エリク、腹を括る
コック長エリク目線です
夕食の下準備をしていると、王妃様の侍女から呼び出しを受けた。
王妃様のお部屋へ至急伺うように、と。
緊張しつつ、エプロンとコック帽を外して、王妃様の部屋へ急ぐ。
何かしてしまっただろうか。
いや、それなら筆頭執事のポアロ様から言われるはず。
もしかして、クビ?
いや、それもポアロ様から言われるはず。
王太子妃様の食事の件?
それならマリアンヌ様が仰るはず。
侍女に通されて王妃様の部屋へ入ると、非常ににこやかな王妃様と王太子妃様、それと、動揺を隠しきれていないマリアンヌ様に迎えられた。
悪い話ではなさそうだ。
そのことに、とりあえず安心する。
王妃様は仕事中に呼び出したことにお詫びをして下さり、何気ない口調で切り出された。
「あなた、独身だったわよね?気になる女性やお付き合いしている女性はいらっしゃるの?」
全く予想外の質問だった。
40を間近に控え、こんな質問を受けるとは。
それに、なぜ俺に?
「エリク?どうかしましたの?」
王太子妃様に声をかけられて、ハッと我に返る。
「いえ。俺……あ、いえ、私はもう年齢も年齢ですし、なかなか恋愛事に関わることもないので」
それは事実だ。
けれど、気になる女性がいないわけではない。
思わず、チラリと見ると、マリアンヌ様はいつもの堂々とした態度からは想像もできないほど、縮こまっていらっしゃった。
「例えば、あなたの事を好ましく思っている令嬢がいたら、あなたはどうなさるの?」
御令嬢が俺に好意を?ありえない。
「王妃様。流石にそのようなことはございません。
私は裏方の身。華やかな御令嬢と接する機会もございません」
「あら、今接しているじゃない、マリアンヌちゃんと」
思わずグッと詰まる。
確かに、本来であれば口を利くこともない高位の貴族の御令嬢と、俺は頻繁に王太子妃様の食事について相談している。
「マリアンヌ様は特別です。事情が事情ですし」
「そう……こう言ってはなんだけどマリアンヌちゃんも適齢期を過ぎているでしょう?下手な貴族と結婚させられるのではないかと、私もジュリアちゃんも心配でね」
マリアンヌ様が、下手な貴族と結婚?
マリアンヌ様もいつまでも独身は貫けない。
いつかは結婚しなければならないだろう。
その事は諦めているが、やはり、面白くはない。
しかし、そのことをここで言うわけには行かない。
「マリアンヌ様はまだお若く、お綺麗です。きっと良い男性との縁談が来るのではないでしょうか」
「マリアンヌちゃんに、その気がないのよ。何でも、好きな男性がいるみたいでね」
「王妃様!」
無難な答えを返すと、なんと、マリアンヌ様に好きな男性がいるという。
マリアンヌ様の焦り具合からして、事実なのだろう。
王妃様は、まぁまぁ、と宥めて続けた。
「爵位の低い方らしくてね。あなたならどうするか聞きたかったのよ」
爵位の低い方、か。
俺も1代限りの爵位は賜わっている。
もし、俺がその相手だとしたら、俺はどうするだろう。
「私の意見など参考にならないと思いますが……
マリアンヌ様は素敵な令嬢ですから、好ましく思ってらっしゃるなら、気持ちをお伝えしてもいいのではないでしょうか。
お相手の方も、身分を気にせず慕ってもらえれば嬉しいでしょうし。
貴族同士の結婚については、私は詳しくありませんが、マリアンヌ様が幸せになられるのが一番かと」
「そう。そうよね?」
もし俺がマリアンヌ様に慕われる立場だったら、きっと、身分の差など気にもしないくらい、歓喜するに違いない。
「マリアンヌちゃん」
有無を言わさぬ声で、王妃様が声をかけられた。
「王妃様、私は……」
マリアンヌ様は王妃様の言いたいことが分かっているのか、自信なさげに戸惑った様子で口篭っている。
「あなた、ティレーズを見てみなさいよ。きちんと自分からぶつかっていったじゃない。それに、その手段を授けたのはあなたよ?」
「ですが!あの時とは違います。身分が……」
ティレーズの突然の結婚は、俺達使用人の間でも話題になっていた。
まさか、ティレーズからアプローチし、その裏でマリアンヌ様が暗躍していたとは、流石に知らなかったが。
「あなたは身分を気にせず好きになったのでしょう?」
王妃様の言葉は続く。
「それは……でもお父様がなんと仰るか……」
「私が一肌脱ぎますわ。娘の幸せを願えなくて、何が父親ですか」
身分の低い者との結婚は、マリアンヌ様のご家族も簡単には頷かないだろう。
もっとも、王妃様の鶴の一声があれば別だろうが。
それにしても、俺はいつまでここにいればいいんだろう。
これ以上、マリアンヌ様の恋の話など聞いていたくもないが、退出の許可も出ていないので、職場へ戻るに戻れない。
「王妃様、マリアンヌ様。エリクが困っておりますわ」
「ごめんなさいね、エリク。じゃあ私達は少し席を外しますから、後は二人で話して下さいな」
「王妃様!」
何がどうなったのか、突然王妃様と王太子妃様が退出され、部屋には私とマリアンヌ様だけが残された。
マリアンヌ様をチラッと見ると、泣きそうな顔をしている。
そんなに、俺と二人きりになるのは嫌なのだろうか。
「マリアンヌ様。申し訳ありません。今すぐ退出いたしますので。不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「違うの!そうじゃないの、ここに、いて?」
上目遣いの潤んだ目。
ただでさえ、密室に好きな女性と二人きりなのだ。
そんな目で見られたら、抑えが効かなくなる。
「王妃様もジュリア様も、私の為を思って二人にしてくれたのですわ」
「それは、どういう……」
ガタン、と突然マリアンヌ様が立ち上がった。
「私、あなたのことが好きなのです!」
なんかもう、喧嘩を売ってるみたいな口調でマリアンヌ様が仰った。
耳を疑う。
マリアンヌ様が、俺を、好き?
「しかし、私は歳もだいぶ上ですし」
「その、落ち着いた大人の魅力と、仕事に真摯に取り組む姿勢をとても好ましいと思っているのです」
大人の魅力なんて、この俺にあるとも思えないが、少なくともマリアンヌ様にはそう映っているのだろう。
「しかし、身分が」
「私が家族を説得します!それでもダメなら、王妃様に力をお貸し頂きます。
はっきり仰ってください。私の気持ちは、迷惑ですか?」
「迷惑だなんてそんなこと……!私こそ、ずっとあなたをお慕いしておりましたのに」
「本当に?」
私はマリアンヌ様の小さな身体を抱きしめて、耳元で言った。
「私と、結婚してくださいますか?」
「もちろんです!」
こちらを見上げる顔が可愛くて、衝動のままに唇を重ねた。
「口を開けて?」
マリアンヌ様の唇が開いたところで、舌を口の中へ潜り込ませる。
あまりに甘美で幸せで、俺は夢中になって唇を貪った。
カクッとマリアンヌ様から力が抜けて、慌てて体を離す。
俺は、腹を括った。
「マリアンヌ様。私からもご両親にご挨拶に伺いますので、二人で乗り越えましょう」
「はい……」
そう言えば、部屋の外で王妃様と王太子妃様を待たせていることを思い出す。
「王妃様方をお呼びいたしますね」
ドアを開けると、王妃様ににこやかに尋ねられた。
「話し合いはまとまったのかしら?」
「はい。お陰様で」
「そう。よかったわ。もう仕事に戻っていいわよ。
忙しいのにありがとう」
そう言えば忙しい時間帯だったことを思い出して、俺は足早に職場に戻った。
王妃様にお力添えを願うなら、少しでも自分の価値を示さなければ。
その日から私は、これまで以上に仕事に力を入れた。
それから少しして、マリアンヌ様のご両親にご挨拶に伺い、諸手を挙げて賛成してもらえることになるのだが、この時はそんなことは思ってもいなかった。




