、いつだったか。思い出せない。

「宮様の妃が狙われていたのは、賊の言からも明らかです。あの場にいたものたちは皆捕らえましたが、まだ仲間がいる可能性が非常に高い。故に話し合った結果、小鞠殿を偽の花嫁に仕立て、先に行列を再開する事になりました」

「なんで!」

 だんっと力任せに畳を叩く。飲み切った湯飲みが一瞬浮いて、盆の上に転がった。縁寿は鈴が怒る事も想定内だったようで、静かな声で「落ち着きなさい」と諭すように言う。

「どうしてそんな事したの!?そんな、小鞠はそんなことの為に付いてきて貰ったんじゃないのに!」

「この為に付いてきて貰ってんですよ。鈴が知らないだけで、小鞠殿は初めからそれを承知で付き添い下さっていたのです。行列が始まる前から」

 今度こそ鈴は絶句した。初めから自分の身代わりになるように決まっていた?小鞠が?それを承知で、ここまで付いてきてくれたのか。

 固まる鈴を他所に縁寿は淡々と盆を片付け、一枚の文を差し出した。そこには「鈴へ」と小鞠の小さなころころとした字で書かれている。

「鈴には私と茅羽夜殿が付きます。鈴の支度が済み次第、出発しますから」

 そう言って、縁寿は部屋を出て行った。怒りで震える指で、文を開く。

 そこには黙っていた事への謝罪と、松葉が守ってくれるから自分は大丈夫だという言葉が並んでいた。むしろ松葉が近くなる分、役得だとまで書いてる。

 《お宮でまた会おうね。先に行って待っています》

「……ばか」

 青い顔してたのに。命の危機に晒されて、怖くないはずないのに、鈴は彼女の悲しみに寄り添ってやれなかった。小さい頃からいつも自分の手を引いてくれた友人なのに。けれど友人だからこそ、ここで鈴だけがぐずぐずとしているわけにいかない。

 文を畳んで、鈴はすぐに支度にかかった。小鞠が纏めてくれていた風呂敷に文をしまって背負い、笠を持って部屋を出るとすぐそばの柱に茅羽夜が待っていた。

 数日寝込んでいた間に、彼もすっかり回復したらしい。使者の出で立ちではなく墨色の上衣と細身の袴と、足元は膝下まである見慣れない革の靴で、銀糸の刺繍の入った外套を羽織っていた。だがそれ以外はあらゆる方向に跳ねた髪は無造作に括られ、腰に玉の下がった愛剣を佩いている。いつも通りの彼だった。

「お待たせしました」

「いえ。縁寿様は街の門前でお待ちです」

「わかりました。あ、でもそうだ。これからは、茅羽夜様と縁兄さんと、旅をするんですよね?」

「そうですね」

「でしたら私を姫様と呼ぶのはまずいですよね?」

 言いたい事が伝わったらしい。茅羽夜は目をすがめて抗議するものの、鈴は譲る気などさらさらなかった。小鞠の一件を自分に黙っていたのだ、これくらい聞いて貰わねば。

「なので今後わたしのことは鈴とお呼び下さい。敬語も要りません。そうですね、歳の離れた医者兄妹が都にいる家族へ会いに行くというのはどうですか?畏った間柄だと、やはり勘付かれましょう。……ね、我ながら良い案だと思わない?茅羽夜」

 にっこりと微笑みかければ、茅羽夜は何か言いたげだったが、鈴が言い出したら聞かない事をこの短期間で学んだようだった。わかったという短く返答が返ってくる。そしてすぐに外套を翻してさっさと歩き出してしまうので、鈴は慌てて彼に続いた。背が高い分、茅羽夜の方が歩くのは速いだろうと思ったのだが、意外にも彼の横をついて歩くのは苦じゃなかった。

「早く行くぞ、日暮れまでに次の街に付かないといけないから」

「うん!」


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