ポアロとマリア
一日お休みを頂いて、今日からはとうとう王妃としての公務が始まります。
お義父様とお義母様ですか?
早朝から早速旅立たれましたよ。
旅先から絵葉書を送るわね、と言い残して。
「王妃様、こちらが本日の公務になります。
こちらの書類を午前中に、こちらから先の書類は午後からで結構です。
何か不明点がありましたら、何なりとお尋ねください」
今日から私付きになったマリアから、ドサッと書類を渡されます。
「それから、3時からのお茶会ではマリアンヌ様とハンブルク夫人とのお茶会の予定が入っておりますので、午後の公務はできるだけ前倒しでお願い致します」
さすが、王妃付きの侍女です。
動きもキビキビしていて、話し方にも無駄がありません。
「私が席を外している時は、ティレーズにお申し付けください」
「わかったわ。ありがとう」
マリアにお茶を淹れてもらって、早速公務開始です。
細かな書類に目を通して、問題があれば差し戻しか、ノア様へ。
問題がなければ私がサインをしていきます。
書類は公的な手紙や私的な手紙を除いて、官僚がチェックし、それを更に宰相がチェックしているので、差し戻しはほとんどなく、私やノア様は目を通してサインすることくらいです。
王太子妃時代とそんなには仕事は変わりません。
と、思っていたのですが。
「王妃様。僭越ながら、こちらの差し戻しの書類は、こちらの書類で補われておりますので、差し戻しの必要はないかと」
「え?あら、本当だわ。ごめんなさい」
「大丈夫です。どうぞ、お続け下さい」
マリア、結構スパルタです。
ティレーズ、大きなお腹を抱えてメモを取っています。
マリアの仕事から学ぼうとしているのでしょう。
正午を告げる鐘が鳴り、私はハッと書類から顔を上げました。
気がつけば、もうお昼です。
マリアに聞きながら必死に書類仕事をこなしていたら、気がついたらこんな時間になっていました。
「王妃様。お昼を用意いたしましたので、どうぞお召し上がり下さい」
執務室のテーブルにお料理が並べられます。
それを見た瞬間、お腹がグウッと鳴りました。
「王妃様」
「うう……だってお腹が空いて」
マリアを見ると、苦笑されました。
「ノエル様をお連れいたしました」
ティレーズがノエルを抱っこして連れてきてくれます。
ノエルに離乳食を食べさせながら、お昼をいただくことにしました。
親子で食事、いいものですね。
ノア様も今頃、エドワードとお昼を食べているのでしょうか。
1時間かけてゆっくりお昼を食べた後は、また公務に集中します。
「マリア。この案件なのですが、視察の必要があると思うのだけど」
マリアは書類にササッと目を通すと頷きました。
「そうでございますね。この分野ですと、王妃様より陛下に直接視察に行っていただいたほうが良さそうですね」
「でも、ノア様もお忙しいのに……どなたか他の方に頼めないかしら」
「こちらの案件は、一度は関係部署の者が視察しておりますので、その上での視察となると、もう王妃様か陛下に視察していただく他ありません」
「そう……では、こちらはノア様へ」
書類を仕分けます。
「王妃様。恐れながら、まもなくお茶会の時間でございます。もう少しだけペースを上げていただけますか?」
「はいっ」
なんだか思い出します。
エリザ先生にスパルタ教育をされていた頃を。
ノア様は、ポアロと上手くやっていますでしょうか……
いえ。
余計なことを考えている場合ではございませんわね。
私はまた書類仕事に没頭いたしました。
3時。
お茶会の時間です。
私の自室ではなく、庭園で行うことにしました。
エリク力作のスイーツがテーブルに並んでいます。
「大変お待たせ致しました」
私が庭園に到着すると、お二方はもう待っていらっしゃったので、お詫び申し上げます。
「いえ、王妃様。この度はお茶会へのお招き、光栄に存じます」
「堅苦しいのは抜きにして、今日は楽しみましょう?」
マリアンヌ様は普段から親交がありますし、ハンブルク夫人は、私の縁結びお茶会がきっかけで結婚された方なので、初対面でもありません。
でもやっぱり、お義母様とマリアンヌ様、三人でのお茶会とは勝手が違って、今ひとつ楽しめません。
お二方をお見送りすると、私は執務室へ戻りながら、マリアに言ってみました。
「マリア。明日はお茶会の予定は?」
「明日は入っておりません」
「そう。では、マリアンヌ様とティレーズの三人で、私の自室でお茶会を開くわ。マリアンヌ様への連絡と、ティレーズの予定を開けるように調整してくださる?」
「かしこまりました。それにしても、前王妃といい、王妃様といい、どうしてそんなに秘密のお茶会を希望されるのか、不思議ですわ」
お義母様は、前世の話やセブプリの話がしたかったからきっと私やマリアンヌ様と頻繁にお茶会を開いていたのでしょうが……私の場合は息抜きですわね。
だって、他の貴族の夫人や令嬢たちとのお茶会は公務の一環ですもの。
私はそれからも黙々と書類を捌いていき、何とか晩餐までに終わらせることができました。
「初日でここまでこなせるとは、さすが王妃様ですわ。失礼ながら、慣れるまでもう少し時間がかかるかと思っておりました」
ああ。
こうやって不意に優しい言葉をかけてくれるところも、エリザ先生と同じです。
「ありがとう。でも、マリアがいなかったらこんなに出来なかったわ」
「私は専属の侍女でございます。王妃様のお力になるのが仕事ですわ。
ティレーズ。近い将来、あなたがこの仕事を引き継ぐことになるのですから、今のうちからしっかり見ておくのですよ」
「はい。マリア様」
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晩餐の時、顔を合わせたノア様は、分かりやすく窶れていました。
なんだかもう、ぐったりしてらっしゃいます。
まぁ、あのマルコの父親であるポアロが専属の執事として付いていますからね。
きっと厳しいことを言われたのでしょう。
気のせいか、マルコも少しぐったりしています。
これはあれでしょうか。
マリアがティレーズに言ったように、ポアロもマルコに今のうちから仕事を覚えておくように言われたのでしょうか。
口調が厳しく容赦ないと評判のポアロです。
きっと、マルコのこれまでの仕事ぶりやらなんやらを容赦なく問い詰めたに違いありません。
その晩、ベッドルームでノア様に聞くと、当たらずとも遠からずな答えが帰ってきました。
筆頭執事のポアロと、侍女長のマリア。
もしかすると、城内で最強の夫婦かもしれません。
私とノア様は疲れ果てて、その晩は倒れ込むように眠りにつきました。




