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Small world  作者: 十八谷 瑠南
19/24

選択肢






やり直せないことはない。

この言葉を私はいまここで大きく痛感している。












ふっとこの狭い車両を照らしていた電気が消えた。

誰かがきゃっと小さく叫び、うそだろなんて声も聞こえる。

静かになりつつあった車両はまた慌ただしくなりはじめる。

また不安が込上がってきた。おそらく私だけではない。

ここにいる全員が。













昨日、大きな失敗をした。

友人をひどく傷つけた。

理由は単純だ。

態度がムカついた。ただそれだけ。

長年友人をやっているとお互い気を使わなくなる。

いちいち話も聞いてなどいられない。

だからどっちかが気を遣えばいいだけのこと。

でも、気を遣えば負けなような気がしてどちらもそっけない態度のままだった。

そんな二人の間に流れる空気はとても重かった。












再び携帯が大きな音で鳴った。

私だけではない。

この車両にいる人間全員の携帯が。

車両がガタガタと揺れ始めたが、車両が動き始めたのではない。

その理由は携帯を見ればわかるのだが私は見る勇気がなかった。

この揺れは本当に不快で気持ち悪い。













「あんたは誰にも愛されない」

重い空気は普段からは想像できない言葉を時に引き出す。

「あんたみたいな人間誰からも愛されないよ」

自分がそんな言葉をひとりの人間に対して二回も言うとは本当に思わなかった。

友人は泣いていなかった。

だからだろうか私は私の言葉が届いていないなんて錯覚した。

“愛されないよ”なんて言葉を言われて傷つかない友人でないことを知っていたくせに。









揺れがましになってやがて止まった。

私は揺れよりも恐ろしいものがやってくることがなんとなくわかった。

「出せ!ここから出せ!」

窓を叩くもの。

「助けて!助けてお願い!」

泣き叫ぶもの。

「うるさい黙れ!」

誰かを怒鳴るもの。


車両の重たい空気がいつもの乗客からは想像できない乗客を引き出す。

昨日の私のように。


満員のこの車両が怖かった。

しかもここは地下。

そしてこの真上には巨大な川がある。

窓を叩くものの気持ちがわかる。

泣き叫ぶ気持ちも。

誰かに怒りをぶつけたい気持ちも。



ここから出たいというその気持ちが、わかる。



車内は真っ暗で私は相変わらず、つり革につかまったまま。


このままここで何もしなくていいのか?

窓を割って外に飛び出すのが正解なのか?

それともここで助けを待つのか?

あの揺れで地上の川がここに流れ込む時間は?




どうすれば生きられるんだ?




電気も消えた車両にはもうアナウンスも流れないだろう。

地下まで誰かが助けに来てくれるのを待つしかないのかもしれない。

下手に動いても行き先がわからないのだから。




その時窓を割る音が聞こえたと同時にきゃあ、とか、うわ!とか声が響いた。

車両にいた誰かがたまらなくなって窓を割ったようだ。

その割れた窓から人がどんどん飛び出していく。

私は人がそこから飛び出していく様子を眺めていた。

ひとりの男が窓から飛び出そうとしたその直前で動きを止めた。

男はじっとこちらを見つめた。

私も見つめ返す。




どちらが正解かわからない。

ここで飛び出したら生き抜けるか、ここで留まることで生き抜けることができるのか。

この男と私のどちらかが正解なのか。

それともどちらも正解でもしくは、はずれなのか。




男も私と同じことを考えていたのだろうか?

男は私から目をそらすと窓の外に飛び出した。

まるでこれが“俺の選択肢だ”と言うように。

どちらが正解かわからない。




正解かはわからないが、私は・・・





私の頭の中にひとりで泣く友人の姿がよぎった。




私はただ・・・謝りたい。




私はこの車両に留まることに決めた。

イチかバチかの賭け。

いや、もはや賭けにすらなっていないのかもしれない。




これが正解はわからないが、自分が正しい選択をしていたことはわかった。

友人に謝りに行く。

友人との関係をやり直す。

やり直せないことはないんだと実感した。




生きてさえいれば。



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