ロングアイランドと神の怒り
主人公目線に戻ります
ヘンリー王太子が帰国してから1ヶ月後。
「奥様、またですわ」
「え、また?」
ティレーズの手にあるのは、ヘンリー王太子からの手紙。
いつロングアイランドへ来てくれるのか、早く会いたい、早く来てほしい。
いつもいつもそんな内容です。
お茶会の時に、エドワードの子育てが一段落したら、と話したのに、1ヶ月でそんなに子育てが楽になるわけありません。
「もしかすると、ふざけた振りをして手紙を送ってきているけど、ロングアイランドの内情はかなり厳しいのかもしれないわね」
「それで、奥様に早く来てもらい、天使の加護で助けてほしいと?」
「他国への手紙に国が危ないなんて迂闊な事は書けないからな。ジュリアの言うとおりだろう」
「ノア様!」
いつの間に部屋に入ってきていたのか、ノア様が私の意見に賛成してくださいました。
「隣国とはいえ、国民の事を考えると、早めにロングアイランドへ行ったほうがいいのかもしれませんね」
「しかし、エドワードはまだ、乳離れができていないだろう?」
「どちらにせよ、エドワードもそろそろ離乳食に変える時期だったのです。この機会に離乳食に切り替えて、数日ほど、ロングアイランドへ行こうかと思いますわ」
「ふむ。それなら私も公務を調整して一緒に行くよ。ヘンリー王太子への手紙は私から出しておく。ロングアイランドへ向かう日程が決まったらまた知らせるよ」
ノア様はヘンリー王太子からの手紙を手にとって、部屋から出て行かれました。
それにしても、国外公務とはいえ、ノア様と一緒だと思うと、少し旅行気分で楽しみになりますわね。
ティレーズとマルコもこの機会に楽しんでくれるといいのですけれど。
それから数日後に、ロングアイランドへ向かう日程が決まり、ノア様がヘンリー王太子に手紙を出してくださいました。
マルコが、ロングアイランドまでの安全なルートを調べてくれます。
ロングアイランドの首都までは、およそ1週間。
今回も、途中の宿に泊まりながら向かいます。
馬車が進み、ロングアイランドへ入った頃には、見える景色がトリスとはだいぶ違うことに気が付きました。
まず、色彩が派手です。
家や建物も、国民の着ている服装も。
そして、あちらこちらで男女がイチャついています。
どうやらロングアイランドは、話に聞く以上に恋愛の盛んな国のようです。
ロングアイランドは多夫多妻制ですが、王族に限りそれは適用されません。
王族は、一夫多妻制なのです。
それはそうですよね。
どこの誰の子か分からなければ、王位継承もグチャグチャになりますから。
王城へ着くと、ヘンリー王太子が駆け寄ってきました。
「待っていたよ、ジュリア王太子妃。
お茶の用意をするから、少しのんびりするといい」
「いえ、結構ですわ。それより、アリエル様の神殿は?」
「真面目だなぁ。こっちだよ」
真面目も何も、こちらは国外公務で来ているのです。
早く帰りたいですし、のんびりお茶なんてしている場合ではありません。
ここに来るまでに見た田畑は、すっかり霜にやられて、葉物野菜は全滅に近い状態でした。
早くなんとかしなければ、ビタミン不足で国民の体調に被害が出かねません。
アリエル様の神殿に籠もって、祈りを捧げますが、他国の、しかも広い区域に五穀豊穣の加護をお願いするのには、やはり無理があります。
私は神殿で少し考えました。
いっそのこと、気候を操る魔法を使ってみるのはどうでしょうか。
かなり高難度の神級魔法になりますし、自然の摂理に反することなので、できればやりたく無いのですが。
私が頭を悩ませていると、神殿にどなたか入ってこられました。
そのお姿を見て、私は咄嗟に膝をついて礼を致しました。
控えていたティレーズも、私を見て同じように膝をつきます。
「天使様」
そう。ジブリール様でもアリエル様でもありませんが、この方は間違いなく天使様です。
そのあり得ないほど美しい容姿も、醸し出す雰囲気も、どう考えても人のそれではありません。
「そなた……」
「トリス王国の王太子妃、ジュリア・トリスと申します」
「ああ、トリスの……それでジブリールとアリエルの気配がするのか。
して、なぜロングアイランドの神殿に?」
「ロングアイランドでこのところ、寒波が酷く、食糧難に陥っていると聞き、アリエル様の加護を分けてほしいと頼まれまして、ここでアリエル様に願いを捧げておりました」
「自国の利にはならぬだろうに」
「国民に罪はありませんから」
「その国民が原因だと言ったら、どうする?」
え?
私は思わぬ言葉に、思考が停止しました。
「この国の者達は、肉欲に耽り、多夫多妻であらゆる相手と婚姻している。
田畑の手入れも怠り、植物が育たぬのもそれが理由だ」
確かに、前世の日本でも寒さの厳しい地域はありましたが、その土地に見合った植物を作り、寒さから守れるよう、色々な策を練っていたはずです。
いくらロングアイランドが寒さの厳しい土地とはいえ、ここまで田畑が荒れているのは、国民の怠惰のせいなのかもしれません。
「ゆえに、神はこの土地を滅ぼすと決めた」
「お待ちください!確かに愛欲に耽り田畑の手入れを怠っている国民もいるでしょう。
ですが、真面目に田畑を管理し、一人の相手だけを愛する人々もいるはずです」
「自国のことでもないのに庇うか。
ならば、そなたに免じて猶予をやろう。
一夫一妻制に賛成し、真面目に田畑の管理をするものが50人いたならば、そのことを神に報告し、滅ぼすことをやめるよう進言しよう。
それともう一つ、現国王には二人の娘がいるが、これは高慢で食物に飽き、安穏と暮らしながら、貧しいものや困窮している国民のことを考えていない。
この二人が真面目に国民のことを考えられるようになれば、国は自ずと良くなるだろう」
「ありがとうございます!」
天使様が消えたところで、私とティレーズは王城へ急いで戻りました。
まずはノア様に事の次第を報告します。
ノア様は真剣な顔になり、すぐさま、私とノア様でヘンリー王太子と国王に謁見することになりました。
「天使からのお告げと申されるか」
「私の妻は、現に二人の天使からの加護を頂いております。
その妻が話したのですから、間違いはないでしょう」
国王の側に侍るようにいるのが、おそらく王女達でしょう。
パンがなければケーキをたべればいいのに、という世間知らずなことを言ったとされる王妃も昔の前世にはいましたが、このお二人も似たようなものなのでしょうか。
「天使様からの条件は2つ。
一夫一妻制に賛成し、田畑の管理を真面目にやることのできる人間が50人以上。
そしてもう1つは、王女様方が生活を改めること」
私が申し上げると、王女様方は眦を吊り上げました。
「私達は王族です。民より良いものを食し、民より優先して食事を摂るのは当然のことです。
それに、あなたはこの国を肉欲にまみれた、とおっしゃいますが、この国は情熱の国なのです。
愛しいと思う相手がいたら、口説き、閨を共にする。そうすることで、国民も増えていくのです」
「民より優先して、とおっしゃいますが、民あっての国です。
民が飢えていたら、国庫を開放して食物を与えるべきではありませんか?
それに、国民がいくら増えても、閨事に夢中になり、田畑の手入れを怠れば、作物は育たず、飢饉になり、国民は死んでいくのですよ?」
「生意気なっ!」
「やめんか!」
国王の一喝で、王女様は黙りました。
「そもそも、わざわざトリスから来ていただいたのは、天使アリエル様のご加護を分けて頂くため。アリエル様のご加護でなんとかならないのですか?」
「ご加護を受けられると言っても、無限ではありません。精霊の祝福の力を合わせても、この国の全ての土地を良くするのは、難しいです。
回数を重ねて、というお話でしたが、このままでは次に来た時には、元に戻っていることでしょう」
「やはり、そこまで深刻か……」
「寒冷地には寒冷地に合った作物があります。
そして、寒冷地に相応しい育て方も。
まずはそこを試行錯誤しないことには始まりません。その為にも、田畑を真面目に手入れする人間は必要なのです」
「あいわかった。早速明日国民を集めて、一夫一妻制に賛成し、田畑を真面目に手入れできる人間が何人いるか確認しよう。
どのみち、このままではこの国は滅ぶのだろう?」
「神罰がなくとも、飢饉により滅ぶでしょう」
国王はバルコニーへ出ると、拡声魔法で、明日王城の広場に集まるよう呼びかけました。
もしかしたら、国王以上に私が必死かもしれません。
なぜなら、天使様の仰ったことは、前世でソドムとゴモラの話として知られることと、とてもよく似ていたからです。
私は、50人集まりますようにと願いましたが、厄介なのは王女様かもしれません。
夜、私とノア様が寛いでいるところにやってきて、私になんの遠慮もすることなくノア様にアプローチし始めるのですから。
ノア様は大人の対応で、王女様を追い出しましたが、私と同じように、不安そうな顔をしていらっしゃいます。
「ロングアイランドは、もう駄目かもしれないな」
この言葉を言ったのがティーダ様でなくてよかったと、私は自分を励ましました。




