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裏庭の令嬢

ノア様視点です

(今日もいるな)



教員棟から学生棟までは、少し距離がある。

だから私は近道である裏庭の廊下を通ることにしているのだが。


毎日そこで昼食をとっている令嬢がいる。

大抵の令嬢は食堂か、広い中庭で昼食をとっているが、この令嬢だけはなぜか裏庭で1人昼食をとっている。


最初は孤立しているのかと心配していたが、3時のティータイムには中庭で他の令嬢と仲良くお茶をしているので、どうやら孤立しているわけではないらしい。


(変わった令嬢だな)


最初はこの程度の認識だった。



ある日、いつものように裏庭の廊下を歩いていると、嬉しそうな笑い声が聞こえた。

見ると、いつもの令嬢が、集まってきた小鳥たちにパン屑をやっている。

よくよくみれば、蝶たちも周りを取り囲んでいる。

裏庭とはいえ、日当たりもよく、様々な花が咲き誇るその場所は、この令嬢のお気に入りなのだろう。

そう思って見れば、なんだかこの場所が特別な場所に思えてくるから不思議だ。


近づいてみたのは、ほんの興味本位だ。

身分を隠し、ここで教師をやっている私にとって、特定の生徒と特別に仲良くなるつもりはない。



「特にこのチキンのハーブ焼きが……」


「そんなに美味しいのかい?」



声をかけると、令嬢は大きく目を見開いて驚いている。

その姿が面白くて、わざと口を開いて待ってみると、令嬢はおずおずとチキンを口に入れてくれた。


確かにうまい。

私がいるからか、今日は鳥や蝶が近づいてこなかったことは残念だったが、私は彼女の頭をクシャリと撫でて、その場を後にした。


次の授業で彼女を見つけたが、心ここにあらずの様子で、時折赤くなったり青くなったりする彼女の百面相が面白かった。


それから、毎日私は令嬢のお弁当のおかずをもらいにそこに立ち寄るようになった。



「よろしければ、ノア先生の分もお弁当作らせますけれど」



彼女とここで一緒にお弁当を食べるのも楽しそうだったが、教員棟の自室で昼食を済ませている私には、お弁当までは不要だ。

彼女のおかずを一口もらうのが楽しいのだ。


(まるで、餌付けされた小鳥と一緒だな)


でも、こんな日々も長くは続かないことは知っている。


後数ヶ月もしたら、彼女はこの学園を卒業する。



「でも、これもあと数ヶ月でお終いなんだな。

君にも、いい縁談が沢山来るんだろう」



彼女、ジュリア嬢は侯爵家の一人娘だ。

たくさんの縁談の中から一人を選び、結婚するのだ。




「ノア先生は、どなたかと婚約されてますの?」




「いや、一人だよ。なんでだい?」




「だってノア先生は、トリス国の第一王子でいらっしゃるでしょう?」




「なんで……それを」



私は思わず身構えた。

このことを知っているのはこの国の王家の人間だけ。

学園長ですら知らない情報だ。



父親とトリス国を訪れた際に見かけた、というジュリア嬢は目線が落ち着いておらず、明らかに嘘だとわかる。



(嘘の下手な子だ)



ではなんで知っているのかは分からないが、これは私がこの国を去るときまで秘密にしておいてもらわなくてはならない。

探りを入れる意味も含めてその後も話していると、彼女がやはり少し変わっているということだけがわかった。


何しろ、目の前にいる本人をべた褒めしたかと思えば、女生徒の憧れであるはずの王子達を「目の保養」に過ぎないと言い切ったのだから。


思わず吹き出すと、ジュリア嬢は真っ赤になった。




「秘密に、してくださいますか?」




「いいよ。これで、お互い秘密を分かち合ったもの同士だ。これからもお互い秘密に、ね?」



秘密の大きさは段違いだけれど、これでお互いの秘密を握ったことになる。

そのことにちょっと満足した。



次の授業では、ジュリア嬢はとても真剣に授業を受けていた。

まるで、私の言ったことを一言も聞き漏らさんとするみたいに。

きっと、休み時間になれば王子たちで目の保養をするんだろう。

そのことは、少し面白くなかった。


私だけを見つめていればいいのに。


そんな自分の気持ちに戸惑いながらも、私は彼女に語りかけるように授業を続けた。




「ノア様、それが恋ではありませんか?」



たった一人だけ連れてきている従者のマルコに相談すると、そんな答えが返ってきた。



これが、恋?



今まで、自分の伴侶は自分で選ぶと言って国を出てから、各地を転々としてきて、色々な令嬢に出会った。

でも、恋をすることはなかった。

どんなに美しい令嬢でも、優しい令嬢でも、心動かされることはなかった。



「ノア様。恋はするものではなく落ちるものだといいます」



自身も恋などしたことないだろうに、知ったような顔でマルコが言う。



「ジュリア・ルクラシア嬢であれば、侯爵令嬢ですし、縁談も引く手あまたでしょうね。

のんびりしていると、横からかすめ取られますよ。

この旅の本来の目的をお忘れになったわけではないでしょう?」


「分かっている」


「ならば、いいのですが。では、たとえばジュリア嬢が他の男子生徒にお弁当のおかずをあげていたとしても、平気ですか?」



あの可愛らしい小さな手で、他の男の口に食べ物を運ぶ。


それは、想像するだけでも不愉快だった。



1つ年上のマルコに、口で勝てたことは一度もない。

いつも兄のように私を諌め、見守ってきてくれた。

彼の口から「恋」について聞く日が来るとは思ってもいなかった。



「恋、か……」



これが、恋。

こんなにも、一人の女性を独占したいと思うなんて。


だが、ジュリア嬢を手に入れようと思ったら、チャンスは一度しかない。

ジュリア嬢が卒業し、私もこの学園を去る、卒業パーティーだ。

それより早すぎれば教師を続けられないし、遅ければ他の男に取られてしまう。


卒業パーティーまでは、あと2ヶ月。

エスコートの誘いをするのはパーティーの1ヶ月前が通例だ。

私はそれまでに、少しずつジュリア嬢との距離を縮めることにした。

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