天気のいい日はお花畑で
「お嬢様、起きてください。お嬢様、ジュリア様!」
待って。
昨日は卒業パーティーの出来事が凄すぎてあんまり眠れなかったの。
だから、もう少しこのまま……
「起きてください、ご主人様がお呼びです。
ノ ア 様 のことで。」
私はガバッと起き上がりました。
「今、ノア様の事で、と言った?」
「はい。ですから早くお支度を」
私は促されるまま洗面を済ませて、ゆったりした服に着替えます。
今日は特に外出の予定もないので、服装に気を遣うこともしません。
それより、お父様の元へ早く行かなくては。
淑女らしさを忘れぬよう、早足で歩いて、お父様の書斎をノックしました。
「お父様、ジュリアです」
「入りなさい」
部屋に入ると、お父様は困惑した顔で1枚の用紙を持つと、私にソファに腰掛けるよう言いました。
「今朝方、トリス国のノア王太子殿下からおまえへの結婚申込書が届いた」
目の前に座るなり、切り出します。
「お前は、ノア王太子殿下と知り合いだったのか?」
困りましたね。
ノア様が講師をなさっていたことは秘密です。
でも、昨日でお辞めになられたので、もう時効でしょうか。
「ノア王太子殿下は、学園で身分を隠して講師をなさっていたのです。
それで、お昼休みにお会いすることが多くて」
「学園で講師を?
それで昨日の卒業パーティーにも出席されていたのか。
昨日のパーティーで2度ダンスをしたことは聞いている。だからノア王太子殿下が人違いでこの申込書を送ってきたわけではないと分かってはいるが……なぜお前なのだ」
「あの、なぜ昨日のパーティーで2度踊ったことを?」
「覚えていないのか。マシューがどこの馬の骨とも分からない男のプロポーズを受けて、と言ったらお前がすごい剣幕で、ノア様は王太子殿下です、不敬に当たりますよ、と怒ったらしいじゃないか」
残念ながら、昨日の帰り道のことは覚えておりません。
私、そんなことを言ったのですね。
「ノア王太子殿下は、本当にお前でいいのだろうか。食いしん坊だが、顔は可愛いし愛嬌もある。どこに出しても恥ずかしくない教育も施して来たが、食いしん坊でのんびり屋のお前だぞ?」
上げて落とす。
お父様のやり方です。
しかも、食いしん坊って2度おっしゃいましたね。
確かに、他の令嬢に比べれば少しばかり食い意地がはっているかもしれませんが。
「とりあえず、明日にでもデートに誘いたいと仰っておられる。お前がその気なら早く返事を書きなさい」
私はその場でお父様に紙とペンをお借りして、デートを了承した旨をサラサラと書き記すと、執事に王城におられるノア様に届けるようお願い致しました。
「お前がこのところずっと縁談を断ってきたのは、ノア王太子殿下がいたからか」
「片思いでしたけれど、ずっとノア様をお慕いしておりましたので」
「なぜノア王太子殿下の正体に気付いたのだ」
「それは……秘密ですわ」
まさか前世でゲームをやりこんでいたから、なんて言えません。
「まあいい。結婚をお受けするかどうかは、あすのデートから帰ってからでもよかろう。
ノア王太子殿下の気が変わるかもしれんしな」
それは困ります!
お父様、ご自身の娘に対して失礼ですわ。
私はちょっとプリプリしながら、自室へ戻りました。
翌日。
朝から全身を磨かれて、小洒落た外出着に着替えます。
今朝は早起きしてマフィンを作ったので、少し眠いですがこれからノア様とデートだと思うと、緊張が走ります。
私はソワソワと、マフィンの入った袋を手に、部屋の中を歩き回ります。
「お嬢様、少し落ち着かれては?
あぁ、ちょうどいらっしゃったみたいですね」
ドキンっと胸が高鳴りました。
ゆったり歩いてエントランスへ行くと、ノア様が素敵な笑顔で出迎えてくださいました。
「おはよう、ジュリア」
「おはようございます、ノア王太子殿下」
淑女の礼も忘れません。
「では、行こうか」
ノア様にエスコートされて、馬車に乗り込みます。
ノア様に触れているというだけで、もうおかしくなりそうです。
「デートの誘いを受けてくれてありがとう」
「いえ。ノア様からのお誘いならいつでもお受けいたしますわ」
「それが本当なら嬉しいな。今日も可愛いね、ジュリア」
「あ、ありがとうございます……」
ノア様は私の髪を1筋指に絡めると、そっとキスを落としました。
「本当は、一昨日のことは夢だったんじゃないかって、少し心配だったんだ」
「そんな……あの、ノア様?」
「ん?なんだい?」
聞こうか、聞くまいか。
「あの……どうして私を選んでくださったんですか?」
「学園の裏庭で、鳥や蝶に囲まれている君が可愛かった。美味しそうにものを食べるところも、食べる仕草がきれいなところも素敵だと思った。
それに、君は勉学にも真面目に取り組んでいたし、何より可愛いからね」
「私より見目麗しい令嬢なら、他にもいらっしゃいますのに」
「そうかもしれないけれど、私の目には君が1番可愛らしく映ったんだ」
もう恥ずかしくて、顔が上げられません。
「ほら、そんな風に恥ずかしがっている姿も可愛い」
もうここは、話を変えるしかありませんね。
「今日は、どちらへ?」
「ん?秘密。どこへ行くかわからない方が楽しみが増えていいだろう?」
私は、ノア様と一緒ならどこでも楽しめますのに。
「正直、今の若い子がどんな所を好むのかわからないから、少し心配なんだけどね」
「ノア様でも、そんな心配なさるんですね」
「そりゃあ、好きな令嬢には良いところを見せたいからね」
そう言って私の手を取ると、指先にチュッとキスをされました。
ああ、ノア様。
素敵すぎます。
「ああ、丁度着いたようだ。では、参りましょうか?ジュリア」
ノア様にエスコートされて馬車を降りると、一面に花畑が広がっていました。
「まぁ!なんて素敵なんでしょう。こんな所があったなんて」
花畑には私の好きな蝶も花から花へ飛び回っています。
「少し早いけど、ランチの準備をしておいたから、一緒に食べよう」
花畑の真ん中にある大きな木の根本に行くと、既にランチの準備がされていました。
スープが湯気を立てているところを見ると、準備したばかりのようです。
こんなにタイミングよく準備出来るなんて、大したものですわ。
「おいで。ジュリア」
敷き布の上に座ったノア様に声をかけられて、私はおずおずとノア様の横に座りました。
ノア様はみずからランチボックスを開けて、料理を取り出します。
王太子だというのに、なんて気さくな方なんでしょう。
「ほら、あーん」
出ました!
ノア様のあーん攻撃です。
私は口元に差し出された料理を、大人しく口を開けて頂きます。
「どう?」
「おいしいですわ」
「じゃあ、私にも」
そう言って口を開けられるノア様。
ドキドキしながらノア様の口に料理を入れると、満足そうに笑って咀嚼されています。
「あの、ノア様。マフィンを焼いてきたのですが、召し上がります?」
料理がなくなったところで申し上げると、ノア様はパッと顔を輝かせました。
「もしかして、ジュリアの手作りかい?」
「はい。お菓子を作るのは得意なので」
ノア様は嬉しそうにマフィンを口にされ、とても満足そうです。
早起きして作ったかいがありましたわ。
「良い天気だね。こんなに良い天気だと、昼寝をしたくなるな」
そう言って、ゴロンと横になりました。
私の膝を枕にして。
確かに良いお天気で、お昼寝をしたくなる気持ちもわかりますが、私は身動きがとれません。
蝶たちが集まってきましたので、ノア様を起こさないよう、シーッと口に人差し指を当てました。
「ねぇ、ジュリア」
寝てらっしゃると思っていたノア様に急に呼びかけられ、私はビクッとしました。
ノア様は体を起こして私に向き合います。
「改めて言わせてほしい。
私、ノア・トリスと結婚していただけますか?」
「……はい」
「よかった。でも、ジュリアは本当にいいの?こんなオジサンで」
「ノア様がオジサンだなんて!
ノア様はお優しくて、立ち居振る舞いも優雅で、それでいて気さくで、何よりかっこいいですわ」
ノア様はちょっと目を見開いた後、そっと私を抱き寄せられました。
「これは……想像以上にクるな。今の私の顔は見せられないよ。きっとだらしない顔をしているだろうからね」
しばらく私を抱きしめて、ノア様はそっと離れられました。
「早く、君と一緒になりたいよ。
花嫁修業に私の国へ来るだろう?行くときは一緒に行こう。少しの間でも目を離したくないんだ」
「ノア様にそう仰って頂けて、光栄です」
「早く、君がほしい」
耳元で囁かれて、私の頭は完全にオーバーヒートしました。
真っ赤になっているであろう私をご覧になって、ノア様はクスッと笑われました。
「困らせてしまったかな?」
「私だけドキドキさせられて、ずるいですわ」
「そんなことないよ。私だってずっとドキドキしてる」
ノア様は私の手をご自身の胸にあてました。
確かに、私に負けず劣らずノア様もドキドキしていらっしゃる。
「でも、顔には出ませんのね」
「それは、年の功だよ」
ノア様は笑われて、私の頭をクシャリと撫でられました。
そのまま他愛もない話をしているうちに日が暮れ始め、私とノア様は、再び馬車に乗って私の家へ向かいました。
「手紙の返事、待ってるから」
「はい。今晩父が帰って来ましたらお返事をしていただくようお願い致しますわ」
ノア様に、チュッと額にキスをされたところで、我が家に到着しました。
この日もよく眠れなかったのは、仕方ないと思います。