弟はどこから見ても王子様でした
ノエル視点です
クロちゃんのダンスレッスンが始まって、クロちゃんは毎日ヘロヘロになって家に帰ります。
それでも、お母様の話だと、基礎は出来ているので、細かな修正だけでいいのだとか。
クロちゃんはこれまで、パーティーで男性と踊る機会がほとんどなかったので、あとは回数をこなして慣れるしかないのでしょうか。
レッスンの先生が厳しいのではないかと心配して聞いてみたら、とてもお優しいとのことで、教え方も丁寧に教えてくださるそうです。
私は靴ずれをおこしたクロちゃんに回復魔法で傷を治してあげることくらいしかできませんが、クロちゃんは本当に毎日頑張っています。
ちなみに、レッスンの間はアルは近づく事が禁じられています。
それはそうですわよね。
必死に努力している姿は、あまり見られたくないですもの。
お化粧と一緒で、完成形は見てほしいですけれど、途中の段階は見てほしくないものです。
その代わり、お菓子作りでクロちゃんが登城する時は、アルはキッチンの入り口から熱い視線をクロちゃんに送っています。
アル……
そんなに見つめたらクロちゃんも恥ずかしいと思うのだけど。
ほら、クロちゃんが赤くなってますわ。
大抵は、キッチンの入り口にいるアルを、お兄様が引っ張って連れて行ってくれます。
身長は同じくらい。
お兄様はほっそりした王子様タイプ。
アルはがっしりした騎士タイプですので、連れて行くのも大変そうですが、お兄様大好きなアルは大抵大人しくお兄様についていきます。
「アルは、一歩間違えばストーカーね」
ストーカー?
聞いたことのない言葉に首を傾げますが、クロちゃんは知っているらしく、苦笑いしていました。
ちなみに、私はパーティーではヒールの低い靴を履くように言われています。
別にそれは構わないのですが、お母様もお祖母様も、くれぐれも足元に気をつけて、周りをよく見るように、とおっしゃいます。
まるで、私がどなたかにぶつかることが前提のようで、少し面白くありません。
そんなに、おっちょこちょいではありませんわ。
バトン様にそう言うと、バトン様は否定も肯定もせず、苦笑されていました。
やはり私は、自分で思っているよりおっちょこちょいなのでしょうか。
パーティーが近づいてくる頃には、クロちゃんはそれは優雅に踊れるようになっていました。
クロちゃん用に用意したドレスも細かなサイズ調整を終えて、後はパーティーの日が来るのを待つだけです。
日に日に緊張していくクロちゃんと、日に日にテンションの上がっていくアル。
私はクロちゃんには
「絶対に大丈夫だから、肩の力を抜いてね」
と言い、アルには、
「クロちゃんに恥をかかせないように、あなたがしっかりリードするのよ?」
と言い聞かせました。
見た目は大きくても、実際はまだ学園入学前のお子様です。
「くれぐれも、クロちゃんに恥をかかせないようにね」
と本当に何度も言い聞かせました。
お母様はアルを部屋の隅に呼んで、何かアドバイスをしているようです。
私の予想では、お母様とお父様の時のように、2回続けてダンスのお相手を申し込んで、プロポーズするように言い聞かせているのではないでしょうか。
アルを狙う令嬢は多いので、当日アルが令嬢に囲まれてクロちゃんが謂れのない悪口を言われたり、ひとりぼっちになるのではないかととても心配です。
私はバトン様と相談して、パーティーの間は出来るだけクロちゃんのそばにいることにしました。
アルは天使なので、基本的には誰にでも優しいです。
でも、その優しさを自分だけに向けてほしいと思うのも女心。
アルはその辺りのこと、わかっているかしら。
こうして、それぞれが色々とドキドキしている間に、パーティーの夜がやってきました。
王族入場のファンファーレが鳴り、お父様とお母様が入場し、お祖父様とお祖母様、それから私達兄妹が入場します。
アルは予定通りワインレッドのタイを付け、同じくワインレッドのリボンを付けたクロちゃんも見つけました。
少しお化粧をしたクロちゃん、とてもきれいです。
お父様がパーティー開始の挨拶をして、まずはお母様とダンスをします。
娘の私が言うのも何ですが、お二人はとてもお似合いで、お綺麗です。
たまに、何か小声で話しているようで、お二人でニコニコされています。
お父様は今でもお母様のことが大好きで仕方ないので、愛を囁いているのかもしれません。
お二人のダンスが終わると、お兄様とエリザベス様がダンスを始め、爵位の高い方から順にダンスに加わっていきます。
もちろん、私とバトン様もダンスをします。
横目でアルの様子を見ていると、ダンスに誘ってきている令嬢たちを優しくお断りしているようです。
クロちゃんは……ああ、壁の花になっていますわ。
アル、早くクロちゃんを誘わないと!
ヤキモキしている間に一曲終わり、私はクロちゃんの所へ行きました。
「さぁ、クロちゃん。アルの所へ行きましょう?」
「ですが……本当に私なんかが相手でいいのでしょうか」
「君は本当に謙虚というか、自己評価が低いね。
私がダンスをしたいのは、君だけだよ」
いつの間に来ていたのか、後ろからアルが声をかけてきました。
「クロエ嬢、お相手をお願いしても?」
「は、はい……」
これまで、自分からダンスの申込みをすることはなかったアルが、令嬢にダンスを申し込んだとあって、会場は少しざわつきました。
男性から女性にダンスの申込みをするのは、交際を申し込んでいるのと同じこと。
しかも、今日の二人は同じ色のタイとリボンを付けています。
クロちゃん、レッスンの成果が出ていて、とても優雅に踊っています。
アルも意外とリードがうまいようですわね。
ふと周りを見回せば、お兄様とエリザベス様は料理に手を付けています。
ああ、マルコに引き剥がされました。
お兄様とお母様は、本当に食べることがお好きなのです。
さすがにお母様は最近ではパーティーでお料理に張り付くことはなくなったそうですけれど。
曲が終わり、令嬢方がアルに向かって歩き出した瞬間、アルがその場に膝を付き、クロちゃんの手を取り、キスを落としました。
「よろしければもう一曲お相手をお願いしても?」
「私で良ければ、喜んで」
言えた!
言えたね、アル!
クロちゃんの頬もバラ色です。
周囲の人間は固まっています。
特に、アルの方へ行こうとしていた令嬢方。
それはそうですわよね。
2曲続けてのダンスの申込みは、プロポーズと同義なのですから。
つまり、今この瞬間、第二王子アルフォンスの婚約者が決まったのです。
まだ学園入学前だから、とタカを括っていた貴族の方々も、まさかこんなに早く婚約者が決まるなんて思っていなかったようで、ガックリと落ち込んでいます。
ああ、いえ。
中には敵愾心丸出しの令嬢もいますわね。
きっとクロちゃんを貶めるつもりに違いありませんわ。
父親とダンスをしながら、さり気なくクロちゃん達に近づいています。
もしかして、足を引っ掛けて転ばせるつもりなのでしょうか。
と、思ってみていたら、案の定体ごとぶつかって転ばせようとしたところで……アルがフワリとクロちゃんを抱き上げて、衝突を回避致しました。
驚いたようなクロちゃんに、アルが甘く微笑んでいます。
アル、あなたいつの間にそんな表情をするようになったの……
お姉様、びっくりよ。
もうすっかり1人前の男性じゃない。
ちなみにぶつかろうとしていた令嬢は、勢い余って転んでいます。
自業自得ですけれど、大丈夫でしょうか。
パーティーでダンス中に転ぶなんて、淑女にとっては恥以外の何者でもありません。
これで、婚期が遅れなければいいのですけれど。
2曲目が終わると、アルはクロちゃんをエスコートして、バルコニーの方へ向かいました。
そう言えば、お二人とも飲み物を持っていませんでしたわね。
バルコニーまでは給仕もきてくれませんし、二人のお邪魔にならないよう、飲み物だけ渡して二人きりにしてあげようと思います。
ちょうどバトン様がご友人とご挨拶を始めましたので、私は二人分の飲み物を持ってバルコニーへ行きました。
「アル、クロちゃん」
「お姉様。空気を読んでください」
「邪魔をしに来たわけじゃないわ。飲み物をね、」
その時、誰かが私の背中を押し、私はバランスを崩して……
バシャッ
気がついたらクロちゃんにシャンパンをかけてしまっていました。
「ああ!ごめんなさい、クロちゃん。ど、どうしましょう」
「お姉様、どいて」
オロオロする私とは対象的に、アルは軽々とクロちゃんを横抱きにして、パーティー会場から出ていきます。
注目を浴びるクロちゃんの額に、優しくキスをすることも忘れません。
すぐにマルコがアルとクロちゃんを別室に案内したようで、少ししてクロちゃんは新しいドレスを身にまとって、アルと一緒に戻ってきました。
「ノエル。君が優しさから二人に飲み物を持っていったのはわかっているけど、下手をすると君が二人の仲を反対していると誤解されかねないから、近づく時は手に何も持たない方がいいよ」
いつの間に来たのか、バトン様に言われました。
「私、どなたかに背中を押されましたの」
「君を利用してクロエ嬢に恥をかかせようと、誰かが企んだんだろうね。
でも、結果としては二人の仲の良さが際だって良かったんじゃないかな」
「そうですわね。でも、二度と同じことがないように、気をつけますわ」
私は着替え終わったクロちゃんに近づき、改めて謝りました。
「そんな!ノエル様、いいのです。ノエル様がわざとやったわけではないことはわかっておりますし」
「クレル伯爵家のご令嬢だったね。気づかれないと思っていたのかもしれないけど、あの大きな体は目立つよね」
アルは何度もクロちゃんの髪を撫でながら言います。
無意識なのでしょうか。
クロちゃん真っ赤だから、少し手加減してあげて?
「クロエ嬢、クロエ、と呼んでも?」
「えっ?あ、はい」
「じゃあクロエ。もう一曲お相手してもらおうかな。
その後は今度こそバルコニーで寛ごう。お姉様は変に気を使わなくていいから、近寄らないで」
「はい……」
アルとクロちゃんはダンスを始め、バトン様が慰めるように私をダンスに誘ってくださいました。
甘い瞳でクロちゃんを見つめ、何かを囁き、上手にダンスのリードをし、バルコニーまでエスコートする、アルの姿は正真正銘王子様でした。
いや、実際に王子様なんですけれど。
なんというか、女の子の夢見る王子様がぎゅっと詰まった感じでした。
クロちゃん、幸せになってね!




