賭けの結果
ノア様目線です
マルコとティレーズが帰ってきて1週間。
マルコはムカつく程冷静に仕事をこなしている。
「ティレーズとの旅はどうだった?」
「そうですね。1ヶ月余裕をもらえましたので、二人でのんびり過ごす事ができました」
それ以上は言おうとしない。
たまに廊下でティレーズとすれ違っても、お互い会釈するだけだ。
そのくせ、肌はツヤツヤしてやがる。
新婚生活が順調な証だ。
「お前、結局ティレーズのどこに惹かれたんだ?」
「お教えする義理はありませんよ。縁あって結ばれた。それで充分ではないですか」
「やはり、胸か」
「最低ですね。ジュリア様にお伝えします」
「待て!」
どんなにつついても、マルコから惚気話が出ることはない。
このままでは、賭けに負ける……
「旅の間は二人でどんな風に過ごしてたんだ?」
「新婚らしく過ごしてましたよ。特にこれと言ってお伝えすることもないです」
「たまには甘い言葉もかけてやらないと、女性は拗ねるぞ」
「大きなお世話ですが、それは実体験ですか?」
「私は常にジュリアに愛を伝えている!」
「それはよかったですね」
違う。
そうじゃない。
私の話をしてどうするんだ。
この飄々とした男は、どうしても私にデレた姿を見せたくないようだ。
そもそも、これまでも私はこの男に勝てたことがないのだ。
マルコが自分からデレるのならともかく、私から何か言ってデレさせるのは無理だ。
私は諦めた。
「ところで、ジュリアに何か手作りの物を送りたいのだが、何がいいだろう」
「手作りって……まさかノア様がお作りになるんですか?」
「そうだが」
マルコは残念なものを見るような顔で私を見た。
「不器用なくせになぜそんなことを思いついたのです」
「まぁ……色々あって。ジュリアも楽しみにしているんだ」
マルコはしばし考えているようだった。
何かいい案を出してくれるといいのだが……
「ジュリア様は妊娠中ですから、体を冷やさないように膝掛けなどどうですか?
膝掛けなら、縁を縫うだけですし」
縁を縫うだけ、と言っても、針と糸を持ったことすらない私に出来るのだろうか。
「母に、ノア様への指導を頼んでおきます」
「すまないが、よろしく頼む」
そうして、公務の間に膝掛けを縫うことになったのだが、マリアから最初に渡されたのはハンカチサイズの布。
「まずは等間隔に真っ直ぐ縫う練習です」
「分かった」
マリアがペンで印をつけてくれた通りに縫っていくだけなのだが、これが意外に難しい。
「いてっ!」
針が指に刺さる。
マリアは冷静にそれを見ているだけだ。
特にアドバイスはしてくれない。
点々と血のシミを作りながら、ひたすら縫う。
4枚目のハンカチを縫う頃には、針を指に刺すこともほとんど無くなった。
母上もジュリアも美しい刺繍を刺すが、どれだけ器用なのかと感心する。
5枚目のハンカチは、マリアの印無しで縫う練習だ。
油断するとすぐに斜めになってしまったり、縫い目の長さがまちまちになってしまう。
10枚目のハンカチを縫い始めてようやく、まっすぐ等間隔に縫えるようになった。
玉止めも出来るようになった。
「では今日から本番です」
渡されたのは大きく分厚い布。
それを毎日、公務の空き時間を見つけては、チクチク縫っていく。
これまでとは厚さが違うから、なかなかまっすぐ縫えなかったり、針が指に刺さったりする。
プレゼントに血の跡がついていてもいいものなのか悩むが、こればかりは仕方ない。
ジュリアの喜ぶ顔を思い浮かべながら、必死に縫った。
「ノア様。賭けのことですけれど、私の勝ちということでよろしいでしょうか」
マルコが帰ってきて1ヶ月後、ジュリアが口にした。
あとは寝るだけなので、ティレーズもマルコも下がらせている。
賭けのことを知られる心配はない。
「ああ。君の勝ちだ。約束は果たす。
後1週間だけ待ってくれ」
「1週間でよろしいのですか?」
「1週間で何とかする」
今のところ、三辺は縫えている。あと一辺なら、1週間あればなんとかなるだろう。
そして1週間後、私は約束通り、手作りの膝掛けを綺麗にラッピングだけしてもらって、ジュリアに手渡した。
「これは……膝掛け?」
「体を冷やすといけないからな」
「ありがとうございます!」
改めて見ると、縫い目はぐちゃぐちゃだし、たまに血の跡が残っている。
しかし、ジュリアはとても嬉しそうにそれを抱きしめてくれた。
「大切にいたしますわ。
正直、ノア様なら工芸品かと思っていたのですけれど」
「ご婦人に贈れるような工芸品は、とてもじゃないが作れない」
縫うだけの膝掛けですら、こんなに時間がかかったのだ。
それでもこれなら縫い目が目立たないからまだいい。
工芸品となると、完成品の出来がはっきりわかってしまう。
ジュリアならきっと何を贈っても喜んでくれたとは思うが、膝掛けを抱きしめているジュリアを見て、これにして良かったと思った。
またマルコに借りが出来た。
「実は、お義父様とお義母様も同じ賭けをしていたそうなんです」
「そうなのか?賭けの代償は?」
「うふふ。便箋10枚以上のラブレターらしいですわ」
父上は口下手だ。
政略結婚で結婚したはいいが、母上を愛するようになってからも、なかなか気持ちが伝えられず苦労したと話を聞いたことがある。
その父上が、便箋10枚以上のラブレター。
同情を禁じえない。
私も苦労したが、父上もさぞ苦労していることだろう。
まぁ、父上にはポアロがついているから、おそらく何某かのアドバイスは貰っていると思うが。
「ノア様が最近指に怪我をされていたのは、これを作られていたからなんですね。
私、本当に嬉しいですわ」
父上に思いを馳せていたら、ジュリアが私の横に腰掛けた。
夜の営みは、お腹の子が安定するまで禁止されているが……抱きたい。
私はそっとジュリアを抱きしめて、キスをした。
濃厚なキスくらいなら、許されるだろう。
堪えている分、キスが濃厚になりすぎたらしく、気がついたらジュリアが腕の中でクッタリしていた。
「すまない!大丈夫か?」
「はぁっ、はぁっ。ちょっと、息ができなくて死ぬかと思いましたけど、大丈夫です」
ああ。可愛い。
こんなことなら、すぐに子供ができなくても良かったのに。
そうしたらもっともっと、ジュリアを思う存分愛せたのに。
しかし、子供は授かりものだ。
ワガママをいえばバチがあたってしまう。
「さ、ジュリア。もう寝ようか」
欲を押し殺して、ジュリアを抱いてベッドに横になる。
最近では悪阻も始まっていて、辛そうな日が多いから、早く寝かせなければ。
ジュリアにギュッと胸にしがみつかれたまま、私たちは眠りについた。




