婚約は手早く
ノア様視点です
卒業パーティーに、濃紺のリボンをつけてきたジュリアを見たとき、心の中でガッツポーズした。
弟君の紹介もあるだろうし、としばらく離れて様子を窺っていると、紹介が終わったあと、ジュリアは小皿を持ってあちこちの料理に手を付けている。
(本当に食べることが好きなんだな)
幸せそうに顔が蕩けている。
そんなところも可愛いと思ってしまうのだから、これはもう重症だ。
いつまでも見たいたい気もするけれど、他の男がダンスに誘う前に声をかけなければ。
「ジュリア、ダンスの相手をお願いしても?」
コクンと頷いたジュリアの手を取って会場の真ん中にエスコートすると、少し周りがざわめいた。
今日の出席者にとって、私は学園の講師だ。
講師が生徒にダンスを申し込むなんて、きっと前代未聞だろう。
ジュリアはとても踊りやすい相手で、きちんと基礎から躾けられていることがわかる。
1曲終わったところで、私はジュリアの前に跪いた。
ここからが本番だ。
「もう1曲、お相手をしてくださいますか?」
誰が見てもわかる、プロポーズ。
それまでリリアン嬢とナード王子に注目していた人々もここにきて大きくざわめく。
それもそうだろう。
卒業パーティーでプロポーズなんて、滅多に見られることじゃない。
でも、もうジュリアを手放す気はない。
今ここで押さえておかないと、他の男との縁談が決まってしまうかもしれない。
極秘裏に調べたところによると、既にジュリアの元にはいくつもの縁談が舞いこんでいるという。
さすがにジュリアもその場で固まっている。
「さすがに、駄目……かな」
「いっ、いいえ!喜んでお相手させて頂きます」
「ありがとう」
これはプロポーズのOKをもらえたのと同義。
舞い上がりそうなほど嬉しい。
「ジュリアが申込みを受けてくれて、とても嬉しい」
でも。
本当にいいのだろうか。
こんな、歳の離れた私で。
「ジュリアは、本当にこんなオジサンでよかったの?」
「私は……ずっとノア様の事をお慕い申し上げていましたから」
「本当に?嬉しいな」
そんな返事をもらえるなんて、思ってもいなかった。
「ルクラシア侯爵には、改めて結婚の申込書を送るよ」
ここからは時間との勝負だ。
私が今日ジュリアにプロポーズした話はすぐにでもルクラシア侯爵の耳にも入るだろう。
本気だと示すためにも、手早く申込書を送らなければ。
それに、私の帰国の日も近づいている。
デートもしたいし、ちゃんと改めてプロポーズもしたい。
それを考えると、あまり時間がないのだ。
終始赤い顔をしていた可愛いジュリアは、ダンスの後は食べ物に手を伸ばすこともなく、他の令嬢も遠慮したのか話しかけられることもなく、弟君らしき少年だけが心配げにジュリアの周りをうろちょろしていた。
家に帰るとすぐに結婚の申込書をしたためて、マルコに明日の朝一番にルクラシア侯爵家まで届けるよう命じる。
それが終わったら、今度は本国への手紙だ。
やっと運命の相手が見つかったから、放浪をやめて帰国する旨、それから、帰国する際にはジュリアを伴うので、ジュリアが快適に暮らせるよう準備しておくようにも書き記す。
「ついこの間まで恋だと認識もしていなかった人の動きとは思えませんね」
「歳も歳だし、あまりのんびりともしていられないだろう?」
「ようやく本国へ帰ることができるかと思うと、私も安心です」
マルコがそう言うのも仕方ない。
何しろ、次期国王がずっと不在のままだったのだから。
私は本国への手紙が1日でも早く届くよう、マルコに魔法で手紙を飛ばしてもらった。
この国では魔法は使われていないが、本国では当たり前のように魔法は使われている。
普通なら10日はかかる距離を、魔法を使えば翌日には届く。
あとは、ルクラシア侯爵に認めてもらえるかどうかだけだが、王太子からの婚姻の申込みだ。断られることはおそらくないだろう。
翌日、昼前にジュリアから手紙が届いた。
ルクラシア侯爵からの申込みの返事がまだなのは少し心配だが、ジュリアがデートをOKしてくれただけでも充分だ。
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翌日、ジュリアを迎えに行き、ジュリアの好きそうな花畑へ連れて行った。
思ったとおり、ジュリアは喜んでくれて、昼食も美味しそうに食べてくれる。
ジュリア手作りのマフィンも、ありがたく頂いた。
ポカポカとした陽気に気が緩む。
ジュリアの膝を枕にして横になる。
拒否されるかな、と思ったけど、ジュリアはそのままでいてくれて、寄ってくる蝶に、私の眠りを妨げないよう気も使ってくれた。
ああ、やっぱり可愛いな。
私は身体を起こすと、ジュリアにきちんと向き合った。
心臓が破裂しそうだ。
「ジュリア。私、ノア・トリスと結婚していただけますか?」
「……はい」
「よかった。でも、ジュリアは本当にいいの?こんなオジサンで」
何度確認しても不安になってしまう。
「ノア様がオジサンだなんて!
ノア様はお優しくて、立ち居振る舞いも優雅で、それでいて気さくで、何よりかっこいいですわ」
ジュリアは真剣な顔で言う。
まさか、こんなにべた褒めされるとは思ってもいなかった。
「これは……想像以上にクるな。今の私の顔は見せられないよ。きっとだらしない顔をしているだろうからね」
しばらくジュリアを抱きしめて、私は離れた。
「早く、君と一緒になりたいよ。
花嫁修業に私の国へ来るだろう?行くときは一緒に行こう。少しの間でも目を離したくないんだ」
「ノア様にそう仰って頂けて、光栄です」
「早く、君がほしい」
出来ることなら今すぐにでも。
耳元で囁くと、ジュリアは分かりやすく赤くなった。
さすがに刺激が強すぎただろうか。
「困らせてしまったかな?」
「私だけドキドキさせられて、ずるいですわ」
「そんなことないよ。私だってずっとドキドキしてる」
ジュリアの小さな手を胸にあてる。
全力疾走したあとみたいにドキドキしているはずだ。
「でも、顔には出ませんのね」
「それは、年の功だよ」
いい歳をして緩んだ顔なんて、恥ずかしくてジュリアには見せられない。
私の精一杯の虚勢だ。
気がつけば日が暮れはじめていた。
あまり遅くまで付き合わせるわけにもいかない。
帰りの馬車で、私はジュリアの手を握った。
「手紙の返事、待ってるから」
「はい。今晩父が帰って来ましたらお返事をしていただくようお願い致しますわ」
つまり、OKの返事が届くのだ。
私は頬が緩むのを抑えきれなかった。
「ノア様。気持ち悪いです」
王城に戻ると、マルコの遠慮のない声が飛んできた。
「楽しかったのは何よりですが、いつまでニヤけているつもりですか」
「だって、ジュリアがプロポーズをうけてくれたんだぞ?
それは嬉しいに決まっているだろう」
「この歳まで拗らせると、色々と面倒ですね」
マルコはため息をついた。
「明日にはルクラシア家から手紙が届くはずだから、見落とさないようにな」
「はいはい。わかってますよ」
着替えてベッドに横になると、ジュリアの太腿の感触を思い出した。
私は変態かもしれない。
早く。
早く、ジュリアが欲しい。
国へ連れ帰ったら、何よりも大切にするのに。
もどかしい思いで、その晩はなかなか寝付けなかった。