マリアンヌ嬢の恋
「マリアンヌ様。白状なさいませ。どなたをお慕いしてらっしゃるの?」
「それは……」
マリアンヌ様が赤くなります。
とても可愛いです。
「王城のコック長をされている、エリクですわ」
「エリクに?!」
びっくりです。
エリクは確か、独身のはずですが、年齢は結構上で、マリアンヌ様と一回りは違うはず。
「ジュリア様の食事の件で何度かお会いするうちに……その、真摯な姿勢と大人の色気にやられてしまって……」
仕事に対して真摯な姿勢なのは分かりますが、エリクに色気などあったでしょうか。
こればかりは、好みの問題だから分かりませんわね。
「でも、エリクは確か……平民の出では……」
「王城での腕前をかわれて、男爵位を与えられたはずですけれど、世襲制ではありませんわね」
「侯爵家との婚姻となると、なかなか前途多難なのではなくて?」
好きだから結婚できる、というほどこの世界は甘くはありません。
各家の爵位に見合った爵位の家の者同士で結婚するのが習わしなのです。
なので、例えば男爵家令嬢と王子様が恋愛関係に至ったとしても、結婚はとても難しく、男爵家令嬢としての教育しか受けていなければ、結婚するために血を吐くような努力と、己の価値を示さなければならないのです。
大抵は、側室に収まることが多いです。
そして、女性のほうが爵位が上で男性側があまり高い爵位をもっていないとなると、女性の爵位が低い場合より更に大変なのです。
幸い、マリアンヌ様は一人娘。他の国では直系男子しか家督を継げないこともありますが、トリス国では女性も家督を継げます。
なので、マリアンヌ様が家督を継ぐのですが、その為に婿入りは必須。
今もマリアンヌ様のご両親はせっせと政略結婚の縁談を持ってきているようです。
王妃様も口添えなさるでしょうし、エリクが認められれば結婚は可能でしょうが……
問題は、まずエリクの気持ちですわね。
「マリアンヌ様のお気持ち、エリクには伝えましたの?」
「いえ……仕事の話ならスラスラ話せるのですが、個人的な話になると、途端に上手く口が回らなくなってしまって……」
乙女ですわね、マリアンヌ様。
「この際だから、はっきりさせましょうよ。
エリクに想いを伝えましょ?」
「そんな……私には無理です」
マリアンヌ様が顔を赤くされていますが、王妃様は気にもなさらず、侍女を呼び、エリクを連れてくるように言いました。
間もなく訪れたエリクは、王妃様のお呼びとあって、とても緊張しているご様子です。
「あの、何か食事のことで問題がございましたでしょうか」
「あら、違うのよ。忙しいのに呼び出してごめんなさいね。
実はちょっと、あなたにお聞きしたいことがあって」
「何でございましょうか」
「あなた、独身だったわよね?気になる女性やお付き合いしている女性はいらっしゃるの?」
予想外の質問に、エリクは呆気にとられています。
意識がどこかへ飛んでいったのでしょうか。
ピクリとも動きません。
「エリク?どうかしましたの?」
流石に心配になって声をかけると、ハッとしたようにエリクがこっちへ戻ってきてくれました。
「いえ。俺……あ、いえ、私はもう年齢も年齢ですし、なかなか恋愛事に関わることもないので」
そう言いつつ、チラッとマリアンヌ様を一瞬だけ見たのを、私は見逃しませんでしたよ?
「例えば、あなたの事を好ましく思っている令嬢がいたら、あなたはどうなさるの?」
「王妃様。流石にそのようなことはございません。
私は裏方の身。華やかな御令嬢と接する機会もございません」
「あら、今接しているじゃない、マリアンヌちゃんと」
王妃様、グイグイいきます。
「マリアンヌ様は特別です。事情が事情ですし」
「そう……こう言ってはなんだけどマリアンヌちゃんも適齢期を過ぎているでしょう?下手な貴族と結婚させられるのではないかと、私もジュリアちゃんも心配でね」
「マリアンヌ様はまだお若く、お綺麗です。きっと良い男性との縁談が来るのではないでしょうか」
「マリアンヌちゃんに、その気がないのよ。何でも、好きな男性がいるみたいでね」
「王妃様!」
流石にこれ以上はまずいです。
マリアンヌ様が焦って止めに入られました。
でも王妃様は、まぁまぁ、と宥めて続けます。
「爵位の低い方らしくてね。あなたならどうするか聞きたかったのよ」
なんとなく上手く誤魔化しましたね。
「私の意見など参考にならないと思いますが……
マリアンヌ様は素敵な令嬢ですから、好ましく思ってらっしゃるなら、気持ちをお伝えしてもいいのではないでしょうか。
お相手の方も、身分を気にせず慕ってもらえれば嬉しいでしょうし。
貴族同士の結婚については、私は詳しくありませんが、マリアンヌ様が幸せになられるのが一番かと」
「そう。そうよね?」
王妃様、もしかして多少強引にでも進めるつもりでしょうか。
「マリアンヌちゃん」
有無を言わさぬ声で、王妃様が声をかけられます。
「王妃様、私は……」
「あなた、ティレーズを見てみなさいよ。きちんと自分からぶつかっていったじゃない。それに、その手段を授けたのはあなたよ?」
「ですが!あの時とは違います。身分が……」
「あなたは身分を気にせず好きになったのでしょう?」
「それは……でもお父様がなんと仰るか……」
「私が一肌脱ぎますわ。娘の幸せを願えなくて、何が父親ですか」
取り残されたエリクがポツーンとしています。
退出の許可も出ていないので、職場へ戻るに戻れないのでしょう。
「王妃様、マリアンヌ様。エリクが困っておりますわ」
「ごめんなさいね、エリク。じゃあ私達は少し席を外しますから、後は二人で話して下さいな」
「王妃様!」
マリアンヌ様の助けを求めるような声を聞きながら、私と王妃様は部屋を出ます。
「本当にこれでよかったのでしょうか」
「あら、なぜ?」
「エリクがもし、マリアンヌ様のことを何とも思っていなかったら……」
「大丈夫よ。チラチラマリアンヌちゃんを見ていたの、気がついたでしょう?」
「ええ」
王妃様の侍女と私の侍女であるティレーズにもこの話は聞こえているはずですが、今日も見ざる聞かざるを貫いています。
あっ。
この場にはマリアンヌ様の侍女もいましたわね。
完全に空気と化しています。
もしかしたら、マリアンヌ様から気持ちを聞かされているのかもしれませんわね。
しばらくして、赤い顔をしたエリクがドアを開けました。
「話し合いはまとまったのかしら?」
「はい。お陰様で」
「そう。よかったわ。もう仕事に戻っていいわよ。
忙しいのにありがとう」
エリクは頭を下げて、足早に去っていきました。
私と王妃様は興味津々で部屋の中へ戻ります。
そこにいたのは……
完熟トマトのように真っ赤に頬を染めて、立ち尽くすマリアンヌ様。
完全に遠い世界に行ってらっしゃいます。
「マリアンヌちゃん!」
王妃様が肩を揺すると、ストンとソファに座り込みました。
「その様子だと、上手く行ったのかしら?」
「王妃様……はい。ありがとうございます」
「もう少しエリクが出てくるのが遅かったら、不埒な事でもしてるのではないかと、乗り込むところでしたわ」
マリアンヌ様が更に赤くなります。
「あら?この様子は…」
「王妃様、聞いたら砂糖を吐く羽目になるかもしれませんわ」
「でも、聞きたいじゃない」
王妃様は持ち前の強引さで、マリアンヌ様にすべてを吐かせました。




