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ティレーズの出産

ノア様にベタベタに甘やかされた翌日、少し寝不足のまま私達は支度をし、ヘンリー陛下とナンシー王妃に挨拶をして、ロングアイランドを後にしました。

途中、お義父様、お義母様、ノエルへのお土産もゲットしました。


途中の馬車の中で、私は気がついたらエドワードと肩を並べてお昼寝をしていました。

いくら、ノア様とマルコしかいないからって、流石にこれは気を抜き過ぎですわ。

でも、昨夜あまり眠れなかったのは目の前でニコニコしているノア様のせいで……


私は気恥ずかしさと腹立ちからノア様を睨みましたが、ノア様は蕩けそうな笑顔を浮かべるだけ。

その隣ではマルコが砂糖を吐きそうな顔をしています。


そう。

マルコと言えば、ティレーズの出産は終わったのでしょうか。

私が帰るまでは産まないでね、と言ってありますし、紙鷹も届いていないので、まだ生まれてはいないと思うのですが。

マルコも、内心気になって仕方ないのではないでしょうか。

私たちの従者として付いてくることになったばかりに、出産の時にそばにいられないなんて、悪いことをしたかしら。


そんな私の考えを読み取ったかのように、マルコは言いました。



「ティレーズの出産のことなら、お気になさらないでください。リリー様もマリアンヌ様も産婆も付いておりますし、男にできることはないと陛下を見てよく分かっておりますから」



ぐっ、とノア様が小さく呻きます。



「それでも、産まれてすぐの赤ちゃんには会いたいでしょうし、頑張ったティレーズについていてあげたかったのではないの?」


「王妃様が、帰るまでは産むなとおっしゃいましたからね。きっと、本当に王妃様が城へお戻りになるまでは産まないでしょう」



え、いや。

確かにティレーズに無理難題を言ったのは私ですけれど、赤ちゃんが下りてきた時が産み時。

流石にそれをコントロールすることはできないと思うのですが……



「ティレーズの王妃様への忠誠心は並々ならぬものがあります。きっと、お腹の子供にもしっかり言い聞かせているでしょう」



確かにお腹の子供にも声は聞こえますし、母親の感情を感じることもできるといいますが、そこはさすがに無理じゃないかと……



「お前、ティレーズに似た赤ん坊と自分に似た赤ん坊どちらがいい?」



話を変えるようにノア様が尋ねます。



「そうですね……私は自分で言うのも何ですが、あまり人相が良くないので、ティレーズに似た子がいいですね」


「男の子と女の子なら?」


「どちらでも、ティレーズに似てくれるなら構いませんが……強いて言えば息子でしょうか」


「あら、なぜ?」


「娘は嫁に出さなけれならないではないですか」



マルコ……生まれる前から娘は嫁に出さん、という父親の気持ちで溢れていますのね。

生まれた娘に対して、「この子は誰にも渡さん」という父親は世に多いですが、まさか生まれる前からなんて……


…………。


これってもしかして、フラグでしょうか。


「大丈夫よ、マルコ。婿をむかえればいいのだもの」


「それでも、他の男に渡すのは嫌ですね」



うん。

まだ娘が生まれるって決まったわけじゃないですからね?

フラグが立っている気がして仕方ありませんが。


ノア様もさぞドン引きしているのでは、とチラリと見ると、なぜかうっすら涙を浮かべています。



「の、ノア様?」


「くっ……いずれはノエルを降嫁させなくてはいけないなんて……!」



いえあの、ノエルはまだ幼児ですし、当分先のことだと思いますよ?

そうですね、王族の婚約する年齢から考えるとあと10年ぐらい?

………割と短いですわね。

5歳か6歳になったら王族としての教育も始まり、あまり会えなくなりますし……

うん。今のうちに思い切り可愛がりましょう。

もちろん、エドワードも。


隣に座るエドワードを見つめると、ノア様そっくりの薄茶の瞳で見つめ返されて、お母様胸がドキドキしてしまいましたよ。

この子ったら、この歳でこんな色気を放つなんて将来大丈夫かしら。



「ジュリア。見つめるなら私にしてほしいな」



ノア様が私の髪を1筋掬い、そっとキスを落とします。


ひいいい。

こ、こんな小さな息子の見ている前で何を!

それに、元祖色気大放出のノア様に見つめられて、私はもう鼻血が出そうです。

大丈夫?出ていない?



「昨日の夜だけで足りなかったなら、今夜も頑張ろうか」


「いえっ!決して足りなかったとかそういう訳では……」


「そう?私は少し物足りなかったけど」



足りなかったんですか!


赤い顔の私に、ノア様は優しく笑いかけます。



「3人目は、男の子か女の子か、どっちだろうね」



3人目を産むことは決定なんですね。

まぁ、私もまだ若いですし、比較的妊娠しやすい体質のようですから3人目もすぐに授かりそうな気がしますが。



「僕は弟がほしいです。どこで手に入りますか?」


「エドワード。妹や弟は買ったり貰ったりするものではないのですよ。

基本的にはお母様の身体から出てくるのです。

あなたもそうだったのよ。

もちろん、中にはお母様のお腹から出てきたわけではない子供を引き取ったりする場合もありますが、エドワードにはまだ早いお話ですから、もう少し大きくなったら話してあげましょうね」


「お父様の身体からは出てこないの?」


「赤ちゃんは、お母様のお腹でしか育たないのですよ。お父様のお腹には、赤ちゃんを育てる場所がないの」


「確かにお母様はフワフワだけど、お父様はゴツゴツしてるね。赤ちゃんもフワフワのほうがいいよね」


「そうね。だから、女の人から生まれるのかもね。

女の人はフワフワで壊れやすい身体をしているのだから、優しく大事にしてあげなければいけませんよ?」


「はい。お母様」



エドワードは真面目な顔で頷きました。

この時は思いもしなかったのです。

私のこのときの「優しく大事に」という言葉が元で、エドワードが天然のタラシになるなんて。



城へ帰ると、使用人の方々が出迎えに来てくださいました。

あら?

ポアロはいますけれど、マリアがいませんね。

お義母様のお仕事で忙しいのでしょうか。


ふと車止めを見ると、マリアンヌ様の家の馬車。


これは、もしかして……!



「ポアロ、ティレーズが産気付いたの?」


「はい、今朝方。そろそろ生まれる頃だと聞いております」



私はその言葉を聞いて、出来る限りの早足でティレーズの部屋へ向かいました。

本当なら、ドレスなんてたくし上げて走りたいところですが、たくし上げるには布の量が多すぎるのと、さすがに王妃がそれはまずい、というなけなしの理性が働きました。


コンコンッとドアをノックします。



「ジュリアだけれど、入っていいかしら」


「ジュリア様?どうぞ、お早く」



マリアンヌ様の声が聞こえて、私は滑り込むように部屋の中へ入りました。

私とは違い、ティレーズは難産なのでしょうか。

随分苦しそうです。



「ジュリア様。心配はいりませんわ。通常の初産であれば、このくらいは普通ですから」



そうでした。

ティレーズは初産でしたね。



「ティレーズ、もうひと踏ん張りよ!」


「その声は……王妃、様?」


「喋らなくていいわ。さあ、もう一度いきんで!」



マリアンヌ様の言葉に、ティレーズが息みます。



「待たせたわね、ティレーズ。もう帰ってきたから、産んでも大丈夫。

ティレーズの赤ちゃん、あなたもあまりママを困らせないでさっさと生まれてきなさい」



私が声をかけると同時に、バシャッと羊水の溢れる音がして、産婆さんの手に赤ちゃんが抱かれました。

その間にマリアンヌ様が手早く臍の緒を切り、赤ちゃんを清浄します。



「ほわあああ!」



響き渡る赤ちゃんの泣き声。

自分の時は必死過ぎてあまり泣き声に感動したりはしなかったのですが、こうして声を聞くと、幼い頃の思い出や、ティレーズが妊娠をしたと報告をしてきた時のこと。

悪阻で辛い思いをし、安定期に入ってからもお腹が張ったりして思うように仕事ができなかったり、二人で気晴らしに散歩したことなどが一気に思い出されて、号泣してしまいました。



「ジュリア様が泣いてどうするんです」



マリアンヌ様に呆れたように言われましたが、隣を見るとマリアも号泣しています。

そうですわよね。

やっぱり、泣けますよね!



その後、後産も無事に済んでティレーズが清潔なベッドに移されて、ようやくマルコの入室許可が出ました。



「ティレーズ!」



ノア様の時と同じように、ティレーズを抱きしめようとしてマリアンヌ様とマリアにピシャリと叱られています。



「お産は命がけなのよ!あなたは命懸けの闘いから戻って満身創痍の兵士を労りもせずに抱き潰すのですか!」


「すみません……」



少し凹みつつも、そっとティレーズの手を握り、マルコは涙ぐんでいます。



「ありがとう。命をかけて私の子を産んでくれて。生まれるまでも、辛いことが多かっただろう?本当にありがとう」


「私の子供でもあるのだもの。命をかけるのは当たり前だわ。それより、王妃様の帰還に間に合ってよかった」


「君はまた王妃様か……」



マルコががっくりと項垂れています。

私とティレーズの関係は、ポッと出のマルコなどには負けませんわよ?



「おめでとう、ティレーズ。よく頑張ったわね。元気な女の子よ」



寝かされたまま赤ん坊を胸に乗せられて、ティレーズが涙ぐみます。



「生まれてきてくれて、ありがとう」



話したいことは沢山ありましたが、出産直後の疲労困憊の状態のティレーズの側に長くいるのも可哀想なので、また来るから、と言ってそっと部屋を出ました。





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