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Small world  作者: 十八谷 瑠南
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あなたは知らない

十年ぶりくらいに自転車を買おうと思ったとき本当に買っていいのかなんて改めて考えてしまいました。

それは、十年前に自転車で友人をケガさせてしまったことがあったから。

だからやっぱりやめようかなと思った時に出てくるのは母親の言葉。

「あんたには無理だよ」

その言葉を私は小さい頃から母親から何度も何度も言われました。

私の運動神経はあまりにもひどいし、何をしてもどんくさいと言われていたからです。

私が母親の言葉を大嫌いだと気がついたのは中学生になった頃くらい。

私はそれまで母親の言葉が全て正しいと思っていたからです。

ある意味反抗期の始まりだったのかもしれません。

そして大人になった今では母親のそんな言葉にも本当は理由があることもわかっています。

でも、子供の頃の自分にもうひとこと付け加えてくれてもなあ、なんて自転車を買おうという話からそんなことを考えてしまいました。

そういうわけで自転車を買うことにすら悩んでいるどんくさい自分へこの話をあの時のひとことの代わりに。


無数の街の明かりをみつめながら、この明かりの数だけ人は生きていて私はひとりではないんだと言い聞かせているような気がする。

干した洗濯物、夕食のにおい、子供たちの笑い声、大きなテレビの音ですら私には心地はいい。

こうして街を歩くのが好きだ。

「もう生まれたかな?」

もう一度カバンの中に入っていた携帯を私は手に取って見つめた。

メールの受信ボックスを開くがメッセージはまだ来ていない。

ふうっと息を吐いて、携帯をカバンの中に戻して私を囲む街の明かりを見つめた。

ポツポツと光るその明かりを見れば見るほどそれぞれの人生を垣間見ているような気がする。

この街にはこの世界には本当に個性的な人間がたくさん住んでいる。

その中には残酷なことを考ている人間もいて、時にそんな人間にたいして怯えることもある。

だが、逆にそんな人間がいるからこそ人に手を差し伸べる人間も存在するのだ。

残酷なこともたくさんあるかもしれないが、その分優しく美しいこともこの世界にはたくさんある。

私は君にそんな身近で一番優しい人間になろう。

「きっと私たちの家系だと運動神経はイマイチで頭もあんまり良くないかもしれないわね」

だから私が掛けてほしかった言葉をあなたに掛けよう。

周りからひどい言葉を掛けられても

その気持ち私ならわかってあげられる。

自分がひどく情けなくなるように感じる時があれば何度でも立ち上がってやり直すことも、逃げ出すことだってできることを教えよう。

だからこれから生まれてくる君にいまならはっきりと言える。

「大丈夫。この世界には楽しいことがたくさんある。君がどんな人間でも、この世界を楽しむ権利はあるんだよ。だから生まれておいで」

私は夕日が照らすこの街を見つめながらそう思った。

どこかの家で大笑いしている家族の声。

そんな声をききながら、私はまた歩きだす。

無事に新しい命が生まれてくることを祈って。






生まれてきてよかったのだろうかと強く感じることが増えたのは、十六年も生きて来たから。

何をしてもうまくいかないこんな自分を責めて責めて自分で自分を苦しめているのは本当によくわかっている。

この先もきっとずっと辛いことがたくさん待っているというのなら僕はもう消えて死んでしまいたい。

僕は目の前で涙を拭う女の人を見つめた。

「本当にごめんなさい」

思わず僕の口からそんな言葉が出たが、女の人には届いていないようだった。

そりゃそうだ。

自分の息子が大怪我をしたんだから。

僕の謝罪なんて聞いてるどころじゃない。

僕は顔を伏せて病院の気持ち悪いぐらいピカピカに磨かれた床を見つめた。

“やめておきな”

母さんの声が聞こえる。

“あんたには無理だよ”

こんなことになって、やっぱり母さんは正しかった。

僕みたいな何をしてもうまくいかない人間がバイクになんて乗ったらダメだったんだ。

“あんたは何をしてもどんくさいんだから”

母さんのその言葉がいつも嫌いで大嫌いで、だからその言葉どおりじゃないことを証明したかった。

涙が溢れて目の前がぼやけてきた。

あいつは僕のせいでケガをしてしまった。

僕がバイクになんか乗らなければ、そもそも僕がバイクになんて興味を持たなければ・・・。

こんな僕みたいな人間この先もきっと誰かをケガさせる、いや、きっと誰かを死なせて

「ヤマト!」

僕の名を呼ぶその声を聞いて、咄嗟に顔を上げそうになった。

その声は母さんの声だった。

いや、僕は母さんの声だと思った。

泣かれているところを見られたくなくて涙を拭って顔を上げた。

だが、そこに母さんはいなかった。

「おばさん?なんで」

僕が理由を問う前におばさんは座っている僕を引き寄せて力強く抱きしめた。

「大丈夫。あんたは大丈夫。これからもずっと大丈夫だから」

母さんの姉であるおばさんがどうしてここにいるのかとか、正直どうでもよかった。

目から溢れてくる涙を僕はもう拭ったりはしなかった。

なぜなら僕の腕はおばさんの背中をぎゅっと握り締めていたからだ。

今、一番聞きたかった言葉を聞くことができた僕はそのまま大きな声を上げて泣いてしまった。

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