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取り合わせ短編集

本好きの鳥山さん

作者: 服部

今日も鳥山さんの朝は早い。

一番鶏が鳴く前に起きて

黄緑の縁取りのある鏡の前で顔を洗うと

千鳥模様のあるテーブルクロスが掛かった机で朝食を摂る。

今朝のメニューはスニッカードゥードルクッキー。

朝刊を読みながら紅茶を頂く。


鳥山さん今日は朝からお出かけ。

コートを羽織り颯爽と外へ。

空気が澄んですがすがしい朝だ。

細い路地を縫って歩けばそこは行きつけの書店。

外観からでは書店だと分からないが

よく見ると、小さく隠すように鶴屋書店と書いた看板がある。

相変わらず客が居らず、閑古鳥が鳴いている。

中に入るとよれた燕尾を着た店主が何か作業をしている。

聞けば本を整理しているとか。


「1人だと難儀だ。こりゃ積羽舟を沈んじまうな。」


という訳で鳥山さんも手伝う事にした。

『青い鳥』はこっち。

『鳥獣戯画』 はこっち。

トリックの本はこっち。

『トリカブトの扱い方』は。

『3人の騎士』は。

旅行本は。

しかも本だけではなく『香港島 鳥瞰図』なんてのもある。

鴫の羽搔きの様な量である。


鳥山さんが


「これは……終わるのかな」


と漏らすと

店主は


「これは……終わるのかな」


と鸚鵡返しをしたあと


「さっきの逆だよ。鳥の羽も1枚ずつ処理すればいずれ終わるさ。」


「それはそうなんですけど…何処までやるんですか?」


「そうさな………取り敢えずここらまでかな。」


巣を作る鳥のように黙々と作業していた。

ふと店主が


「ん。もう酉一刻か。早いなぁ。」


「…そんな言い方なさるのは貴方くらいですよ。

ちなみに僕、此処に巽の頃くらいに来たのですが。」


「すまんな。何でも1冊持って行って構わねぇから。」


「仕方ありませんね。」


そう言って鳥山さんは本棚を鷹の目の様に鋭く眺めた。

その様子を見て店主は


「今泣いたカラスがもう笑いやがる。」


と豪快に笑った。


「しかしここは色んな本が目白押しですね。いつまでも居られそうだ。」


「オレが渡り鳥の如く、世界中を翔け回って集めた本達だからな。

雀の涙より少ない手持ちから何とか工面して、時には土下座までして買い付けたもんさ。」


「私が言うのもなんですが、本がお好きなんですね。」


「あぁ。小さい頃はお袋に幸福な王子を読んでもらってな。

それからだな。本との付き合いは。」


「雀百まで踊り忘れず。ですね。」


「そうだな。踊りを忘れるどころか、それしかやってなかったもんでな…

今だにつがいがいねぇのよ。」


店主はまた豪快にはっはっはと笑ったあと声を落として言った。


「跡取りも居ねぇし、俺の足もよだかみてぇによたよたしてきやがった。

そろそろ鳥のように人生の後片付けしねぇとなぁ。」


しみじみと噛み締めるように店主が呟いた。

突然の告白に鳥山さんは豆鉄砲を食らった気分になり


「そんな事言わずに長生きして下さい。ほら鶴屋書店でしょう。鶴のように千年生きて下さいよ。」


と努めて明るく、真剣に取り合わない様な態度を取った。

彼にとり、この書店が無くなる事は現実的に考えられなかったのである。

此処は羽を休める場所であり、空想の世界に飛び立てる窓でもあった。

此処が無くなるという事は、とりもなおさず羽をもがれる事だ。

もう次の言葉も出てこない鳥山さんに店主は意外なことを言った。


「俺もこの本たちをここに取り残して行くつもりはねぇ。飛ぶ鳥跡を濁さずってな。だからよ。アンタ、こいつらの引き取り先になるつもりはねぇか。趣味じゃねぇ本もあるだろうが…それは遺品整理だと思って流してくれや。」


鳥山さんはまたも豆鉄砲を食らわされた。

素っ頓狂な声で


「ですが…この本たちは貴方が苦心惨憺して一生懸命集めた本です。それをひょいと私が引き取ってしまったらまるでトンビの如し行いではないですか。」


店主はなんだそれと笑いを堪えながら聞いていた。


「勘違いするなよ。アンタだからやるんだぞ。他の、素性も本の良さも分からねぇ様なアホウドリだったら此処で腐らせた方がマシだ。いくら俺がバカでも托卵する相手ぐらい選ぶわい。」


と雉の様に喧々言った。


「…………分かりました。では責任もって私が引き取らせて頂きますね。」


店主の本への親愛と思いやり、

そして自分そんな本を溺愛する店主のお眼鏡にかなった

嬉しさが滲み出た声で答えた。

店主はヤレヤレ、嫁入り先が決まって良かったなどとのほほんとしていた。


外を見ると、もう真っ暗に包まれていた。


「おっと。もうこんな時間か。今日は1日付き合わせて悪かったな。

1冊、いや。もう全部アンタのだったな。持ってけば良い。」


「いえ。まだ結構です。貴方の目がまだ鵜の目のように眼光炯炯であるうちは。」


では。と言って鳥山さんは行ってしまった。


「嘴の黄色い生意気なヤツだと思ってたが、なかなかどうして俺の方が嘴を鳴らしたくなるな。」

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