マスカレード
王室主催のパーティーが近づいてきました。
隣国や貴族との繫がりを保つため、年に数回開かれるのです。
「いつもいつも普通のパーティーじゃつまらないわね。今年は少し趣向を変えようかしら」
それは、王妃様の一言から始まりました。
毎回、王族は座ってお客様をもてなすだけ。
作られる料理も、お客様の為なので、王族は口にしません。
ダンスの開始の合図として、陛下は王妃様と、ノア様は私と踊りますが、後は基本的に座って挨拶を受けているだけです。
王妃様は、それがつまらない、と仰ったのです。
私も、座っているだけで美味しそうな食事を食べられないので、少し不満です。
「また君はそんなことを……趣向を変えると言っても、どうするつもりだい?」
陛下は少し呆れ顔です。
そう言いつつも王妃様の意見を聞いてあげるところに愛を感じますわ。
「そうねぇ。明日の晩まで時間をくださいな。
少し考えてみますので。
ジュリアちゃん、明日はマリアンヌちゃんとお茶をしましょう」
はい。
つまりそこで相談するというわけですね。
最近ではエドワードも随分手がかからなくなったので、縁組みのお茶会や、王妃様とのお茶会にも参加できるようになってきました。
エドワードの面倒を見つつ公務をこなし、3時になったので、王妃様のお部屋へ向かいます。
途中、マリアンヌ様と行きあったので、一緒に行くことにしました。
「巻き込まれましたわね」
マリアンヌ様も、王妃様からの手紙に今度のパーティーの趣向を変えたい旨が記されていたらしく、苦笑いをしています。
「でも、王妃様のお気持ちもわかりますわ。
かと言って、なにかいい案があるわけでもありませんけど」
ちょうど王妃様のお部屋に着いたので、侍女を部屋の外で待たせて、王妃様のお部屋におじゃまします。
「二人ともよく来てくれたわね。早速ですけれど、今度のパーティー、何かいい案はないかしら」
いい案、仰られても、パーティーというのは基本的に食べて、語らって、踊る、それだけなのです。
そこに面白みを出そうとしても……
「ビンゴ大会でもします?」
ダメ元で言ってみます。
「ビンゴ大会ねぇ。それは、来年の建国記念にしましょう」
早くも来年の建国記念日のメインイベントが決まりました。
でも、パーティーの趣向については決まっていません。
「そう言えば……」
マリアンヌ様が何かを思い出したようです。
「ルカ様ルートで、仮面舞踏会がありましたわね」
ありましたわね、確かに。
ルカ様ルートのメインとも言えるイベントで、仮面で顔を隠した、ヒロインとルカ様のふたりで庭へ抜け出して秘密のデートをするのです。
ここでかなり親密度が上がるので、失敗できないイベントです。
「仮面舞踏会!いいじゃない、面白そう!」
あ、王妃様が乗り気になりました。
「私たちも仮面をつけて参加すれば、王族だと気付かれず好きなことができますわ。陛下と何度踊ってもいいし、ジュリアちゃんもお料理を食べ放題よ」
お料理食べ放題……
私の心がグラリと傾きます。
「私は何でもいいですわ。エリクと踊れるわけでもありませんし」
「あら。何も踊らなくても、エリクも仮面をつけて参加させれば、二人で思う存分お話できますわよ?」
「うっ……確かに」
「決まりね!今回のパーティーはマスカレードにしましょう。
あ、二人ともどんなドレスでどんなに仮面をつけるのか、先に教えてちょうだいね。
マークやノア、ティーダのも把握しておかなくちゃ。お互いが把握していないと、違う相手と踊ったり話したりする羽目になりますからね」
その晩の晩餐で、早速王妃様がマスカレードにしたいと陛下に申し出ます。
「マスカレードか。それならまぁ、来客も楽しんでくれるだろうし、いいかもしれないな」
どうやら、決まったようです。
私たちは華美になり過ぎないドレスとベネチアンマスクを用意しました。
ノア様達の衣装もチェックして、お互いがお互いだとわかるようにします。
隣国との挨拶は、翌日に回すことにしました。
そして当日。
お互いの姿をチェックし終わると、早速パーティーに紛れ込みます。
今夜は陛下からの開始の挨拶もありません。
徐々に人が集まりだし、踊ったり会話を楽しんだりしています。
私は早速、お料理の並ぶテーブルへ向かいます。
取皿に少しずつ取り分けて、美味しくいただきます。
あ、マリアンヌ様を見つけました。
隣にいる、少しオドオドした男性はきっとエリクですわね。
私はマリアンヌ様に近寄ります。
「ごきげんよう。お料理はもう食べられました?鴨のローストがとても美味しいですわよ」
「ごきげんよう。鴨のローストが?早速いただきますわ」
エリク、仮面をつけていても嬉しそうに頬を赤らめているのがわかります。
「今日も美味しそうに食べているね」
聞きなれた声に振り向くと、ノア様が後ろに立っていました。
仮面をつけていてもカッコいいノア様は、周囲の令嬢達の注目を浴びています。
そんなノア様と並ぶモブ全開の私。
肩書がなければ、私はどこからどう見てもモブです。
「一曲、お相手して頂けますか?」
「一曲と言わず、何曲でも」
ノア様の言葉に答えて、広間の真ん中で踊り始めます。
王妃様?
パーティーが始まってからずっと、陛下と踊っていらっしゃいます。
楽しいのはわかりますけれど、よく体力がもちますわね。
「顔を隠していても、君は可愛いな」
「顔が見えませんのに、どこを可愛いと仰っいますの?」
いえ、顔も特別可愛いわけではありませんけど。
「食べる姿も、踊る姿も」
「本当に、私が食べる姿がお好きなんですね」
思えば、告白されたときも食べる姿がいいと言われた気がします。
「食べ方がとてもきれいで、美味しそうに食べるからね」
「ノア様だって注目の的になってますわ」
小声で囁くと、ノア様は私をギュッと抱きしめました。
「私は、一人だけに見つめてもらえれば充分だ」
ちょうど一曲終わって、続けて踊ろうかとした時、声をかけられました。
「失礼、お嬢さん。私とも踊っていただけますか?」
断ってもいいのですが、ここでお断りすると、何曲も同じ人と踊っている王妃様のように注目を浴びて面倒な事になります。
ノア様が私の手を取り、チュッと手の甲に口づけると、
「また後ほど、踊ってくださいね」
と言い残し、去っていきました。
仕方なく、声をかけてきた男性とダンスを始めます。
ノア様程ではありませんが、この方もリードが非常にお上手です。
「あなたが会場に入ってこられた時から、ずっと見つめていたのですよ」
男性がおっしゃいます。
年齢は、おそらく私と同じくらいでしょう。
でも、口説かれてもちーっとも心に響きません。
「あら、私おかしなことでもしてました?」
「いや。男を漁る気配も見せず、料理に食いついていたのが非常に好印象だったのです」
少し辛辣です。
「あなたのような令嬢を、私は探していたのです」
「まぁ。マスカレードに結婚の相手を探しにいらっしゃったのですか?」
「ええ。マスカレードは本性がよく出ますから」
そう言われても困ります。
私はもうノア様の妻ですもの。
「残念ですけど、私は相手は探しておりませんわ」
「あなたのような可愛らしい方が人妻だと?
ご主人が羨ましい。
ですが、私の国は多夫多妻制なので、問題ありませんよ?」
私の国。
多夫多妻。
この方、ロングアイランドの王太子……!
「ですが、この国では一夫一妻制ですから、私は夫を裏切れませんわ」
「私が身分を明かしても靡いてくれませんか。
そんなところも実にいい」
いえ、良くないです。
それから、チラチラ人の胸を見るのはやめてほしいです。
まだ授乳期間なので、胸が大きくなっているのは自覚してますけれど。
ちょうど曲が終わりましたので、私は王太子の腕からスルリと抜け出しました。
「失礼いたしますわ」
「縁があったら、また」
その言葉を背中で受け止めて、ノア様を探します。
ああ、いました。
令嬢に囲まれて。
「私と踊っていただけませんか?」
「いえ、私と」
「すみませんが、私が踊りたい相手はただ一人なので」
ノア様がやんわりお断りしています。
「では、私とは踊っていただけますか?」
令嬢たちの後ろから声をかけると、ノア様はパッと笑顔になりました。
「なんですの?後から来て」
「順番は守ってくださいな」
令嬢たちに肘で押しやられます。
「そうやって、人を押しやろうとする姿は感心できないな」
ノア様の言葉に、令嬢達が固まります。
「私が踊りたい相手は、この令嬢だけですよ」
そう言って、私の手を取るノア様。
「でも!さっきもその方と踊られてたではないですか」
「ええ。私はこの方に夢中なのでね」
「そんな方のどこが……」
「人を貶めるような発言をするあなたには、彼女の魅力はわかりませんよ」
ノア様はさっさと私の手を引いて、ダンスを始めました。
ああ。
やっぱり、ノア様とのダンスはとてもしっくりきます。
王妃様たちは流石に疲れたのか、隅の椅子に腰掛けて談笑していらっしゃいます。
仮面をつけているのに、威厳があります。
すごいです。
「さっきの男にしつこくされなかった?」
「プロポーズされましたわ。お断りしましたけど」
「なに!」
「しかも、ロングアイランドの王太子でしたわ」
「ああ。あの国は多夫多妻制だからな。
でもこの国の次期王妃を嫁になど流石に望まないだろう。無理だからな。それこそ、戦争になりかねん」
「明日、ご挨拶があるでしょう?
私、今から憂鬱ですわ」
本当に憂鬱なんです。
ご縁があったら、という言葉が、どうにも嫌な予感を呼びます。
「大丈夫。君の事は私が守るよ。せっかくだから王太子の前でイチャついて見せるかい?」
「ふふっ。そこまでしなくても」
その言葉に笑うと、ノア様が仮面の下でホッとしたのがわかりました。
「君の事は誰にも渡すつもりはないよ」
「私もですわ」
ダンスを終え、私たちは中庭にそっと出ていきました。
「君が可愛すぎて、我慢できない」
そう言われて、茂みの中に押し倒されました。
「こんなところ……誰かに見られたら」
「マスクを外さなければ私達の正体はわからないさ」
そういう問題ではないのですが……
ノア様の手がスルスルとドレスの裾から入ってきて、私はもう諦めました。




