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Small world  作者: 十八谷 瑠南
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深い深い夜に

深夜のファミレスの明かりを見つけるとなぜかずっと見ていたくなります。

特に冬の寒い季節に見つけると。

入ろうと思えば誰でも入れる、そんな誰でも受け入れてくれる場所が世の中にたくさんあることを私たちはよく忘れがちです。

寒さに震えながら俺はコートを両手でぎゅうっと抱きしめた。

ちらほら雪でも降れば少しでも気が紛れるのに灰色の空からは雪が降る気配はない。

ずっと下に向けていた視線を上に上げて目的地に着いたことに気がついた。

カンカンカンと階段を登る。

ドアノブを掴んだ俺の手はその冷たさに驚いたが、ドアを開けることにためらいはない。

次の瞬間、暖かい空気が俺の周りを包んだ。

「いらっしゃいませ~」

そう言ってにこっと笑顔を女の子が向けてきた。

「1名様ですか?」

「はい」

「おタバコは」

「吸います」

「こちらにどうぞ~」

俺はキョロキョロと辺りを見回した。

暖かなオレンジ色のライトで包まれたこの広々とした空間。

それを持て余すほど俺以外の客は数えるほどしかいない。

ひとりで静かに本を読む人。

居眠りをしかけている人。

小声で話し合っている人。

ぼうっと外を眺めているだけの人。

不思議な空間だった。

まるでどんな生き方をしていてもここでは許されるような。

俺が案内された窓際の席に着いて、コートを脱ぎ始めると目の前に大きなメニューが置かれた。

「ご注文が決まりましたら、お呼び」

「あ、コーヒーで」

女の子は一度大きく瞬きをしてさっきの笑顔をまた向けてきた。

「かしこまりました。コーヒーは、あちらのドリンクバーからお取り下さい。おかわりもご自由でございます」

俺が小さく頷くと、女の子は会釈をして去っていった。

脱ぎかけていたコートを脱いで、俺はコーヒーを淹れにむかった。

店内に小さな音で流れるBGMが心地いい。

コポコポコポと音を立ててコーヒーがカップに注がれていくのをぼうっとして眺めていた。

小さな湯気がたちこめるコーヒカップを持って席に戻り、一口コーヒーをくちに運んだ。

外を眺めるとほとんどというより全くと言っていいほど人は歩いていない。

(こんな寒い夜中に外を出歩こうなんて人間、俺くらいなもんだ)

ここに来た理由は簡単だ。

ここはどんな人間だって受け入れる。

地位も年も何も関係ない。

そういう場所に俺は行きたかった。

毎日、自分を保つことに疲れることがある。

常にひとの上に立つというのは。

「疲れた」

思わず独り言をつぶやいていた。

しかもそれなりに大きな声だったものだから、ちょうど俺の席を通り過ぎようとしていた人がこっちを見てきょとんとした顔をしていた。

「あ、すみません」

俺が軽く頭を下げると、その人はぶんぶんと手を振った。

「あ、いえいえ!違うんですよ。私も前に同じように独り言を大きな声で言ってしまったことがあって」

その人は恥ずかしそうに笑って付け加えた。

「しかも電車の中で」

「それはなかなか」

「目の前にいた子たちに笑われちゃいましたよ」

その人は思い出したようにくすっと笑った。

俺も思わず顔を綻ばせていた。

「でも、でもね」

その人は俺の目をじっと見つめた。

「私思うんです。独り言をつぶやく時って、ああ、生きてるなあって感じがするって」

次は俺の方がきょとんとする番だった。

そんな俺に構わずその人は話し続けた。

「だって自分の世界に浸りきっている時にこそ出るのが独り言でしょ?自分の人生、生きてるなあって気になりません?」

俺は思わず息を呑んだ。

「・・・自分の人生」

その人はにこっと笑顔を作った。

その笑顔を見て俺はその人を思い出したが、俺が言葉を発する前にその人は会釈をした。

「変なお話をしてすみません。ごゆっくりしていって下さいね」

その人の後ろ姿を見送って、俺はまた外を眺めた。

誰もいなかったはずの道にさっきの人が、ここの店員の女の子が道を渡っていくのが見えた。

(生きてるなあ、か)

俺は、コーヒーを一口くちに運んだ。

「確かに、そうかも」

そう独り言をつぶやいて。

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