ノアとジュリアの賭け
主人公目線に戻ります
「ティレーズ達は、そろそろミモザを発った頃でしょうか」
ノア様と3時のお茶をしながら話します。
「そうだな。少し向こうでゆっくりするにしても、そろそろ出発した頃だろう」
「あの二人が上手くいってよかったですわ。
ティレーズは、私の都合で婚期を逃しそうなものでしたから」
「それを言うなら、マルコこそ完全に私の勝手で婚期を逃していたからな」
今頃、仲良く馬車に揺られているのでしょうか。
想像すると思わず笑みがこぼれます。
王族ではないので護衛はついていませんが、マルコは頭も良く、腕も立つので安心です。
「新婚旅行に行かせてあげられないのが申し訳ないですけれど」
「まぁ、短い期間だがこの旅を新婚旅行と考えてくれるといいがな」
「あの二人は仕事のことをよくわかっていますから、きっと私たちの気持ちを汲んでくれますわ」
ノア様は頷くと、ニヤリ、と笑いました。
「帰ってきてから、マルコのデレっぷりが見られると思うと楽しみだな」
「あら。マルコとティレーズですわよ?きっと表面上は何もかも今まで通りですわ」
いくら結婚したからと言っても、仕事には厳しいマルコと人前ではプライベートを感じさせないティレーズです。
おそらく、仕事中は今までと変わらないでしょう。
あ、もちろん、二人が過ごす夫婦の部屋は用意してあります。
ティレーズ達がトリスを発ってすぐに、準備いたしました。
荷物もすっかり移し替えてあります。
「ならば、賭けをしようか。
帰ってきてからあの二人が甘い雰囲気を出していたら私の勝ち。今まで通りならジュリアの勝ち」
「受けて立ちますわ。勝った方は負けた方に手作りの何かをプレゼントする、という事でどうでしょう」
「む。手作りか……いや、負ける気はしないからそれでいい。ジュリアはお菓子以外だぞ」
「分かりましたわ」
私だって負ける気は致しません。
ノア様は何を作ってくださるのでしょう。
今から楽しみです。
午後の公務を終えて、夕食を済ませると私は王妃様にお茶に誘われました。
人払いされた部屋で、王妃様がワクワクした顔で身を乗り出します。
「ノアと賭けをしたんですって?」
なぜ王妃様がその事を……
ああ、今は私に侍女長のマリアがついてくれていますが、昔は王妃様専属の侍女でしたから、きっとマリア経由で聞いたのですね。
「お義母様はどちらだと思います?」
「そうね。私もジュリアちゃんと同じで、あの二人は人前でそんな姿は見せないと思うわ。
ポアロとマリアの時もそうでしたもの」
そう言えば、マルコのご両親も職場結婚でしたわね。
「ノア様は何を作ってくださるのか、今から楽しみですわ」
「ふふふ。あの子、手先が不器用だから、絶対におかしな物を作るわよ」
「楽しみですわ」
「もし仮にジュリアちゃんが負けたら、何を作るの?」
そう言われて考えます。
お菓子は禁止ですから、それ以外になりますわね。
そうなると、必然的に作れるものも限られてきますが……
「刺繍入りのナイトガウンでも作りますわ」
「ああ、それなら簡単だし、使ってもらえて嬉しいものね」
「今からガウンの作り方を習っておいたほうがよろしいでしょうか」
「必要ないわよ。賭けはこちらの勝ちに決まってますもの」
その言葉に引っかかりを覚えます。
「お義母様?もしかして、お義母様たちも?」
「ええ。私とマークも賭けをしているわ。勝ったら、負けた方に命令できるという賭けを」
「お義母様。一体何を命令するつもりですの?」
「うふふ。便箋10枚以上の私への直筆のラブレター。マークは口下手だから、普段からあまり気持ちを口に出さないのよ。10枚なんて、書けるのかしらね。ふふっ」
困り果てる陛下の姿が目に浮かびます。
少しくらい、内緒でお手伝い致しましょうか。
「ジュリアちゃん、手伝っちゃだめよ?」
心を読まれました。
ごめんなさい、お義父様。頑張ってくださいね。
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トリスを発って1ヶ月後、マルコとティレーズが帰ってきました。
「長い休暇を頂き、ありがとうございました」
「いいのよ。楽しかった?」
「はい。おかげさまで」
そう言うティレーズの顔が、なんだかツヤツヤしている気がします。
メイド服の首元から、微かに所有痕も見えました。
マルコ。
意外と手が早いのね。
感心している私に、ティレーズは続けます。
「早速今日から仕事に戻りますわ。私が不在の間は、どなたが主にお世話を?」
「侍女長のマリアよ」
「侍女長みずから!?先にお礼に伺って、引き継ぎを済ませたらまた戻って参ります」
そういうと、さっさと部屋を出ていきました。
まもなく戻ってきたティレーズから書類の束を受け取ります。
1日で済ませればいい量なので、そう大して大変ではありません。
これも、妊婦である私に気を遣ってくださっているからです。
トントン、とノックの音がしてティレーズがドアを開けると、マルコが立っていました。
入室を許可すると、私の前に来て頭を下げます。
「この度は休暇を頂きありがとうございました。ジュリア様のご両親も、今回のジュリア様のご懐妊を大変喜んでおられ、お母上みずから縫った襁褓を送ると仰っていました。手紙も預かってまいりました。こちらでございます」
マルコから手紙を受け取ります。
「マルコ。いつの間にそのような話をしていたのですか?私は聞いておりませんが」
元ルクラシア家の侍女としてのプライドを傷つけられたようです。
「ティレーズが旅の準備をしている間に呼び止められてお話したのだ。君を蔑ろにしたわけじゃない」
「そうでしたか。失礼致しました」
やはり、二人は特に甘い空気も出さず、淡々としています。
このまま行けば、賭けは私と王妃様の勝ちですわね。
「それとティレーズ。今日も王妃様の3時のお茶会にジュリア様が呼ばれているので、そのつもりで」
「はい」
ええ。
淡々としすぎていて、なんだか二人の仲が心配になるくらいですわ。
「あなたたち、うまく行っているのよね?」
「え?はい。マルコには大切にされていますわ」
「そう。ならいいのだけれど」
「仕事に私情を挟むつもりは毛頭ございません」
二人の声がハモりました。
この二人、どこまでいってもブレませんわね。
賭けはともかく、少しくらいイチャイチャしている姿も見てみたいものですが。
マリアンヌ様も参加された3時のお茶会でそんな話を致しましたら、王妃様も、確かに面白みがないわね、と同意されます。
「ジュリアちゃん、ここにティレーズを呼んで、からかいましょうよ」
「それはいい考えですわ。私達の作戦で二人は結婚したようなものですし、惚気話の1つくらい吐かせないと」
マリアンヌ様も賛同されて、ティレーズが中に呼びれました。
「皆様。先だってはお力をお貸しいただき、ありがとうございました」
「いいのよ。それより、二人きりのときのマルコはどんな感じなの?」
ティレーズの頬がポポポっと赤くなります。
あら、可愛い。
「どんな、とおっしゃいましても……」
「頻繁に愛を囁いたりしますの?」
「スキンシップは多め?」
「ヤキモチを妬いたりしますの?」
畳み掛けるように私達に問い詰められて、ティレーズは完熟トマトのようになっています。
「その……仕事中とは全然違います。甘い言葉も沢山言いますし、ス、スキンシップも多いですし……」
「まあ!」
「あのマルコがねぇ」
「でも、マルコは元々ムッツリスケベですし」
「あ、あのっ、ここでの話は秘密にしてくださいませ。
二人で、仕事中は今まで通りに接すると決めておりますので」
「大丈夫よ。元々王妃様のお茶会での話は、専属の侍女にも漏らしませんからね」
マリアンヌ様がおっしゃいます。
確かに、転生者のお茶会である王妃様のお茶会は、当然のように話した内容は極秘です。
「早く子供の顔を見せてちょうだい」
「マルコなら、意外と早く子供の顔が見られるかもしれませんわね」
「ありがとう、ティレーズ。下がっていいわよ」
ティレーズが出ていくと、王妃様が私に大きく頷きました。
「賭けは、間違いなく私達の勝ちですわね」
私と王妃様はうふふ、と扇で口元を隠しました。




