新たな政策
それから数日かけて、お義母様やマリアンヌ様と相談した結果、貸与型の奨学金制度と孤児院の設立が最終候補として残りました。
奨学金制度は、貧困層をターゲットとし、専門職…例えば建築家や大工、お針子、医師、看護師、教師など、そう言った職につくための専門学校へ通う人の為に、在学中の生活費や学費を国と富裕層が負担する制度です。
すべての富裕層ではなく、あくまでも一定額以上の財産を有する貴族に限られます。
また、この貸与型の奨学金を受けられるかどうかも、収入に対する家族構成、たとえばある程度の収入はあっても子供が多く貧しい家庭や母子家庭、父子家庭、孤児かどうかによって決められます。
入学は何歳からでも可能。
無事卒業して職についたら、受けた奨学金の1%を無利子で5年間継続して返還してもらいます。
返還されたお金は、後に入学する学生の奨学金に充てられます。
そして、孤児院の設立。
これは主に教会にお願いすることになります。
国や寄付をしてもいいという貴族や商人からの寄付金で運営します。
孤児院にいられるのは10歳まで。
短いですが、それ以降は奨学金を受けながら専門学校へ通うか、修道士や修道女として教会の仕事や孤児院の運営を手伝ってもらうことになります。
更には、病気や怪我で働けないひとり暮らし家庭や、働き手が病気や怪我を負った家庭への助成金。
これは国庫から助成金が出されます。
ただし、親族からの援助が受けられないことが条件です。
問題は、一定額以上の財産を持つ貴族が賛成するかどうかと、寄付金か集まるかどうかです。
前例として、私個人の所有するドレスや貴金属の一部を売って、寄付金に充てるつもりです。
案がまとまったところで、マリアに相談しながら企画書として作成し、まずはノア様に相談します。
ノア様が賛成してくだされば、正式に議会を通し、議会で修正などをされて認められれば、それを宰相がチェックし、ノア様の承認を頂く、という流れです。
手間も時間もかかりますが、貧困層を救うためです。
無事議会を通過するよう、祈るしかありません。
その晩、私は早速、ノア様に企画書を見て頂きました。
ノア様はわたしに幾つか質問しながら、企画書にチェックを入れていきます。
そして。
「うん。いい案だと思うよ。金の有り余ってる貴族や商人は沢山いるし、商人は宣伝効果が期待できるから、寄付金を出すんじゃないかな。
その為には、寄付金を出した人の名前をどこか目に見えるところに貼り出しておいた方がいいな」
ノア様のOKがもらえました!
次は議会です。
ノア様に少し手直ししてもらった企画書を、正式に議会に法案として提出しました。
議会は貴族院と庶民院で成り立っていますが、貴族の反対にあわないか、不安です。
法案の成立までは、とても時間がかかります。
たとえば、奨学金を実際いくらにするのか、とか奨学金の返済が滞った場合はどうするのか、など、細かいところまで決めなくてはなりません。
議会で話し合われている間にも、国民の皆さんに今回の法案についての噂が広がり、法案の成立を期待する声が大きくなっていました。
発案者として、私も議会に出席し、質疑応答などに答えます。
そして、法案提出から1ヶ月後、無事法案は可決されました。
私の作った企画書から多少変更されたところもありますが、概ね、希望通りです。
「すべての国民は、最低限度の生活を営むことができる」
この文言が憲法に追加され、奨学金と助成金、孤児院の設立は正式に国の政策として施行されることになりました。
ちなみに、虚偽の報告をして助成金や奨学金を貰おうとしたり、孤児院があるから、と安易に子供を捨てようとすれば、「罪」と認識され、石像として中央広場に並ぶことになってしまいます。
避妊技術がないので、子供ができてしまうのは仕方ないのですが、生活が苦しくなってきたと思ったら、性行為を行わないなど手を打っていただく必要はあります。
そこは、国民の皆さんにきちんと説明しました。
これで、中央広場に立つ子供の石像が減るといいのですが……
とりあえず各領主に、対象となる家庭や子供がいれば、新法を適用できることを伝えるようにお願いしました。
勉強はしたくないからと、奨学金を受けてまで専門学校へ通いたくないという方は、残念ですが救いようがありません。
専門学校を中退した方も同じです。
他の国へ行ってもらうしかないですね。
他の国へ行ったからといって、何が変わるわけでもないでしょうが。
中には、サヴァン症候群のように、1つだけ突出した才能を持ちながら、それに気が付かないということもあり得ますので、入学前にいくつかの適性検査を受けてもらうことになっています。
習ってもいないのに、聞いただけでピアノが弾けたり、一度見ただけの絵画を正確に模写したり、数学的分野での天才や記憶力における天才もいます。
それらは、マリアンヌ様に協力してもらい、適性検査を作りました。
この政策は、後の世で、未来を先取りした政策、というありがたい評価を受けるのですが、それはまた別のお話。
各専門学校の入学式には、発案者である私が必ず挨拶をすることになりました。
また、定期的に孤児院を訪れることも決まりました。
忙しくなりますが、貧困による罪が減るのなら、一向に構いません。
すべてが決まった夜、私はノア様にギューっと抱きしめてもらって、頭も撫でてもらって満足して眠りにつきました。




