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Small world  作者: 十八谷 瑠南
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“誰か”と”君”


“誰か”が“君”を傷つける、悪意を持って笑う。

“君”はその“誰か”の言葉で笑い声で自分をひどく小さく価値のない人間だと感じる。

そして自分を保つために“誰か”に対して同じように傷つける言葉を吐き悪意を持って笑う。

そうして“君”は“君”が最も嫌う“誰か”になった。

はっきり言おう。

“君”のままでいてほしかった。

どんな言葉を吐かれようとどんなに馬鹿にされて笑われようと

それでも“君”のままでいてほしかったんだ。

私は「絶対」という言葉が大嫌いだけど、この世に「絶対」なんてことほとんどないと思っているけどそれでも

“誰か”になることは「絶対」に悪いとこれだけは言える。

“誰か”なんてずっと傷つけていたらいい、笑っていたらいい。

“君”は“君”のままでいつづけるために

“誰か”の声が届かないところに逃げれるなら逃げてほしかった。

“誰か”に対して優位になりたいと思ったのならそれは大きな間違い。

“誰か”になってしまった時点で“君”の負けだから。

“君”でい続けることこそそれこそ“誰か”よりも優位になること。

そして”君”でい続ける限り味方も仲間も「絶対」にできるよ。

”誰か”になればやがてひとりぼっちになるだろう。

それをどうか知ってほしい。

“誰か”にならないで。

昔も今も自分を傷つけたことばに反応して傷つけたひとたちに同じように言い返したり

馬鹿にして笑ったりしていることが多くて。でもそれは同じ低俗な人間になってしまって

いることだって本当バカみたいですがやっと最近気が付いて(笑)

そんな昔の今の自分に対してこの詩を書きました。私と同じような”誰か”と分かちあえたら。

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