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卓上の僕とヤクザとサイコロの神様

「神は決してサイコロを振らない」と、どこかの偉い学者さんは言ったらしい。


けれども、僕は祈らずにはいられない。


ああ、神様。このサイコロには命がかかっているんです。本当に本当に命がかかっているんです。お願いしますお願いしますお願いします。


衆人環視の中、冷や汗で滑りやすくなった手から放物線を描いて放たれたサイコロは、カラ、カラララ・・・とテーブル上で軽い音を立てて止まった。


ーーーー


僕の名前は鈴木大樹。日本で何番目かに多い名字(静岡県に集中しているらしい)と、もの凄く平凡な名前(名前ランキングで何度か1位になった)を持つ、ごく平凡な大学生だ。大学ではTRPGサークルに所属しつつ、ピザ配達のバイトをしている。


TRPGテーブルトークアールピージーというホビーびは簡単に言えば、ごっこ遊びの一種だ。

参加者は戦士や魔法使いとなって地下迷宮ダンジョンを探検しドラゴンを倒して黄金を手に入れる、といった冒険をするアメリカ生まれの遊びだ。

コンピューターとの違いは、冒険するべき場所、怪物の動き、成功の報酬などを設定し、攻撃や防御の失敗を判定するGMゲームマスターという人がいること。


TPRGという趣味は意外とお金がかかる。TRPGもコンピューターゲームと同じように新作が次々に発売される。ルールブックに数千円、キャラクターフィギュアに数千円、各地のTRPG会に出かける交通費、と出費を積み上げていくと、どうしてもバイトをしてお金を稼がないとやっていけない。


「うーん・・・どうしよっかなあ・・・」


いつものように出勤すると同じ女子バイトの佳也子さんが困り顔をしていた。


「どうしたの?何か問題?」


僕は少しの下心を隠して話しかけた。

いや、みんなそうするでしょ?だってバイト先で一番人気の可愛い女の子が困った顔をしているんだから。


「あのね、さっき受けた注文なんだけど配送の人が出払っちゃって遅れそうなの」


「なんだ、そんなことなら僕が行ってくるよ!」


僕は反射的に安請け合いした。

なにしろ、バイト男子全員が狙っている女子の好感度の点数を稼ぐチャンスだし。


「でも、鈴木君の勤務は15分後でしょ?悪いわよ」


「いいって!タイムカードはうまくやっとくからさ!」


ああ。


そのとき薄い胸を叩いてみせた僕は、なんて馬鹿で愚かだったんだ。

バイクを出すときに、自分以外のバイクが残っていたことに気がつかなかったなんて。


僕は文字通り、自分から炎に飛び込む犠牲の羊だったんだ。


ーーーー


ピザの届け先は一階に何とかローンとかいうサラ金が入った雑居ビルの一室だった。


「ランド開発コンサルティング・・・?外資系かな。すみませーん、ピザをお届けに来ました!」


玄関チャイムを押すと、やけに頑丈に作られたドアの向こう側でガチャンと金属の部品を外す音がしてドアが開いた。


「えっ・・・」


短髪にサングラス。上半身裸で入れ墨がサラシから覗いている。ケンさんとかの映画みたいな人ができた。


だから自分以外のバイトが来るのが嫌がったんだ。何が他の人は配送で出払ってる、だ。

騙された!あのあま!だからパリピは信じられないんだ!!


組長おやじぃ!、ピザが来たで!」


今の発音おやじ、絶対にお父さんの意味じゃなかったですよね。


「おせえぞ!さっさと持って来んか!!」


「は、はい!」


だみ声に怒鳴りつけられて、思わず玄関から奥に進んでしまった。


まずい。明らかにここは外資系のオフィスじゃなくて「ちっと事務所来いや」って言われる事務所だ。

入ったら囲まれて正座させられてお金払うまで無事に帰れないところだ。


案の定、足を踏み込んだ事務所の中はカーテンが閉め切られ昼間だというのに薄暗く、北野映画で見たような明らかに堅気でない人達がテーブルで良からぬ相談をしていた。


なぜ、良からぬ相談かわかるかって?

だってテーブルの上にはどこかの建物の地図があって、角つき合わせて相談しているんですよ。

明るく生産性の高いオフィスを実現するためのリフォーム計画を立てている様には見えませんよね。

常識で考えましょうよ。


「・・・鍵はどうする?合い鍵は見つかりそうか?」


「いや、いっそ蹴破るってのはどうだ・・・」


「見張りはどうする・・・?」


お願いですから、もう少し静かな声で会話してください。

もしくは僕が帰ってから話をしてください。


聞くまいとしてもボソボソ漏れ聞こえてくる会話が、もう不穏で仕方ない。

あれは絶対に対立する組とか事務所を襲撃する計画だ。

もう帰してください。ピザの代金とか要りません。二度と見た目だけ可愛い子の前で見栄を張ったりしません。



ところで。窮地に追い込まれると人間というのは不思議なもので、どうでもいいものが気になったりするもの。

その時も、テーブルから目を逸らしていた僕の目に、ヤクザの事務所にはおよそ相応しくないモノが映ったわけで。


「あれ・・・二十面ダイスだ」


おまけに、緊張で余計なことを口にしたりする。

これまで、それで何度も失敗してきたのに。


そのとき、事務所のヤクザ達の目がギラリと光った。ように感じられた。


「兄ちゃん、知っとるんか!」


僕は死ぬほど怯えていたし、事務所は薄暗くて怖かったしおまけに不意を討たれて。’

だから思わず素直に吐いてしまったんだ。


「は、はぁ・・・そのゲームで使ってます。その・・・竜と迷宮とかの。ご存じないかもしれませんが・・・」


馬鹿か僕は。いったい何を言ってるんだ。あれはきっと映画で見た覚醒剤を固めた玩具とかで、見られたら不味いものだったんだ。

ああ。姉さん、今夜の僕は東京湾の魚の餌になってしまうでしょう。東京は怖いところです。


「そりゃいい!兄ちゃん経験者か!!ちょうどいい!GMゲームマスターやらんか!」


なぜか組長おやじ、と呼ばれた人の一声で、僕はヤクザ事務所でTRPGのゲームマスターをやらされることになってしまった。


「えっと・・・僕はピザの配達が・・・は、はい。やります。やらせていただきます」


強面のヤクザに肩をがっしりと組んで凄まれて、どこの大学生が断ることができるだろうか。


そりゃあGMなら、確かに何度もやってきましたよ。

でも、今日のゲームでプレイヤーキャラの女聖騎士、女魔法使い、僧侶、エルフ、ドワーフを操るのは、ゴツくて強面のヤクザ達。


つまり今日の僕は、あの怖い人達をうまく取り仕切りつつ、うまいことゲームを終わらせて事務所を生きて脱出しなければならないのです。

なんというハードミッション。ミッションインポッシブル。



ーーーー


〈キャラクターシート紹介:山多権造〉


名前:マリア・マグダレーナ

性別:女性

職業:聖騎士

レベル:53

外見:腰まで伸びた金髪を緩い三つ編みにし、白磁の肌に蒼い瞳を持つ心清らかな聖女。意外にスタイルは良く最近は上着の胸周りがキツくなってきたのが密かな悩み。3サイズは上から89・60・88。好きな食べ物はクリームブリュレ。口癖は「騎士として~ですわよ」

挿絵の印象(プロっぽいが明らかに90年代っぽい女性キャラクターの絵。女性の腕力では振り回せそうにない巨大な剣を装備し、不自然に大きな鎧の肩パーツには用途不明な大きなオーブがついている)

武器:セイクリッドソード(聖属性長剣+4)

防具:ホーリーアーマー(板金鎧+3)

呪文:ホーリーウエポン、ターンアンデッド、ヒール、キュア

備考:マリアは騎士の家系に生まれ家を継ぐ予定の出来の良い兄と比較され(・・・字が細かすぎて読めない。熱意は伝わってくる


ーーー


きっつー。


いや、なんでもありません。なんでもありません。なんでもありません。なんにも見ていません。


それではゲームを始めましょうか。


「皆さんは、酒場にいます。マスターがあなた達のパーティーに依頼がある、と言ってきました。どうしますか?」



つづく

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