失恋と新しい恋
クロエ視点です
お茶会の後、教室の入り口でノエル様を見た瞬間、バース様の話の内容が何だったのか悟りました。
今の私にできることは、今にも泣き出しそうなノエル様の手を握って差し上げることだけ。
それにしても、ゲーム通りなら、私はバース様ルートを攻略中だった筈ですが、バース様がノエル様を好きだとわかった今、待ち受けるのはバッドエンドなのでしょうか。
ノエル様が断ってくださったことは予想出来ますが、バース様ルートが終了したことは間違いありません。
私は授業中にこっそり、王妃様から頂いた念話プレートを取り出すと、今日のことを掻い摘んで説明しました。
『わかったわ。作戦会議が必要ね。明日は学園もお休みだし、秘密のお茶会を開きましょう。
クロエちゃんの家には私から今日のうちに招待状を出しておくわ』
『でも、これってバッドエンドなんじゃ……』
『大丈夫。セブプリにはね、ハッピーエンドとノーマルエンド、バッドエンドがあるんだけど、親密度が足りないだけならノーマルエンドなの。
バッドエンドは、攻略対象に嫌われたり、怒らせてしまったときにしかならないから、まだ大丈夫。心配いらないわ』
よかった。
バース様に告白前に振られたことはショックでしたが、バッドエンドじゃないだけまだマシです。
翌日。
私は早速王妃様の秘密のお茶会に参加いたしました。
途中でノエル様と会いましたが、秘密のお茶会に出席するのだと言うと、なにか納得した顔で頷いて、それから私を力いっぱいハグしてくれました。
ノエル様、本当に天使です。
一気に癒やされました。
侍女に連れられて王妃様の自室に向かうと、秘密のお茶会メンバーが揃っていました。
「遅くなり、申し訳ありません」
「あなたは時間通りだから大丈夫。私たちはたまたまみんな王城にいたから早めに集まっただけよ」
王妃様、お優しいです。
さすが、ノエル様のお母様です。
「ジュリアちゃんに話は聞いたけど、今回のことは残念だったわね。でも、来年度にはロングアイランドとミモザの王子も入学するし、最悪、攻略対象者と恋をしなくてもいいのよ?」
前王妃様の言葉に驚きます。
てっきり、攻略対象者の中の誰かと恋をしなければいけないのだと思っていましたから。
「他の人と恋をする場合は、攻略対象者との親密度が低くてノーマルエンド、という扱いになるの」
「つまり、モブと恋をしても大丈夫ということですか?」
「ええ、そうよ」
よかった。少し肩の力が抜けました。
「実を言うとね、ノエルの婚約パーティーの時、ロングアイランドとミモザの王子たちはノエルに熱い視線を送っていたから、攻略は難しいかもと思っているの。
だからクロエちゃんは、ゲームにこだわらずに好きに恋愛を楽しめばいいのよ」
「そう、ですね」
確かに、攻略対象の方が既にノエル様を好んでいるのなら、その方々と何がなんでも、と頑張らない方が良さそうです。
「作戦会議と言っても、これといったアドバイスも出来ずにごめんなさいね?また何かあったら、いつでもプレートで念話を送ってきてちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
「せっかく来たのだし、今は中庭のバラ園が見頃だから、少しそこでお茶でも飲んで、ゆっくりして帰るといいわ」
私は王妃様のご厚意に甘えて、中庭のバラ園に行ってみました。
確かに、とても見事に咲き誇っています。
王城の侍女が用意してくれたお茶を飲みながらバラを見ていると、木の根本に小さな白い花を見つけました。
ノエル様がこのバラ園のバラなら、私はあの小さな白い花。
バース様がノエル様を好きになっても仕方ありません。
少し感傷的になってハンカチで目元の涙を拭いていると、ガサっと音がして男性が現れました。
以前、お菓子作りをしていたときに来た、アルフォンス王子です。
私は最上級の礼をとりました。
「大丈夫、楽にして?何か悲しいことでもあったの?」
「大したことではないんです。ただ少し、失恋をしてしまって」
純粋に心配している瞳に絆されて、私はつい本音を漏らしてしまいました。
「私のお見合いパーティーに来なかったのは、好きな方がいたからなんだね。
お母様主催のお茶会には参加した?」
「はい。参加させていただきました」
「なら大丈夫。きっとすぐに相手が見つかるよ。
私は今日の分の王子教育が予定より早く終わったから、ここにのんびりしに来たんだけど、君に会えるとは」
「プライベートなお時間をお邪魔したとは知らず、申し訳ございません。私はすぐに帰りますので」
「ふふっ。いいよ、このままここにいれば。
君はお姉様のご友人のクロエ嬢でしょう?お母様に何度かお菓子作りを習っていたよね。
お陰で、晩餐のデザートがいつもより美味しくて、お礼を言いたかったんだ」
「そんな、私ごときのお菓子など……」
「君は、少し謙虚すぎるのかな。本当に美味しかったんだよ」
アルフォンス様。
とてもいい方です。
私より年下とは思えないほどしっかりなさっていますし、お優しいです。
ちなみに身長は、既に私より高いです。
鍛えていらっしゃるのか、服の上からでもがっしりした体つきがわかります。
「泣きたくなったらまたここへおいで。
私に手紙をくれればいつでも招待するから。
でも、出来ればあまり泣き顔は見たくないな。
女の子は、笑顔が一番可愛いからね」
アルフォンス様……!
この年齢にしてそのセリフ!
女殺しですわね。
「私は、君の作ったお菓子も、お菓子を作っている時の君の笑顔も大好きだよ。
失恋したことなんてさっさと忘れて、またお菓子を作りに来てよ」
いけません、アルフォンス様。
それ以上言われたら鼻血の出し過ぎで倒れます!
「約束して?次は私の為にお菓子を作りに来てくれるって」
「は、はい」
アルフォンス様はバラの木の根本に咲いていた白い花を摘んで、私に手渡しました。
「絶対だからね。それじゃあ、私はもう行くけど、君はもう少しのんびりしていく?」
「いえ。アルフォンス殿下のおかげで落ち着いたので、私もそろそろお暇いたします」
「そう?じゃあ、エントランスまでエスコートするよ」
「そんな!もったいない」
「私がしたいからいいんだよ。さ、行くよ」
グイグイくるアルフォンス様に負けて、私は結局アルフォンス様にエントランスまでエスコートして頂きました。
「約束、忘れないでね?君が来るのを楽しみにしているから」
「はい…」
私は馬車に乗り込むと、呆然としました。
エドワード様やノエル様のお話だと、天使そのものといったイメージでしたのに、実際にお会いしたら、性格は天使そのものでしたが、見た目はがっしりして男らしく………
でっ、でも。
アルフォンス様は私よりいくつか年下のはず。
とてもそうは見えませんけれど、それだけは確かです。
ですがどうやら私は、そのアルフォンス様に、失恋早々に恋をしてしまったみたいです。
でも、アルフォンス様はノエル様と一緒で、きっとどなたにもお優しいのでしょう。
期待は禁物です。
私は自分の心に戸惑いながら、帰宅致しました。
そして帰宅後、家族と夕食をとった私は、不意に頭の中に王妃様の声が聞こえて、驚いて席を立ち、自室に戻りました。
『王妃様、いかがなされましたか?』
『変なことを聞くけど、あなた今日、バラ園でアルフォンスに会った?』
『はい。慰めていただいて、とても優しくして下さいました』
『やっぱり、クロエちゃんで間違いないのね。
実は、アルが突然婚約をしたいと言い出してね。
話を聞いてみたら、クロエちゃんがいいって言うのよ。
でも以前お菓子作りのときに来た他には接点なんてなかったはずなのに、と思って』
『婚約、ですか?え?私と?』
『嫌なら断ってくれて全然構わないのよ?あの子、図体だけ大きくて、他はモブの私に似ちゃって地味でしょう?』
『いえ!ダークブラウンのサラサラな髪も、髪と同じ色の瞳も、とても素敵でした。
見た目のカッコよさはエドワード様と並ぶほどですし、性格はノエル様みたいにお優しくて、まごう事なく天使です』
王妃様のクスクス笑う声が聞こえたした。
『あなたがいいのなら、とりあえず仮の婚約者としましょう。
オブライエン子爵には婚約申込書を送るわね。
2ヶ月後にアルフォンスの誕生日パーティーがあるから、それまでにお互い気持ちに変化がなければ、正式に婚約して、その場で婚約発表をしましょう。クロエちゃんに似合いそうなドレスやアクセサリー一式を送るわね』
『そんな!私にお金を使わなくても……』
『いいのよ。アルもきっと、綺麗なあなたを見せびらかしたいでしょうし。
それより、またお菓子作りに来る約束をしたんですって?
私も楽しみにしているから、ノエルと三人でまた作りましょうね。急に召喚するかもしれないから、覚悟しておいて』
ふふふ、と王妃様の笑い声を残して、念話は切れました。
まだ、心臓がドキドキしています。
アルフォンス様が私との婚約を希望されている?
私は小瓶に挿した白い花を見ますが、信じられない事実に頭がついていけません。
その夜は、あまり眠れませんでした。




