予想外の事件
「王妃様、いかがなされました?」
公務の手を止めてぼんやりしていると、マリアが心配そうに声をかけてきました。
今日はティレーズのお腹が張っているので、ティレーズはお休みです。
「ええ、ちょっと………何か嫌な気配がする気がして」
「嫌な気配?」
「はっきりとはわからないのだけど、何かが地面の下で蠢いているような……気のせいだと思うのだけど」
薄ぼんやりした感覚なので、私の気のせいでしょう。
そう思ったのですが、マリアは違うようです。
「王妃様。天使の加護を受けてらっしゃる王妃様が何かを感じるということは、きっと何かが起こっているのです。
何も起こっていなければそれでよし。
何かが起こっているなら、早く手を打たなければ」
「でも、何が起こっているのかはっきりとは感じられないのよ」
「地面の下………」
マリアは少し考え込んで、それから険しい顔で私を見ました。
「すぐに陛下のもとへ行きましょう。私の考えが当たっているとしたら、大変なことが起きます」
「大変なこと?」
マリアと二人、ノア様の執務室に向かいながら話します。
「お忘れですか?この城の地下に、何があるのか」
お城の地下……
「もしかして……」
顔から血の気が引いていくのがわかりました。
マリアと半ば小走りで移動して、ノア様の執務室のドアをノックします。
出てきたのはポアロ。
私達を見て怪訝な顔をしています。
「ポアロ。今はあなたを通している暇はないの。中へ入るわよ」
マリアがキビキビと言って、ノア様の執務室の中へ入りました。
「二人とも、血相を変えてどうしたんだ?」
ノア様も驚いてらっしゃいますが、それどころではありません。
「ノア様。『永遠の牢獄』が、破綻し始めている可能性があります」
「『永遠牢獄』が?
まさか、あれは文字通り永遠に閉じ込めておける魔法だぞ?」
「ですが、何かが地面の下で蠢いている気配を感じるのです。地下にあるものは一つだけ、『永遠の牢獄』。
この間の地震で、『永遠の牢獄』を蔽っておいた壁が崩れたのかもしれません。
崩れたところから、魔力が漏れているとしたら……
何もなければそれで良いのです。
でも今は、早急に確認を」
「わかった。見に行ってみよう」
『永遠の牢獄』は、確かに永遠に閉じ込めておける魔法ですが、手足は拘束しているとはいえ、口は塞いでいません。閉じ込めている者から魔力を奪う力もありません。
もし、もしも。
イザークが閉じ込められている間に魔力をためて、何らかの魔法を発動して『永遠の牢獄』を破ったのだとしたら……
通常の人間なら無理です。
暗闇に閉ざされ、水すら与えられない状況では、魔力を練る事はおろか、気が触れてしまいます。
時期が来たら、干からびて死ぬはずです。
ですが、相手は既に気の触れているイザーク。
しかも、元騎士なので、飢えに耐えうるだけの体力があるとしても不思議ではありません。
もしくは、ゲーム補正か。
あるいは、天使がいるくらいなのですか、悪魔もいる可能性はあります。
その悪魔と契約をしたとしたら。
かつてイザークを何重にも土壁で閉じ込めた場所に行くと、土壁の一部が崩れ落ちていました。
おそらく、先日の地震で崩れ落ちたのでしょう。
そして、そこから漏れているのは、明らかに負の魔力。
ノア様が短剣で腕に傷をつけ、血を滴らせます。
いつでも『永遠の牢獄』を発動できるようにでしょう。
次の瞬間、土壁は内側から大きな音を立てて破壊されました。
土煙の中から姿を表したのは、すっかりやせ細ったイザーク。
ですが、目だけはギラギラしています。
まるで、手負いの野獣のように。
閉じ込めてから1年以上。
それでも生きていたのは、やはりゲーム補正かもしれません。
私はノア様の短剣を奪い取って、自分の腕に傷をつけました。
ノア様は魔力を練り上げながらも驚いた顔をして私を見ています。
おそらく、イザークには『永遠の牢獄』だけでは捕縛魔法としては弱いです。
もう一つ、イザークの魔力を奪い、目と口を塞ぐ魔法を使わなければ、いつかまたイザークは復活するはずです。
「長かった。だがこれで、ようやくリリアン様の敵を討てる」
リリアン様の命を奪ったのはイザーク自身ですのに、精神が崩壊して、すべてノア様と私のせいと思い込んでいるのでしょう。
とりあえず、悪魔と契約したような禍々しい気配はありません。
それだけでもラッキーです。
一歩こちらにフラリと歩き出したイザークに向かって、私も魔力を練り上げました。
「『血よ。この者の魔力と五感を封じる永遠の縛めを』」
私の詠唱によって、棘のある蔦がイザークの身体に巻き付いていきます。
「『血よ。この者を永遠の牢獄に』」
蔦の巻きついたイザークの手足が拘束され、また黒い箱の中に閉じ込められていきます。
最後の壁がバタンと閉じられると同時に、溢れだしていた負の魔力は消失しました。
「危なかった……しかし、ジュリアはいつの間に『永遠の縛め』を習得していたんだい?」
私が発動した魔法は『永遠の縛め』。
棘により魔力と血を吸い取られ、顔全体も棘のある蔦で覆われていますから、何も聞こえず、何も見えず、何も話せません。
ただ、この魔法だけでは六感を頼りに剣で攻撃される可能性があるので、ノア様の発動した『永遠の牢獄』も必要だったのです。
こんなことが起こるなんて予想もしていませんでしたが、子供たちを産んだことをきっかけに、いつでも子供たちを守れるように捕縛魔法をいくつか練習していたのです。
強い魔法ではあるのですが、自分の血を媒介にしなければならないので、出来れば使いたくなかったのですが。
職人さんを急いで呼んで、イザークを閉じ込めた牢獄を、また土壁で塗り固めていきます。
本当はコンクリートかセメントがあると安心なのですが、この世界にはないので、土壁で覆うより他仕方ありません。
「『ヒール』」
治癒魔法でノア様の怪我を治すと、ノア様が私の怪我を治癒魔法で治してくださいました。
「ジュリアのお陰で助かったし、これでもう二度と出てこられないだろうが、ジュリアはもうこの魔法は使っちゃ駄目だよ。
せっかくのきれいな肌に傷痕が残ったら大変だ」
「使う機会が訪れないことを祈りますわ」
「まったく、君って子は……」
ノア様に抱きしめられていると、んんっ、と咳払いが聞こえました。
そうでした。
ここにはマリアとポアロ、それにマルコもいるのでしたね。
「陛下、王妃様。お見事でございました」
「私はイザークの気配に気が付かなかったからな。今回はジュリアのお手柄だ」
「それを言うなら、私の曖昧な感覚から『永遠の牢獄』に気がついてくれたマリアのお手柄ですわ。
マリア、ありがとう。何かご褒美をあげないとね」
「もったいないお言葉でございます。陛下や王妃様をお守りするのも、私どもの役目ですので」
「欲がないのね。でも何もしないのはやっぱり嫌だから、マリアの好きな食べ物をたくさんあげるわ。
ポアロ、マリアの好きな食べ物は?」
「そうですね、マリアはレモーネの実が大好物でございます」
「ポアロ!余計なことを……」
夫婦らしいやり取りにほんわかしながら、私とノア様はマリアにレモーネの実を沢山贈ることに致しました。
こうして、予想外の事件は大きな事件に発展することもなく幕を下ろしたのです。
多忙の為、明日はお休みです




