王城での波乱
主人公視点に戻ります
ノア様にエスコートされて家に帰ると、私はそわそわとお父様の帰りを待ちました。
求婚をお受けする旨、お父様にお伝えして早く返事の手紙を書いていただかないと。
「お嬢様ったらそんなにソワソワとされて。
デートが楽しかったのは分かりますけど少し落ち着かれては?」
ティレーズに言われますけど、落ち着こうにも落ち着けませんわ。
やがて馬車の音がして、お父様がお帰りになりました。
慌てて玄関へお出迎えに向かいます。
「なんだ、ジュリア。そんなに慌てて」
「あ、慌ててなどいませんわ。
その、ノア王太子殿下に、お返事をお願いしたくて」
「受けるのか?」
「はい」
「ひとり娘のお前が遠国へ嫁ぐのは寂しいが、幸せなのが一番だ。すぐにでも返事を出そう」
やった!
これで、私とノア様の結婚が決まりましたわ。
翌日の朝一番でお返事を出していただくと、昼前にノア様から手紙が届きました。
王城でのお茶のお誘いです。
ティレーズに慌てて支度を整えてもらい、約束の時間に王城へ向かいました。
入り口に立っているのはイザーク様。
私を見て少し息を呑んだように見えましたけど、どこかおかしかったでしょうか。
「お嬢様への縁談の中に、イザーク様との縁談もあったではありませんか。お忘れですか?」
私の疑問に答えるように、ティレーズが教えてくれます。
言われてみればあったかもしれませんが、私にとってノア様以外の王子はみな目の保養に過ぎませんし、お断りしたことも忘れてましたわ。
「ジュリア様!」
ノア様の側近だというマルコ様に案内されて廊下を歩いていると聞きなれた声がいたしました。
振り返ると、きれいに着飾ったリリアン様。
「リリアン様、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ジュリア様。今日はどうしてこちらへ?」
「ノア王太子殿下からお茶のお誘いを受けまして……リリアン様は?」
「私はナード様からお誘いを受けたのですけれど……」
なんとなく歯切れの悪いリリアン様。
何かあったのでしょうか。
「これは、見目麗しい令嬢がお二人でどうしたのです?」
声をかけられて振り返ると、バロン王太子がいらっしゃいました。
この方、少し軽い方なので私はあまり好きではないのですが。
好きでなくとも、王太子ですから膝をついて淑女の礼をとります。
「お二方、とても可愛らしいですね。良ければこのあと私とお茶でも?」
バロン王太子が私の方に手を伸ばした瞬間、
「バロン王子。私の婚約者に気軽に触れないでいただきたい」
厳しい声が響きました。
「ノア王太子殿下」
私とリリアン様が淑女の礼をとります。
気のせいか、リリアン様の顔が赤い気がするのですが。
「なかなか来ないから迎えに来たよ」
ノア様は私の頭をなでて、隣にいるリリアン様に目を向けました。
「リリアン嬢。卒業パーティー以来ですね」
「ご無沙汰しておりますわ、ノア王太子殿下」
これはもしや……ゲーム補正?
リリアン様はてっきりナード王子と婚約されるものと思っておりましたが、今ノア様を見つめる瞳は恋する乙女のそれです。
リリアン様は主人公だけあって、見た目もお綺麗ですし、性格も良い方。
もし、ノア様の気が変わったら……
不安が顔に出ていたのでしょうか。
ノア様は私を抱き寄せて耳元で囁きました。
「そんな顔をしないで。私が想っているのは後にも先にもジュリア一人だよ」
「ノア様……」
「ではバロン王子、リリアン嬢。私達はこれで」
ノア様は軽く挨拶をされ、私の肩を抱いてその場を立ち去ろうと致しましたが、リリアン様に呼び止められました。
「あのっ、宜しければ私もご一緒しても?」
リリアン様?
あなた、ナード王子にお茶に誘われているんですわよね?
「いやあ、ノア王子はもてるなぁ」
「そんなことはありませんよ。私の目に映るのは婚約者のジュリアだけですし」
ノア様はバロン様に答えて、リリアン様に向き直りました。
「失礼、リリアン嬢。今日のお茶会はジュリアと二人きりで楽しみたいのでね。
それに、トリス国へ来ていただくにあたって、打ち合わせもありますし」
「そ、う……ですわよね。おかしなことを申し上げて失礼致しました」
今度こそその場をあとにして、ノア様にエスコートされるまま、王城内にある「秋の園」に辿りつきました。
王城内には、それぞれの四季に合わせた花の咲く、4つの園がございます。
今日は、そのうちの一つ、秋の園でした。
「嫌な思いをさせてごめんね?でも私が想ってるのは本当にジュリアだけだよ」
「ありがとうございます。ほんの少しだけ心配になっただけです。リリアン様は素敵な方ですから」
「そうかな。私にとってはジュリアの方が魅力的だけど」
その言葉に顔が熱くなります。
「今日は、ジュリアに喜んでもらえるように、色々なお菓子を準備したんだ」
テーブルにはアフタヌーンティーセットの他に、ケーキやクッキーが。
「おいしそうですわ!」
「喜んでもらえてよかった」
その後、1年間の王太子妃教育についての説明と、トリス国についての簡単な説明を受けました。
「トリスへ連れて行く侍女は決まっているの?」
私はそうっと、控えているティレーズを見上げます。
ティレーズは、やれやれといった顔をしながらも嬉しそうに私に頷きました。
「こちらの、ティレーズを連れていくつもりですわ。ティレーズ、ご挨拶を」
「ティレーズ・マキアントと申します。ジュリア様が幼い時から侍女として働いております」
「ティレーズは私にとって姉のような存在ですの」
「よろしく、ティレーズ。マルコ、挨拶を」
「マルコ・ミラーと申します。ノア様の側近としてトリス国を出てからずっと一緒に旅をして参りました。
ティレーズ、宜しければトリスまでの道中について詳細な説明をさせて頂きます」
「ありがとうございます」
ティレーズとマルコが立ち去って、本当にノア様と二人きりになりました。
「今日は急な誘いに応じてくれてありがとう」
「いえ。お会いしたいと思っていましたから、嬉しかったですわ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。このままでは毎日ジュリアを呼び出してしまいそうだ」
一口大に切ったケーキを、私の口元に運ぶノア様。
もうだいぶこの「あーん」にも慣れてまいりました。
「トリスへ嫁ぐのに、不安はない?」
「ないといえば嘘になりますが、私にはノア様が付いていてくださいますから」
「寂しい思いや嫌な思いをさせないよう、大切にすると誓うよ。何しろジュリアは、私の運命の相手だからね」
恥ずかしくて、コクンと頷くと、ノア様に頭を撫でられました。
頭を撫でるのは癖なのでしょうか。
そのまま頭を引き寄せられて、ノア様の顔が近づいてきます。
こっ、これはキス!
そっと目を閉じると、ノア様に唇を啄まれました。
「甘い。ジュリアはとても甘くて美味しいね」
甘いだなんて、きっとお菓子を食べてたからですわ。
でも、そう言われて悪い気はしないものなのですね。
私は照れて、下を向いてしまいました。
そのつむじにも、キスが落とされます。
「あ、甘いのはノア様の方ですわ」
「そうかな?確かに、ジュリアには甘くなってしまうかもしれないな」
クスクス、と笑うノア様はご機嫌のご様子。
「失礼!こちらにリリアン嬢は来ていませんか?」
甘い雰囲気をぶち壊す切羽詰まった声。
「ナード王子。どうなさったのです?」
「それが……お茶の途中で少し意見にすれ違いが出てしまい、リリアン嬢が飛び出して行かれたのです」
リリアン様、意外と我儘な方なのでしょうか。
「こちらには来ていませんが、なぜここだと?」
「それは……あまりにもリリアン嬢がノア殿下を褒めていたものですから」
ふぅっ、とため息をつくと、ノア様は諭すようにおっしゃいました。
「ヤキモチは程々に。それと、時には喧嘩も必要でしょうが、ちゃんと捕まえて置かなければなりませんね。
少なくとも、私たちのデートの邪魔はしないように」
「し、失礼をいたしました」
リリアン様、どうなさるおつもりかしら。
王城に来ているから、イザーク様ルートも可能になりましたし、バロン王子に声をかけられたから、バロン王子ルートも。
それとももしかして、バッドエンドルートに入られたのでしょうか。
まあ、モブキャラの私には関係のないことですけれど。
ノア様にさえ、手を出さなければ。