王太子vs王太子
翌日。
私達は流れ作業のように賓客との挨拶を済ませていきます。
その中で、来ました。
ロングアイランドのヘンリー王太子です。
昨日はベネチアンマスクをしていたので、気が付かれてはいないと思うのですが……
「この度はようこそ参られました。
私達王族一同歓迎いたします」
「お言葉痛み入ります。今回は少し長く滞在できる予定なので、観光でもしてみようかと思っています」
そう言えば、今思い出しましたけど、この方、結婚祝賀パーティーでご挨拶したときも、「このまま君を連れ去りたい」とか非常識なことを仰っていましたわね。
「実は、昨晩のマスカレードで素敵な令嬢にめぐり逢いましてね」
視線が私に向けられています。
もしかして、気がついてらっしゃるのでしょうか。
「ほう。ではその令嬢を見つけて一緒に観光を?」
「そうしたいところなのですが、その方は既に結婚されていて……
我が国は多夫多妻ですが、こちらでは一夫一妻制ですからね。なかなか難しいのですよ」
「人の妻に手を出すのは、感心しませんね」
ノア様が少し冷たい声でいいます。
「ですが、既に跡取りを産んでいるのなら、離婚して私の元に来てくれないか、とも思いましてね。政略結婚なら、それほど想いも強くないでしょうし」
挑むような目線でノア様を見つめるヘンリー王太子。
見ていてハラハラします。
王妃様は……目がキラキラしています。
絶対、面白いことが始まったと思ってらっしゃるに違いありません。
「まぁ、さすがに結婚は諦めますけどね。
ところで、ジュリア様のお茶会には縁結びの効果があるとか。なんでもジュリア様に縁結びの力があると聞きましたよ。
是非、私もお茶会に呼んでほしいですね」
公式のお茶会のお誘いです。
お断りするわけには参りません。
「噂に尾ひれが付いているだけですわ。私にはそんな力はございませんもの。
ですが、お茶会にはお招きさせていただきます。王妃様と、最近結婚したマリアンヌ令嬢もよくご一緒にお茶をしますので、声をおかけしますわ。
でも、男性お一人では居づらいでしょうから、ノア様の公務の空いている時間に、ノア様にも参加していただきましょう」
王太子はジッと私を見たあと、ニヤリと笑いました。
「とてもいいですね。お誘い、お待ちしております」
なにがとてもいいのか、私にはわかりません。
ですが、あまりいい意味ではなかった気がします。
「憂鬱だわ」
挨拶を終えて自室に戻ると、私はティレーズに漏らしました。
「ですが、マスカレードでの相手を奥様と気づいていないかもしれませんし」
「いいえ。あれはきっと私だと確信してるわね」
「結婚を諦めてくださったのですから、お茶会くらいいいではないですか」
私は、ハァッとため息をつきました。
そういう問題ではないのです。
「ヘンリー王太子は、なかなかの曲者よ?お茶会で何を言い出すかわかったものではないわ」
「一筋縄ではいかない方、というのはわかりましたけど」
「そうね……本当に、何を仕掛けてくるか、今から不安だわ」
そうして迎えたお茶会の日。
マリアンヌ様には「巻き込みましたわね」と嫌味を言われましたが、私も必死なのです。
王妃様は、すっかり傍観者として楽しむつもり満々のご様子です。
王妃様、義娘の危機です。
ちゃんと助けてください。
中庭に用意されたテーブルに付くと、先にやって来たのはヘンリー王太子。
「これは。両手に花以上ですね。とても光栄です」
「どうぞ、お座りになってくださいな。ノア様はもう少し時間がかかりそうですので、先に始めましょう」
ヘンリー王太子にマリアンヌ様を紹介して、他愛もない世間話には花を咲かせます。
「我が国は、比較的寒冷な土地なのですが、最近特に冷え込みが激しくなりましてね。
作物の成長にも影響が出て、国民も困っているのですよ」
「それで、ジュリア様にお力を貸してほしい、と?」
「そうですね。ただ、一時凌ぎでは意味がないのですよ」
つまり、私に長期滞在しろと?
「ヘンリー王太子。申し訳ないが、妻はまだ子育てに忙しくてね。他国に長期滞在するのは難しいですね」
ああ、やっとノア様がいらっしゃいました。
肩の力が抜けます。
「数カ月となれば難しいでしょうが、1年なら、ジュリア様にはゆっくり子育てをしていただきながら、我が国にお力添えを頂けるかと」
1年?!
そんなにノア様と離れているなんて、無理です。
「貴国の事情はわかりますが、この国でも1年王太子妃が不在となると、問題になります」
「ならば、是非、ジュリア様の縁組のお力で、我が国を安泰にしてくれる令嬢と結ばれたいですね」
「私は一介の王太子妃です。そんな力はございませんわ」
「では、隣国の危機を見捨てると?」
「そこまでは言っていないでしょう」
ノア様とヘンリー王太子の間に火花が!
「まぁまぁ。それなら、もう少ししてエドワードの育児が落ち着いたら、とりあえず数日間力を貸しにロングアイランドへ向かいなさいな。それからは、期間を開けて数日ごとにまたロングアイランドへ行けばいいでしょう?
そうね。アリエル様の五穀豊穣の加護が続くよう、ロングアイランドでもアリエル様の為の神殿でもお建てになっては?」
その場をまとめたのは王妃様でした。
何度かに分けてロングアイランドまで行くのも大変ですが、長期間滞在するよりはマシですし、エドワードの育児が落ち着いたら、ということなら、行くまでもまだ充分期間はあります。
この案なら、ロングアイランド側も無理は言えないでしょう。
案の定、ヘンリー王太子は難しい顔をしながらも頷きました。
「わかりました。本当は、ジュリア様個人を頂きたいところなのですがね」
はい、直接的な言葉いただきましたー!
「我が国の次期王妃を奪うとなれば、開戦は避けられませんよ?」
ロングアイランドは大きな国というより、名前の通り細長い国なのですが、武力はそれなりにあります。
でも、今はトリスもミモザを従属国としており、間に挟まれたカルーア国とも、つい先日同盟を結びましたので、武力では負けていません。
「互いに、血を流すのは裂けたいところ。特に貴国は食糧難。ここは大人しく引くのが得策かと思いますが?」
ノア様の言葉に、ヘンリー王太子は一瞬唇を噛み、それから作り物みたいな笑顔を浮かべました。
「さすが、ジュリア様の選んだ方だ。お言葉通り、ここは引きましょう。ですが、ジュリア様が我が国に来ている間にもしも気持ちが移ったら、その時は諦めてくださいね」
「その心配はいりませんわ。私は、自分だけを愛してくれる男性しか好きになりませんもの」
ロングアイランドの多夫多妻を持ち出すと、ヘンリー王太子はニヤリと笑いました。
「私は、多夫一妻でも構わないのですがね」
「口で言うだけなら、なんとでも言えますわよね」
「ははっ。これは手厳しい。
それでは、貴女が我が国へいらっしゃるのを、首を長くして待っていますよ」
「ええ。時期が来たら連絡いたしますわ」
こうして、ヘンリー王太子とのバトルは一時は落ち着きを見せたのです。




