危ない贈り物
「王妃様。その、リリアナ様から贈り物が届いておりますが……」
ティレーズが、不安そうにそう言ってきたのは、ノア様の『影』を引き上げさせた翌日のこと。
情報によれば、リリアナ様はまだミモザに留まっているはずですが……
「私宛に?」
「はい。陛下ではなく、王妃様宛です」
「………とりあえず、見せてちょうだい」
ティレーズは、廊下に控えていた侍女から、贈り物らしい箱を持って、私と机まで来た。
箱には、メッセージもついている。
「先だっては、勉強のためにトリス国へ参りましたのに、失礼の数々お許し下さい。
こちらは、せめてものお詫びの品です、か」
普通、こういう場合の贈り物は、国王であるノア様に贈ると思うのですが、なぜ私?
嫌な予感しかしません。
「開封いたしますか?」
「そうね……でも、念の為防御魔法を張ってから開けましょう」
ティレーズを防御魔法で包み込んで、私が頷くと、ティレーズは恐る恐るラッピングを剥がし、中に入っていた箱を開けました。
特に、魔法は発動しないようです。
中身は……
「茶葉、ですわね」
「またメッセージが入っているわ。
ジン共和国名産の茶葉です、ですって。
怪しいわね」
「銀のカップを持って参りますわ」
ティレーズは一旦部屋を出ると、すぐに銀のティーセットを持って戻ってきました。
ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐと……
銀のティーポットは黒く変色しました。
「これは……毒!」
銀は青酸化合物やヒ素などに反応すると黒くなります。
卵の黄身でも黒くなりますが、茶葉に卵の黄身が入っているはずもなく、間違いなく毒です。
「すぐにノア様とお義母様、それにお義父様を」
「かしこまりました」
リリアナ様、明らかに私を殺しに来ていますね。
私が死んで空いた王妃の席に自分が座るつもりなのでしょうか。
「ジュリアちゃん、リリアナ嬢から毒入りの茶葉が送られてきたって聞いたけど!」
お義母様が慌ててやってきます。
その後にノア様、お義父様も。
「この場合、どうするのが一番いいでしょうか。現物をジン共和国に送り返して、抗議しますか?」
「そうなると……戦争になる可能性が高いわね。何しろ、他国の王妃の命を狙ったのですから」
「しかし、このまま放っておくのも……」
ノア様の言葉に、お義父様は難しい顔をしています。
と、お義母様がポンと手を叩きました。
「リリアナ嬢を王城へ招きましょう。
お茶会をするので是非、と」
「お義母様、まさかそこでこの茶葉を?」
「証拠はできるだけ残しておきたいし、よく似た別の茶葉を用意しましょう。
それを、リリアナ様にお出しすればいいわ。
果たして、飲めるのかどうか」
「ならば、誘いに乗りやすいよう、私から招待状を送ろう」
ノア様は私の机で、サラサラと招待状を書き上げると、紙鷹で飛ばしました。
それから特に何もなく5日が経過し、リリアナ様からお返事の手紙が届きました。
是非お茶会に参加したい、ついてはこの手紙を送ってすぐにトリス国へ向かう、と。
リリアナ様は何も疑っていない様子です。
それから4日後、リリアナ様が王城に到着しました。
私とお義母様は中庭でお茶会の準備をして待っています。
少しして、侍女に連れられてリリアナ様がいらっしゃいました。
ノア様もその後ろにいます。
「リリアナ様?先日は素敵な贈り物をありがとうございます。つきましては、是非リリアナ様と一緒に味わいたいと思って、取っておいたのです」
「え……」
「さあ。丁度茶葉も開いた頃ですし、おかけになって」
お義母様が優しい笑顔で陶器のティーポットからカップにお茶を注ぎます。
「あ、あの……これは私からのお詫びですので、私には飲む権利はございませんわ」
「そんな事おっしゃらないで。さあ、一緒に飲みましょう?」
リリアナ様はカタカタと震え、青い顔をしてカップを凝視しています。
「リリアナ様?どうかなさいましたの?」
「その……今日は気分が悪くて、お茶を頂けそうにありませんわ」
「そうなのかい?ここに来るまでは随分元気そうだったが」
ノア様が退路を断ちます。
「さあ、リリアナ様」
リリアナ様は、真っ青な顔で震えながらカップとソーサーを持ちますが、なかなか口に入れようとしません。
「どうなさったの?そんなに震えて。まるで毒でも入っているみたいね」
毒、という言葉に、リリアナ様は明らかに動揺して、お茶を少しこぼしました。
そろそろ、頃合いでしょうか。
「リリアナ様?贈って下さった茶葉に毒が入っていたと、今この場でお認めになるなら、今回のことはジン共和国には伝えずにおきましょう。
ですが、お認めにならないのなら、こちらにも考えがありますわ」
リリアナ様はガチャンとテーブルの上にカップを置いて、深く頭を下げました。
「仰っしゃる通りです。王妃様に贈ったこの茶葉には、毒を仕込んでおりました。
どうか、どうかお許しください……」
「そこまでして私を亡きものにしたかった理由は、ノア様の妻の座ですか?」
「はい……カルーアのメリッサ様から、この案を持ちかけられて……魔が差しました」
やはり、メリッサ様も噛んでいましたか。
というより、首謀者がメリッサ様、ということですわね。
「他国の王妃の命を狙ったとなれば、宣戦布告ととられてもおかしくはないのですよ?
あなたは、それだけのことをしたと、わかってらっしゃるのかしら」
「私、そんなつもりじゃ……」
「メリッサ様とは、どんなお話をされていましたの?」
「メリッサ様も、ジュリア王妃に個人的な恨みがある。でも、なんの面識もないメリッサ様が贈られても怪しまれるから、私から贈った方が自然だ、と。ジュリア王妃亡き後は、ノア陛下をお慰めしつつ仲を深めて、王妃の座を射止めればいい、と」
「やはり……」
「どうか、どうかお許しください!この事が父に知られたら……」
「追放、で済むといいですわね」
私とお義母様は目を見合わせました。
「この指輪を、どの指でも結構ですので嵌めてくださいな」
「この指輪は……?」
「あなたは知らなくていいことです。ただ、メリッサ様に聞かれたら、ご自身で買ったと言ってくださいね」
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ミモザ国王と王太子も嵌めている、『拘束の指輪』です。
「メリッサ様と仲良くされているのでしょう?このままカルーアに戻られて構いませんよ」
「お咎めは、ないのですか?」
「こうして、私の身も無事でしたし、今回だけは見逃しましょう。その代わり、その指輪は絶対に外さないでくださいね?まあ、外れないと思いますけど」
『拘束の指輪』は持ち主が死ぬまで外れません。
このままリリアナ様を泳がせて、メリッサ様の作戦をこちら側に流してもらう予定です。
私たちは笑顔でリリアナ様を見送ると、メリッサ様の作戦に備えることにしました。




